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13 悪魔


「魔力が、ない………?………、では、なぜ、サラは生きているんだ……?」


 間抜けな質問をしている自覚はあったが人が生きる上で魔力は絶対に必要不可欠なものなのだから、アーサーのこの疑問は尤もだ。

 高魔力者はもちろん、そうでない者にだって魔力は必ず体内に存在する。


 人間の身体において何の役割を果たしているかはまだ解明されていないが、心臓が鼓動を刻むように、赤い血が細い血管を絶えず流れるように、肺が空気を取り込み呼吸するように、これら当たり前に行われる生命維持活動と同じように体内に魔力がなければ人は生きてはいけない。心臓が止まれば人は死ぬし、魔力が枯渇しても人は死ぬ。子どもでも知ってる常識なのだが、その魔力が―――サラにはないという。


「………っ、」


 アーサーの額にはいつしか汗が滲み、やがて一筋の雫が頬を伝う。


 ()()()()魔力が必要だが、魔力を必要としない者達がこの世には存在する。


 それは―――悪魔だ。


 悪魔とは、総じて残虐非道な性質をもつ者ばかりで、人間に災いをもたらす邪の象徴として太古より恐れられてきた生き物だ。人間と悪魔はかつて共存して生きていた時代もあったらしいが、悪魔達によるあまりにも非道な行いのせいでそれは破綻し、やがて二種間による大きな戦争に発展したという歴史がある。

 人間はこの戦争に辛くも勝利し悪魔をほぼ絶滅にまで追い詰めることが出来たが、彼らはおそらく今もどこかでひっそりと生きており、人間に復讐する機会をずっと窺っているというのが世界共通の見解だった。

 ここ何百年、我が国での悪魔の出現情報はなかったが、その脅威はいまだ去ってはいない。


「絶滅寸前にまで追いやられた種になにが出来ると言うんだ」「悪魔など取るに足らない」と悪魔による脅威を一蹴する者達もいるが、悪魔はその数を減らしたとはいえ一人一人が異常なほど強い力を持つ。


 空気中に数多に存在している魔素と呼ばれる極小の粒子を体内に取り込んで生命を維持させている悪魔は、魔力を使い続ければやがて枯渇し魔法の扱いに制限がある人間とは違い、そこらへんに漂っている魔素を使って魔法とは異なる魔術なるものを無限に用いることが出来た。


 魔法も魔術も不思議で便利な力という共通点はあるが、悪魔が使う魔術は人間が使う魔法とは一線を画す。

 まず、悪魔は魔術を用いて自身の姿を自由自在に変えることが出来る。骨格や性別、身体の造りそのものを変化させ生命があるものならば誰にでも、何にでもなれるという。


 かつての戦争では昨日まで背中を合わせて戦っていた仲間が、一夜のうちに悪魔に入れ替わり背後から狙われた―――なんて話はザラにあったらしい。動物にも変化するというのだから、何を信じればよいのか疑心暗鬼に陥ったことだろう。

 あとは瞬間移動や、身体を変化させる応用で爪を刃物のように伸ばしたり、腕を金属のように硬化させたり、魔物や人間を操ることも出来たという荒唐無稽な内容まで文献に記されている。

 こんなことは魔法では実現不可能で、過去に起きた戦争も人間の数が圧倒的に多いというアドバンテージがなければ絶対に勝利出来なかったと言われるほどに魔術は出鱈目な力だ。


 悪魔は黒い髪に赤い瞳という特徴はあれど、人間となんら変わらぬ姿形をしている。

 そのため、変化の魔術を使って髪と目の色を変えられてしまえば、人間の世界に紛れ込んだ悪魔を判別する手段はない。唯一の判断基準は―――魔力を持っているかどうか。



 アーサーをじっと見つめるサラの水色の瞳は凪いでおり、魔力がないと告白した動揺などはまったく見られない。 


 ―――サラは分かっているのだろうか?悪魔は見つけ次第例外なく討伐の対象となっていることを。


 

「―――『一族郎党処刑もあり得る』」


 サラの静かな声が痛いほどの静寂に包まれていた室内に響く。


「っ、」


「『悪魔と関わった者は親族も処罰の対象となる』。ですよね?」


 サラが父親に誓約を掛けられてまで魔力がないことを他言しないよう強制されていたのはこのせいだ。

 ハルベリー子爵は娘が悪魔であると露呈することを何よりも恐れていた。

 

