10 サバイバル
夜が明けるまでに、なんとかサラは城壁の端まで辿り着くことが出来た。
この城壁には人が入れる見張り小屋のようなものが等間隔に設置されており、どうやら向こう側を警戒しているらしいことが窺える。
息を潜めて歩いていたとはいえ見張りが立つその真下を歩く時は殊の外神経を使い、おかけでだいぶ時間を消費してしまった。
辿り着いた城壁の端からは豊かな森の木々が見え隠れしているが、しかしこれ以上は進めない行き止まりになっている上、奥にある跳ね橋式の出入り口の前には騎士が二人立っている。
外からの侵入者は大いに警戒しているだろうが中からの脱走には気付かれにくいのでは?と考えたサラは、騎士に見つからないよう素早く城壁をよじ登るとその勢いのまま向こう側へとストンッと降り立った。
城壁もかなりの高さがあったが五階から命綱なしで降りるという経験をした後では楽勝だ。
しばらくその場に留まり中の様子を窺っていたが、見張りの騎士がサラの脱走に気づいた様子はない。
ホッと胸を撫で下ろし早速森の中へ、と歩きかけたところでサラはふと立ち止まる。
薄々思ってはいたのだがサラが踏み入ろうとしている森は、アーサーが手紙に記していた「魔物の討伐」が行われているという、その森ではないだろうか。
アーサーに会えればそれはそれで良いのだが、近づくにつれ全容が見えてきた森はとてつもなく広大で、運よくアーサーに出会えるという奇跡が起こる可能性は限りなく低そうだった。
つまりこの森には騎士が討伐に入るほど危険な魔物が存在するわけで、そしてサラは都合よく刃物など持っておらず、丸腰で魔獣と対峙するという最悪な事態は避けたいのだが、かと言って城に戻れば誰かに見つかる可能性が高まるので引き返すことも出来ない。
誰かに見つかった時「なぜ城から出たのか?」という問いには絶対に答えられないからだ。
理想というか、絶対条件はアーサーにだけ真実を伝えることであり、それが叶わなければ―――おそらくサラは死ぬ。
魔物と丸腰で対峙する危険性と、魔力を持っていないとバレる可能性が高い城に帰るリスクを天秤にかけた結果、なるべく森の奥に入らないようにしようと決め、サラは衣類しか入っていない鞄一つという身軽さで魔物が跋扈する森の中へと入って行った。
***
しばらく森の中を探索してみて分かったが、このグラハドールの森はサラの領地にある森よりずっと豊かで過ごしやすい。
領地での森小屋生活は「今年の冬こそは越せないかもしれない…」と毎年覚悟を決めなければならないほどの悪環境だったが、ここは青々とした草木が生い茂り木の実もあちらこちらで発見出来るほど充実していて三日程度なら問題なく過ごせそうだった。
水の音が絶えず聞こえているのでおそらく川か水場が近いし、見える範囲に魔物はいないし、サバイバルに必要な植物もわんさか生えているし、これならなんとかなりそうだとサラは胸を撫で下ろす。
実はこれは森の奥で大型の魔物が暴れたせいで、小型の魔物は逃げ出したり身を潜めていたりで姿が見えないだけであって、本来ラナテス森林は軽装の女が一人で入ってはいけない危険な場所だ。そんなことなど露知らずなサラは川べりまで何事もなくやってきては森の豊かさに浮かれている。
サバイバルにおいて重要なのは飲み水の確保だ。
サラは飛行車の中で水を一杯貰ったきりだったのでとても喉が渇いていた。
川が流れているここを拠点に決めてまずは火を起こそうとしゃがみ込み、ここに来るまでに集めておいた枝や草、木の板などを地面に置いた。
そしてここからのサラの手際は素晴らしく、あっという間に炎を作り上げていく。
まず地面を掘って火床を作り、大きめの石をその周りを囲うように配置すると、出来た円の中に小さな石を適当に敷き詰める。そこに枯れた小枝や葉っぱをセットしたあと、次に火種を作るべく木の板と細長い枝を手に取った。
地面に置いた木の板の上に直角に立てた細長い枝を両手でコロコロさせて摩擦で火を起こそうとしているのだが、本来であればそんな簡単に火が付くはずもない。だが、サラはサバイバルに欠かせない救世主を採取していた。ボムの実だ。
胡桃のような見た目をしたこの実はわりとそこらへんに転がっており、固そうに見える殻は水に一定時間つけるというひと手間を加えれば足で簡単に割れるようになる。ボムの実の中身は綿のようにふわふわとしており、ちょっとの摩擦で驚くほど簡単に発火するのだ。
