第二十一章「暗殺や謀略なぞ目の当たりにした事はなく、空想の話だと思っている人は多い。それはそうだろう。それと分かる暗殺や謀略なぞあるものか。ちゃんと成功してきている証拠だ」
悪魔王を中心とした超能力者軍団が奮闘している頃、どさくさに紛れて逃走したアングリイを追跡しダーク・アーの本拠地を特定したミセスクイン一行は、そのまま破壊工作を決行した。
と言っても、破壊活動を行うのは主にミセスクインである。
カーマインはデータの抜き取りを担当し、シャドウがその護衛についた。
アングリイの追跡だが、ミセスクインとの戦いによる疲労もさることながら、神の暴挙に動揺した彼にGPS発信機を取りつかせる事は思いのほか簡単だった。
しかし、一般的には他人を無断で発信機を用いて追跡する事は犯罪となる場合があるので、良い子はあまり真似をしてはいけない。
ミセスクインたちに対し、敵も万全のセキュリティで迎え撃った。
まるで「岩でできた巨人」がごとき存在が立ちはだかったのである。
時空をまたにかけて活動し、神に対し悪魔と共闘するテロリストであるミセスクインは、その巨人を表す言葉を知っていた。
「ゴーレム。なるほど。ナメンナーにはゴーレムの製造技術が応用されていたようですね」
(そうだ。このクソ女め! よくも我を邪魔してくれたな。ただですむと思うなよ)
空気を震わせない、頭に直接響く声がそう告げた。神の声だ。
「もはや誤魔化す気もないようですね。名も知らぬ神よ。せっかくなのでお尋ねします。仮にも神なる存在が人間の支配者層に肩入れするのは何故ですか?」
質問をしながらも戦闘は続行される。ゴーレムの攻撃をいなしつつの会話だ。
(歴史を学んでおらんのか。そもそも王とは神の加護と信認を受けて成るものだ。支配者と関係があって当たり前だろう)
「歴史ときましたか。ここは21世紀、もうそのような時代とは思えません。何より日本は民主国家を標榜しています。この国に王は居ません。神ではなく民意によって国は運営されるべき。即刻この国より手を引いて頂きたい!」
(貴重な意見をありがとう。だが汝の言葉には説得力が無いな。今の日本を見ていると、民衆はわざわざ人権を手放して支配されたがっているようにしか見えないぞ。権威主義と全体主義に完全に染まっているではないか!)
「く。痛い所を突く!」
これにはミセスクインも反論できなかった。
ミセスクインは何度も聞いてきた。政治家が嘘を言うものか。専門家が間違うものか。報道は真実だとして、大衆は権威を疑わない。信じ、従う理由が「信じているそれがそう言っているから」として、疑わず従順に従う声の、なんと多い事だろう。
権威に対して無批判に従う事を権威主義と言い。一つの考えを集団全てに強要する事を全体主義と言う。
超能力者について個人の意見を認めず、自由すら奪ったこの国が、そのように支配されて当然の国だと言われるのは当然の事と言えた。
何とかして話の主導権を握ろうとミセスクインは頑張った。
「しかし! 体裁だけだとしても日本は民主国家なのです。神なる存在が不当な支配に加担するのは何故です! 弱き者を守ろうとは考えないのですか!」
(知れた事。我は神。「布施」の額で関わる相手を選ぶに決まっているだろう!)
「くう! 痛いところを突くー!」
布施の話を出されてはミセスクインたちに成す術は無い。確かに古来より続く選定方法なのは間違いない。
そしてミセスクインたちは税金という巨大資本に金銭で対抗なぞできない。
これで徹底抗戦しかないと確定した。一応、神の意志を確認したが、やはり交渉の余地はない。
これが戦争である。
戦争原因の全てが経済関係ばかりとは言えないが、戦争とはそもそも交渉の余地が無くなったから戦争となっているのだ。戦争となってからの交渉は、闘争の果てに力関係を明確にした上でなければ進められない。
戦争が長期化した場合の損害と利益を天秤にかけて考える事ができる程度にはデータが揃ってからでないと和平交渉なぞできない。
神魔戦争が低次元へ戦場を移した理由も、復興費を含む戦費の捻出に苦慮しての事であるから、布施が理由と言うのは無理が無い。納得するしかない。
「よろしい。ならば戦争で決着をつけましょう」
(できるのか! 貴様程度の魔女がどうやって神に攻撃をする!)
