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第三章「たとえ超能力を扱えたとしても一般人のふりをしなければならない社会となった。もしバレたら逮捕されるからである」

 その男の名は野火(のび)太郎(たろう)と言った。

 第二章に登場した剣崎の入っている檻の向かいに入れられている。

 何となく未来からネコ型のロボットが助けに来てくれそうな名前の響きだが、勿論そんな事は無い。能力名は「火炎王」である。イメージそのままの、発火能力だ。しかし、火をつける事ができるだけで、漫画やアニメのように自在に操ったり、火の玉を飛ばしたりはできない。彼はこの能力を発現させてから気づいた事がある。火炎を放射したり、火のついた何かを投げたり、といった事は物理的にできるが「炎そのものを玉の形で飛ばしたりってできないものなんだな」という事実だ。手のひらや指先に炎を出してポーズをとると、とてもカッコいいが「ぶっちゃけ熱い」し「火傷する」ので今後はひかえようという気付きも、彼の人生にとって有意義なものであった。

 しかし有意義ではあるものの、超能力を発現させた事で彼の人生は悲惨な事になっている。

 超能力特措法が作られた事により、世間では今、大規模な「超能力者狩り」がおきている。

 超能力者を見つけ出し、あぶり出し、その存在を晒し、非難し、法で裁くという行為に、国民の多くが酔いしれて躍起になっている。

 そもそもの始まりは、ある外国からの渡航者が超能力を用いて日本人に加害した事件である。

 その能力名はシンプルに「サイコキネシス」だった。

 念動力とも言われるそれを用いて、渡航者は自分に注意してきた警官を弾き飛ばした。警官はその時に頭を強く打って死亡した。注意された原因は禁煙エリアでタバコを吸っていた事で、反省してタバコを消せばそれで終わった話だろうに、渡航者は過激な対応をして世間の注目を浴びる事になる。

 当時、超能力なんてものはフィクションの存在だった。だから渡航者は、警官に密着していたか何かの理由で周囲からはよく見えなかったが、力ずくで突き飛ばしたのではと思われていたが、渡航者はそれを否定しており、事実として警官と渡航者との間には、大の大人を突き飛ばすには難しい程度の距離があった事も分かった。

 そこで可能性として提示されたのがサイコキネシスである。

 渡航者はサイコキネシスを用いて警官を弾き飛ばしたのではと言われたのだ。当時は、なんて馬鹿々々しい事を言っているのだろうと言うのが世間の反応だった。

 だがサイコキネシスの存在は認められてしまった。

 これはテレビで連日報道され、新聞でも特集が組まれるようになった。

 しかし当時、超能力を用いた加害に対応する法律は無かった為、渡航者は不起訴となっている。これは長らく、超能力が架空の存在、空想の存在とされてきたからであり、国家は今後想定される超能力犯罪を予測し、対応するべきだと国会で発議された。

 今ではついに超能力特措法によって、超能力者は国家治安を乱す存在とされている。

 政府は「隣人が超能力者かも知れないという不安を抱いている方に、一日でも早く平穏な暮らしが戻るように、全貌の把握に全力を尽くしてまいります」と言っている。

 馬鹿な事を言うなと野火は思った。

 超能力特措法ができた事で超能力者は悪となったのだ。奴らの言い分は因果が逆転している。

 自分は子供の頃に超能力を発現させて以来、何年も生きてきた。それで誰が不安になったというのだ。例の渡航者だって、警官殺しで騒がれるまで誰からも注目されなかったじゃないか。特措法なんか作って悪のレッテルを貼った上で、超能力者が身近に居るかもしれないぞと脅しているのは政府だ。超能力者の存在が理由で人々が怯えているのだとしたら、それは政府が怖がらせているからだ。

 ここ最近になって、急に超能力者が人々の注目を集めるようになった事に不気味さを感じる。超能力を発現させる人間が増えているなんて話も聞くが、それもどこまで本当だか怪しいところだ。一般人にはその情報の正誤を判断する事は難しい。

「だいたい、その時の警官はサイコキネシスで弾かれたのかもしれないが、死因は頭を打った事だ。なら最初の疑いの通り、力ずくで突き飛ばすやり方でも警官は殺せる。害意が有るか無いかが問題なのであって、超能力の有無は関係ないじゃないか」

 野火がそのような事を知人に話した時、その知人は「超能力は簡単に人を殺せる、銃や刃物みたいなものなんだよ。だから銃刀法みたいに法で規制するべきじゃないか」と反論してきた。その知人はいつの間にか、反超能力者思想に毒されていたのだ。

