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17 夫婦の証といえば


 ブラッドとの話を終えたアーサーは部屋に入って来ると、疲れたように扉に背中を預け腕を組み溜め息をついている。その様子は怒っているようにも見え、余計なことをしてしまったのではとサラは焦った。


「あの…勝手にお話に割って入るような真似をしてしまい、申し訳ございません……。怒って、いらっしゃいますか?」


 サラのこちらを窺う怯えの混じった瞳を見たアーサーは、慌ててサラの待つベッドまで歩み寄り声を掛ける。


「いや、怒ってなどいない。少し…情けなくなってな」


「情けなく、ですか?」 


「ブラッドにサラの特異性を知られたことで余裕を無くした。もし、ブラッドにサラを奪われでもしたら……俺は迷いなく腹心の部下を手に掛けるだろう」


「はぁ…?」


 アーサーが何を言っているのか、サラにはよく分からなかった。ブラッドのような大人の色気を漂わせる年上の男性が自分のようなちんちくりんの小娘に興味を抱くはずがないではないか。そんな心配をされること事態が自意識過剰な女みたいでこちらが恥ずかしくなってしまう。

 そもそも、サラの幸運はアーサーのお嫁さんになれた奇跡ですでに使い果たしているので、これ以上におかしなことは起こらない。

 だが、旦那様がよく分からない思い違いをしていた場合、それを正すのはきっと妻の役目だ。


「辺境伯様。私は書類上とはいえ貴方様の妻です。他の男性に目移りするような不誠実なことは致しません。だから変な勘違いはしないで下さいね…?」


「…っ、サラ…!」


 サラの照れたような上目遣いで放たれたもの凄い威力のセリフに、アーサーの胸に物理的な攻撃で撃ち抜かれたような痛みが走る。「可愛い」も過ぎると人を傷付ける凶器に様変わりするようだ。

 アーサーはヨロヨロとサラが腰掛けるベッドの側に置いていた椅子に座り込むと項垂れた。


「………サラ。書類上でも妻だと言ってくれるのならば、その証がほしい。少しでもサラは俺のものだと実感したいんだ」


「証、ですか…?」


「ああ、俺の―――」


「分かりました!!」


「え?」


 アーサーがパッと顔を上げると、なにやら両拳を固めて「女は度胸!」と呟くサラの姿が見え、こちらに気付くと「辺境伯様っ、恥ずかしいので目を閉じてて下さい!」と言われたのでよく分からないまま目を瞑る。


 ―――「アーサー」と名前で俺を呼ぶことがそんなに恥ずかしいのだろうか? 


 アーサーはずっと名前で呼んでもらう機会をうかがっており、今ならすんなり呼んでもらえそうな気がして提案したのだが、どうやらそんな簡単な話ではなかったようだ。醜い化け物の名を呼ぶにはそれ相応の覚悟が必要らしい。


 アーサーは目を瞑り耳に全神経を集中させながらその時を待った。


 しばらくしてギシ…とベッドが軋む音がしたので、サラが体重をこちらに傾けたことまでは分かったのだがその後がよく分からなかった。


 ふわっとした風が吹いたかと思えば左頬にふにっとした柔らかい感触が。これはスライムのぷにぷにとした表面を触った時の感触によく似ている。

 意味が分からず無意識で目を開けると、いまだかつてないほどの近い距離にサラがいて反射的にビクッと身体を震わせてしまう。

 これでは少し動いただけでサラの唇が自分の頬にぶつかってしまいそうだと考えたところでアーサーは固まった。


 ―――ま まさか。いまの、スライムは………


「あっ、目を開けましたね!もうっ…少し恥ずかしいですが、夫婦ならほっぺにチューは当たり前、ですよね?セクハラじゃないですよね!?」 


 「せくはら」は初めて聞く単語だったが「夫婦ならほっぺにチューは当たり前」に強い同意を示すため、アーサーは激しく何度も首を縦に振る。


「ふふ。合ってたみたいでよかったです!これからよろしくお願いしますね、辺境伯様!!」


「……ああ。…………よろしく、頼む………」


 アーサーは呆然としながらも左頬に保護魔法を掛ける。本来保護魔法とは、傷や汚れがつかないように武器や貴重な宝、遠征時に持っていく食料などに掛けるのが正しい使い方であって、決して自分の顔に掛けるような魔法ではないのだが、しかし今、サラの唇が触れたことでアーサーの左頬は何よりも価値のある聖域へと進化した。


「保護魔法では護りが薄いかもしれない、結界をはるべきか?」と、こんなことを本気で思っているのだから、「お肌私よりすべすべだったぁ〜!もう一回したいなぁ…」と邪なことを考えるサラより、頬に受けた口付けを一生護って生きていくと決めた二十八歳のアーサーの方がよほど乙女でピュアだった。








