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第七章「この国には職業選択の自由があるが、就業環境までは自由にできない。自営業とて国が要求する基準を満たさなければ、漬物を作って売る事さえできないのだ」

 政治や法律に関心が無くとも、政治や法律と無縁の生活を送る事は不可能である。諸君が普段使っている道路にも、道路交通法があり、違反する者は処罰される。収入があるのに納税をしなければ脱税という犯罪だし、未成年者に酒を販売したり飲ませたりしたら犯罪だ。

 特に注意して欲しいのが、これらの法律は変わる事があるという事だ。

 例えば漬物を製造して売る仕事をこれから始めるとしよう。

 ほんの少し前までは、お爺さんお婆さんが、家の台所で漬物を仕込み、自分の責任で管理し、運び、販売する事が出来た。これらはスーパーマーケットに卸される事もあれば、路上販売される事もあった。小規模ながらも知る人ぞ知る、得がたい味わいだと評判を得た生産者もいたそうである。

 これらの製品が絶滅の危機に瀕している。

 法が改定され、「住居と製造場所が区画されている」「床面や内壁が不浸透性の材料で作られている」等の、新たな基準を満たさなければ販売ができなくなった。

 これまでのような、台所さえあれば始められたような仕事とはいかなくなったのだ。

 生産者には高齢の方も多く、製造場所の設営面積や金銭面での問題から製造の継続を断念する方が続出した。

 もし子供の頃に、親族や知人が漬物を製造販売する仕事に関わっていて、それを見よう見まねでやろうとしている方がいたら、少し思いとどまって法律を調べて欲しい。この小説が書かれた後に法律が変わる事だってある。

 ところでこのように法改定された理由は、北海道で起きた、漬物による死者数名を出した集団食中道事件が発端だとされている。

 なるほど。確かに痛ましい事件だとは思うし、その製造者は処罰される必要があるだろう。だがなぜ、これまで食中毒を起こしていない他の製造者が営業を継続できない目に合わなければいけないのだろうか。

 先述した法改定に、食中毒事件を防止する意図がある事について疑いはないが「意図がある事」と「それが正解か」は別の話だ。これまでの「改定前の環境で食中毒事件をおこしていない製造業者」は「それを実現する技能」を持ち、非常に誠実に業務に取り組まれていたという事だ。

 これが評価されないのはどうしてだろう。

 その技能をこそ継承させ、広めるべきではないだろうか。

 漬物製造業者のどこか一つが事故を起こしたら、残りの業者も同じように事故を起こすだろうとする主張なのだろうか。

 車で人身事故を起こしたら加害者は処罰される。当然だ。では事故が起こる度に、他の運転手はそれを受けて、車に新しい事故防止装置を装着するよう義務付けられただろうか?

 それらの取り組みによって人身事故は無くなっただろうか?

 未成年者に飲酒喫煙をさせてはいけないと、この国では周知されているが、それで未成年者の飲酒喫煙は無くなっただろうか?

 国が本気で未成年者への酒タバコの販売を抑止したいと考えているなら、酒タバコを購入する際に、身分証の提示と携行義務を、購入する側に設けるべきだと思うが、そのような取り組みはしているだろうか?

 今こうしている間にも事故で命を落とす人はいるし、未成年者に恫喝されて酒を販売してしまい、販売免許停止や罰金刑を受けている小売店業者もいるだろう。

 それらを踏まえ、この食品衛生法改定は果たして当然のものだろうか。

 車に新しい防止装置の追加を義務化しても、現実的に完全に事故を防止する装置なぞ作れないし、法律で締め上げても、それを破る人間は必ず出てくるし、法律を順守した上でも事故は起きる。ルールを作る事を無意味だと言っているのではない。そのルールが適切かどうかという問題なのだ。

 ルールを破る人間は絶対になくならないが、ルールを順守する真面目な人間が仕事を失う事態が発生している。

 世間はとにかく何か事件が起きると、すぐにルールがいけないのだ、甘いのだと言い出す。そしてルールを作って締め上げれば状況は改善するのだと思い込む。

 近年ではウズラの卵で窒息した人間が報道されると、ウズラの卵は喉につまる危険な食べ物だから子供に食べさせない処置は当然だ、なぞと世迷言をわめく者が出てくる事件がおきた。確かに悲しい事故ではあるものの、日本に限って言えば喉につまる食べ物ナンバーワンはダントツで「餅」だが、それで餅は子供に食べさせるな、なんて事になっただろうか?

