22 お手軽クッキング
なんと城を出て森で採集をして帰宅するまで、トータル二時間で完了してしまった。サラには少し物足りないお出掛けとなったがお肉は鮮度が命、早く下処理に取り掛かれるのならばそれに越したことはない。
アーサーの腕に抱かれ解体場に戻ると、まだ作業していた騎士達に驚いた顔をされた。
「えっ!?もう帰ってきたんですか!?」
「少し早すぎませんかな?」
「目当ての草、見つからなかったんですか?」
騎士達がいぶかしげな顔をするのも当然だった。
本来であれば魔物と遭遇し討伐する時間も含めれば、一時間足らずで必要な植物を採集して城へ戻ることなどとうてい出来ない―――本当に魔物と遭遇したならば。
アーサーは部下達の疑問に、本当のことなど言えずに曖昧な態度で言葉を濁す。
サラの言うとおり、ラナテスに入っても魔物一匹見かけなかった。
こんなことは初めてで、最初は森の異変を疑ったが魔物が現れないこと以外は普段のラナテスと変わりはなく、やはり原因はサラにあるように思える。遠くに魔物の気配はちゃんとするのになぜか近寄って来ない。
しかし、魔物の方がサラを避けているとしか思えず魔術で魔物を操っていると確信しながら注意深くサラを観察してみても、空気中に漂う魔素が揺らいだ形跡はない。
そのため、どういう仕組みなのかアーサーでも分からなかったが、魔術でないならば魔物が襲って来ない理由に説明がつかないのも事実だ。
アーサーは鞄から取り出した植物や木の実をテーブルに並べ、嬉しそうに口元を綻ばせるサラを見つめる。
―――魔王
その単語が頭に浮かんだが、さすがに魔王の存在は眉唾ものだと首を振る。悪魔の存在に怯えた人間が創り出した物語の中の悪役に過ぎない、はずだ。
魔王とは悪魔と魔物を従え頂点に君臨する絶対的支配者であり、我々人間にとっての脅威そのもの。
かつての戦争で、異界から現れし者が絶滅寸前の悪魔の元に降臨し知恵を授け、悪魔達に人間の世界に紛れ込んで生きていく術を与えた。
『今は力を蓄える時。少しずつ個体数を増やしなさい。そしていつの日か必ず―――』
生存の道を与えられた悪魔達は、異界からやってきた者を崇め讃え感謝し、そしてその者が持つ圧倒的な力に畏怖の念を込めて『魔王』と呼び、永遠の忠誠を誓ったとされる。
アーサーは軽く首を振り、思い浮かんだ馬鹿馬鹿しい考えを一蹴する。
魔王の目的は人間への復讐であると言われており、その人物像はサラの揺るぎない信念を持った強さとは性質が異なるように思える。どう考えても魔王とサラが同一人物とは思えない。
やはり考え過ぎだろうと結論付けたアーサーは、サラの手伝いのためテーブルに近づく。
「集めたこれらをどうすればいい?」
「えっ、辺境伯様、手伝って下さるのですか?お仕事はよろしいのですか?」
「構わない。俺にはサラ以上に大事なものなどないのだから」
「っ!??!?」
「? 大丈夫か?」
アーサーが真顔で本心を告げると、サラが急に胸を抑え顔を真っ赤にしてフラフラし出したので「やはり森に入って疲れているのかもしれないな」と心配になってしまう。
「んン゙ッ…!だ、大丈夫です!えっと、じゃあまずはこの果物、モーモから種を取り出して下さい!」
サラはアーサーのとんでもなく破壊力の高いセリフによって「大好き」の供給過多に陥り心拍数が異常なほど上昇したが、なんとか持ち直しやってほしいことを伝える。
「このピンク色の果物はモーモというのか」
「はい!モーモをよく洗って皮ごと半分に切ってから真ん中にある種を取り出します。麹に必要なのは種ですが、果肉も食べれるのでコンポートにでもしましょうか。大きな鍋と砂糖、水、あとは塩が欲しいのですが…」
「あっ…、俺、食堂から借りてきます!!」
「え、ありがとうございます騎士様!」
解体場にいた騎士の一人が持ってきてくれるというので、サラは有り難くお言葉に甘えるとしてその背中にペコリと頭を下げる。
「じゃあ、私達は待っている間に、モーモの処理に取り掛かりましょうか!少し量が多くて大変ですけど」
「洗って半分に切って種を取ればいいのだろう?」
