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ギターのコードブックが欲しいので本屋に行きたいから付き合って欲しいと藤井が言うので、放課後になって吉田と駒馬と僕の三人は、藤井に同行して横浜駅方面へ繰り出すことになった。ジョイナスの地下街にでかい本屋があるのだ。
藤井は優柔不断である。楽器の教本コーナーの前で腕を組み、並んだ背表紙を睨みながら考え込みだした。教本の数は膨大で、たしかにこれでは優柔不断でなくてもどれを選んでいいかわからない。
「買ったら声かけてくれ」
我々は雑誌コーナーで立ち読みすることにした。吉田と駒場がそれぞれてきとうに雑誌を手に取って読み始め、僕も映画関係の雑誌をぱらぱらとめくった。
某アカデミー監督のインタビューを真剣になって読んでいると、横で吉田と駒場がひそひそ話しているのが聞こえてきた。
「うわ、おい駒場、見てみろあれ。なんかすごいのがいるぞ」
「どれ。うわ、ほんとだ。ひひひ、強烈」
どうやら悪い意味で注目を集める人間を見つけたらしい。
「あれ女?」
「そうじゃないの。スカート穿いてるし」
「なんか誰かに似てるよな」
「あ、いるいる。誰だろ?」
「わかった! あれだよ、相撲の。栃若葉」
ぎくりとして顔を上げると少し先に姉がいた。アイドル雑誌のコーナーで、鼻をすんすんすすりながら立ち読みしている。僕は雑誌を置いて急いでこの場から離れようとした。
「おい蒼太、見てみろ。すごいのいるぜ。栃若葉みたいな女子高生」
逃げるのが一瞬遅く、駒場に捕まった。僕は姉から顔を伏せながら、えへへと力なく笑った。近くで立ち読みをしていた大学生風の男が我々の会話に興味を覚え、雑誌からちらりと顔をあげ、姉を見た途端にぶふっと吹き出したのを慌てて咳でごまかし、雑誌で顔を覆った。耳を真っ赤にして肩を震わせている。周囲になんの関心も示すことなく、姉は口をもごもごさせて鼻をすすると雑誌を置き、積んである下の方から綺麗な雑誌を引き抜いてレジへと向かっていった。きめえなへへへ、と言って吉田が身震いした。
「いやあ、付き合ってくれてすまなかったね」
じっくりと一時間かけて藤井は教本を選び、本屋を出た我々は五番街にあるマクドナルドで、藤井のおごりでシェイクを飲んでいた。店内は下校途中の制服姿で賑わっていた。有線からは古い洋楽が流れている。マイケル・ジャクソンの「今夜はビートイット」である。
「さっき有隣堂にすごい女子高生いたぜ。栃若葉にそっくりなの。駒場も飾磨も見たぜ。藤井もあそこにいれば見れたのに」
僕は身を固くした。嘘つけよーそんなのいるわけねーよと藤井は半信半疑である。
「嘘じゃないって。ほら」
吉田がスマホの画面を藤井の顔の前に突き出した。藤井は画面にじっくり顔を近づけると、崩れるように笑い始めた。
「あははは、ほんとだ」
僕は吉田の手からスマホを奪った。立ち読みしている姉が見事に写っている。
「なんだよ、吉田。いつの間にこんなの撮ったんだよ」駒場が横から覗き込んできた。「俺の携帯にも送ってよ」
「俺にも頼むよ。兄貴に見せたい」
「これって盗撮じゃん。そういうのってまずいんじゃないのか、肖像権の侵害ってやつだぜ」
「大丈夫、ばれなければ訴えようがないじゃんよ」
軽く流されそうになるのをなんとか踏みとどめて、僕は肖像権の侵害から訴訟、敗訴、損害賠償に至るまで、詳しく知らないが熱く語った。吉田から藤井と駒場、藤井と駒場からさらに他の友人、そこからまた他の友人へとねずみ算方式で姉の写真が拡散されてしまうのだけは避けたかった。
僕の細かい唾液を飛ばしながらの熱弁に三人はだいぶ白けてはいたが、しぶしぶ納得してくれたようだった。僕はほっとして、そろそろ帰ろうぜということになって場は解散し、三人と別れて家路につき、夕食を終えて風呂に入り、ベッドでごろごろしながらスマホでツイッターを見ていたら、吉田が「栃若葉発見!」とつぶやきながら姉の画像をアップしており、リツイートが四桁を超えていた。