表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/100

12 誓約


 アーサーはベッドで眠るサラの寝顔を見て、彼女を再び自分の手の中に取り戻せたことを神に心から感謝した。

 こんな魔力量で生まれた理不尽さを恨み罵ったことはあれど、感謝など一度だってしたことはなかったというのに現金なものだが、サラを無事に取り戻せた今ならば誰にどんな対価を支払ってもいいと本気で思える。

 たとえ相手が悪魔だったとしても「サラが無事だったのは俺のおかげだ」と言われたならば、アーサーは迷うことなく魂でも命でも望みのものを差し出すだろう。


 共に過ごした時間などまだほんの僅かでアーサーはサラのことをなにも知らないし、サラだってアーサーのことをなにも知らない。それでもアーサーにはサラのいない人生なんてもう考えられなかった。


 この気持ちが愛なのかと問われれば、人を愛したことのないアーサーには答えることが出来ない。

 サラに抱くぐちゃぐちゃとしたこの感情は、一言では表すことが出来ないほど複雑で独りよがりでとても醜い。自分勝手なこんな想いを愛とはきっと呼ばないのだろう。


 だが、それでもいい。この気持ちが愛じゃなくても構わない。たとえ自分の中で暴れ狂う感情に名前が付かなくとも、サラを失うような失態はもう二度と犯さないのだから関係ない。

 サラの寝顔を見つめるアーサーの目からはどんどん光が失われていき、サラが心の中で最高品質と評したルビーのような輝きが、徐々に鈍く昏く、ギラギラと妖しく揺らめいていく。


 サラは発見時、薄汚れたシャツとズボンを身に纏いサイズの合わないブーツを履いていた。持っていたカバンからは予備の着替えと、なぜか男物の下着が数枚見つかっている。

 サラは辺境に来る際なにも持っておらず、身に纏っていたのは王宮が用意したドレスだけ。必然的にこの男物のシャツとズボンは、連れ去った何者かが用意したものということになる。


 西門で再会してすぐサラは気を失ってしまったのでこの八日間何があったのか真相はまだ分かっていないが、男と行動を共にしていたことは間違いないだろう。

 誰が何の目的でサラを連れ出したのか見当も付かないが、アーサーは自分が用意した以外の服を纏うサラの姿にいいようのない苛立ちを感じていた。今すぐに誰のものとも知れない服など脱がせてしまいたかったが、この城にはメイド一人いないのでそれも叶わない。


 ちなみに、下着が入っているかもしれないと配慮して服飾店に用意させた袋の中身を最初にきちんと確認していなかったせいでこのような誤解が生まれている。

  アーサーに女性物の服を頼まれた服飾店の店主は「なぜ辺境伯様が女性物の服を……?」と頭を悩ませた結果、小柄な騎士見習いが入ってきたから小さめの服を頼まれているのだと歪曲して解釈し、少年騎士見習いセットを袋に詰めて送ったという経緯があった。 世界で一番醜いと呼ばれる領主の元にやってきた妻のための服を頼まれているとは露ほども思っていない店主とアーサーの間に起きた壮絶なすれ違いの結果、このようなややこしい事態を招いたのだった。



 アーサーはベッド脇に置いた椅子に腰掛けるとサラの様子を再度確認する。まだ目覚める気配はない。

 

 サラをベッドへ寝かせる前に顔や手足が汚れていることに気付いたので浄化魔法を掛けて綺麗にし、細かい擦り傷もあったので跡が残らないよう丁寧に治癒魔法で癒しておいた。


 ―――サラ。早く目覚めてこの八日間何をして過ごしていたのか俺に教えてほしい。


 何があればあそこまで汚れるのだろうか。髪の毛も櫛でといた様子はなく、不器用なアーサーではほどけそうにないほどに所々絡まっている。


 一体いつから、どのような環境に置かれ、何を思い、ここまで戻ってきてくれたのか。


 自分を連れ去った人物の手から放れたのならば、ここには戻らず世界で一番醜い男(アーサー)から逃れようと思わなかったのだろうか。

 そして騎士達が虱潰しに街中を探した時にサラが見つからなかったことにも疑問が残る。



 ―――早く、目を覚ましてほしい。


 自分の顔を見てあげる悲鳴でもいいからサラの声が聞きたい。恐怖や不快に染まってもいいからその透き通った水色の瞳に自分の姿を映してほしい。許されるのならばもう一度この手で君を抱き締めたい。


 アーサーはそんなことを思いながらサラのおでこにかかった前髪を優しく払う。


「んん……」 


「っ、サラ?」


「ぁ…わっ!び、びっくりした…心臓に悪いです…!」


「す、すまない…!!」


 サラが薄っすらと目を開けたのでアーサーは思わず身を乗り出して覗き込んでしまい、寝起きに醜い化け物の顔を見せて心臓に負荷を掛けてしまったと慌てて謝罪し顔を背ける。

 サラは単に寝起きに国宝級のご尊顔を見せられては心臓に悪いと言っただけだったのだが。



「サラ………。とにかく無事で良かった……」


 アーサーは安堵から声が震えそうになり唇を噛み締める。情けなくも泣いてしまいそうだった。

 そんなアーサーの様子から心配を掛けていたことを悟ったサラはベッドに起き上がると頭を下げる。


「黙って部屋を出てしまい申し訳ございませんでした。書き置きを残そうにも私の事情でリスクがございまして…。三日で討伐からお戻りになると手紙に書いてありましたので、一度様子を見に帰って来てはいたのですが……」


