表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/100

2 可哀想な女


「………殿下。笑えない冗談はおやめ下さい。いくら無邪気な青年を装ったところでこのように非常識なことをおっしゃられては精神破綻者としていずれ廃嫡されてしまいますよ」


「おいおいアーサー、私のことをそんな風に思ってたのかい?ははは! え、本当にひどいな……」


 アーサーの言葉の内容を吟味したセインは地味にショックを受ける。


「まさか今日の用件は()()だけですか?それならば私はこれで失礼致します」


「アーサー、ちょっと待って!最後まで話を聞いてほしい。ここにいる女性達は皆アーサーと結婚することを承諾している子達ばかりなんだよ!」


 身を翻しその場を後にしようとするアーサーに、セインは慌てて声を掛け呼び止める。


「……」


 振り返ったアーサーが冷たい視線で女達を一瞥した限り、納得してこの場にいるとはとうてい思えなかった。

 ずっと下を向いて意地でもアーサーの顔を見ようともしないし、ガタガタと震えて顔色も悪い。

 この女達全員がアーサーとの結婚を覚悟している?

 セインが王太子でなければ「そんなわけあるか!」と盛大に突っ込み魔術でタコ殴りにしているところだ。


「……殿下。人さらいは立派な犯罪です。彼女達を元いた場所に返すことをおすすめします」


 女達の様子を見るに普通の環境で何不自由なく育ったというわけではないのだろう。なんとなくセインの考えが透けて見えたアーサーは嫌な予感がして仕方ない。


「アーサーも気付いちゃったかい?彼女達はね、様々な理由で家族から虐げられている子達ばかりだ。

 逃げ出すことも出来ずに現状を受け入れるしかないと日々耐え忍ぶこの子達を探すのに手間取っちゃってさ、待たせてごめんね?」


「私は頼んでいませんが」


「まあまあ、そう言わずに!まずは和やかに自己紹介でもしようよ!

 アーサーも遠慮はいらないから。この場に参加しただけで、たとえアーサーに選ばれなくとも彼女達の今後の安全を保証する契約を交わしている。そして結婚までこぎつけた者には私から金一封を結婚祝いにプレゼント!悪い話じゃないでしょう?

 ね?彼女達は納得してこの場にいるのだから誰でも好きな子を選んでよ」


 セインはアーサーのことも女性達のことも、意思のない人形か思い通りに動かせる駒とでも思っているのだろうか。

 身の安全や金で釣った女を数人見繕ったから好きな子持って行っていいよと言われて、誰が「はい、ありがとうございます」と食いつくんだ。


 こんな正論を説いてもニコニコと笑うセインには一切通じない、というのが頭の痛いところだ。

 とにかくこんな茶番にいつまでも付き合う義理はない。早く終わらせるためにもアーサーはある提案を持ち掛ける。


「……。自己紹介などとまどろっこしいことをするよりも簡単な方法があります」


「「「「「っ!」」」」」


 アーサーが前向きな発言をしたことで女達の間に一瞬にしてピリピリとした緊張が走る。

 一度は「地獄のような家を出れるなら…!」と決意してセインと契約を交わしたのかもしれないが、いざ醜い化け物に嫁ぐという話が現実に迫れば怖気着いたとしても仕方ないことだろう。



「全員、俺の顔を見ろ」


「「「「「!!!」」」」」


 アーサーは温度の籠もっていない低い声で女達に命じる。


「それはいい考えだね!目的は子作りなんだからアーサーの顔をまったく見れないというのは致命的だ。……最悪、見れなかったとしても目隠ししてでも事に及んでもらうけど」


「殿下、ちょっと黙ってて下さい」


 ボソッと呟かれたセインの言葉に女達は余計に怯えてしまう。極限状態まで追い詰められた末にアーサーの顔を見た結果、気絶どころかショック死でもされたら困るのだが。


「お前達、早くしろ。こちらとて暇ではない」


 アーサーは声に魔力を混ぜ強制的に女達を従わせる。

 するとその直後、自分の意思とは関係なく身体が動き、吸い寄せられるようにアーサーの顔へと視線が向かってしまった女達の悲鳴が、楽団の音楽を掻き消すほどの声量で会場中に響き渡った。


「ひぃぃ!!!?」


「きゃああぁぁぁ!!!」


「化け物!!」


「え、…えぇ!?」


「ぅっ、げぇぇ…っ、ごほっ!ごほっ!」

 

