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3、現実

あああああ、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい

あたし人の男を狙ってる女だと思われてたんだ みんなそう思ってたから仲良くしてくれなかったんだ

言葉遣いを直しても立ち居振る舞いに気を付けても良い成績をとっても女の子は誰も話しかけてくれなかった 入学してすぐは話しかけてくれた同じ平民枠の子たちもいつの間にか目が合わなくなった

でも婚約者がいる異性とは仲良くしちゃいけないなんておかしいじゃない 殿下とは勉強していただけだし、やましいことなんてひとつもない 生徒会室にだっていつも誰かいたわ 観劇に連れて行ってくれたり庭園に連れて行ってくれたりもしたけど、貴族社会に疎い私に貴族の礼儀を教えてくれただけよ

未婚の貴族は異性と二人きりになるだけでも不貞だなんて誰も教えてくれなかったよ みんなで集まっても結果的に二人になっちゃうくらい仕方ないじゃん 一瞬だよ

ああ、ちがうわ 誰かが言ってた 言われてた 二人きりのときもたくさんあったって

でも本当にいつもみんないたのよ、入れ代わり立ち代わり 二人きりじゃなかったよ 出かけるときは殿下の護衛がいたし

ああ、でもみんな男だった 女はあたしひとり

ほんの、ほんの僅かの間なら、二人きりだったこともあるかもしれない そんなほんの数分数秒でも許されないの そんなのおかしい

だってだって



「帰宅するから当面の荷物をまとめろ 残りは後で取りに来るから」

「なんでそんなこというの 私のお兄ちゃんなのに」

「この学園にお前の居場所なんてないだろう 家に帰ろう」


その夜、少女は何年かぶりに兄に手をひかれて家に帰りました 兄の手は昔より小さくなったように感じました いいえ少女の手が兄にひかれて歩いた頃より大きくなったのです

商家で忙しい両親よりも、年の離れた姉たちよりも、少女の面倒を見てくれたのは兄でした ほかの家族のように無条件で甘やかしてはくれない人でした


「お父さんお母さんは」

「あの二人なら王家と学園から調査官が団体で来て寝込んだ」

「え」

「気にするな あの二人は自業自得だ 寝込んだのだって現実逃避しているだけだ 幸い代替わりしていたおかげで俺が保護者と認めてもらえたしな」

「でも私のせいで」

「お前のせいでないとは言わない でもお前の仕出かしの半分は父さんと母さんのせいだ お前を甘やかして誉めそやすだけで大切なことを全然教えてやらなかった だから自業自得だ お前が謝罪すべきは公爵令嬢と公爵家であって、両親じゃない」


学園に行く前と同じ状態のままの自室に戻っても、呆然として眠ることも出来ません

泣きそうになっていると兄が果実水を温めて持って来ました 少女が子供の頃大好きだったものです

そのままぽつりぽつりと少女に語りかけます


「小さかったお前にはわからないように隠してたんだが、姉ちゃんたちも酷いもんだった

一番上の姉は結婚と離婚を二度繰り返して、一年前に三度目の結婚をした 離婚騒動のたびにうちの親も裁判所に何度も呼び出されて結局婚家に子供を置いてくるはめになった 三度目の結婚の時はもう俺が跡をとっていたから、今度出戻ったら修道院に放り込むと宣告してある」

「ええ、いつもおこづかいをくれたお姉ちゃんが」


学園のことを思い出しては堂々巡りをしていた少女は、兄の言葉に衝撃を受けました 少女にとっては優しい姉だったのです


「二番目の姉は界隈で有名な屑男に惚れこんで、財産を持ち出したり、貢いだり、暴力沙汰になったり病院送りになったりと年がら年中大騒ぎだ 何度別れろと言ってもよりを戻す 匙を投げたところで相手が事故死して、墓守でもするのかと思いきや一年後には再婚してた 今度は普通の男らしくてあまり騒動も起こさなくなったからよかったが」

「えええ、いつも賢いってほめてくれたお姉ちゃんが」

「三番目の姉はまあ先に子供が出来ただけできちんと結婚したし、子供もきちんと育てているからましだ」

「ええええ、結婚前に子供ができたら駄目よね」

「駄目だな でも姉の中では一番ましだ 夫婦仲もいいしな 順番が逆だったくらい不仲に比べたら些細なことだ でも両親と姉のせいで俺は子供のころから家庭不信の女性不信だ 恋愛もごめんだし結婚なんてしたくもない お前には両親や姉みたいになってほしくなかった」

「ごめんなさいお兄ちゃん 私そんなつもりじゃなかったの 本当に友達のつもりだったの

だって見たこともない綺麗な建物で、見たこともない綺麗な人たちが、見たこともない綺麗な服を着て、聞いたこともない綺麗な言葉で話して、どこへ行くにも王子様たちが優しく先導してくれるの

どうしてそこまでしてくれるのって聞いたら、貴族社会を知らない平民の私を先導するのは王族の義務だからってそう言ったの だからだから私ほんとにそうだって思ったの これが貴族の世界なんだって

みんなから嫌がられてたなんて知らなかった 気が付かなかったの」

「お前は小さいころから自分の好きなことだけさせてもらってたから、噂とか、周りの人間がどう思ってるかとか、全然気にせず生きられたんだよな うちの親は悪い土だったよ 種子問屋のくせに土壌が悪ければ作物も悪くなるってわかってなかった そんなところに種を蒔いた父さん母さんが悪い」

「でも私が私が」

「お前も悪い 父さん母さんも悪い あと俺も悪い 兄なのにお前のこと諦めてた でもまだ遅くないだろ また一からやりなおそう 種なんて何度でも蒔けばいいんだ しばらく家でゆっくりしろ 学校に行くなら教会学校だって平民学校だってある 親のことも家業のことも気にしなくていい 姉ちゃんたちに何度傾かされたと思ってる 今更だ お前はきちんと自分のしたことと向き合え」