 喉に詰まりやすいからよく噛んで食べるのだよと教育して、あとは自由ではないだろうか。

 彼らはウズラ卵や漬物を卸している業者に恨みでもあるのだろうか?

 事件が起きた背景や、経緯や、環境に、良く知りもしないまま口を出して、その結果、仕事を失うような人が出てきたとしても大多数を守る為に小を切り捨てるのだと言い出す輩が支持されているらしいから、日本社会で生きていくとは何と困難な事だろう。

 超能力特措法が出来て、ついに超能力者かどうかを判別する検査方法が確立された事で、そうした人間の悪い側面が強調された。

 結論から言えば、謎の変身ヒーロー「カオス」ことマイケル青は、仕事を失った。

 ルールが適切かどうかは、とても重要だ。

 マイケル青の主な収入源はライブハウスでの演奏と物販だが、このライブハウスでの活動を行うにあたって、自身が超能力者ではない証明の提示が必要になったのである。

 ライブハウスだけではない。実は、とあるイベント会場で超能力者が観客に紛れて参加し、つまり人間と見分けがつかない「超特別指定害獣」が群衆に紛れ込み、騒ぎになったと報道されたのだ。これに対応するとして、一定以上の人が集合する行為には、非超能力者である証明を提示させるべきだと声が上がり、マイケル青が懇意にしているライブハウスでも、客のクレーム対策でそうする事になった。

 お前らバカだろとマイケル青は思った。

 政府の「超能力者は危険」だとする言い分をあえて全肯定したとして、それでも、超能力者がそのあたりを普通に歩いているかもしれないのに人が集まる場合だけを規制する事に意味があるとは思えない。

 だがマイケル青には自信があった。なぜならマイケル青自身はただの人間で、カオスの戦闘能力はあくまで音楽妖精の力だからである。

 しかしマイケル青は検査陽性だった。

 そして今、彼は警察に追われる身となっている。

「うっそでしょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 マイケル青は全力で走る。

 もしかしたら懸念の一つの通り、音楽妖精と意思疎通ができる事が超能力だったのかもしれない。てっきり妖精の側からのアプローチに起因すると思っていたが、妖精の声を受け取る側にも才能のようなものが必要なのだろうか。あるいは偽陽性だったのかもしれない。低確率で偽陽性結果が出る事は専門家も言っている。だからマイケル青は再検査を要求した。しかし警察は、詳しい事は署で話そうと「絶対に署で話すだけでは終わらないだろうフラグ」を立てて来た。

 警察に拘束される事だけは避けなければならない。音楽業界に身を置く彼は、先達(せんだつ)からそのように助言を受けて知っていた。檻の中では娯楽どころか食事さえ自由にならない。警察が許可したもの以外は差し入れだって受け取る事が出来ない。例えばオーガニック食品に拘りがあるからと言ってもオーガニック食品を選んで食べる事は出来ない。メーカーも、品目も、あらかじめリスト化されているもの以外は食べる事を許されない。特定の添加物にアレルギーをおこすから別のメーカーの物が欲しいと言っても通じない。ならそれは食べるな、で終わる。生活の全てが権力にコントロールされる。そうして体力を削られ、精神を削られ、正常な判断力を失った人間にまともな裁判はできない。

 まともな人間として生活する最低限の権利を守るには、逃げの一手。これしかないと先輩は言っていた。マイケル青が迷うことなく即座に逃走に踏み切れたのだから、その先輩は本当に尊敬され、信頼されていたのだろう。

 この時点でのマイケル青には知りえない情報だが、同時刻、テレビのニュースでは「特に音楽に注意しないといけません。人は心臓の鼓動によって生きています。鼓動とは一定のリズムです。ですからリズムは人の精神や健康に作用します。ですからメタルミュージックなんてのは害悪でしかない。あんなの普段から聞いていたら脳がまともな判断をできなくなります」なぞと、どこから引っ張って来たのか精神障害の専門家を自称する人物が発言し、インターネットでは賛否両論飛び交い炎上していた。

