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 晩飯も食べずに部屋にこもって泣いているうちに眠ってしまっていた。枕が涙と鼻水でぐっしょり濡れている。まぶたは腫れて重く、ひどい頭痛がした。口がからからに乾いていたので、キッチンに下りて水を飲んだ。深夜二時である。家はとっくに寝静まっている。

 自分が小栃若葉の弟であるという事実は二時間目が始まる前までに全校生徒の知ることとなった。移動教室などで廊下を歩いていると、みんなが僕を見てなにかささやき合い、声を殺して笑うのである。

 終わった。もう学校には行きたくない。友達からは馬鹿にされ、知らない奴からも陰で笑われる。細貝さんの僕を見て浮かべた嘲笑がフラッシュバックしてこめかみが締め付けられる感じがした。

 しばらくベッドでごろごろしていたがもやもやして眠れそうにない。景気づけに映画でもみようと思いDVDの並んでいる棚を眺めた。何も考えずに観られて気分の晴れるやつがよかったので、カンフーパンダにしようとしたが見つからない。思い出してみると、去年の十月辺りにカンフーパンダも含め何本かのDVDやブルーレイを姉のせいで売るはめになったことがあったのだ。

 一年のころ青木という男と同じクラスになった。青木は違う小学校の出身だったが、なにかのきっかけで彼の家が家族揃って映画好きだということを知り親しくなった。とくに親父さんはなかなかの収集家で、一度家に遊びに行った時に壁一面にずらっと並んだDVDやらブルーレイやらVHSの山を見せてもらって圧倒された。そのなかにベルナルド・ベルトルッチ監督の超名作、ラストエンペラーのデラックスエディションのブルーレイを見つけ、興奮して手にとって眺めていたら、青木の親父さんが親切にも観たければ貸してあげるよとおっしゃってくれたのである。僕は大喜びでお言葉に甘えて持ち帰り、その夜早速家族が寝静まったあとにリビングで絢爛なる映像美を堪能したのである。

 明けて翌日、日曜日。青木にお礼とともにもう一回観たいのでもう少し借りていたい旨をラインするといつでも構わないとのことだった。また週末に観ようと楽しみにしていたのである。

 土曜日が来てさて観返そうと思ったら、ブルーレイが見当たらない。先週観たときにテレビの横に置いといたはずなのに忽然と消えてしまっているのだ。父にも母にも所在を聞いてみたが、ふたりとも、置いてあったのは見たが触ってはいないとの返答だった。となると残るのは姉だが、姉が観るとすればりょーくん主演の内容の薄いエンタメぐらいで、芸術性の高い映像作品に興味を示すとは考えにくい。が、借り物をなくしてしまってはことなので、とにかく念のために姉の部屋も確認することにした。

 姉の高校は私立なので土曜も学校がある。あるじ不在の部屋に入って本だのブルーレイだのが並んでいる棚をざっと見てみたが、やはりあるのはテッペンボーイズのコンサートやらりょーくん主演のドラマやらで探し物は見つからない。学習机の上にも目を向けたが、化学の教科書が一冊置いてあるばかりである。高校の化学ってどんなことやるんだろうと何となく手にとってパラパラめくってみたら、中から一枚紙切れが落ちた。拾ってみるとレシートのようである。店名は大手古本買取のチェーンである。

「買取、ラストエンペラー、千五百円」

 印字されている内容を見て頭がこんぐらかった。買取ということは売ったということだろうか。そういえば姉はりょーくんに耽溺し始めてから金遣いが荒くなった。特典が違うとかで何枚も同じCDを買うのだ。父の使わなくなった釣竿やら、母の持たなくなったバッグやら、売れそうなものを持ち出しては片っ端から売って金策に労していた。とうとう売るものが尽きたにちがいない、あろうことか僕が人から借りたブルーレイにまで手をだしやがったのである。姉を責めるよりもまずはブルーレイを取り戻さなくてはならない、僕はレシートを掴んで記載されている店舗へ走った。

 レジの店員さんに事情を説明して返して貰おうとしたが、店員さんは気の毒そうな顔を浮かべながらもそれはできないと断った。

「再度購入というかたちになってしまいます」

「じゃあそれでいいです」

 背に腹は変えられない。店員さんは在庫を調べてくれた。が、しばらくパソコンを見つめて黙った。

「もう売れちゃったみたいです、申し訳ないです」

 それならば新しく買い直して返すしかない。家に帰ってネットで検索して目を見張った。ラストエンペラーのデラックスエディションは限定生産で、もう販売していないのである。プレ値がついて、中古でも二万円もする。金額の桁数を何度も数えているところへ姉が帰ってきた。僕は例のレシートを突き出しながら口角泡を飛ばして怒りをぶちまけた。姉は鼻をすすりながらふてくされた顔をしていたが、僕の語勢が途切れたのを見計らってぼそりといった。

「そんなこと言うなら、昔勝手に食べた私のプリン返してよ」

 小学生の頃、冷蔵庫にあったプリンを姉のものだと知らずに食べてしまったことがあった。その時のことを言ってるのだ。まだその頃は姉に対する嫌悪もなく素直に謝ったし、姉はそのあとすぐに母から同じのを買ってもらっていたはずである。この件と同等に扱うのはおかしいと主張したが、姉は僕のことをすっかり無視し、そのまま部屋に鍵をかけて閉じこもってしまった。まったく話にならなかった。僕は小五から貯めていた五百円貯金を泣く泣くあけ、それでも足りない八千円をDVDコレクションを売り飛ばして捻出し、二万もする中古をコンビニ受け取りで購入したのである。

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