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26 塩麹


 サラは塩麹が完成したと報告が上がるまでの二週間、アーサーの部屋で三歳以来初めての「日々をまったり過ごす」という珍しい体験をしていた。

 と言ってもずっと部屋に籠もっていたわけではなく、アーサーによる騎士達の訓練の視察に同行したり、毎週行われているという会議に置き物よろしく参加させてもらったり、炎虎以外の魔物肉にもヨーグルトもどきやタマネギもどきや特製ブレンドハーブは有効なのかという検証にアドバイザーとして立ち会ったりしていた。

 しかし、なんせサラの定位置はアーサーが立っている時は縦抱っこで腕の中、座っている時はちょこんと乗せられた片腿の上。外では自分で歩くということをほとんどしないので、紛うことなき「まったり生活」と言えるだろう。


 さすがのサラも最初は縦抱っこで城のあちこちを連れ回されることに「どれほど好き合って結婚した男女でも絶対にここまではしないだろうというバカップルぶりがひどい」と恥ずかしくなり、フードを深く被って顔を隠したものだったが、まぁ、わりとすぐに慣れて、アーサーという鞄についたプラプラ揺れているキーホルダーの境地に至ってからは「歩かなくていいのラクだなぁ」と思うようになった。

 このようなまったり生活をしていては原始的な生活に戻れない身体にされてしまったわけで、こんな状態でアーサーに捨てられたら「もう生きていけないかもしれないな」とたまに怖くなる。いや、いざそうなった時は必死に適応して生き延びてみせるが。



 あとは机に溜まっていた書類仕事を片付けるお手伝いなんかもしていた。

 辺境伯であるアーサーの仕事は領地経営だけに留まらない。社交のほとんどは免除されているようだが、ラナテスで何か異変が起きれば飛行車で王都まで赴き直接陛下にご報告しに行かなければならないし、その他にも新人騎士達の育成、二十四時間体制で気の抜けない敵対国の監視、次々と湧いて出る魔物の討伐などなど、その内容は多岐に渡る。


 グラハドールのトップであるアーサーのもとに上がってくる書類は重要なものばかりで、サラが見て分かるものはなく大した手伝いは出来なかったが、清書したり分類ごとに仕分けたりするだけで優しい旦那様は「助かる」と毎回褒めてくれた。

 もし「今週の献立メニュー」「備品発注リスト」「効率良く筋肉を育てるトレーニング考案」なんかの書類が上がってきたら自分ももっと役に立てたかもしれないのに…と残念に思ったものだ。

 

 そしてサラの洋服事情もこの二週間で大きく改善されていた。

 男物のシャツとズボンを卒業し、今は花柄が刺繍された可愛らしいワンピースを身に纏っている。

 アーサーには「こんな服ですまない。ドレスを着せられる者がこの城にはいなくて不便をかける」と謝られたが、コルセットをぎゅうぎゅうに絞られて一日の大半を過ごすなんて苦行は絶対に嫌だったので、「ワンピース嬉しいです!ありがとうございます!」と全力でお礼を伝えておいた。

 まぁ、外に出る時はフード付きマントを被せられるので、可愛いワンピースだろうが男物のシャツとズボンだろうが大差はなかったけれど。ちなみに下着や夜着も用意してもらったのだが透けてはいなかった。



 そんなこんなで二週間後―――


「閣下、サラ様。少しお時間よろしいでしょうか?しおこうじの確認をお願い致します」


「入れ」


 アーサーの了承を得たジャックが塩麹のビンを抱えて部屋に入ってきた。


「わっ、ジャック様、ありがとうございます!足を怪我されているのにこんなに重たい物を持って五階まで…っ!呼んで頂ければ私の方から伺いましたのに」


 サラは読んでいた本をテーブルに置くとフード付きマントを被ってジャックの方へと走り寄る。


「サラ様、お気遣いありがとうございます。足は痛くもなんともないので大丈夫ですよ。ただ、少し違和感があるというか…、その違和感のせいで歩きづらくなっただけですので。それにこの状態になってもう一年ですからさすがに慣れました」


「え…?」


「それよりしおこうじの様子はどうでしょうか?水が減ったので何回が加水してます」


「あ、はい。どれどれ…」


 サラがビンの中身を覗き込むと、麹の粒が潰れてやわらかくなっており気泡が少し出てきているのが確認出来た。それと同時にフルーツのような甘い香りがふわっと漂ってきたのでちゃんと熟成していることが分かる。


「いい感じです!!ありがとうございます!」


「それがしおこうじか?もとが果物の種の中身だと思うと不思議だな」


 アーサーは処理仕事の手を休めてサラが座るソファに腰掛ける。


「辺境伯様、お待ちかねの塩麹が完成しましたよ!!

