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連休が明けたその週、うちの学校の恒例行事として球技大会が行われる。新しい学年になって新しいクラスメイトと親睦を深めましょうという名目である。男子と女子をそれぞれふたグループに分け、男子は校庭でサッカー、女子は体育館でバスケをするのだ。試合は全学年クラスごとにランダムで組まれ、トーナメントで行われる。我々二年三組は一回戦で三年一組に当たることが決定した時点で負けが決まっていた。横浜FCのジュニアユースに属する先輩が二人もいるクラスに勝てるわけがないのだ。案の定、中三で身長百八十以上もあるツートップに僕たち素人はなすすべもなく翻弄され、開始から二分もしないで三点取られた時点で誰もがやる気を失っていた。キーパーを押し付けられた安永は矢のようなシュートを止めるどころか必死になってよけていたし、吉田と駒場は「あとで先輩んとこサインもらいにいこうぜ」なんて話してけらけらしていた。
一回戦で敗退したチームは大会がおわるまでやることがない。校庭の隅っこに座って残りの試合をぼけーっと眺めるか、教室に引き上げてウノでもしながら時間を潰すか、スマホでインスタにあげる写真を撮って思い出作りに勤しむかくらいである。
僕たちが鉄棒のしたに座り込んで試合を眺めながらふてくされていると、体育館の方からやはり試合に負けたらしい三組の女子たちがのこのこ出てきた。女子の中には愛しの細貝さんの姿もある。
「男子どうだったー?」
女子の先頭を歩いていた河合さんが、やけにはしゃいだ様子で聞いてきた。
「負けたよ」
まったく力のこもらない声で誰かが答えた。
「どんまーい」
女子たちは抱き合ったり、校庭に向かって並んでバンザイのポーズを取ったりしながらスマホで写真を撮り出した。退屈していた駒場が、男子を何人か誘って撮影に加わり、沈んでいた空気がにわかに明るくなる。
「蒼太もいこうぜ」
本当は磯貝さんと思い出を分かち合いたいが、鉄槌が来たらことである。
「いや、俺はいいわ」
倉本さんと武内さんと伊井田さんが組体操をして遊んでいるのを眺めていると、一組の佐々木が通りかかった。昨年の僕のクラスメイトである。
「おーう三組ボロ負けだったなあ」
佐々木が莞爾として声をかけると一部の女子にわかにそわそわして大人しくなった。佐々木はなかなかに顔がいいのだ。
「あー、佐々木じゃーん」倉本さんが後ろで結んだ髪を揺らして飛び跳ねた。「ねー一緒に写真撮ろー」
「おー、いいよー。撮ろう撮ろう」
撮影会に佐々木も加わり、場はさらに賑やかになった。さんざめく青春の狂瀾を眺めていると佐々木と目が合った。佐々木は意味ありげににやりとし、「はるかちゃんも一緒に撮ろうよ」と言って細貝さんに近付いた。
好色そうな口元で顔を寄せる佐々木とぎこちない笑顔で赤面する細貝さんを、僕はいらいらしながら視界の隅で見ていた。佐々木が僕の方にちらっと目をやった。それから近くで河合さんと写真を撮っていた駒場に声をかけ、何か耳打ちしている様子である。
「蒼太ぁ、こっちきて一緒に撮ろうや」
そう言いながら駒場が僕を手招きしたが、僕は曖昧な笑顔を浮かべてそのまま座り込んでいた。駒場の顔が露骨に曇った。僕は顔を伏せ、鉄棒の根元に生えた雑草をむしっていた。佐々木が細貝さんと肩を並べ、二人で撮った写真を確認して「かわいいじゃーん」なんていいながら肩を叩いていて、細貝さんは謙遜して首を横に振りながらもまんざらでもなさそうな顔である。僕はいたたまれなくなってそこから逃げ出すことにした。
「あれ、蒼太どこ行くの」
「いや、トイレ」
下駄箱で上履きに履き替えていると佐々木が追いかけてきた。
「飾磨ー、ごめんごめん」
「なにが?」僕は自分の靴下の黒く汚れたつま先を見ていた。
「おまえさ、まだはるかちゃんに好きって言ってないんだろ」佐々木はにやにやしながら僕の肩に手をかけた。「ちょっくら俺なりにハッパかけてみただけよ。ほかの男に好きな子とられたらやだろ? はやく告白しちゃえって」
応援してるぜ、と言って僕の尻を思いっきりひっぱたくと、佐々木はまた校庭の方へ駆けていってしまった。僕は手に持ったスニーカーをわけもなくぶんぶん振り回した。