25 不名誉な異名
サラがアーサーの笑顔に胸を撃ち抜かれて崩折れたのを、醜い顔に当てられたせいだと勘違いしたアーサーが慌てて介抱するなどの朝の一騒動を経て、二人は今、解体場へと向かっていた。
サラは相変わらずのフード付きマントを着せられ、アーサーに縦抱っこされていることがどうしても解せない。手を離せば途端に迷子になるような幼子とでも思われているのだろうか。
「あのー…。このフード付きマントは(イケメンに弱い)私のためだというのは分かるのですが…なぜ自分で歩かせてもらえないのでしょうか?」
「それ、は……………」
「?」
アーサーがあまりにも言いづらそうにしているので、「サラ、赤ちゃんだと思われてる」説が浮上する。
アーサーがいなければ一人でトイレにも行けないのは紛うことなきが事実だが。
でも赤ちゃん扱いだけは嫌なのでサラが「一人で歩けます!」と言いかけたところで―――
「……サラを自由にすることが恐いんだ。手を離せばどこかに飛んで行ってしまうのでないか、と…。
そうなれば俺は絶望に押しつぶされ世界を道連れにすべてを滅ぼすだろう」
「辺境伯様……?」
何やら雲行きが怪しい。またしても病んでいる発言が飛び出した。アーサーはこれほどの顔面偏差値を持っているというのに、一体何を恐れているのだろうか。
でも、「自分なんかを抱っこすることで辺境伯様が安心出来るなら、まぁいっか」とサラは思い直す。
「それならいいですよ。心置きなく抱っこなりおんぶなりなさって下さい。ただし、私が重くて筋肉痛になった、なんていう苦情は受け付けませんからね!」
「っ!ハハッ。サラはホーンラビットのように軽いのだからもう少し食べたほうがいい」
「はぅっ……!笑い声も素敵…!!けど女の子の体重を魔物に例えるってどうなの……?」
サラの小声の呟きは解体場から聞こえる騎士達の喧騒に紛れ、アーサーの耳には届かなかった。
「あっ、あれは…!」
「閣下と、奥様だ!!」
「あの方が天才的な発想力と飽くなき食欲で、食えた物ではなかった魔物の肉を高級食材へと昇華させた暴食の女神…!」
「もったいない精神の塊のような御方だ」
「食いしん坊将軍、サラ様…!」
昨日来た時よりも多くの騎士達が解体場に集まっており、ワイワイと興奮しながら聞き捨てならないことを口にしている。
「あいつらも昨日、サラが下処理をした炎虎の肉を食べたのだろう。みんなサラを讃えている」
「え?本気ですか?嫌がらせではなく?」
サラのことを暴食だの食いしん坊だのと表現する、とんでもない単語が聞こえたのだが。
サラが昨日解体場に置いてきた「塩麹」をかき混ぜに行きたいと言えば、アーサーは書類仕事よりも優先してここまで連れて来てくれた。 だから様子を見てサッと作業して部屋に戻りたかったのたが、なぜか圧の強い騎士達に囲まれてしまった。
「閣下、奥様!おはようございます。昨日は美味しい肉を食べさせて頂きありがとうございました!」
「奥様が魔法を使ってクソ不味い魔物肉をあんなに美味しい肉にしたと聞きましたが、どのような魔法を使われたのですか!?」
「まだ何かされる予定があるとか。是非オレにも手伝わせて下さい!!」
「えっ、あのっ……」
サラはフードで顔を隠していたので騎士達の顔は口元くらいしか見えなかったが、これまでの経験上イケメンしかいないことはもう分かっている。
うっかり大量のイケメンを一気に見てしまい、鼻血を出すことを恐れたサラはアーサーの首にぎゅうぅっと抱き着いた。
「…っ!!? お、お前達、少し離れろ。サラが怯えている」
サラに抱き着かれて挙動不審となったアーサーは、かろうじて威厳を漂わせながら群がる騎士達を追いやる。
「閣下が死ぬほど羨ましい……!!」
「なんで高魔力者に嫁が出来るんだ!?」
「高魔力者にも王太子殿下と知り合える権力があればワンチャン嫁がもらえるのかもしれない…」
「オレ、そんな権力…っ、持ってねぇー!!」
集まった騎士達は悔しそうな声でブツブツ言いながらサラから離れていく。何を言っているのか聞こえなかったが周囲にイケメン達がいなくなりホッとした。
「―――サラ様、おはようございます。『しおこうじ』の様子を見に来られたのですよね?テーブルに並べておきました」
「ジャック様!おはようございます。すぐに作業出来るようにして下さったのですね、ありがとうございます!」
足を引き摺りながらサラの元へとやってきたのは、昨日も塩麹作りを手伝ってくれたジャックだ。
アーサーに移動してもらいテーブルに載せられた塩麹が入ったビンを確認すると、サラが両手で抱えなければ持てないほど大きなビンに麹と塩と水がタプタプに入っている。
「これをどうすればいいのですか?サラ様の手を煩わせることはありません、俺がやっておきます」
「えっ、いいのですか?私は助かりますが…」
「もちろんです。魔物の肉をあれほど美味しくされたサラ様の手伝いをさせて下さい!