 これは、ある組織が仕掛けた工作だった。

 カオスの正体について突き止めようとしたその組織は、街中の監視カメラの映像から判断できるカオスの逃走経路をパターン化して観察し、その行動線上にライブハウスや貸しスタジオが重なる事と、カオスがギターを弾くという事とを結び付け推測し、ある時、メタルバンドの関係者しかその近辺にいなかったタイミングがあった事に辿り着いていた。

 そしてメタルミュージックは人に悪影響を与えるという情報を拡散し、生活を困難にしてやろうと作戦を展開した。少しずつ。少しずつ。相手の行動をできる所から制限していき、焦りを引き出し、本来のパフォーマンスを発揮できないようにする作戦で、この後「国民から一定の理解を得られた」と判断されたなら、行政からライブハウスへ更なる圧力をかけさせ、非超能力者証明を義務化する予定である。

 お気づきだろうか。

 その組織は街中の監視カメラのデータを閲覧する事が出来、自分達にとって都合のいい情報をばらまく為にテレビ番組を企画し、行政を動かす事が出来るのである。

 その組織はダーク・アーと言う。

 ダーク・アーはバカの集まりではなかったのである。

 巧妙な事に、メタルミュージックに悪影響があるとする言説を展開しているのは、ゲストで呼ばれている自称専門家であり、番組の構成そのものは中立で、「ただゲストの言う事に対して特に否定もしない」というスタンスを取っていた事だ。こうして実質的に偏向報道だったとしても、偏向報道ではないと言い訳できる余地を作っているのである。

 このダーク・アーの作戦により、マイケル青はこのまま逃げおおせたとしても、もうメタルミュージックに情熱を傾けて生きる事は難しくなった。

 マイケル青を追っている警官はその事を知っていたので、どのみち絶望の底に叩き込まれる未来しかない彼を内心で嘲笑っていた。

 マイケル青は走りながらでも抗議している。さすがは音楽を生業とする者は肺活量が違うのだなあと、二人の警官はその部分においては彼に感心した。

「だいたいね! 超能力検査なんて、逮捕された人間が超能力を使って犯罪をおかしたのか判断する為の情報の一つだったんじゃないの? てっきりそうだと思っていたわ。でも実際の運用の仕方は違った。何も悪い事をしていない人間に検査をさせて、わざわざ超能力者を見つけに行って、偽陽性かもしれない可能性があるのにこうして追って、どうあっても超能力者を見つけ出して社会から隔離したい動機ってなんなのよ!」

「偽陽性かもしれない可能性についてはその通りだ!」

「だが超能力者は犯罪だ。君は今、その容疑者なのだ」

「だから署で詳しく話を聞いてだな」

「再検査をしてはっきりさせようと」

「言うのだよ!」

「わからんか!」

 二人の警官はコンビネーションばっちりで、お互いに息継ぎができるよう配慮してマイケル青の質問に答えた。

「く。これでは先に息切れでダウンするのはこっちが先ね」

 そもそも警官を相手に話なぞしなければ解決するのだが、マイケル青は冷静ではなかった。

 冷静ではなかったのだから道を間違う事もある。いつの間にか彼は袋小路になっている路地に追い込まれていた。正面に壁が迫る。カオスに変身すれば簡単に飛び越えられそうな壁だが、今、変身の場面を目撃されるのはまずい。

 いよいよ終わりか。と、マイケル青が観念しようとしたその時。

 どこからか声がした。

 それは遠くから聞こえていると認識できるのに、はっきりと聞き取る事の出来る、実力派の声優のような発声だった。

「これは恐ろしい。そもそも信憑性の薄い検査法を判断基準とするルール設定に疑問を持たないのですか。まあ警察官はルール違反を檻にぶちこんだら加点されるお仕事ですからね。自分達に都合が良いなら異論もありませんか」