「銃や刃物と同じだって? 生まれついて身についているものだぞ。銃や刃物は持たない選択ができるが、超能力を持っている人間をそれで差別するのはおかしいだろうが」

「そういう考えが蔓延していたから、これまでずっと超能力者による凶悪な事件が後を絶たなかったんだよ。法による規制が遅すぎたくらいだ。君はその言葉を、超能力で殺された警官や他の被害者の前で言えるのかい」

 野火は超能力者が過去に被害者を出しているという話を始めて聞いた。真偽について問いただすべきだったが、この時は感情のままに反論していた。

「警官を殺すのは超能力がなくてもできるってさっき言ったよな? 害意が有るか無いかの問題だよ。それに、超能力を世の為人の為に使っている人だっているだろうさ」

「そりゃあ警官みたいに、銃を、人を守る為に使う人もいるだろうさ。でも一般人が銃を持っていたら危険だろう? だから一度国の管理下に置こうっていうのが特措法の主旨じゃないか。これは迫害や差別を受ける超能力者を救う事にもつながるんだよ」

「超能力者の差別が始まったのは特措法ができてからだ。そして超能力者認定された人は、超特別指定害獣になる。人権を失う。それで超能力者を救うだと? まともな倫理観があれば出てこない発想だな」

「いやそもそもね、少しは不自由を感じるだろってのは分かるけど、超能力を使わなければ超能力者認定もされない訳だよね。誰にも分かんないんだから。昔は日本でも刀もった人がそこらへんに居たけど、今は違うでしょ? 法で『使うな』って決まったんだから使わなきゃいいだけの話なんじゃないの? 法で規制されてるのに使いたがる奴のほうが倫理観おかしいと思うけどねえ」

「さっきも言ったが超能力は生まれついて身についている才能だ。目が良いとか、足が速いとか、そういうものの延長だ。それを持っているだけで差別されて、才能の発露を制限されるのが正しいとは思えない」

「誰だって生まれついて拳をもっているし足が生えてるけど、それで人を殴ったり蹴ったりしたら犯罪だよね? さっきも言ったけど使わなきゃいいだけの話でしょ?」

「だから、人を殴ったり蹴ったりってのは害意の問題だろ。特措法では超能力を持っているだけで人権を失うんだよ。それがおかしいって言ってんだよ」

「こっちもさっきから言ってるけど、人を殴るなってのと同じで、生まれ持ったその才能とやらを使わなきゃいいだけの話だって理解できないの? 人を傷つけたり不安にさせる才能を使わないで『その辺の普通の人と同じ生活してれば何も問題ない』のに、何が不満なのか理解できないね」

「生まれついての才能で差別される事を喜べる人間がいてたまるかよ! 誰も被害にあっていないのに超能力を持っている事が知れただけで人権を失うなんて認められるか!」

「お前もしかして超能力者なのか?」

「!?」

 野火はこの時に判断を間違えた。いや判断が遅れたと言うべきだろうか。即座に「違う」と反論すれば終わったかもしれない疑いだったが、急に突きつけられた事実に動揺したのだ。

 反超能力者思想に染まった知人はすぐに警察に通報した。

 野火は逮捕された。取り調べは過酷なものだった。

 警察署内部で逃げ場など無いだろうに、手錠で椅子に拘束されたまま尋問された。

 野火は「弁護士が来るまで何も喋るつもりはない」と意思表示した。彼は不慣れなりに冷静に対処しようとした。

 しかしどれだけ待っても弁護士は来ない。警察は「連絡はしているが、弁護士も普段の仕事があるから、当番弁護士と言ってもすぐに対応ができるというものではない」と言った。

 当番弁護士制度とは、逮捕された時、一度だけ無料で弁護士を呼んで相談できる制度である。殆どの日本人は法律に詳しいという事は無いだろうが、この制度だけは是非とも覚えておいて頂きたい。当番弁護士を選ぶ事はできないが、のちに自費で私選弁護人を雇うにしろ、国が費用負担する国選弁護人を利用するにしろ、費用負担の心配なく逮捕後の権利や法律、注意事項について相談できる貴重な機会である。

 野火は午前中に逮捕されたが、すでに夕方を過ぎていた。水は出されるものの食事は取っていない。実は朝食も取っていなかった。疲労は癒える事無く、常に緊張した状態をこうも長く続けると、人は正常な精神性を保てなくなる。