***


「お手数お掛け致します…」


「いや。これくらいなんてことない」



 アーサーが「ほっぺにチュー」の衝撃からやっと立ち直ってきた頃、別の部下が討伐で倒した二頭の大型魔物の処理について確認にやってきたので、アーサーはサラを連れて解体場に向かうことになった。


 サラは「自分で歩けます!」と主張したのだが、「男物のシャツとズボンを身に纏う姿は目に毒だから」と意味の分からないことを言われてしまい、毛布でぐるぐる巻きにした状態でアーサーに縦抱きにされ運ばれている。

 こんな恥ずかしい思いをするくらいなら部屋で待っていたかったが、魔力のないサラを一人残すことに難色を示したアーサーによってすげなく却下されてしまった。


「話の途中だったのにすまないな」 


「いえいえ!私の話なんていつでも出来ますから、お仕事を優先させて下さい!

 それにしても城内に魔物を解体する場所があるのですか?」


「そうだ。小型や中型の魔物はその場で解体することもあるが、大型は一度城に持ち帰っている。まあ、解体したところで魔物の肉は食えないし、でかい核は処分場を圧迫するし、使えるのは毛皮や爪ぐらいしかないがな」


「へー、そうなのですね」


 サラの勝手なイメージでは、冒険者ギルドのような組織がありそこで魔物を買い取ってくれると思っていたのだが、どうやら騎士達の仕事は討伐から解体にと多岐に渡るようだった。

 サラは興味津々で尋ねたのだが、アーサーは質問を違う意味で捕らえたようだ。


「ああ、安心してくれ。サラに血なまぐさい解体作業を見せるつもりはない。指示を出したらすぐ部屋に戻る」


「えっ?私は平気ですよ。魔物を解体したことはありませんが、ウサギや鹿や猪の解体経験はありますから」


「っ…、そうか」


 普通の貴族女性には動物の解体経験など絶対にない。というか貴族男性にもない。このことからサラの領地での生活の過酷さがうかがえてしまう。

 一瞬しんみりとした空気が流れたが、サラには他に気になっていることがあった。


「あ、あの……なんだか周囲の皆様がざわついてませんか?」


「……気にしなくていい」


 アーサーは涼しい顔でサラを抱え直す。


 気にしなくていいと言うが、サラは頭まですっぽりと毛布を被り、逞しいアーサーの首元にしがみついているので周りの様子がまったく見えていない。それでも、人がたくさんいる場所に出たのか、驚きの声を上げる人々の言葉が嫌でも耳に入ってきてしまう。

 

「閣下…と、あの毛布、は…奥様か…!?」


「なぜ抱っこ…?」

 

「一度逃げられたから…」


「しっ!余計なこと言うな!」


「そうだぞ!俺達高魔力者に嫁なんか来ないんだから、もしそんな奇跡が起きたら俺だって肌身離さず持ち歩くわ!」


「だからシィー!!聞こえるぞ!!」


 はっきりと聞こえている。

 なんだかアーサーが不憫な言われようをしているが否定しなくていいのかとサラはハラハラとしてしまう。「一度妻に逃げられた夫が監視のため常に側に置いている」と思いっ切り誤解されてるようなのだが。


「辺境伯様……弁解しなくてよろしいのですか?」


 元はといえば魔力がないサラのせいなのに、アーサーが「束縛癖のある異常な夫」であるかのような謗りを受けてしまうのは非常に申し訳なかった。


「構わない。あいつらは俺が羨ましいだけだ。それに間違ったことを言っているわけではないしな」


「いやいや、辺境伯様、妻を監視するヤバい夫みたいな言われ方してますよ!?全然違うじゃないですか」


「サラがそう思っているならそれでいいんだ」


「えー??」


 サラは自分が監視されているとは露ほども思っていないようで首を傾げているが、アーサーの部下達がひそひそと囁いていることは正しい。


 高魔力者に恋愛経験はないし、ましてや結婚など出来るはずもない。

 なんの因果か分からないが、そんな常識の中でアーサーはサラという唯一無二の女性を手にすることが出来た。

 一度知ってしまった温もりを手放すことはこれから先の人生に希望を見出だせなくなるほどに辛い。アーサーはそのことを身を以て体験したばかりだ。


「また失うのでは」と怯え疑心暗鬼に陥るくらいならば、サラをずっと目の届く範囲に置いておけばいい。

 幸いなことにサラには魔力がないので、そのことを理由に四六時中側にいる口実には困らない。



 サラはいつか気づくのだろうか―――自身がアーサーという頑丈で強固で歪な檻に囚われている、という真実に。


お読み頂きありがとうございます! どのような評価でも構いませんので☆☆☆☆☆からポイントを入れて下さると作者が喜びます!! よろしくお願い致します(人•͈ᴗ•͈)

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