 警官とマイケル青を分断するがごとく、上空から女性が降って来た。

 ふわりと体重を感じさせない着地をした女性は仮面を身に着けていて表情は分からない。ポニーテールにした、美しい緑色の髪が印象的だった。

 警官が女性に言う。

「誰だ貴様。ひたすら怪しい奴め」

「公務執行妨害で逮捕されたいか」

 女性は警官に向かい、そのような警告なぞどうでもいいという雰囲気で言った。

「超能力因子培養検査法では、偽陽性となる、または偽陰性となる可能性があり、その精度は99.97%だとされているそうですね」

 何を急に言い出すのかと警官は思ったが、特に否定する必要もないのでそうだと答えた。99%以上の、非常に高い精度だと。

「つまり人口約、一億二千万の全てに検査を施した場合、三万六千人が偽陽性または偽陰性となります」

「!?」

「!?」

「!?」

 三番目の「!?」はマイケル青のものである。どうやらその言動から、彼女は自分の味方のようだ。しかも具体的な数字をもってきた。とても頼もしいと思えた。

「さて、ではその三万六千人がどう陽性と陰性に振り分けられるのか計算が面倒ですが、まあざっくり二万人くらいが陽性だとして行動制限を受け人権を失い、また同じくらいの超能力者が社会に残る訳ですね。しかしそもそも超能力者は数が少ないですから、偽陰性で社会に残る数よりも、圧倒的に『偽陽性で人権を失う人の方が多い』でしょうね」

 その通りである。仮に一億二千万の全てが非超能力者だとしたら、99.97%の精度の検査なら三万六千人全てが偽陽性となる事さえあるだろう。

「しかも恐ろしい事に、超能力は検査の後からでも発現する可能性があるそうじゃないですか。すると、一回の検査では安心できません。一億二千万から陽性結果となった人を引いた数を、また検査しますね。すると、例えば一億一千万人から0.03%を弾き出したら数は三万三千人です。一回目と合わせて六万九千人が偽陽性もしくは偽陰性です。これもざっくり四万人くらいがただの人で、不当に人権を奪われるという事になりますね。検査を『繰り返す程に』その犠牲者は増える事になります。しかし計算て面倒ですね。だから誰も積極的にならないのでしょうね」

「だ、だからなんだ。それでも陰性結果を受けて安心する人の方が圧倒的に多い」

「そうだ。隔離施設に入ったとしても死ぬわけではない。何も問題は無いだろう」

 移動に自由がないのに問題がないとする言い分にマイケル青は怒りを覚えた。

 しかし女性の言葉が続いたのでそれを邪魔しないようにこらえた。

「安心する人の数が多ければ、検査の度に人権を失う『数万人はどうでもいい』とでも? 警察なんて世界中どこでもそうですが、極めて公平性に欠ける思想ですね。しかもあなたがたの当初の目的である、超能力者を完全に世から排斥するという目的も、その方法では達成できません。なぜなら検査結果が全て陰性結果となる時代が訪れても『偽陰性の可能性が残る』からです。超能力者への恐怖を煽るだけ煽って、その『超能力者がいないとする確信を得られる未来は永劫に訪れず』何度も検査という『過ち』を重ね、警察に抵抗も許されず社会から排除される犠牲者は増え続けます」

「それでも民間人が超能力者に殺されるような」

「悲惨な事態に対する抑止力にはなるだろが!」

「全国民に検査を行う事を想定した場合、検査の度に一万人以上が人権を失うというのは悲惨ではないのですか? その実行役は警察であるあなた方な訳ですが、どの口で民間人がどうのと言えるのか。ところで超能力者に人が殺されるなんてのをよく言ってますがね、現時点で、超能力者に殺された人と、普通の人に普通に殺された人とで、どっちが死んでます?」

「!?」

「!?」

「!?」

「それらと比較して、超能力者は本当に危険な存在だと思いますか? しかも普通の殺人犯にさえ人権が保障されるのに、超能力者だけは人権がないなぞと、世迷言も甚だしい。私は、あなた方のやり方では確実に数万人規模の被害者が出る論拠を提示しました。それは現在進行形で起きている事であり、それが今後も増え続けていくとも言いました。あなた方はバカの一つ覚えみたいに『超能力者は人を殺す』『被害者を減らす為だ』なんて言いますが、既に『あんたがたのせいで、いらん被害者が出てる』んですよ。そろそろ反省しなさい」

 マイケル青は、なんだか徐々に女性の口調から品が消えていく雰囲気を感じた。もしかしたらこっちが地なのだろうかと思った。

 女性はため息を一つ。

「きっと、あなた方は、超能力者がいない、誰も異能を持たない社会を理想的だと信仰しているのでしょうね。それが理想の世界だと信じるから、だからそうやって、力任せにでも目的を達成しようとする。ところでその検査は子供にも実施しているそうですね。まあ検査ですからね。薬剤を打ち込むわけでもないただの検査ですから、それで死ぬ事もありません。親御さんも検査済みでしょうから、まさか自分の子供が異能を持っているだなんて思わないでしょう」