 ところで警察の取調室(とりしらべしつ)では「刃物など危険物の所持、室内での食事、記録を取る等の行為は禁止」を主旨とした張り紙がされていた。つまり会話の内容を警察に一方的に記録され、記録するかしないかも警察次第という訳だが、極めて公平性に欠けると野火は思った。逮捕された人は自費で食事を取る事もできず、しかし警察はいつでも交代して食事が取れるのだ。

 何より尿意だ。逮捕されてからずっと、トイレに行けていないのである。

 野火は当然、トイレに行きたいと言ったが「今、君を入れられるトイレは無い」と説明された。馬鹿な事を言うな。故障か何かかと質問したが、警官はこの質問には答えなかった。野火は続けて抗議した。しかし「今つかわせられるのは留置場のトイレだけだ。運が悪かったな。尋問が終わればすぐに手続きして入れる事が出来るんだがな。これも規則だ。手続きしないと留置場には入れられない」と「ほくそ笑んで」答えてきた。

 クソが。つまり弁護士を待たずに尋問に応じてとっとと留置場に入れと言う事か。なんて汚い奴らだと野火は思った。こうなると、本当に弁護士に連絡を試みているのかも怪しくなってくる。

 結果として野火は警察官の思惑通りに尋問に応じた。そして留置場に入った。噂には聞いていたが、本当に檻の中にトイレがあって、監視されながら用を足す事になる。

 野火は、もういっそこいつら全員焼き殺してしまおうかとも思った。

 だがギリギリのところで思いとどまった。

 野火の火炎王では、人を直接焼き殺すにはそもそも火力が足りない。火炎王などと大層な名前を付けているが、実態は「ただ少し火をつける事ができるだけの能力」なのだ。枯草や薪があれば火を大きくすることもできようが、そんな物は現状、手に入らない。生木ですらなかなか燃えないのに、水分が七割を占める人体を燃やすのは火炎王では絶対に無理だと判断できた。

 野火が入った留置場の檻は、床にフェルトのような物が敷かれていてよく燃えそうだったが、恐らくその下はコンクリと鉄筋だろうから床が抜けて脱出できる可能性は低い。そもそも木造だったとしても、そんな火事をおこせば自分が先に死ぬし、上手く脱出できても既に警察には野火の住所含め個人情報は取られてしまっているのだ。逃げても自分の立場を悪くしたうえで再逮捕されるだけだと想像できた。

 野火は続けて想像した。もし、自分の火炎王が名前に負けず劣らない、漫画やアニメのような恐ろしい火炎を放射するような能力だったならどうだろうかと。

あるいはそう、今から誰にもばれないように、瞑想やら何やらの方法で能力を強化し、圧倒的な戦闘能力を得たならばどうだろうかと。

 きっと爽快に違いない。

 想像の中の野火は、先ず牢を構成する支柱たる鋼鉄部分を焼き溶かし脱出する。そして襲い来る警官を次々と焼いて殺す。そのまま厳重に封鎖された出入口を破り、警察署内部で大暴れするのだ。そして廊下を歩いている最中のどこかで、銃で撃たれて死ぬ。

「あ。駄目だこれ」

 と、野火は冷静になる。たとえ超能力を使っていなくても、人を焼き殺しながら警察署内を歩く人間がいたら誰だって銃殺が妥当だと思うだろう。この場合、超能力特措法なぞ関係ない。みすみす警察の奴らに銃で人を殺す理由を与えるだけだ。しかもその事件を理由にして、更に超能力者に対する世間の印象を悪くしてしまうだろう。

 だが恐らく、このまま裁判を受けても自分は有罪となる。そうなれば、世間が持つ「超能力者は違法な存在で、悪だ」という認識は強くなる。

すでに事態は、警察や政府にとって都合がいいようにしか転ばなくなっている。

もう自殺でもしようかと野火は思った。

 裁判を受ける前に死ねば、超能力者が死んだ事にはならないし、もしかしたら、警察が容疑者に対して非道な行いをしている事が世間に知れるかもしれない。

「いや……きっとそうはならない」

 野火は思い直す。

 野火はメディアに対して強い不信感を持っていた。

 そもそも、野火を陥れた知人のような主義者がどうして世に溢れたか?