見たことも聞いたこともない方法で最初はこれでどうなるのかと思いましたが、炎虎の肉をあっという間に激変させたサラ様の手腕に感銘を受けたのです」
サラがフードの隙間からジャックを見下ろすと、エメラルドの瞳をキラキラさせて塩麹のビンを見つめている。
心なしかチャラさが減った気がするジャックが塩麹のお世話をしてくれると言うのならお言葉に甘えよう。忙しいアーサーに毎日解体場まで付き合ってもらうのは申し訳ないと思っていたところだ。
「では、綺麗なスプーンか何かで一日一回よくかき混ぜて下さい。熟成中にガスが発生することがあるので蓋は完全に閉めずに少しゆるめておくのと、直射日光が当たらない場所に置くようにしてほしいです。
常温で大丈夫ですが水位が下がっていたら加水し、麹が水にひたっている状態を保って下さい。麹の粒が潰れてやわらかくなり、気泡が少し出てきたら完成です。ここは涼しい気候なので、おそらく十日ほどで出来るかと思います」
「分かりました。俺の命に替えても『しおこうじ』は必ず完成させます!」
「いえ、失敗しても大丈夫です。お願いですから命に替えないで下さい」
サラは「ジャック様ってこんなキャラだったっけ?」と首を捻りながら塩麹のビンをジャックへと託すと、アーサーの部屋へ戻ることにした。
解体場からの帰り道、アーサーとサラの間でこんなやり取りが。
「サラ…」
「はい?」
「……俺以外の男と喋らないでほしい」
「えぇ!?」
サラは何もしていないというのに、アーサーのヤンデレ度がこの短い間にまた上昇している。
「さすがに難しいのではないでしょうか…?もし騎士様に話し掛けられた際に、無視するような真似はしたくありませんし…」
「っ、そうだな…。今のは忘れてくれ。サラに無視されたらあいつらは……特にジャックは、取り返しがつかないほど人間に対し心を閉ざすだろう」
「そうなの、ですか…?(私如きに無視されたぐらいでそんなことある?いや、イケメンにはイケメンにしか分からない感性があるのかも??)」
アーサーは何事もなかったかのように前を向いて歩き出したが、どこかしょんぼりしているようにも見える。
「―――辺境伯様」
「?」
サラはアーサーの顔を両手でそっと掴むとこちらを向かせて、頬にチュッと口付けを贈る。
「今こそ夫婦の証の出番だ!」と確信しての行動だったが、アーサーは歩いていたしサラはその腕に抱っこされた不安定な状態だったので、ほっぺたにキスするはずが唇の端近くに着地してしまった。決してわざとではない。
「っ!!?」
「わわっ、辺境伯様!?」
アーサーは真っ赤になった顔を隠すように、サラの腰をぎゅっと抱きしめ蹲るものだから、サラはアーサーの頭を抱え込むようにしてしがみつく。
「………お嫌でしたか?」
「そんなわけない!ただ……少し待ってほしい………」
「ふふふ。いいですよ」
サラはアーサーの頭をなでなでしながら一つの可能性に思い至る。
―――辺境伯様って………もしかして私のこと、好き、なのかな…??
サラより十二も歳上で顔も性格も良くて社会的地位も高く、たぶんお金持ち。部下の騎士達に慕われ、統制の取れた組織のトップに君臨する仕事の出来る男性で魔法の腕はピカイチ。なおかつ鍛え抜かれた身体を見るに恐らく物理的にも強い。
―――ないな。ないない。
アーサーが回復するのを待ちながら、サラは「とんでもなく自意識過剰なこと思っちゃったなぁ」と一人恥ずかしくなった。
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