神域と呼ばれる別空間に存在する神に人間は触れられない。しかも今はゴーレムがミセスクインの相手をしている。神は、このまま眺めているだけでプレッシャーを与え、ミセスクインを疲弊させられると思っていた。
当たり前の事だが、神にとって圧倒的に有利な戦いだった。
しかしミセスクインは不敵な笑みを浮かべていた。
ミセスクインはいくつもの切り札を隠している。
神魔戦争に参加していながら、神に対する攻撃手段が無いままなんて事はないのだ。
「殿下。出番でございます!」
その号令が響くやいなや、ダーク・アー本拠地の天井を突き破り、何かが落ちて来た。
床がえぐれ、土煙がたちこめる。やがてそれが晴れ、美しい金髪をドリルツーテールにした幼女が現れた。
幼女は叫ぶ。
「妾こそ! 位階序列第三位! 唯一必死祈願である!」
説明しよう。唯一必死祈願とは、この世でただ一人、必ず死ぬようにと祈り、願われる存在である。
非業の死を遂げるのが英雄の常であった頃、先に非業の死を遂げるに十分な憎悪を受ける事で英雄となる呪術が開発された。
魔法と呪いの区別があまりなかった時代、とても古い時代の術である。
それは全ての人の敵。つまり神が許す筈のない存在であり、世界が認めないのに存在している化け物。
それは存在意義が神や世界に並ぶという事だ。
神や世界と並ぶがゆえに、神や世界を壊しうる呪術的存在。魔術の極み。神殺し。様々な呼ばれ方をするが、慣例的に、術者は人であった頃の名を捨て呪術の名前をそのまま名乗る。すなわち、唯一必死祈願である。
神と世界を同列首位とする「序列三位」なる化け物は、幼女の姿をしているのだ。
これがミセスクイン最大の隠し玉だった。
別次元における神殺しを時空移動に同行させていたのだ。
(ばかな!? 本物の人類の敵ではないか! おいクソ女。そんな化け物を差し向けて、ただで済むと思っているのか!)
「はっはっはっは。怖いので脅すのはやめてくれませんか。名も知らぬ神よ。あなたが日本に関わらなければ、そもそもあなたは安全に過ごせたのです。内心の自由を認め、何も強要する事無く地道に信者を増やせば良かったのに『下手に人類を追い詰めるから』これから殺されるのです」
「投降するが良い。名も知らぬ神よ。悪魔王が捕虜を尋問し、神魔戦時国際法違反が明るみになれば、他の神々や悪魔も制裁に参加するが、妾に殺されるよりは楽かもしれんぞ。ギリギリ『生き残る目』が残る」
(認められるか! ここまで日本を育てるのにどれだけ時間をかけたと思っている! だいたい恥ずかしくは無いのか。この大一番を他人に任せて戦わせるなぞ、戦士としての矜持は無いのか!)
ゴーレムに戦いを任せていた神が、なんか偉そうなことを言っている。
「そう申されましても、よく漫画でありますように『突然すごい技をぶっつけ本番でキメ』たり『凄い血統由来の力に目覚めたりする』よりは、『予め敵戦力を予想して有効兵種を温存していた』の方が、戦争ものの説得力は大きいと思うのですがねー」
唯一必死祈願は神殺しである。神域と呼ばれる別空間への移動も可能。会話を通して縁を繋げた事で、神気も特定できた。このままいつでも神を殺せるし追跡する準備も整った。
神を追い詰めたのである。
そして神は、悪魔王を包囲している警官たちに命令を発した。
(人間共よ。悪魔王を必ず倒すのだ! ゴッドブレスを使用せよ!)