 メディアは超能力者がいかに恐ろしい存在かを強調して伝えていた。

 まるで超能力者とすれ違っただけで殺されるとでも言うような報道だった。

 ご丁寧に、「いや超能力者にも良心がないと言い切る事はできないと」コメンテーターに喋らせ、それを別のコメンテーターが「それでも超能力に対抗する事の出来ない弱者には恐ろしいのです。誰が超能力者か分からないんですからね。その気持ちは分かりませんか」なぞと言って、まるで超能力を恐れる事は当たり前の常識で、超能力者を庇う事は非道徳的であるかのような印象を持たせる報道の仕方をしていた。

 いつからそんなものが常識になったのだ。

 だが野火の憤慨こそが非常識なのだとでも嘲笑うように、世間はどんどん反超能力思想に染まっていった。

 テレビでトマトが体に良いと言われればスーパーではトマトが売り切れ、納豆が風邪に効くと言えば納豆が消える。この国はそんな国だ。バラエティ番組でどこそこの冷凍ピザが大変美味しいと言われれば、こぞってそれを買い求め売り切れにまでなる事があるが、しばらくすると殆ど売れなくなる。「つまり大して美味しくなかったって事なんだろ」って話なのだが、同じような経験を何度も繰り返している筈なのに何度も騙される人が後を絶たないのは何故なのだろう。

 今まで、殆ど名前も聞いた事が無かったような国が戦争を始めたと報道されれば、急いで支援しろと国民が騒ぎ出す国である。「お前らマジ一回でいいから戦時国際法を調べろ」と、野火は普段から呆れていた。中立国の義務の一つに、戦争当該国に支援をしない事がある。つまり支援とは「中立ではなく当該国に味方するという事」であり、戦争に参加する事と同義なのだ。対立している国から経済制裁を受けても、場合によっては物理的な制裁を受ける事になっても文句は言えない立場になるという事だ。「中立じゃなくなる」とはそういう事だ。

 そもそも有史以来、地球上のどこかでは戦争がおきているが、それらについて真剣に調べ、常日頃から反戦を訴える者がこの国にどれだけいただろうか。基本的に興味が無いのに、テレビで言えば騒ぐのだ。

 つまりこの国は、ブームをメディアが取り上げるのではなく、メディアに取り上げられたものがブームとなるのだ。

 そして今、メディアが反超能力思想をブームにして取り上げているのだから、その疑いで逮捕された人間が自殺しても「裁判を受けて潔白を証明すればいいのに、自殺したのは証拠を残したくなかったからだ」とでも言って、いくらでも奴等にとって都合のいい情報となるだろう。

 馬鹿が。潔白もなにも、最初から超能力者は悪とイコールではない。悪ではないのに、悪だと断定されて処罰されるような結末を受け入れられる訳が無いだろう。まるで自分の価値観こそが正しくて、世の中はその価値観の通りに判断すべきだとしている傲慢さに反吐が出る。

 そして野火自身が、誰かが留置場で自殺したとか、非道な扱いを受けたとか、そういう話を聞いた事が無い。実際に経験して分かったが、あのような警察のやり方が全く耳に入らないというのはおかしい。きっとメディアにとっても都合が悪いのだろうな。メディアも警察もグルなのだ。どこかで小説の題材などになってそうだが、それも売れない作家が書いていたのでは殆ど浸透しないだろう。

 作家? ああそうか。もしかしたら反超能力思想を広げている(やから)の中に作家がいるのかもしれないな。あの知人は、もしかしたらその作家の発表したフィクションと報道を混同しているのかもしれない。だから過去に超能力者による被害があったなぞと言ったのかも。だが今となってはもう関係のない事だ。あの知人が何を根拠にして話をしていたかなぞ、もはや関係ない。自分が犯罪者となる未来はほぼ確定しており、どれだけ考えても、これがベストだと思える結論にはたどり着かない。

 野火が留置場に入れられた日の深夜。ようやく弁護士が到着した。

 だが野火の尋問はすでに終わっていた。これは、警察にとって都合のいい、必要な言質はすでに取られたという事であり、何もかも手遅れだという事だ。

 それから二週間。野火は留置期間を終え、起訴され、拘置所に移動した。

 彼は「マイケル青」というインディーズバンド歌手のファンで、その週末にはライブに行く予定だったが、それはもう絶望的だなと、これから人権を失って奴隷となるかもしれないのに妙に呑気な、しかし彼なりに真剣な悲しみを抱いてその日は眠ったのである。


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[良い点] いやーとんでもない!なんて悲惨な話なのか!このひしひしと伝わってくる現実感…はんぱないです! [一言] 書くのにすごいエネルギーを使う内容だと思われます!書いてる最中も色々な感情が渦巻いて…
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