そう言うと、アーサーは空中に大きな水球を生み出してすべてのモーモを取り込み、グルグルと激しくも優しく一気に洗浄にかける。途中で水がおかしな動きをしたようにも見えたが一瞬すぎてサラには目で追えなかった。
一分ほどかけてすべてのモーモを洗い終え、水球がテーブルの上を舐めるようにザザッと流れたかと思えば―――真ん中で綺麗に割られたモーモと、くり抜かれた種が別れてきちんと並べられていた。
「こんなに一瞬で……凄い!!魔法って手品みたい!」
サラは手を叩いて興奮する。旦那様が有能過ぎて血圧が上がりそうだ。
「手品?それよりもこんな感じでいいか?」
「ばっちりです!ありがとうございます!!この種の中身だけ使いたいのですが、それも魔法でなんとかなりますか??」
「…もちろんだ」
無邪気な笑顔でサラにお礼を言われたアーサーは、自分が高魔力者であることを一時忘れそうになる。
王国に住む人々は高魔力者の存在に計り知れない恩恵を受けているというのに、内心では醜いだの野蛮だのと蔑み、薄っぺらい言葉で口先だけの感謝を述べる奴らばかり。
このように純粋な気持ちで「ありがとう」と言われる機会などないに等しいアーサー達高魔力者にとって、サラの存在はこれから否が応でも増していくだろう。
現に今もサラの笑顔を見て(フードでほとんど隠れてはいるが)色めき立った男共が率先して指示を仰ぎ、サラの役に立とうと必死になっている。
―――気持ちは分かるがサラは俺だけのものだ。
アーサーは軽く溜め息をつくと、サラに群がろうとする部下達を容赦なく蹴散らし最愛の妻の隣をキープした。
***
「皆様、お忙しい中お手伝い頂き本当にありがとうございました!お陰様で必要な物がすべて揃いました!!」
サラは腰を折って作業を手伝ってくれた騎士達に頭を下げる。
テーブルの上には塩麹が詰められたビンと、ヨーグルト味の樹液を煮詰めて濾過したものと、タマネギのような木の実の殻を割り中身をすり下ろしたもの、様々なハーブを切り刻んでブレンドし塩コショウと合わせた特製スパイスがずらりと並んでいる。
これらを用意するのに三十分もかからなかったのだから、魔法とはなんと便利で生活を豊かにしてくれる素敵ツールなのかと感動せずにいられない。
「しおこうじはすぐには使えないのか」
「そうなんです。一日一回はかき混ぜる必要がありますし、ここは夏でも涼しいので完成まで十日はかかると思います」
「なんと…。見たことも聞いたこともない調味料ですが奥が深いのう…。完成が待ち遠しいですな」
アーサーとトムは塩麹が入ったビンに興味があるらしい。果物の種を使って何かを作るという発想がなかったらしく、「塩麹は今日は完成はしない」と伝えると二人はがっかりしていた。
「―――奥様。炎虎肉のスライスが終わりました」
「あっ、ありがとうございます!えっと…」
「ジャックとお呼び下さい」
「はいっ、あの、ジャック様…先ほどはつい失礼な事を言ってしまい―――」
「いえ!奥様に言われたことは何も間違っていません。俺は何もかも中途半端で本気を出すことも面倒くさがる怠惰な人間です…。それに自分が一番可哀想だと酔いしれるクソナルシスト野郎でした…!!
奥様に言われた言葉で、俺、目が覚めました。諦めていた足の怪我もちゃんと治るように努力して、また一線を目指します!ちゃんと叱ってくれてありがとうございました!!」
「えっ……。私そこまでひどいこと言ってないですよね!?」
後半は怒りのあまり少し言葉遣いが乱れたが、ジャックが自分のことを「クソナルシスト野郎」と自覚するような暴言は吐いていないはずだとサラは慌てる。
「はい。俺が奥様の言葉に感銘を受けただけです」
「そうですか…それならいいのですが…。あ、私のこともサラとお呼び下さい。奥様と呼ばれるようなキャラじゃないので!」
「っ!、はい、サラ様…」
気まずい雰囲気になってしまっていたジャックと普通に話せるようになったことにホッとしていたサラは、深くフードを被っていたせいでジャックがこちらを熱い視線で見つめていたことにも、アーサーがそんなジャックを見て不機嫌になり周囲に冷気を漂わせていることにもまったく気付いていなかった。
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