21 疑惑
「サラ……。さすがに今すぐ、というのは…」
アーサーは困惑した表情で待ったをかけるも、サラに「え……駄目ですか?」と悲しげな声で落ち込まれては今すぐラナテスに向かわざるをえない。
「分かった。ただし俺がサラを抱いて歩く。植物の採集も俺がする。これがラナテスに行く条件だ」
「ぅぐっ…。わ、分かりました…」
さっきから散々抱っこしてもらっていたのだが、サラは先ほど恋心を自覚したばかり。
なぜアーサーの首に腕を回してあれほど密着しておきながら平気な顔でいられたのか、先ほどまでの能天気な自分のお子ちゃま心理がまったくもって理解出来ない。
「……閣下、奥様!俺も行かせて下さい!!」
「ジャック」
サラが結果的に暴言を吐いてしまった相手、ジャックが共にラナテスに行きたいと申し出て来た。「謝ったほうがいいかな?」と思いつつ、サラは毛布の隙間から何気なくジャックの方を盗み見た。
「っ!!?」
そこには褐色の肌をしたエキゾチックな魅力を放つエロいとしか表現出来ない男性が立っていた。
何がエロいって、切れ長のエメラルド色の瞳が織りなす流し目や、左目尻にあるホクロ、三つ外されたシャツの隙間からこれでもかと覗く鎖骨など、とにかくありとあらゆる場所から色気が放出されまくって大変なことになっているのだ。
少し長めの髪の毛を三つ編みにして前に垂らしているのだが、それがまた退廃的な美しさを漂わせるジャックによく似合っている。
「リアルハリウッドスターだ……」
辺境伯軍として職務にあたる騎士というのは仮の姿で、ここは多種多様なイケメンしか住むことを許されないアイドル養成学校か何かだろうか。
サラは場違いな場所に紛れ込んだネズミの気分になった。今ならアーサーが相手の顔や目を見るなと注意してくれた気持ちが良く分かる。
「サラ?どうした?」
「…いえ、なんでもありません。ネズミはネズミらしくコソコソと暮らしたいと思います」
「ネズミ…?」
ジャックと話している途中だと言うのに、アーサーはサラの挙動不審な動きに気付いてすぐに声を掛けてくれた。「そんなところも優しい」とキュンとしてしまう。
「イケメンに耐性がなさ過ぎて狼狽えたり興奮したりすることが多々あるかと思いますが、決して浮気ではありません。アイドルという偶像にキャーキャー言って楽しんでいるだけのただのミーハーな女なので広い心で許して頂けると幸いです」と、サラはアーサーに対し心の中で言い訳をしておく。
「とにかく、ジャックは連れて行けない。怪我が治っていないのだから足手まといになる」
「…っ。はい…」
アーサーの言葉にジャックは悔しそうに唇を噛んで俯く。
ジャックは左足を引き摺るようにして歩いているが、杖が必要なほどでもなく治癒魔法を定期的にかけているから痛みもない。だが、どうしても以前と同じようには動かせなかった。
無茶な戦い方をしたせいで魔物の攻撃を受けた自業自得の怪我だったが、今ほどあの時の行動を後悔したことはない。
一方のアーサーはというと、ジャックがなんと言おうが最初からサラと二人でラナテスに入るつもりだった。
サラのあの話が本当ならば、ラナテスに一歩足を踏み入れて魔物に一度も遭遇しないなんて異常な事態に勘付かれるわけにはいかない。
サラは魔術を使っていないと言うが、無意識に使用している場合もある。ラナテスへの植物採集はサラが悪魔かどうか見極めるいい機会かもしれない。
こうして、解体場を後にしたアーサーとサラはその足でラナテスに向かうことにした。
サラがもじもじしながら何か言いたげにしていたので、一度部屋に戻りトイレに寄ってから。
***
「………」
サラは今、アーサーに抱っこされながらラナテスの森の中を歩いている。
森の手前まで馬で駆けて来たのであっという間にここまでやって来れた。即断即決というか、忙しいはずのアーサーはラナテスに行くと決めてからの行動が早く、なんと解体場を後にしてからわずか三十分後には森の中だ。
サラは行動力のあるアーサーにうっとりする一方で、「少しデリカシーに欠けやしないですかね!?」と思わずにいられない。
サラは解体場で確かにもじもじししていたがトイレに行きたかったわけではなく、言おうか言うまいか悩んでいたことがあっただけなのに問答無用でトイレに連れて行かれてしまったのだ。
