1 世界で一番醜い男
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本日は夕方にあと一回更新します。
若き辺境伯であるアーサー・グラハドールは憂鬱な気持ちをぐっと飲み込み、夜会が行われている煌びやかな王宮の会場を、コツコツと軍靴を響かせ一直線に横断していた。
よりによって目当ての人物は会場の奥に設置された王族専用の休憩スペースで数人の女達と戯れている。
「…ちっ」
おもわず漏れ出たアーサーの舌打ちが聞こえてしまったのか、近くにいた壮年の男から「ひぃっ…!」という掠れた悲鳴が上がる。近くにいたと言っても十分な距離、数メートルは離れていたのだが。
アーサーは自分が周囲にどう思われているかなど嫌というほど理解しているので、ヒソヒソと囁かれる侮蔑の言葉にいまさら反応したりはしない。
「っ、グラハドール辺境伯様よ。絶対にお顔は見ちゃだめ」
「嫌だわ…なぜ夜会に参加なさっているのかしら?」
「わたくし怖い…!万が一目が合ってしまったらどうしましょう?」
「う……、俺、なんか気分が……」
「おいおい、大丈夫か!?まさか閣下のお顔を見てしまったんじゃないだろうな?」
―――パキ…パキパキ……
「っ、…!」
アーサーは無意識の内に漏れ出た魔力をすぐさま封じる。吐く息が凍るほどの冷気が辺りに充満してしまうも自分の周囲には誰一人おらず、そのため異変に気付かれることもなかったのだがアーサーの心情は複雑だった。
己の失態を誰にも悟られずに済んだと胸を撫で下ろせばよいのか、自分を避けるためモーゼの海のように人々が割れているこの現状を嘆けばよいのか悩ましい。
ヒソヒソと囁かれる侮蔑の言葉に思いっ切り反応して心を揺らしてしまったアーサーは「少し疲れているのかもしれないな」と診断を下し、本日の目的である王太子殿下への挨拶をとっとと済ませて早急に帰るべく、王族の休憩スペースを足早に目指す。
するとアーサーの目的地を察した者達が、蜘蛛の子を散らすようにその場からサササと離れ出すのが嫌でも目についてしまい、苦々しく思うと同時に苛立ちが募る。
―――こちらだってお前達のような性根の腐った人間達などお断りだ。
心の中で悪態をつきながらも胸の奥がどうしようもなくジクジクと痛むのを感じる。
―――だからこんな所に来るのは嫌だったんだ。
惨めで、恥ずかしくて、妬ましくて。
ここにいる奴らは全員死ねばいいのにと心からの呪詛を吐く。
それと同時に―――いまだにこんなことを考えてしまう自分がいるという現実を突きつけられ、どうしようもない絶望感に襲われる。
とっくに諦めたはずのものを、指を咥えて未練がましく眺めている自分を冷静に俯瞰して見れば、その愚かさが良く分かる。滑稽で身の程知らずで厚かましい。
自分で自分を罵ってみたところで惨めさに拍車をかけるだけだが、こうして戒めなければこの世を呪ってすべてを壊してしまいそうだった。
「は……」
アーサーは誰にも聞こえない程度に細く短い息を吐く。あからさまに溜息などついたりして隙を見せるわけにはいかない。
なぜなら自分はグラハドールの“死神”として周辺諸国から恐れられ、アルセリア王国の鉄壁の護りとして君臨する最強の辺境伯なのだから―――
無駄に長い足を無心で交互に動かしていると、ようやく目的の場所へと辿り着く。
「―――セイン殿下」
「おお!アーサーか。ちゃんと言いつけを守って夜会に参加するなんて感心だなぁ〜」
「…」
「はは、冗談だよ。そう睨むなよ」
「…睨むなと言いますが貴方だって私の顔など見ていないでしょうに」
「それはそうだろう!私だってこんな所でみっともなく気絶なんかしたくないからね!」
「……」
人が気にしている事を、こうも堂々と悪気なく言ってのけるのは彼くらいだろう。
これはセインが王太子という誰も逆らえない身分を持っているからではなく、人としてまともであるべき部分が最初から欠如しているというか、「セイン」という人間を形作る根っこの部分が無神経で他人の心を慮れない仕様になっているからだ。
こんな男がいずれ国王になるのかと思えばアルセリアの未来に暗雲が立ち込める気がしてならないが、第二王子と第三王子が驚くほど常識的かつ優秀なので、最悪首をすげ替えればよいだけかと考え直す。
「アーサー?今何か不敬なこと考えてなかった?」
「いえ、なにも」
アーサーの方に顔を向けることなく話すセインは本当に失礼な男だと思うが、王都に来れば孤立してしまうアーサーを気にかけてくれるのもまた、彼だけだった。
それにこうして誰かと気軽に話す機会の少ないアーサーにとって、セインと叩く無駄口はまだ自分が普通の人間であると認識させてくれる唯一のものであり、意外と大切に思っていたりもした。
絶対調子に乗るので口に出してこんなことをセインに伝えるつもりはないが。
アーサー・グラハドール。