川を見つけた時点で水の中に沈めておいたボムの実を足でかち割り、中身の綿を用いて簡単に火種を手に入れたサラは十分ほどで焚火を完成させた。
次に煮沸するため川の水を容器に汲むと、枝と蔓で自作したトライポッドに引っ掛ける。これであとは沸騰を待つのみとなった。
この鍋のような容器はどこから出てきたのかというと、これも豊かな森で採取した植物だ。
見た目は鈴蘭のような見た目のこれはズラン花といって、人の頭くらいの大きさがある花弁は水にも火にも強いという優れもので雄しべを抜き取れば鍋として利用出来る。サラはこの世界の植物達にとてもお世話になっていた。
サラは焚火の前に陣取ってボーッとしながら川の水が沸騰するのを待っていたが、グツグツしてきたので丈夫な蔓で作った持ち手を掴み川の水で鍋(ズラン花)ごと冷ます。そして水洗いした小さめのコップ(ズラン花)で煮沸消毒した水をゴクゴクと飲んだ。
「っはぁ〜〜〜。生き返ったぁ……」
肉だけは諦めなければならないが川には美味しそうな魚がたくさん泳いでいるし、木の実も豊富に実っていたので三日程度ならば食べ物に困ることはなさそうだ。
夜は太めの木を探してその枝の上で眠れば魔物に襲われるリスクは格段に減るはず。初めての地で行う野宿に不安は残るがやるしかない。
サラはもう一杯川の水を飲み干し気合いを入れた。
***
そして三日経った日の朝、サラは森を出て脱出を試みた城壁がある跳ね橋式の城門が見える位置まで戻ってきていた。
朝からしばらく城門を見張っているのだが、騎士達はまだ帰って来ていないようだった。この城門を利用せず他の出入り口から帰還している可能性もあったが、ここは森から一番近いこともありここで張っていれば必ずアーサーに会えると信じるしかない。
しかし、それから夕方近くまで待ったが結局アーサー達は現れなかった。
「今日はもう帰って来らないのかも…。何かあったのかしら?」
サラは心細く思いながらも森へと引き返す。
なんやかんやで自給自足生活を満喫していたのであとニ、三日ならば問題なく生きては行けるが。
ただ、予定が延びるのは不足の事態が起きた証であり、サラは危険な討伐任務に就いている騎士達が心配だった。
気にはなったが名ばかりの妻であるサラがやきもきしたところでどうすることも出来ない。
拠点の川辺りで耳を済ませてみても一度も魔物との戦闘音など聞こえてこず、ここがアーサー達が討伐に向かった森かどうかも怪しくなってきた。
「それにしても……私はもう辺境伯様の……つ、妻になってしまったのよね…」
サラは手早くおこした焚火の前で独りごちる。
サラは特大の秘密を抱えており、不可抗力とはいえそのことを打ち明ける前にアーサーと婚姻を結ぶ運びとなってしまった。こんなガリガリの自分が辺境伯という名誉ある地位を賜る大人の男性に選ばれるはずがないと高を括っていたのだがその思惑は大きく外れた。
こうなった以上アーサーには秘密を打ち明けるつもりでいるが、受け入れてもらえる可能性は限りなく低い。異端なサラなど選ばなくともアーサーならばどんな女性も選び放題なのだから。 同じテーブルについていた女性達などアーサーの顔を見た途端黄色い悲鳴を上げて気絶してしまったくらいだ。その気持ちはよくわかる。
でも。もし、万が一、いや奥が一、サラでも良いと言ってもらえたならば。
アーサーが討伐に出ている間、当主不在の城を守るのは妻の役目だろうし、執務机に書類が溜まっていたところを見るに事務仕事も多そうだった。教えてもらえたらそういうお手伝いだってなんだってする。
サラは焚火の前に陣取り、森に帰って来る時に採った果実を頬張りながらそんなことを考える。木の実だけでなく果物が手に入ったことでサバイバル生活に一気に彩りが増した。
「王太子様が仰っていたように………………いずれ、お世継ぎも必要になるのよね」
自分で口にしておきながら大きなダメージを負ったサラは真っ赤になって固まる。
今までの人生でアーサーほどの美形に出会ったことも話したこともなく、むしろ異性との関わりが極端に少なかったサラはそういうことにとても疎かった。
もし…、もし、お、お世継ぎを望まれたらどうすればいいの…!?とサラはありもしない妄想を逞しく膨らませては勝手にアーサーと顔を合わせずらくなり、その結果あとニ、三日どころか五日もサバイバル生活を満喫してしまい、知らぬうちに地獄の惨劇を生み出すこととなる。
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