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教室中に弁当の匂いが立ち込める昼休み、食事を終えてみんなで談笑していると藤井が神奈川県高校受験案内なる分厚い本を持ってきた。神奈川県にある公立私立高校の概要が書かれているやつである。
「そろそろ俺たちも進路について考えなくてはならない」
わいわいやりながら近隣高校の必要内申点を見比べて一喜一憂していたが、十分ほど見ているとみんな飽き始めた。最初の方のページに私立高校の制服写真がカラーで掲載されている。見開き二ページにつき二十校ほど、各高校の制服を着た生徒が男女で二、三人写っているのだ。話題は制服モデルの女子生徒の品評会へと移っていった。鼻がでかい、顎が長い、歯並び悪いなど容姿の批評に始まり、性格悪そう、男好きそう、メンヘラっぽいなど好き勝手言い合っていると駒場が一人の女子を指差した。
「この子すげえかわいい」
「ほんとだ。やべえよ」
「モデルかなんかじゃないのか、この人」
どれどれと覗き込んでみると、茶色のブレザーにチェックのスカートを着たものっすごい美少女がにっこり笑っている。
「あ」女子高生の顔に見覚えがあった。
「ねえちゃんだ」
一同の驚愕の視線が僕に集まった。
友達を家に連れてくるのは初めてだった。旧式の姉を見せたくなかったのだ。放課後我が家へやってきた藤井と吉田と駒場の三人は母親の出したお菓子に手もつけず、時計ばかり見てそわそわしている。
「おい、おねえさん何時に帰ってくるんだ」
「そろそろだと思うんだが」
コップに注いだコーラを飲んでいると玄関の開く音が聞こえ、ただいまーと姉ちゃんの声がした。時が止まったかのように三人が固まった。
「ただいま。あれ? 蒼太のお友達?」
藤井が惚けたように口を開けて制服の姉ちゃんに見とれた。吉田は顔を真っ赤にしてうつむいている。駒場だけがえへへおじゃましてまぁすと微笑み返す余裕を持っていた。
「いらっしゃい。ゆっくりしてってね」
姉ちゃんがにっこりしてコップを持った駒場の手がぷるぷる震え、コーラがこぼれそうになる。
「なあ、お姉さんて彼氏いるの?」
姉ちゃんが二階へ上がっていってしまうと駒場は声を潜めて聞いた。
「あんまりそういう話はしないからなあ。どうだろう」
「どんな男が好みなんだろう」
二階から姉ちゃんが下りてくる足音がして三人がそちらに気を向ける。姉ちゃんは制服から着替えていた。が、その格好がひどかった。Tシャツの真ん中に件のりょーくんの顔がでかでかとプリントされており、ハートの枠でふちどられている。えっ、という顔をして駒場たち三人は沈黙した。
「涼香ちゃんたちとカラオケ行ってくるね」
姉ちゃんがキッチンにいる母に声をかけた。
「ねえちゃん、その格好でいくの?」僕は出ていこうとする姉ちゃんを呼び止めた。このTシャツのまま外に出すわけにはいかないのだ。「帰りは八時とかでしょ? 初夏といってもまだ夜は寒いからさ、上になんか着てったほうがいいんじゃない?」
「あ、そうだね」
姉ちゃんはまた階段を上がり、パーカーを羽織って下りてきた。
「じゃ、いってきまーす」とでていった姉の背中には、やはりプリントされたりょーくんが親指を立ててにっこり笑っていた。ひょっとすると一周回ってお洒落なのかもしれない。
「北原亮太が好みなんだな」駒場の口元には嘲るようなうすら笑いが浮かんでいた。
「うふふ」
てめえら何笑ってやがる。ちくしょう、ぶっ殺してやる。姉を。