 アーサーの顔を直視してしまった女達は、口から泡を吹いて次々と混沌していく。

 やはりセインが閨事を仄めかしたせいで生々しいことを想像してしまい、余計にダメージを受けたのだろう。

 ―――このように醜い男と本当に肌を重ねることが出来るのか?と。


 こちらだって顔を見て吐くような女など抱きたくもない。誰にも相手にされないくせにこうやってプライドだけは立派にあるものだから、アーサーはこの歳になっても女性経験がなかった。そのことに不便を感じたこともないし、自分の醜さを理解してからは性欲も枯れた気がするので問題はない。



「あちゃ〜。やっぱり駄目か。え、どうするの?これ」


「最初から分かることでしょうに。私は知りませんから」

 

 そうは言いつつも泡まで吹いて意識を失った女達をこのまま放置して立ち去るのも少しだけ気が引けて、回復魔法を掛けるかと手を上げたところで―――

一人だけ意識を保っている女の存在に気付く。


 セインも同じタイミングで気付いたようで、獲物を狙う野生のハンターのような目つきでその女に話し掛ける。


「えっと?君は誰だっけ」


「え………私、ですか? サラ・ハルベリー、です……」


 アーサーの顔を見たことによるダメージはしっかりと受けているようで、顔色は悪く、吐く一歩手前なのか口元を手で押さえながら必死に受け答えしている。


「ハルベリー子爵のところの子だね。歳は?」


「十六…に、なりました……」


「十六歳!アーサーとの歳回りもちょうど良いじゃないか!」


 何がちょうど良いのか。アーサーは二十八歳なのでこの少女とは十二も歳が離れているというのに。


「アーサー、この子にしよう!アーサーの顔を見ても気絶しないで生き残れる子なんて、彼女を逃せばもう絶対に現れないよ!」


「殿下、何を…」


「ね、君だって自身の安全と引き換えに契約書にサインしたよね?そこに書かれていたはずだ。アーサーに選ばれれば君に拒否権はない、と」


「っ、それ、は……」


「ほら!!アーサーがサラ嬢を望めばすべてが丸く収まる!サラ嬢はクソみたいな実家から逃げ出し私から大金を渡され、アーサーは嫁を手にして孤独から解放される。両者ウィンウィンの関係だ!

 まあ、唯一私の懐が痛んでしまうけれど、大切な友人の結婚祝いということで諦めよう!」


 セインが一人でペラペラと喋りアーサーをその気にさせようとしてくるが、アーサーには人の弱みに漬け込み女を手に入れるつもりなんて無い。



―――『孤独から解放される』


 その言葉に揺らがなかったと言えば嘘になるが、心の伴わない結婚をしたところで真に孤独が和らぐとはどうしても思えない。

 しかしなんと言ってセインを諦めさせるか。それにしてもこんなの(セイン)に目をつけられるなんて災難だったなと、アーサーがちらりとサラに目をやると―――


「「!」」


 すぐに逸らされてしまったが、今、こちらを見ていたサラと確実に目が合った。


 ほんの刹那の間だったが、視線と視線がしっかりと絡み合う。  

 

 

「……っ、」


 アーサーは今までにないほどに胸が高鳴るのを感じた。

 相変わらず顔が真っ青なところを見るに、サラがアーサーの顔を見たことでダメージを受けていることに変わりはないが、それでも自主的にアーサーの顔を盗み見るなんてどこの勇者なんだと讃えたい。


 初めて一人の女性として認識してしっかりと見たサラは、五人の中で誰よりも痩せ細っており、銀色のふわふわとしたくせ毛と薄い水色の瞳と相まってより一層儚げな印象を与える。



 ―――ああ……本当になんて可哀想な子なんだ。



 家でどのようなひどい扱いを受けていたのかは知らないが、目が合ったというそれだけの理由で―――世界で一番醜い化け物の花嫁に選ばれてしまったのだから。


 実家で受けた虐待と、醜いアーサーに一生囚われる地獄。果たしてどちらが不幸なのか。もうそんなことを考える意味はない。


「―――サラ。お前を俺のものにする」 


 アーサーによる最後通告を受けたサラのヒュッという息を呑む音は、夜会の喧騒の中に淡く溶けて消えていった。



お読み頂きありがとうございます! どのような評価でも構いませんので☆☆☆☆☆からポイントを入れて下さると作者が喜びます!! よろしくお願い致します(人•͈ᴗ•͈)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