「……? 一度、様子を見に…だと?……サラは自らこの部屋を出た、というのか?一体どうやって……」


 サラの話にはおかしな点が多く、とりあえずアーサーは一番の疑問を投げかける。


「壁を伝って降りました」


「はぁ!?ここは五階だぞ!?なぜそのような危険な真似を!……っ、やはり俺から逃げようとしたのか?」


 サラは急に雰囲気が変わったアーサーに戸惑うも、大事なことなのでまずは確認を優先する。


「あの……辺境伯様は治癒魔法の腕前はどのようなものでしょうか?」


「―――は?治癒魔法ならば、心臓さえ動いていれば四肢がバラバラになっていても癒せる、が…」


 アーサーは急に変わった話の内容を訝しく思いながらもサラの質問に律儀に答え、それを聞いたサラは「それならなんとかなりそうだ」とホッと胸を撫で下ろす。


「では………辺境伯様、よろしくお願い致します。

 わ、私が、……この部屋を出た理由は―――、っ!!きゃあぁ!!ぐっ、げほっゴホッ!」


「サラ!!!」

 

 何かを話そうとしたサラは、いきなり胸を抑えて苦しみ出したかと思えば吐血してしまう。

 鮮やかな赤い血がベッドシーツにビシャッと染み込むその量が異常だった。アーサーは豊富な魔力を繊細に操り、損傷したであろうサラの内臓をすべて一瞬で癒した。


 飛び散る鮮血など見慣れたものだったし、厳しい環境のグラハドールでは仲間を目の前で喪ったことだって何度もある。

 しかしサラの苦しむ姿だけは駄目だった。そんな姿を見るくらいなら自分が生きたまま切り刻まれる方が何百倍も耐えられる。 

 アーサーは恐怖と怒りで湧き上がる震えをなんとか抑え込み、続けてサラに掛けられていた誓約を破棄した。


「サラ、大丈夫か!?…すまない、あまりにも稚拙な魔法誓約だったせいで今までその存在に気付けなかった…!!」


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!!た、助けて頂き…あ、ありがとう、ございます……ふ、ふふっ……。父は…、強力なものを手に入れた、と大変、興奮しておりましたが……しょぼかった、のですね…」


「―――サラにこのような舐めた真似をしたのはあのデブか……殺す!!!」


「辺境伯様…、いいのです……、父の気持ちも分かるので…」


「何がいいんだ!!領地に閉じ込めるに留まらず、実の娘に従属の誓約をかけるなど子爵は何を考えている!!」



 そう―――サラは幼い頃、実の父親に『従属の誓約』を掛けられていた。


 『従属の誓約』とは誓約を掛ける者、掛けられる者の間に明確な上下関係が発生し、下の者が多大な不利益を被ることが圧倒的に多い悪質な契約で、五十年程前に使用を禁止された今は使われなくなった過去の魔法だ。上の者は下の者に一つだけ命令することが出来て、その命令に反した下の者は死ぬほどの苦しみを与えられた後に絶命する。

 過去の魔法のはずがこうしてサラに使われていたのは、『従属の誓約』が一枚の紙の形状をしていて魔道具を動かす程度の魔力で誰でも使うことが出来たから。禁止されてからはすべて燃やされたそうだがどこにでも違法に手を染める人間はいるものだ。



 サラはアーサーならば死ぬほどの苦しみを与えられている内に助けてくれるのでは?と期待して自分の命を対価に大きな賭けに出たのだが、誓約そのものを破棄してくれるなんて嬉しい誤算だった。


「すごい……。ずっと胸に刺さっていた重苦しい痛みが消えた……」


 サラは誓約を掛けられた三歳の頃から、胸に釘が刺さっているかのような痛みと違和感に苦しめられてきた。誓約を破れば今以上の苦痛を与えた上で殺してやると散々脅されていたので、本当はアーサーに打ち明けるのもとても怖かった。



「……誓約の内容は何だったんだ?返答によっては子爵をすぐに始末する。この場から特定の人物を殺すことなど造作もない」


 アーサーは怒りのあまり我を忘れ今すぐにハルベリー子爵を魔法で引き裂いてやりたくなったが、サラの返答次第では簡単に死なせては気が晴れない場合もあり得ると僅かな理性が働きなんとか思い留まる。

 

「……辺境伯様は私のために怒って下さるのですね…。ですが真実を知っても変わらぬ態度でいて下さるかしら…」


 サラはシャツの袖で口元についた血をゴシゴシと拭ってからアーサーの顔をしっかりと見つめる。



「辺境伯様。―――私は魔力を一切持っておりません。

 父にはそのことを誰にも口外してはならないという誓約を掛けられておりました」


「!!!」


 アーサーの美しいルビーのような瞳が驚愕に見開かれる。



「魔力がなくとも私は『悪魔』ではありません。


 ―――こんな荒唐無稽な話を信じて下さいますか?」


お読み頂きありがとうございます! どのような評価でも構いませんので☆☆☆☆☆からポイントを入れて下さると作者が喜びます!! よろしくお願い致します(人•͈ᴗ•͈)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