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 日曜の横浜駅の喧騒を眺めながら、僕は細貝さんを待っていた。姉の容姿が向上するに比例してどういうわけか僕と細貝さんとの関係も親密さを増して行ったのである。お互い軽口を叩いて「あれ、目の下どうしたの。傷ついてるじゃん」「これ? 朝顔洗ってるときに引っ掻いちゃった」「顔に傷なんかついちゃったらお嫁にいけないじゃん。俺がもらってやるよ」「もーやだー」なんて言いあってボディタッチなんかされちゃったりするのだ。それで思い切ってデートに誘ったら二つ返事でオッケーだった。鉄槌がこなくなったおかげだろうと僕は思った。 

 五月も終わりに近い日柄の良い日曜日である。相鉄線の改札前は自分以外にも待ち合わせの人たちでうじゃうじゃしている。駅前の植え込みの前でホームレスらしき様相のじいさんが一人、手にワンカップ大関を持って、陽を浴びながら演説をぶっていた。ふらふらしたじいさんの足元では、二、三羽の鳩がちょこちょこ歩き回っている。

「お待たー」

 地面で何かしらをついばんでいる鳩を眺めているところへ細貝さんがやってきた。約束していた十一時の八分前である。今日もなんだかいい匂いがする。

「どこ行くー? 飾磨くんどこ行きたいの」「どこでもいいよ、一緒にいれれば」「うふふ」なんてひといちゃつきかまして、結局ラウンドワンへボーリングをしに行った。

二ゲームを終えてちょうどお昼時、どこかでご飯を食べようという話になったものの、さすが日曜の繁華街はどこも家族連れやカップルでいっぱいであり、もうちょっと空くまでその辺をぶらつくことにした。

「あれ、蒼太」

細貝さんがお洋服を見たいというのでビブレをウインドウショッピングしていると名前を呼ばれた。見るとえらく綺麗な女の人が僕に微笑みかけているのだ。制服を着ているところを見ると女子高生らしい。

「なになに、デート? その子彼女?」

 誰だか思い出せないのにいやに馴れ馴れしくされて僕は著しく狼狽した。

「知り合い?」

 細貝さんが聞くのに答えて、「いや、知らない」と反射的に口にだすと女の人はあははーと笑った。

「彼女の前だからって照れちゃって。姉の顔を知らないはずないでしょうよ」

「姉ちゃん?」

 言われてみれば新生姉の顔だった。冷静になって見てみると、着ている制服も姉の通う高校のものである。ただ昨日までの姉と違って屈託なく笑ってうっすらお化粧までしているので、印象が違いすぎて気づかなかったのだ。なんでも文化祭の実行委員の会合があり、日曜なのに学校にいった帰りとのことだった。ずいぶんと行動的になったもんである。

 おごってあげるからお茶しようと姉ちゃんがいうのでビブレの一階にあるスタバへいった。女性ふたりはなんちゃらフラペチーノなるやつのトールを、僕はカフェモカのショートを頼んで席に着いた。

「細貝さんて下の名前なんていうの?」「はるかですー」「はるかちゃんかー。部活なにやってるの?」「わたし吹奏楽部です」「顧問だれだっけ?」「松尾先生ですー」「うわー懐かしい。英語教わってたー」などと僕を差し置いて女性ふたりは盛り上がっている。ほっておかれる体ではあったが楽しそうな二人のやりとりを微笑ましく見守っていた。この様子ならば将来義理のお姉さんと妹の関係になっても仲良くやっていけそうである。そんなことを思いながら意味もなくテーブルを紙ナプキンで拭いていると、姉があははははーと笑ったあとに突然上唇をもごもごさせ、ずびっと音を立てて鼻をすすった。ぱっちりした目が半分白目になって顔が一瞬醜く歪む。僕は心の蔵を力いっぱい握られた気がして、カフェモカを口に運ぶ手が止まった。姉はストローでフラペチーノを一口すすり、カップをテーブルに置くとまたずびっとやった。僕は横目で細貝さんを盗み見た。楽しそうに笑ってはいるが内心では姉の鼻すすりをみて「うわきめえな」なんて思っているのにちがいないのだ。その証拠に、ほんのわずかだが姉を見る細貝さんの目から温度が消えたような気がする。脈拍が変になって周りの音が入ってこなくなった。僕は慌ててカフェモカを飲み干し、なかなか減らない二人のフラペチーノをそわそわして見守っていた。と、また姉が鼻をすすって顔を歪める。ベレッタでもデザートイーグルでもジェリコでもなんだっていいからあればいますぐ頭をブチ抜いてやりたいがそんなものは持っていないのである。姉が鼻をすするたびに、今のなしなし、明日まで待って、今夜殺しとくからと細貝さんに弁明したくなるがすんでのところで唇を噛んで黙っていた。細貝さんが最後の一口をすすり終わったのを見計らって、僕は大げさに店内を見まわし、混んできちゃったねーそろそろ出ようかーなんて若干の早口で言って有無を言わさず席を立ち、空いた三つの容器をそそくさと片付けてさっさとスタバを出てきた。

「おねえちゃん美人なんだね」

 姉と別れたあとに細貝さんはそんなお愛想をいった。内心では鼻をすする姉の顔を笑いをこらえて見ていたに違いないのによくもまあそんなちゃらっぽこを吐けたもんだと僕は暗い気持ちになり、今日こそしようと思っていた告白の気分が風に吹かれた霞のようにきれいさっぱり消え失せたのである。


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