少女は漫然と兄の言葉に従い、実家に閉じこもって過ごしました 何をしていても何もしていなくても、ふいにあの調査結果を思い出して絶叫しそうなります 誰もが自分を罵って嗤っているように思えました 諦めたような表情で忠告してくる令嬢の美しい顔が浮かびます 届くわけもない謝罪の言葉が口から何度も滑り出ました


ごめんなさいごめんなさいごめんなさい


うずくまって謝り続ける少女を見つけた兄がそっと背中を撫でてくれます 少女は同じことを何度も何度も繰り返すのに、兄は見つけるたびに寄り添ってくれました 兄の手のひらの温かさを服越しに感じます これは家族だから許される距離だとようやく少女は気付きました だから誰もが王子と少女を恋人だと思ったのです 王子の婚約者もそう思ったのでしょう


恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい


邪推で酷い勘違いをされたと恥ずかしがっていた少女は、勘違いされて当然の行動をしていた自分が恥ずかしくなりました 被害者ぶっていた時よりもっと身の置き所がなかったけれど、兄を心配させたくない一心で耐えました 少女には帰る家があって、迎えてくれる兄がいます 両親と姉は頼りないけど、愛してくれたのは知っていました 


このうえ私まで兄の足枷になるわけにはいかない 魔法だって数学だって詰まった時は気分転換が大事だった このまま思い悩んでいても何も変わらないんだから動かないと


どうせやるなら自分も含めた家族全員に振り回される兄のために何かしようとお店を覗きました ちょうど兄が配達の依頼を受けています


「はい、配達ですね 四時でよろしいですか」

「頼むよ いつもありがとうね」


「お兄ちゃん、今の植木屋さんだよね 私が配達に行く」


兄は心配しましたが、少女は平気でした 

植木屋への道も帰り道の今も、すれ違う人は誰も少女を気に止めません ここには少女の失態を知る学園生はいないのです 貴族と平民はそれだけ断絶しているのでした


家に閉じこもってないで早く手伝えばよかった とんでもなく時間を無駄にしてしまったわ


「あれえ、学園はどうしたの」

「わ、久しぶり」


声と同時に後ろから肩を叩かれた少女は驚いてふりむきました 平民学校に通う近所の友人たちです 肩を叩かれるという貴族学校ではありえない行動に動揺します 学園に入る前は当たり前だったのに今では信じられないほど粗野に感じられました


「ねえねえ、先々週くらいになんかお偉いさんみたいな人たちが沢山家に来たんだって またお姉さんが何かやったの?」

「どう見ても警備隊の人じゃなかったでしょ もしかして貴族学園の人? 職員まで平民学校とは違うのね」


同世代の友人達にまで少女の姉のことは有名だったのです こんなに有名なのに妹の自分が知らなかったことに愕然とします 兄が言うとおり少女は全然周りを見ていなかったようです


「で、なんだったのあの人たち?」


また聞かれましたが本当のことを答えるわけにはいきません 少女は必死で言葉を選びます


「学園の職員の方だと思うわ 私は家にいなかったので後で兄から聞いたのだけれど、家庭訪問にいらっしゃったんですって」

「なあにその喋り方、馬鹿にしてんの」

「変わったね、まるでお貴族様だわ」

「貴族ごっこなら他所でやってよね」

「いこいこ」

「あ、クレープ食べに行かない?」

「やめときなよ、お貴族様の口に合うわけないよ」


不快感を隠すこともなく友人たちが去っていきました せっかく上向いていた気分はすっかり泥まみれです


だってしょうがないでしょ 本当のこと話せるわけないじゃない 王弟殿下に睨まれたなんて知られたら、うちのお店なんかあっという間につぶれちゃう だって王族なのよ 仕方ないじゃない ああ公爵家に睨まれたのだって知られるわけにはいかない あのお兄さんはきっと私を許さないわ

でもでもでも本当に知らなかったの わからなかったの 本当なの お願い話を聞いて 馬鹿にしたんじゃないの 言う訳にいかないの ああ、あの時の彼女も同じ気持ちだったのね

私どうしてあんなこと言えたんだろう 罪を認めろなんて 反省してほしいなんて ほんっと何様なのよ

でも本当に殿下と不貞なんてしていないの それだけは本当なの ただ毎日会ってただけ 時々外に連れ出してもらっただけ 時々ほんの少し二人だけになる時間があっただけ

ああ、それってお姉ちゃんがお外でくっついてたのと何が違うの あたしは婚前交渉なんてしてないけど、恋人同士じゃなかったけど、傍から見たら同じじゃない なんで気が付かなかったんだろう なんで信じちゃったんだろう 貴族なら当たり前って王族なら当たり前って 王子だから平民に教育するのは当たり前って それ同性同士でやることじゃない

恥ずかしい 謝らなきゃ でもどんな顔して謝ればいいの

みんなが見てる あばずれだって みんなが言ってる

どうしようどうすればいいの

たすけて

かみさま



「お兄ちゃん、私、貴族の常識は全然理解できなかったのに、平民の常識もわからなくなっちゃった」

2024/02/23 改稿 話の筋は変わっていません

2024/02/24 誤字訂正

おこずかい→おこづかいを

なにをしていても何もしていなくても→何をしていても何もしていなくても

手のひらの暖かさ→手のひらの温かさ

兄がいうとおり→兄が言うとおり

誤字報告ありがとうございました

2024/02/26 少女は必至で→少女は必死で

誤字報告ありがとうございました

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