16 醜い男の醜い嫉妬
「魔力がないから。人間ではないから。悪魔だから。
そう疑われて私は三歳の時にすべてを奪われました。―――実際に何かをしたわけでもないのに」
「っ!」
「私は人を襲ったことも魔術を使ったこともありません。いきなり凶暴になって態度が豹変したことも、魔物を従えたことも……あ、これに関してはグレーでしたね!でも私は自分のことを本当に、魔力がないだけのただの人間だと思っています」
「……」
「とにかく、魔力がなければ世に溢れる様々な魔道具の恩恵にはありつけず、人々が捨てた不便の中で生きるしか術はありません。
そこがどんな場所であったとしても。辺境伯様が住めるわけがないと断言する森であったとしても」
「サラ…」
「まぁ不便とは申しましたけど、森の中だって自然が豊かなら住めば都です。とくにラナテス森林ですか?この森は本当に様々な植物や木の実が自生していて快適に過ごすことが出来ました!
ハルベリーの領地の森は、かつて観光用地にするため中途半端な開発をしたのち頓挫したせいで豊かとは言えず……実は冬を越せないと覚悟した時が一度だけあったのです」
「冬の間に食べる保存食の量を見誤るなんて恥ずかしい失敗をしたものです」と照れながら話すサラに、アーサーは込み上げるものを我慢出来ず椅子から立ち上がると衝動のまま小さな身体を抱き締めた。
「サラ…っ!サラ!すまない……、俺はこれまでのサラの苦しみを何も理解していなかった!」
「へ、辺境伯、様…?」
突如訪れた、イケメンによるハグというご褒美タイムにサラの脳内は大パニックに陥る。押し付けられた胸筋の逞しさに息苦しくなったがこれで窒息しても我が人生に悔いはない。むしろ本望だと思える。
「……領地でつらい思いをしていたサラを救えなかった自分に腹が立つ」
「ふふ、その頃はまだ出会ってすらいないのですから」
きつく抱き締められ過ぎて動きにくかったが、なんとか手を動かしアーサーの背中を「ありがとう」の意味を込めてポンポンと叩く。
このポンポンを「苦しい」の合図と勘違いしたアーサーはハッとしてサラを自身から引き離すも、その両手は肩に置かれたままだ。
「サラ…。俺はサラのことを知りたい。これまでをどのようにして、何を思って生きてきたのか。
辛いことを思い出させるかもしれないが、ハルベリーの森で過ごした十三年間についてもすべて、だ」
真摯に語りかけるアーサーのルビーのような瞳はやはりとても美しい。強い輝きを放つ宝石を間近で見ているような心地になったサラは言葉にし難い幸福を感じた。
「……いいですよ。まあ、辛いといっても涙を誘うような話でもなければ、笑えるような面白い話でもなく…つまり楽しい話じゃないんですけど、それでもよければ」
「もちろんだ」
ここでアーサーはサラと至近距離で顔を合わせていることにやっと気付き、バッと離れる。
「すまない!」
「え? いえ…」
「……、?」
いきなり大男に抱き締められた上、これほどの近さでアーサーの醜い顔を見せられ続けたというのにサラの反応はあまりにも薄い。普通ならアーサーの醜さにあてられた人間は泡を吹いて昏倒してしまうはずなのに。
もしや人間と悪魔では物の見え方に違いがあるのではないだろうか。アーサーは少しの、いや、わりと大きな期待を抱きながらサラに尋ねる。
「サラは………俺の(醜い)顔を見てどう思う?」
「え?(カッコ良すぎて)まだ直視するのは辛いですが徐々に慣れてはきたかと…」
「そうか…」
どうやらサラも他の者と同様に高魔力者の顔を正しく認識出来ず、畏怖の対象として醜く見えてしまっているようだ。もしアーサーの本来の顔を認識出来たならば、わずかでも好きになってもらえる可能性が残されていたが、吐き気を催すほど醜く見えていればそれも絶望的だろう。本当はサラの心も欲しかったが、今は抱擁を受け入れてもらえただけで良しとするしかないと自分を納得させる。
そもそも悪魔について書かれた文献が少なすぎてその生態や能力についての情報が少ない。
そこらへんの擦り合わせもサラとしていく必要があるなと考えたところで部屋の扉が遠慮がちにノックされた。
「閣下。ブラッドです」
アーサーはサラにベッドに入っているよう言いくるめた後、部屋の鍵を魔力で開けてドアの向こう側へと顔を出す。
「どうした?」
「はっ。サラ様はまだお休みでしょうか?実は今服飾店の店主が謝罪にきておりまして…なにやら、我々がサラ様を探して街中を探索したことで誤解に気づいたとか」
「誤解?」
アーサーは腕を組んで壁にもたれると、服屋の店主が何を誤解することがあるのだろかと考える。
「それが…閣下が用意するように伝えたサラ様の服を新入りの騎士のための服を頼まれたと誤解して、少年用のシャツやズボンを手配したそうです」
「はぁ?」
「我々もサラ様が男物の服を纏っているとは思っておらず、そのせいで発見が遅れた可能性もありますので閣下にご報告に参った次第です。店主の処罰はどうなさいますか?」
「……」
