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 晩飯のあとに部屋にこもってレザボアドッグスを見ていたら十時半を過ぎていた。風呂に入って寝ようと思い風呂場へ下りたがあいにく姉が入浴中である。やむなくリビングで待つことにしたらティーテーブルの上に映画情報誌が置いてある。表紙にりょーくんが載っているところを見るとどうやら姉のものらしい。何となく手に取ってぱらぱらめくっているうちに、いつの間にか歴代アカデミー作品特集のページを夢中になって読み込んでしまっていた。

「あ、それ私の雑誌」

 顔を上げると、体から湯気を立てた姉が裸にバスタオルを巻いただけのきっつい格好で立っていた。

「返して」

 姉が雑誌を取り返そうとして手を伸ばしてきた。濡れた髪からほのかにシャンプーの匂いが香って気分が悪い。もうちょっとで読み終わるから待ってと言うのに姉は必死になって雑誌を奪い返そうとするのでこっちも意地になり、ひたすら伸びてくる手をかわしていたが、雑誌の端を掴まれて引っ張り合いになった。

「汚い手で触らないで」

 むかっとした。

「すぐ読み終わるって言ってるじゃん」と力一杯姉の肩を突き飛ばした。思っていたよりも手応えが軽かった。体型が変わっているのを計算にいれず、突き飛ばす力加減をあやまったのだ。姉はバランスを失って思い切り後ろに倒れ、恐ろしく重い音を立ててテレビコーナーの角に頭をぶつけた。床にぶっ倒れた姉は白目を剥いて口から白い泡を吹き出した。失神したらしかった。まずい、と焦った僕は救急車を呼ぼうとリビングの電話を手にとった。焦りのためひどく手が震え、119と押すべきところを2、2、2と押してしまい、にゃんにゃんにゃんて猫じゃないんだからと状況にそぐわないことを考えて、連鎖的に昔死なせてしまったみーちゃんが思い浮かんだ。それから少し前に公園でみーちゃんに似た猫を見かけたこともふと思いだし、「おや」と思って少し冷静になる。僕は受話器を置くと床で泡を吹いている姉の顔を覗き込んだ。白目を剥いたまぶたが細かく痙攣していた。僕は洗面所へいってタオルを濡らし、よく絞った。リビングに戻ると濡れタオルを姉の首に巻きつけ、思いきり締め付けた。壁の時計は十一時七分を指している。そのまま十五分になるまで、僕は姉の首のタオルを強く引き続けた。最初のうちは死にかけの魚のように体をびくびくさせていたがやがて動かなくなる。タオルをゆるめ真っ白になった姉の首に指を置く。脈の鼓動は指先に伝わらなかった。

 翌朝、期待と不安で気が高ぶっているせいか五時半に目が覚めた。もう一度寝付こうとしても目が冴えてしまい、仕方なくスマホをいじったり体操をしてみたりして時間を潰した。

六時五十五分になった。普段ならそろそろ姉が起き出してくる時間である。僕は部屋を出て、胸の前で祈るように手を組み合わせながら姉の部屋のドアを見守った。

音を立てて姉の部屋のドアノブが下がる。昨晩殺したはずの姉があくびをしながら出てきた。姉は毛量が多いくせ毛でヘルメットのようなもさい髪型をしていたのに、今朝はまっすぐな黒髪が肩のあたりでさらさらしていた。

「イェスッ!」

こぶしをぐっと握ってガッツポーズを決めると、姉はびくりとして一瞬こっちを見たが、さほど関心も示さず一階へ降りていった。背中から見たスタイルも良く、後ろ姿だけは美少女然としている。前から顔面見てひっくり返るパターンである。

髪がきれいになった姉を見て僕はぼんやりと考えていた仮説に確信を持った。僕に殺された生き物はどうやらマイナーチェンジして生き返るらしい。ぐにゃぐにゃのカギ尻尾だった猫のみーちゃんはすらりとしたしっぽを持って新たな生を受け、教室で殺してしまった国産のかぶと虫は金色の胴を持つヘラクレスとなり蘇った。なんでそんな能力が自分にあるのか不思議だが、前世でなにか善行でもしたのだろう。うっかりとかげでも殺そうものならロストワールドよろしく保土ヶ谷区がティラノサウルスに蹂躙され尽くされるんじゃないかと不安もあるが、姉は僕の手によりモデル体型とつややかキューティクルを手に入れた。このまま毎晩殺し続ければそのうちどこへだしても恥ずかしくないとびっきりの美少女が出来上がるはずなのだ。その日から毎晩深夜になると姉の部屋へ忍び込む習慣が生まれた。

暗い部屋、姉の形に盛り上がったベッドからいびき混じりの寝息が聞こえる。姉の殺害方法は名作映画のシーンの模倣である。

一日目、アンタッチャブル。アル・カポネ方式。小学校の頃買ってもらった木製バットが玄関の傘立ての横で埃にまみれていた。暗い部屋の中、ベッドに横たわっている姉の姿がぼんやりシルエットで浮かんでいる。頭のあたりをめがけて思いきりバッドを振り下ろす。湘南の海でやった西瓜割りを思い出した。生暖かいしぶきが顔にかかるのを感じながら数回バットを叩きつけた。翌朝起きるとはれぼったい一重まぶたがぱっちりした二重に変わっていた。

二日目、ハンニバル。ハンニバル・レクター博士方式。口にガムテープを貼り、荷造り用のビニール紐で寝ている姉をぐるぐる巻きにした。そのまま部屋のベランダへひきずっていき、首にビニール紐を巻きつけ、紐のもう片方の端を手すりにしっかりと結びつけると姉の体を抱えて階下へ落とした。紐がぴんと張って手すりがみしりと音を立て、暗い夜の中、みのむしのようにぶらぶら揺れる姉の体を街路灯が照らしていた。腹をかっぱ裂いて臓物をびちゃびちゃ溢れさせるのが映画に則した本式だがぐろいのでやめた。作業中、姉がいっさい目を覚ます気配がなかったのには恐れ入った。ぶくぶくの鼻が鼻筋の通った形のきれいなものに変化した。

 三日目、ライフオブデビッドゲイル。コンスタンス方式。手を背中の後ろで縛り、頭にビニール袋をかぶせ首のところを縛った。数秒すると足をばたつかせて苦しみ出すがしばらくして収まった。一部始終を後ろ手を組みながら見守る。唇の上のひげみたいな産毛がなくなった。先は長い。

 二週間、毎晩姉は死につづけた。アメリカンヒストリーX、デレク・ヴィンヤード方式でうつ伏せに寝かせて縁石の代わりに部屋にあった英文法書を噛ませ首の骨を蹴り折った日の翌朝、洗面台で髪型を整えていると胸がときめくほどの美女が入ってきた。新生姉である。姉の容姿は、美少女にイデアがあるならばまさにその具現化だった。世界三代美女から小野小町くらいなら更迭できそうである。僕は姉の透き通る白い肌に見とれて満足していた。ひとつの芸術作品を生み出した気分だった。珍しく僕は姉に朝の挨拶をした。

「おはよう、姉ちゃん」

「おう」

 目も合わせずにむっつりとそれだけ言うと顔を洗って出て行った。あの暗い性格をどうにかしなくてはならない。髪にワックスをつけながら、僕は今夜使えそうな映画の殺害シーンを思い返していた。


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