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18 魔物解体場


 アーサーとサラは騎士達の訓練施設の横にある魔物解体場へとやって来ていた。

 解体場に壁はなく、広い空間に柱を何本か立てて木の屋根をつけただけの簡易的な建物で、騎士を引退した者や怪我をして戦えなくなった者が魔物を解体する仕事に従事しているそうだ。


「閣下!ご足労いただき…えっ!」


「閣下〜、今回の大型ですが…えっ!?」


「……アーサー様。その毛布の中身はまさか人間ですかな?人拐いは犯罪ですぞ」


「じい、失礼なことを言うな。中身は俺の妻のサラだ」


「ほう…。あの噂は本当でしたか。セイン殿下にあてがわれたばかりの妻に一度逃げられ、二度目はないとばかりに監視の手を一切緩めないという噂は」


「最新のやつだな。まったく…解体場から出て来ないくせにどこで噂なんか仕入れてくるんだ」



 サラは聞こえてくる会話に居た堪れなくなって毛布の中で縮こまることしか出来ない。


 軍のトップであるアーサーが妻を持ち運ぶという、世の中のラブラブ新婚夫婦もドン引きの奇行を見せているのだ。それは部下の人達はびっくりするだろうし上司の正気を疑いもするだろう。

 しかし弁解しようにもサラは毛布から顔を出すことを禁じられている。サラを他の男に見せたくない、サラと目が合えば男達は必ず全員堕ちてしまうからという阿呆みたいな理由でだ。

 何を言ってるんだと呆れても、イケメンの旦那様に縋るような瞳で懇願されては正直悪い気はしない。


 あらためて言うがサラは美女でもナイスバディでも他者より秀でた才能があるわけでもなんでもなく、可愛らしい顔立ちであると自負してはいるが、今は痩せ気味なせいでその可愛さは半減してると思っている。

 こんな自分を相手にしてなぜ辺境伯様はたびたび病んだ発言を繰り返すのだろうか?とサラは不思議でならなかった。

 婚姻相手に選ばれたのは何かの思惑があってのことと理解しているが、いつか調子に乗って「もしかして好かれているのかも」と勘違いしてしまいそうで恐くなる。

「あれが好きでも何でもない女性に取る態度とは、辺境伯様はなんて罪づくりな生き物なんだ」とサラが毛布の中で悶々としていると、いつの間にアーサーと部下達による話が進んでいた。



「今回の大型は炎虎の(つがい)だったな」


「はい。番となった魔物の核は変化するのでしょうか?オスの魔核が普段の個体の物よりも大きかったので、一応閣下にご確認頂こうかと」


「確かに大きいが…異常な力を内包しているというわけでもなさそうだ。処理場に廃棄していいぞ」


「わっかりました!しかし魔核の大きい個体が増えてくるとますます処理場を圧迫しますねー」


「仕方あるまい。ただの石とはいえ魔物が持つ魔核は悪魔と同等のものだ。そこらへんに捨てるのも憚られる」


「そうっすね」


 なんだかアーサーは難しい話をしているようだが、サラの視線は炎虎(えんこ)とやらの皮を剥がれた赤身のお肉に釘付けだった。肉塊となっているのではっきりとは分からないが、元は三、四メートルはある生き物だったと思われる。程よくのった脂で艶々と輝く巨大なお肉の塊が2つ。さきほど昼食にステーキを食べさせてもらったというのに、サラの口内にはいつしか唾液が溜まり、慌ててごくんと飲み込んだ。


「身体はいつも通り焼却処理しといてくれ」


「了解しました!」


「うぇえ!!???焼却処理!!?」


「っ!!サラ、どうした!?」


 サラが耳元で大きな声を出してしまったというのにアーサーのサラを抱える腕に一切のブレはなく、「逞しい…最高です…!!」とうっとりしかけるが、今は頭をピンク色のお花で埋め尽くしている場合ではないと慌てて首を振る。


「あ、あのっ、辺境伯様!このお肉を焼却処理とは……?もしやこんなに美味しそうに見えて魔物の肉には毒がある、とかなのですか?」


「美味しそう…?いや、毒はない。我々も負担ばかりが増える魔物討伐に何か利益を出せないものかと魔物肉の加工に着手したりもしたのだが、不味くてとても食えたものではないんだ」