好きな人に尿意の心配をされる以上の辱めが存在するだろうか。悲しいことに、気にかけてもらえなければ一人でトイレに行けないのもまた事実だけれども。
「……」
「?サラ、どうした?疲れたのか」
「いいえっ!ずっと抱っこされているのに疲れるはずがありません!」
恥ずかしさの裏返しでムスッとしているサラを気遣ってくれるアーサーはやはり大人だ。いつまでも拗ねている自分の子供っぽさが浮き彫りになってしまい、サラは頭に被ったフードをひっぱりながら少し反省する。
サラは今、一度部屋に戻った時にアーサーが子どもの頃に使っていたフード付きのマントを貸してもらえたので、みの虫のように毛布でぐるぐる巻きにした状態から解放されていた。
「―――ここらへんか?サラが八日間を過ごした場所は」
「あ、はい。確かにこの辺りです」
アーサーはサラを腕に抱いたまま川辺りまで移動すると、つい最近まで使われていたであろう焚火の跡を確認する。器用に積んだ石で囲われた中心には枝の燃えカスが残されていた。
焚火の側には長い枝の先端に三メートルほどの細い蔓がしっかりと結びつけられた釣り竿もどきが二本。周囲には大小様々な大きさの器のような物がいくつも転がっている。
「―――夜はどうしていた?」
「あそこにある大きな木に登って枝の上で寝ました」
サラが指さす方へとアーサーが目を向けると、太く大きい立派な大樹が川辺り近くに立っている。確かに枝もそこらへんに生えている木の幹ぐらいあって、サラ一人が乗ってもびくともしないだろうなと思える。
サラはここで一人、枯れ枝を集め、火を起こし、飲み水を確保し、魚を釣ったり森を探索しては食べれる物を見極めながら食料を得て、そして不安定な木の枝の上で夜を明かす。―――八日間も。
あらためて思うが、サラはやはり普通ではない。
いくらハルベリーの森で十三年間生き延びた経験があったとしても、ラナテスは魔物が多く棲んでいるからか生態系そのものが他の森とは異なる。
そもそもハルベリーとグラハドールでは気候が違うので同じ植物が生えているとも考えづらい。
初見の植物や木の実、茸を見て効能や毒の有無を判別することは多少知識があったとしても不可能であり、これは魔術を用いていると考えるのが妥当だろう。
魔力がないと打ち明けられた時点で悪魔であるとほぼ確信していたので驚きはないが、サラには他の人間に魔術を仄めかさないよう言いくるめなければいけないなとアーサーは考える。
「辺境伯様、これが麹そっくりの種子を持つ果実です!とりあえずここからあそこらへんまで刈り取って頂きたいのですが…」
「分かった」
川辺りから少し移動したところに自生している木々に生っている果実が「こうじ」を持っているとサラは言う。
「こうじ」が何なのか分からなかったが、アーサーは風魔法で言われた範囲の果実を一気に刈り取り、重力操作で刈った実を浮かせ、風魔法でふよふよとこちらへと運ぶと、集まった大量の果実を腰に付けたポーチの口を開けてどんどんその中へと回収していく。
「わぁ、これはマジックバッグ!!?」
「マジックバッグ……?これは収納拡大魔道鞄だ」
「どういう仕組みなのですか?」
「これは一定の空間だけを拡張する空間魔法を付与しているんだ。といっても定着させるのが難しく、今はこのサイズの鞄に一辺が五メートルの立方体ほどの容量しか入らない。本当は時間停止なども付けたいのだが現状うまくいかなくてな」
「ほぇー。十分凄いと思いますけど」
「あと、空間を拡張しただけだから重さは入れた分だけ感じる」
「え。それは改善したいですね…」
こんな会話を交わしているうちにすべての果実をポーチに収納し終える。
「次はどこだ?」
「あっ、次はここから近い場所にタマネギの実が生っていたので先にそこへ行きます。その次はヨーグルト樹液と、ハーブと―――」
こうして、仕事の早い男・アーサーのおかげで魔物肉調理に必要な材料集めはサクサクと進み、ラナテス滞在時間わずか一時間で城へと帰還することになった。
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