なぜこんなことになっているのか。端的な指示だったとはいえ、アーサーはちゃんと「小柄な女性が日常で使う衣類一式を頼む」と伝えたはずだ。
どういう手違いがあれば女性の服が見習い騎士の服に替わるのか分からなかったが、ともあれドレスやハイヒールなど持って来られていたらサラが森で過ごすのに何の役にも立たなかったというのもまた事実。
「…いや、処罰はなくていい。代わりに急いでサラのドレスを手配するように伝えろ」
「承知しました。……閣下、サラ様はお目覚めですか?」
ブラッドの位置からテーブルに並べられた皿が見えたらしく、遠慮がちに尋ねてくる。
「ああ。さっき食事をして少し話を聞いたところだ」
「本当に無事に見つかり安心致しました。それで…部屋から連れ出した犯人について、サラ様は何か申されていましたか?」
ブラッドの顔は深刻そのもので、信じてはいるが仲間の中にサラを拐った犯人がいるかもしれないと苦悶しているようにも見える。
「いや……。犯人など存在しない。サラは自力で部屋から脱出した」
「えっ!?どういうことです?」
「サラは…バルコニーに出て壁を伝って下へと降りたそうだ。城を出たあとは街を彷徨っていたらしい」
「まさか……そんな危険を冒してまで…」
ブラッドのアーサーを見る目が同情と憐れみに塗れている。サラに命を掛けた脱出に踏み切らせたのはアーサーを恐れ、醜い男の妻となる人生に絶望したからだとでも思われているのだろう。
実際は最新鋭の魔道具に溢れたアーサーの部屋では生きていくことが出来なかったからなのだが、魔力がないとバレるような真実を話すわけにはいかないので、ブラッドから送られてくる憐れみの視線を甘んじて受け入れる。サラが悪魔だと露呈することを思えばアーサーが泥を被ることなど痛くも痒くもない。
「―――あの、」
いつの間にアーサーの背後に立っていたサラがひょいっと顔を出した。これにはアーサーも驚いたがブラッドはもっと驚愕してその目を見開いている。
なぜなら、サラの水色の瞳にはブラッドのエメラルドグリーンの瞳がしっかりと映り込んでいるからだ。
「あの、私が城から勝手に出たことでご迷惑をお掛けしてしまったようで…申し訳ございませんでした」
サラはアーサーにベッドにいるよう言われていたのだが、街中捜索しただの、処罰だの、犯人だのと物騒な言葉が聞こえてしまい、知らん顔をして隠れているわけにはいかないと思った。
「もしかして忙しい騎士様達に大変な迷惑を掛けてしまったのかもしれない」と青褪めて謝罪する。
「え……………?いえ…………お気に、なさらず………」
「サラ。まだ休んでいるんだ」
ブラッドが無意識に返事をしているうちに、アーサーはサラを部屋の中に優しく押し込んでから、自身は廊下に出て扉を閉める。
部屋の前の廊下には、扉の前に陣取るアーサーといまだ呆然としているブラッドの二人が残された。
「閣下………。サラ様は何者ですか?女性と目が合ったまま会話を交わすなど生まれて初めての経験なのですが…」
「…ちっ」
こうなることは分かっていた。だからブラッドに会わせないようサラにはベッドにいるよう伝えたのだが、どうやら話が聞こえてしまったようだ。これは最初から扉を閉めて廊下で話さなかったアーサーのミスなので悔やんでも悔やみきれない。
「サラは………高魔力者の顔を醜いと思いつつも嫌悪感を抱くほどでもないらしく、顔を見たとしても意識を失うことなく耐えられるんだ」
「なんと…!そのような人間が存在するのですね…!
私はとくに魔力が高く、母親にも嫌悪されていたくらいなので、あのように真摯な謝罪を受けたことは初めてです。
お互い目を見て話すというのはこれほど心が歓喜で震える行為だったのですね……」
ブラッドは熱に浮かされたように一点をぼんやりと見つめながら素直な気持ちを吐露している。
自分でも何を言っているのか分かっていないのではないだろうか。 ―――正常な思考が出来ていればアーサーの逆鱗に触れるようなことを迂闊に口にするような男ではないのだから。
「ブラッド。今のことは忘れろ。誰にも他言するな」
「っ!」
火傷しそうなほど冷たい冷気が流れてきたことでブラッドは我に返る。アーサーの顔を見ることは叶わないが痛いくらいに強い視線を感じた。
「はっ…!承知、しました」
アーサーはブラッドが深く頭を下げて命令を受け入れたことを冷たい眼差しで一瞥すると、身を翻して部屋の中へと戻って行った。
扉を閉めるバタンという音が聞こえたことで、頭を下げたままのブラッドの首に汗が一筋流れ落ちる。
―――本当に生きた心地がしなかった………。
ブラッドがサラに興味を持ったかのような言い方をしたことが、アーサーの不興を買ってしまったようだ。
『死にたくなければサラに関わるな』―――部下達にも再度言いくるめなければと考えながら、ブラッドは静かにその場を離れた。
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