「なるほど…。ちなみにどのような加工を?」


「大量の酒に漬けて臭みを消したり、強い香辛料をまぶして味を誤魔化してみたり、細かく切り刻んでみたりもしたがとにかく獣臭くて硬い」


「なるほどなるほど。辺境伯様、そのお肉を少し焼いて頂き、味見をさせてもらうことは出来ますか?」


「下処理をせずに食べるつもりか?やめたほうがいい。吐くぞ」


「閣下〜!面白い話をしてますね?いいじゃないですか、奥様がお望みなら俺が喜んでご用意致しますよ!」


「ジャック…」


 サラはコソコソと話しているつもりだったが、アーサーとの会話はこの場にいる騎士達にばっちり聞こえていたようだ。


「えっ、ありがとうございます騎士様!よろしくお願い致します!」


「……はぁい!少々お待ちをっ」


 顔を見せてはいけないと言われているのでアーサーの腕に抱かれ毛布で顔を隠したままという失礼な態度ではあったが、サラはペコリと頭を下げてお肉を用意してくれるという騎士に感謝の言葉を伝えた。

 毛布で前が見えなかったせいでサラは気づかなかったが、明るい声と態度とは裏腹にジャックと呼ばれた騎士のサラを一瞥する瞳は冷めきっており、アーサーはそんなジャックを見て溜め息をつく。


 ジャックは二十歳とまだ若い男だが故郷の国でひどく迫害されたらしく、十五の歳でたった一人アルセリア王国まで海を渡ってやってきた強者(つわもの)だ。アーサーの目にジャックは爽やかな好青年に見えているが、中々に強い魔力を持っているのでさぞや醜い男として差別されてきたのだろう。


 差別されてきた高魔力者達は、黙って境遇を受け入れる者、差別してきた者達を恨む者、高魔力者として生まれた己を嘆く者などに分かれるが、ジャックの考え方は少し特殊で、彼は高魔力者以外を何の役にも立たぬ者として逆に差別して見下している。

 自分達だけ「高魔力者」なんて名称をつけられ、それ以外は正常であるという世の中の考え方を嫌い、身体から溢れるほどの魔力を持たない者達を「低魔力者」と呼んでは使えない奴らだと蔑んで過去に受けた仕打ちに対する溜飲を下げているのだ。


 その気持ちは痛いほどよく分かる。グラハドールの城で軍務に就く者達は全員似たような境遇で生きてきている。だから仲間内で誰を馬鹿にしようが汚い言葉を吐こうが咎めはしない。

 

 だが、サラに対して舐めた態度を取ることだけは許しがたい。

「奥様の願いを叶える」という体を取っているが、その本心はまずいものを食わせてざまあみろと嘲笑いたいだけだ。ジャックとじいの他にいる五名の騎士達もジャックを止める素振りすら見せない。

 ここにいる奴らの心の闇は深く、底には憎しみが澱のように溜まってしまっている。

 だが、そんなことはどうでもいい。薄情だと言われようが今のアーサーは苦楽を共にした仲間達より、つい最近結婚したばかりのサラがこの世のすべてだ。アーサーはジャックに肉を用意しないよう伝えるべく口を開く。


「ジャック―――」


「辺境伯様っ、私、魔物のお肉は初めてです!楽しみだなぁ!」


「……」


 無邪気に笑うサラを見てしまってはジャックを止めることは出来ず、アーサーはサラが吐いた時は軍服で受け止めようと決意するに留めた。


「お待たせしました〜!火魔法で炙りたての炎虎のお肉でっす」


「わわ、ありがとうございます!」


 ジャックからズイッと差し出されたお皿とフォークをサラは両手で受け取る。

 ほどよく焼けた一口サイズの肉が皿に山盛り載せられており、それは味見というより成人男性一食分ほどの量があった。


「サラ、無理して食べなくてい―――」


「いただきまーす!!」


 アーサーの言葉を遮ってしまった。サラは「がっつき過ぎな女だと思われたかもしれない」と焦るが、肉を目の前にして「待て」が出来なかった正しくがっつき過ぎな女だなと開き直る。


 サラにとってはまあまあ大きい一切れをパクッと口に入れると、ゴムを噛んでいるかのような嫌な弾力とクセしかない香りに目を丸くしてしまう。

 中々噛み切ることが出来ずに、肉が喉を通る音がごくん!とはっきり聞こえた。


「…………。確かに臭いし硬いし不味いですね。でも焼いただけでこの味が出せるなら優秀ですよ!栄養価は…高そうなのできっと騎士様達の助けになるお肉となることでしょう!!」


 感想を述べたサラは食べる手を止めることなく、パクパクと肉を口に入れては平気そうな顔で飲み込んでいく。

 恥をかかせてやろうと目論んだ張本人であるジャックは呆気にとられた顔をしてサラを見つめている。


「―――ご馳走様でした!

 辺境伯様、このお肉を無駄にしないためにもラナテス森林に入らせて頂きたいのです」



 この言葉を聞いたジャックの目がさらに大きく見開かれた。


お読み頂きありがとうございます! どのような評価でも構いませんので☆☆☆☆☆からポイントを入れて下さると作者が喜びます!! よろしくお願い致します(人•͈ᴗ•͈)

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