「だ、だから」

「どうした!」

「この国の昨年の出生数は約75万人です」

「!?」

「!?」

「!?」

「その75万の0.03%とは225人。この内の100人か、それ以上が検査で陽性だったからと人権を奪われます。それは人生を奪われる事と同義です。老若男女を差別しない、素晴らしいやり方だとでも言いますか? 『命を奪う訳でもない』と? 赤ちゃんは抵抗できません。逃げる事もできず、そんな選択肢は最初からなく、養護施設で人権を失った生活をおくるのです。そしてそれは、赤ちゃんが生まれる度に繰り返されます。あなた方が勝手に決めた不当な『基準』が、毎年百人以上の赤ちゃんから人生を奪うのです。そして『振るい分け』は一度では終わりません。いったい何人が無事に成人できる事でしょうね」

 いよいよ二人の警官は何も返事ができなくなった。それは女性の言葉が正当な物だと思い、反省したから「ではない」事が、マイケル青には分かった。彼が見つめる、女性の背中からでもわかる「殺気」とでも呼ぶべきか、そのような気配が急に強くなったのだ。

「子供を巻き込んだのは悪手でしたね。私はね、そのような輩が大っ嫌いなのです!」

 女性が警官に向かって一歩を踏み込んだ。

 警官の一人が反射的に銃を抜いて女性に向けて撃った。狙いが外れたのか、最初から威嚇が目的だったのか分からないが、弾丸は女性の顔の横を通り過ぎる。横に揺れたポニーテールにそれが当たって、少し髪の毛をちぎってそれが宙に舞った。ポニーテールが横に揺れた? まさか女性は拳銃弾を避けたのか? 一瞬の事だったのでマイケル青にはそれを判断する事が出来ない。「これで正当防衛ですね」と、女性が呟いた。

「悪魔!眼球抉拳(がんきゅうえぐりけん)!」

 女性の手先が警官に向かう。

 警官は反射的に目を庇うように腕を上げた。しかし女性は喉を攻撃した。生牛肉の塊にフォークを突き刺したような音が聞こえた。

 警官の一人はそうして地面に転がり、喉をおさえて痙攣している。痛みもそうだろうが、突然の事にパニックを起こしているようだ。

 残りの警官も銃を抜いて女性に向ける。女性は、どこから取り出したのか飴のついた割りばしを銃口に突き込んだ。「やれやれ。楽しみにしていたオヤツだったのですがね」という呟きが聞こえた。判断力が死んでいたのか、警官はそのまま引き金を引いて銃を暴発させた。その時にはすでに、女性は飛びのいて安全な場所に逃げている。

 な、何者なの!?

 マイケル青は驚愕する。

 なるほど。自分の意思で三次元運動する立体の特定の一点、すなわち動物の喉を正確に貫くほどの技量を持っているのなら、自分に正確に向けられた銃口(あな)に棒を突き刺すくらい容易かもしれない。しかし、そもそもそんな戦闘技術を身に着けるのにどれほどの訓練が必要だろうか。日々、ナメンナーと戦っている彼にはその難易度がよく理解できた。

 女性はここでマイケル青に向けて言った。

「ごきげんよう。私の事は謎のスーパーヒロイン、モモピンクとお呼び下さい。悪党は死んだ方が良いと思っているタイプの人間です」

 この後マイケル青は千鳥かなとも面会し、挨拶を済ませた。そこで彼に知らされたのは、彼が、未来において反政府組織のリーダーとなり、超能力者を率いて戦う事になるという話と、この後、国が定めた新たな基準により音楽で身を立てる事が法的に難しくなる事実であった。

 この未来を変える手段は、現状、モモピンクに従う他ないと彼は判断した。

 混沌の時代の明暗を分けるどころか、更なる混沌に突き落とされるヒーロー、カオスの戦いは、ここからが本番である。


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[良い点] おもしろいっ!!敵が強大なだけに展開の仕方がすごい!仲間が集まっていってるのが熱い!しかしなんというか…毎回考えさせられるし、作者さんは見えてるものが違うんだなぁと感心させられます。 [一…
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