魔術の女神に誰よりも愛され、そしてそれに嫉妬した悪魔が丹精込めてその造形を拵えたといわれる―――この世で最も醜い男。
「醜い」と一言で評したそれがどれほどのものなのか。
アーサーの顔を見た者による証言は様々だったが、顔のパーツはすべて左右非対称で不気味だの、溶けたようにへしゃげた鼻が気持ち悪いだの、歪んだ口元から覗くガタガタの歯はどうにかならないのかだの、総じてひどい言われようなことだけは共通している。
とにかく、細かく描写するのも躊躇われるほどにアーサーの顔面は崩れている。その顔を一目見た者は必ず吐き気を催すほどに。か弱き女性であれば十人中、衝撃の余波で三十人は気絶してしまうほどに。
醜い顔だけでなくアーサーの赤い髪と赤い瞳も、魔物の血を被ったかのようで野蛮だと忌避されていた。
その野蛮で醜い男のおかげで王都には常に平和が転がっているのだと言ってやりたいが、その事を真に理解している者は少ないので、言っても無駄かと諦める。
しかし腐り切った王都の貴族の中にも武や魔術に優れた家門出身の者達は、アーサーの価値をきちんと理解して醜さに恐れを抱きながらも敬意を払ってくれてはいる。その筆頭がセインだった。
アーサーが王都にいるタイミングで必ず声を掛けてきては、こうして夜会に出頭(気持ち的には出席ではなく出頭だ)するよう命令してくるのもセインなりにアーサーを気に掛けてのこと。
はっきり言ってしまえばありがた迷惑だったが、アーサーの世話を焼こうとする物好きなど、部下達以外にはもうセインしかいなかったので、こうして見世物になると分かっていても、呼ばれれば夜会へとついつい重たい足を運んでしまうのだ。
まるで主人の命令に忠実な犬のようだと自嘲する。
「それで?奥方の姿が見えないようだけど、私は挨拶すらさせてもらえないのかな?」
端正な顔を台無しにするようなニヤニヤと嫌な笑い方をしたセインが、分かりきっているであろうことを聞いてくるものだからアーサーは今度こそ大きな溜息をついてしまう。
「はぁー…。最初から分かっていたことでしょう。『夜会にパートナーを必ず連れてくること』なんて命令したところで私がその命を遂行出来るはずもないことくらい」
アーサーは今年で二十八歳になる。
辺境の地グラハドールで他国の侵攻や魔物の脅威からアルセリアを守護する役目を一手に担っている英雄だというのにいまだ独身。当然、恋人も婚約者も女性の知人すらいない。
ただでさえグラハドールは危険な地で代々嫁探しには苦労してきたというのに、アーサーはこの魔力で生まれた時点ですべてが絶望的だった。
「まったく、いつまでそのようなことを言っているんだ?アーサーには何がなんでも子をもうけてもらわねばならないというのに」
セインはわざとらしく落胆した様子を見せるがアーサーに言わせれば「知ったことか」、だ。
アーサーは尋常じゃないほどの魔力持ちであり、その魔力量は王都中の魔術師達の魔力を全部足したとしても、とうてい足元にも及ばないほどだった。
セインはアーサーの桁違いの魔力を子に受け継がせ、次代のグラハドールの護りも強固なものにしたいと考えている。
しかしまだ二十歳のセインに嫁の心配をされるなど大きなお世話の一言だった。
「私は殿下のようにどのような女性でも選り取り見取りというわけにはいかないのですから無茶を言わないで下さい」
アーサーはそう吐き捨てると、セインと同じテーブルに着いている五人の女達を冷めた目で一瞥する。
アーサーがすぐそばにいるからだろう、五人とも頑なに下を向いて身体を硬直させている。陽気に喋るセインがいなければここは夜会ではなく葬式かという暗いムードが漂っていた。
しかし、セインと話している間もあまり視界に入れないようにしていたから今まで気付かなかったが、よく見るとこの場にいる女達は皆痩せ細っていたり肌が荒れていたり身体に痣が出来ていたりと、どうもただの貴族女性ではなさそうな印象が見受けられる。
「…?」
アーサーは不思議に思ったがセインの女性に対する扱い方に口を出す権利はなく、たとえ自国の王太子に加虐趣味があったとしても自分には関係のないことだと興味を失くす。
「アーサー?また不敬なことを考えてなかった?」
「…いえ?」
いつも思うのだがセインはアーサーの顔を一切見ないようにしているというのに、なぜこうもアーサーの考えていることが分かるのだろうか。
どうせ誰も自分の顔など見ていないと高を括って、考えていることを思いっ切り顔に出しているからそれがオーラとして滲み出てしまっているのかもしれない。
「勘違いしないでくれ。ここにいる女性達はみんなアーサーのために用意したのだよ!」
「「「「「…っ」」」」」
「………………は?」
セインの無邪気な言葉に女達はビクッと身体を強張らせ、違うことを考えていたせいで反応が遅れたアーサーは一瞬思考が停止した。
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