 塩麹の酵素の働きによってお肉を柔らかく仕上げられるんです。漬け込むことで塩麹の味がしっかりと染み込むのでソテーやチャーシュー、唐揚げなんもいいですね〜」


「では、比較のためにもとりあえず焼いてみることにしよう。ジャック、調理の者に説明と、今晩の夕食にしおこうじ漬けの炎虎の肉を出すように伝えてくれ」


「分かりました」


 ジャックはアーサーへと恭しく頭を下げた後、サラの方へと向き直るとニコッと笑い挨拶をする。


「サラ様のお手伝いが出来てとても光栄でした。また何かありましたら俺を一番に頼って下さいね?

 今日の夕飯楽しみにしてます。では、また」


「は、はいっ」


 サラは片足を引き摺り退出するジャックをドアの辺りまで見送ったあと、ドアを閉めて振り返るとアーサーの機嫌が悪くなっていることに気付く。

 アーサーは、どうやらサラが特定の騎士、例えばブラッドやジャックと話すことを嫌がるようだ。


「辺境伯様」


 サラはソファに座るアーサーの元へトコトコ戻ると、ちょうど良い高さにある頭を優しくなでなでする。

 以前アーサーの頭を撫でてからというもの、どうやらお気に召して頂けたようで、こうすると機嫌が直ることをサラはすでに学習していた。


「―――サラ、ありがとう。…呆れているだろうか?

 サラは俺の妻としての立場を裏切らないと何度も言葉を尽くしてくれているというのに、心のどこかで信じることが出来なくて不安になってしまう」


 アーサーは過去に好きな女性にこっぴどく振られたり、婚約者に結婚直前で逃げられたり、美女のハニートラップに遭って有り金全部掠め取られたりしたことがあるのだろうか。そう思ってしまうくらい女性というものを信用していない気がする。


 だが、冷たく放置されるよりもうざいくらい束縛される方がサラの恋愛感には合っていたようで、歳上の男性なのに彼女が他の男と話すのを見て嫉妬しては頭を撫でてもらって機嫌を直す様子は可愛いと思えた。


「呆れてないですよ。私達は出会っていきなり結婚をしてまだ一月しか経っていません。これから時間をかけて私のことを信用してもらえたらそれでいいです」


「サラ……、ありがとう」


 今はアーサーのこの笑顔が見れるだけで満足だ。


 サラも嬉しくなり満面の笑みを返した。


 





***


 その夜もいつも通りアーサーの部屋で二人きりの夕食を頂いていたのだが、メイン料理で炎虎の塩麹漬けステーキを出してもらった。ヨーグルトもどきやタマネギもどきに浸けただけで臭く硬かった魔物肉があんなに美味しくなったのだから塩麹にかける期待も大きい。

 サラはワクワクしながらお肉を切り分け、一口サイズのお肉を口へと運ぶ。


「―――」


 サラはお肉を口に入れた瞬間驚きで目を丸くし、無言でアーサーを見やると、彼もまたコメントを忘れ呆然としながら炎虎のステーキ肉を咀嚼していた。


「―――雑食すぎて舌が馬鹿になった私でも分かります。これは……塩麹漬けにしたお肉、美味しすぎますよ!!」 



 そう。サラの語彙力では表現出来ないほどに炎虎のお肉は過去一番美味しくなっていた。


「うまいなんてものではないな……なんだこれは。

 外は程よい焦げ目で香ばしくも肉の中心は綺麗な赤色で噛むたびに濃厚な旨みとさっぱりとした脂が滲み出している。繊維が解けて硬さとは違う弾力が生まれているのも面白い」


「っ!!それです、私が言いたかったこと全部言ってくれましたね!!」


 サラは呑気にアーサーの食リポの素晴らしさに手を叩いて喜んでいるが、アーサーの顔は何やら思案しているようで眉間に皺が寄っている。



「このようなものが出来たからには一度陛下に献上した方がいいかもしれないな…。勝手に市場へ売り出しては不興を買いそうだ」


お読み頂きありがとうございます! どのような評価でも構いませんので☆☆☆☆☆からポイントを入れて下さると作者が喜びます!! よろしくお願い致します(人•͈ᴗ•͈)

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