「……、さきほど、サラは自分のことを『悪魔ではない』と言っていたな?なぜそうだと言い切れる?」


「私は魔法を使えませんが魔術も使えないからです」


「魔術を使えないと証明することは出来ない。髪と瞳の色を変えていないとどうして言い切れる?口では何とでも言えるだろう」


「そうなりますよね……。ですが、悪魔は心臓を刺しても死なないと教えてもらったことがあります。私の心臓を貫いて私が死ねば悪魔ではないという証明にはなりませんか?」


「 ―――は?」


 サラのとんでもない提案は音として耳に入ってきたが何を言っているのか分からない。たっぷり一分ほど時間をかけて内容を吟味してみたがそれでも無理だ。


 確かに悪魔であれば心臓を貫いても致命傷を負うことはない。悪魔にとっての心臓は魔核と呼ばれる臓器であり、魔核は悪魔の身体のどこかにあるのだが個体によってその場所はバラバラだからだ。

 かつての戦争ではこの魔核の位置が分からず、悪魔を中々倒しきれずに苦戦したらしい。


 確かにサラが悪魔ならば心臓を貫いても死なないかもしれない。魔核が別の場所に存在するからだ。しかし―――

 

「………何を言っている?人間だった場合サラは死ぬことになるぞ」


「はい。私の命を以て悪魔ではないと証明してご覧に入れましょう」


「なっ!!?」


 アーサーが勢いよく立ち上がったせいで倒れた椅子が、ガタン!と大きな音を立てる。

 サラを見下ろすアーサーの視線と、アーサーを見上げるサラの視線がほどけることなく絡み合う。

  

 サラの瞳は、本気の目だ。


「辺境伯様。私はね、大冒険をしたのです」


「大……冒険…」 


「はい。私は王家の使者を名乗る方の提案を呑み、領地を出て王都までやってきました。

 魔力がないことの異常性については散々聞かされていましたから、死にたくなければ領地を出るべきではないとちゃんと分かっていました」


 王都に限らずどこへ行っても便利な魔道具に溢れたこの世界で、それらを扱えなければ家にも入れず、食事にもありつけず、トイレの水すら流せない。

 店のドアだって魔力を流して開ける仕組みになっているくらいなのだから、サラの存在はどうしたって浮き彫りとなってしまう。魔道具が使えなければ悪魔と見做され、待ち受けるのは魔核が見つかるまで切り刻まれる地獄だ。


「先に申して上げておきますが、私は死にたかったわけではありません。

 かといって危険を冒して王都に行く目的があったわけでもなくて…正直、辺境伯様の花嫁候補から外れた後のことはまったく考えていませんでした。…と言っても辺境伯様に見初めて頂きここにいるのですから人生何が起こるか分からないですよね、ほんとに」


 サラはここに来るまでのあれこれを思い出してクスクスと笑う。王都に来てからは全部が驚きの連続で、たくさんヒヤヒヤもして、それでも見る物すべてが輝いていて、領地の森を出て初めて自分は生きているのだと実感出来た。


「辺境伯様。辺境伯様は、領地にある森の奥深くに一人閉じ込められ、身内以外誰にもその存在を知られることなく十三年を過ごし、それでも命の保証はされているのだからと納得して自分は今日もちゃんと生きられたと一日の終わりを神に感謝出来ますか?明日も朝日が昇ることに絶望せずにいられますか?」


「っ、…」


「悪魔だと剣を向けられ惨めに嬲り殺されようとも、生きているはずなのに死んだように過ごす毎日から抜け出したかった。限られた狭い範囲でしか生きることを許されないなんて水槽で飼われている熱帯魚と一緒だわ。

 チャンスがあるのなら私は現状維持よりも、危険を承知で大海原へと飛び出す選択をします」


「…!」


 アーサーは王宮で初めてサラを見た時、薄い水色の瞳に消えてしまいそうな儚さを感じたが、自由を渇望して命を懸けた冒険に出たのだと語る今のサラの瞳は、太陽を超える温度で揺らめく青い炎のような輝きを放っている。


「どんな最後を迎えるかは分かりませんでしたが、今、私に後悔はありません。短い間でしたが領地にいたままでは知り得なかった様々な経験が出来ましたし、それに書類上とはいえ私に旦那様まで出来たのです」

 

 サラは可笑しくなってフフフと笑ってしまう。

 アーサーの結婚相手の候補として集められたのは五人で、その中でどうしてサラが選ばれたのか分からないが、魔力がないと誰にも知られるわけにはいかないというのに、よりによってこの国の王太子の勧めで魔と戦う辺境伯の妻になるだなんて本当におかしな運命がはたらいたものだと可笑しくなる。



「愛し愛された関係ではありませんが初めて出来た旦那様に胸を貫かれて死ぬというのなら、見知らぬ誰かに惨殺される結末よりずっと良い」



「辺境伯様、どうぞその剣で私の心臓を刺して私が人間であると証明して下さいませ」


 

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