14 羞恥心、とは?
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「辺境伯様、どうぞその剣で私の心臓を刺して私が人間であると証明して下さいませ」
サラはそう言うと手をお腹の辺りで組んで、広いベッドの真ん中で横になった。しかしすぐに起き上がると「あ、ベッドが血塗れになってしまいますよね。下に降ります!」とまったくどうでもよい気を回してベッドから降りようとするので、アーサーは慌てて押し留める。
「待て、俺はサラを殺すつもりはない!」
「え…?ではどのようにして私が人間かどうか確認するおつもりですか?」
きょとんとした顔で自分の心臓を貫かないのか?と猟奇的なことを尋ねてくる顔ですら愛らしいと思うのだから、これはもうアーサーの負けだ。
―――サラが悪魔でも構わない。
悪魔の存在を秘匿した罪に問われようがどうでもいい、すべて蹴散らしてやる。サラを奪うやつがいるのなら例え相手が王家だったとしても容赦はしない。
「確認する必要はない。悪魔だったとしても俺はサラを手放すつもりはないのだから」
「え………それ、じゃあ、……私は辺境伯様のつ、妻のまま、ということですか?」
「そうだ。―――不満か?」
「えっ!いえ、そうではありません」
サラは慌てたように顔の前で手を振り否定している。
それはそうだろう。アーサーが見限ればサラの命はそこで終わるのだから、例え死ぬほど嫌だったとしても醜い男に添い遂げるしか生きる道は残されていない。
サラがアーサーの顔を見ても意識を保っていられるのは悪魔だからなのか。
だとしたら何もかも好都合だ。サラの弱みを握ったことでアーサーは愛しい妻を縛り付ける強固な鎖を手に入れた上、「魔力がないことを知られるリスクが高まるから」と言って、誰にも会わせず閉じ込めるための大義名分を得たのだから。
仄暗い思考に染まるアーサーはサラのなんとも言えないムニムニした表情に気づかない。
―――も、もしかして、サバイバル中に無駄に思い描いていた、超絶格好いい旦那様との夢の新婚生活が現実になる……?
サラはサバイバルをしながらそれはもう想像逞しく、アーサーとのあんなことやこんなことを妄想しまくっていた。
先ほどの命を以て人間であると証明すると言った言葉に嘘はないが、人間でも悪魔でもどちらでもいいと言われたからにはもちろん全力で生きるつもりだ。
サラの切り替えはとても早い。このような性格でなければとっくの昔に病んで飢えて儚く死んでいたことだろう。
結婚に夢を見るような人生を歩んではいなかったが、お相手がアーサーならば話は別だ。
エスコートのため常に手を差し伸べてくれる紳士的な男性で、ちょっとした怪我にもすぐ気が付いて恩着せがましくなくスマートにサッと癒してくれる甲斐性もある。
イケメンに耐性がなく挙動不審になってしまうサラを優しくフォローしてくれる包容力は年上ならではの魅力だ。
辺境伯領に着いた時、ハリウッドスターに囲まれた興奮で気絶したサラをベッドまで運んでくれたのはアーサーだろうか。あの鍛え抜かれた逞しい身体に軽々とお姫様抱っこされる自分。記憶がないので百パーセント妄想で補完したが素晴らしい絵面だ。
生きるか死ぬかの瀬戸際だったことなどすぐに忘れ、薔薇色の新婚生活に思いを馳せるサラの顔にはムニムニとしか表現出来ない笑みが浮かんでいる。
しかし非常に現実的な問題が発生したため、幸せな妄想はここで終わりだ。。
「あ、あの、辺境伯様…」
「なんだ?」
「今すぐ外に出たいのですが…この部屋の扉に取っ手はありませんよね?どうやって出ればいいのですか?」
「……なぜ、外に?」
アーサーの纏う雰囲気が冷たい、というか赤い瞳に昏い影が差した気もするが、誰しもが毎日している生理現象なので怖い顔をせずに許してほしい。
「えっと、お手洗いに行きたいのです。ですから外に…」
「トイレならこの部屋にある」
「いえ、魔力がないので扉も開けられませんし水も流せません」
「!、そうだったな。配慮が足りずすまない」
ベッドから離れたアーサーがトイレの扉に手を翳すと自動でウィンッと開いた。
アーサーは快適な空間を提供したつもりでいたが、この部屋はサラにとっての監獄だった。
魔力がなければ灯りもつかず、飲水すら出てこない。冷蔵魔道庫にどれだけ食事を用意していたとしても、目の前にあるというのに食べれないという状況は余計な飢餓感を煽るだけだろう。
サラに自力で外へと出れる能力がなければ―――。
アーサーは討伐から帰った日、想像を絶するような絶望を抱くハメになっていた。本当になんて恐ろしいことをしてしまったのか。
アーサーが後悔に塗れながらサラを振り返ると、なぜかもじもじしており一向にこちらへとやって来ない。
「サラ?どうした?」
「あ、いえ……。お水は勝手に流れません、よね?」
「ああ、魔力が必要だ。終わったら呼んでくれ」
「嫌です!!!!!」
「!?」
サラと出会ってから初めて聞く声量の拒絶の言葉に、アーサーは何が嫌なのか分からずに固まる。
「え、だって、排泄したものを辺境伯様に流して頂くってことですよね!?終わりましたお願いしますって!?に、匂いとか…気になる場合もありますよ!?生きてるんですから!!ほんとにどんな羞恥プレイですか!?」
サラは涙目で詰め寄る。もう必死だ。普通に考えてトイレを利用した後の水を誰かに流してもらうのは誰しもが抵抗あるだろう。それがイケメンならなおさらに。
あまりの剣幕にさすがのアーサーもたじたじだ。
「だ、だが、それならどうするつもりだ?」
「んん゙っ、はい。ですから外に」
「? 外に?」
「ここでするぐらいなら外でします。ご迷惑にならない草むらをご享受頂ければ、と」
「はぁ!?」
人にトイレの水を流されるのは恥ずかしいと言うが、誰がいつ通りかかるか分からない真っ昼間の草むらで用を足すのはいいのか。
分からない…これを乙女心と呼ぶのは違う気もするが、サラの乙女心は難解だ。
だが、いくら懇願されようとも男しかいない城の野外で用を足すなど許容出来ない。
「駄目だ。危険過ぎる」
「辺境伯様は何が危険だと仰るのですか!?この八日間何度も外でしましたし、川で水浴びだってしましたよ!」
「っ、」
そう言われてはアーサーに反論は出来なかった。そんな不便を強いてしまったのはアーサーが八日もサラを一人で放置したからだ。
「……では、俺も行く」
「え」
「俺も共に行き、サラの背後を守ろう」
「いやいやいや、それじゃあ本末転倒ですよ!!なぜ、より恥ずかしい目にあわないといけないのですか!」
平行線を辿った二人の話し合いはサラの尿意が限界に近づいたことで一度ストップし、結局部屋のトイレを使用した後、アーサーが目を瞑り息を止めて水を流すという案で折り合いがついた。
「ぅぅ……。何かを失った気がする……」
「…そうなのか?」
トイレの後、サラはよく分からない喪失感に嘆いているが、アーサーにはやはりまったく理解出来なかった。
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