その命令に従い、警官たちは一錠のカプセルを口に運んだ。
たちまちのうちに、薬を飲みこんだ警官が急激に筋肥大し、肌が赤黒く変色して骨格も変化し、巨大化した。
悪魔王は驚いた。
「むう!? あれはゴッドブレスか。あんな物まで用意していたとは」
千鳥が尋ねた
「ゴッドブレスとは何です?」
「別次元で作られた薬物だよ。見ての通り、人間を強化する。カ・クウノ王国という国が戦争利用する為に開発した」
凄い名前の国である。だがきっと別次元ではありふれた名前に違いない。
「99%の確率で、人間に圧倒的な身体能力を与え、その攻撃に神力を込める事を可能にする。悪魔はもちろん神話級の存在であるクラーケンやケルベロスなども楽勝で殺せると話題になった。カ・クウノ王国は『戦争に備える』を名目に国民へ使用を義務化した。投与回数を重ねる程に効果が上がるとされていたので、一般人にも有事への備えとして強要された。そして、……大量の死者が出た」
「え。99%の人が悪魔すら殺せたのでしょ。なんで大量の死者が?」
「副作用により1%の確率で死亡、もしくは失明などの健康被害が起きた。当時のカ・クウノ王国人口は約5000万人。つまり、50万人が副作用で死亡、もしくは生存が困難になった」
「!?」
「やがて副作用をおさえて0.01%まで被害は軽減したが、それでも五千人だ。戦争に勝つためと謳いながら、薬を飲むだけで五千人に死亡または生活保護が必要なレベルの健康被害リスクがあった。当然、兵士よりも一般人は数が多いから、その被害は非戦闘員である国民が多く受けた。前線から離れた場所へ疎開していた『死ななかったかもしれない人の中からも多くの死者が出た』のだ。更に言えば、『戦争をしている』と言われていたが実際には『小競り合い』レベルの話だった。国民は小競り合いの為に薬を飲まされていたのだ。政府への反対デモは当然起こった。その0.01%という数字も怪しいものだった。あくまでカ・クウノ王国政府が把握しているデータからの算出だからな。薬を使いだしてからの超過死亡データは酷いものだったが、カ・クウノ王国政府は『病気が流行する等して超過死亡データが変動するのはよくある事だ』として『死亡データと薬の使用を関連付けるのは陰謀論だから信じるな。政府は国民の味方だ』と政府広報でのたまい、金を掴まされた有名な作家や役者が政府を擁護したが、数年後、『薬と死亡を関連付ける決定的なデータ』が漏出して内乱となった」
「なんて恐ろしい」
「ああ恐ろしい。ゴッドブレスは外国でも取引きされていたが、すぐに使用を禁じるようになった。カ・クウノ王国だけは使用を続けた。当然、人口は減った。その穴を埋める為にと毎年50万人以上の外国人労働者を招き入れ、税金を使って教育し、その費用捻出の為に増税され、ついに参政権を与え、純粋なカ・クウノ王国民は滅ぶ事になった。当然だ。一定確率で死ぬ薬剤を義務化して定期的に投与しているのだから人口は減るに決まっている。その上での移民政策と増税だ。後で分かった事だが、ゴッドブレスの義務化を推進した大臣は隣国の工作員だったのだ。よほど金を稼げる依頼だったのだろうな。この事実に対し、もっと議員の給与を増やして忠誠心を育むべきだったのだとして昇給の動きがあったが、『給与も貰うし工作員としても働く詐欺師』が量産されるだけだった。そして、全てが明るみになった時は遅かった。外国人優遇政策がしかれ、人口が減っているのだから投票で勝てる訳が無い。だから内乱となった訳だが、税金で保護された者と困窮する者との戦いでは、最初から勝ちの目が無かった」
これも戦争である。
戦争の目的が「侵略」であるのなら、武器を使って殺しあうばかりではない。
相手が武器を握る判断をする頃には決定的な戦力差があるように工作する事は、むしろ近代戦の常識である。
「さて。いよいよ神もなりふり構わぬ様子だな。恐らくミセスクインが神と戦っている。そして追い詰めたのだ。だから『こっち』を本気で潰しにかかっている。仮に『神殺し』からの逃走に成功しても神魔戦時国際法違反となれば他の神々や悪魔も敵に回す事になるから、ダーク・アー幹部を含む当事者の口を何とかして封じておきたいのだ。いくら我でもゴッドブレス兵にこうも囲まれてはなー。はははは。まいったね。これはピンチだよ」
全然ピンチじゃなさそうに悪魔王は笑った。
「しかし浅はかだな。名も知らぬ神よ。神を殺すには神に並ぶ必要がある。だから悪魔に察知されないよう殆ど神気を遣わず、人間に指示だけして動かし作戦を遂行した。切り札として薬剤によるドーピングも用意した。ここまで薬を使わなかったのは、恐らく当初、我が捕虜を見捨てて逃走した時の為に手の内を隠したかったのだろう。そこまでは戦略として正しい。しかし……」
ざ
と、そのような音が聞こえて、少しだけ静かになった。
この場に集まった多くの超能力者、差別に反対する有志の戦士が、覚悟を決めて居住まいを正し、全力の臨戦態勢を取ったのだ。
その気迫は、ゴッドブレス兵すらたじろがせた。
「高い所から見下ろしていると、見逃すものも多いと教育してやろう」
悪魔王は手をふり、叫んだ。
「我は悪魔王! 人の祖に知恵の実をすすめた蛇の末裔にして、悪魔界の全権を預かる者なり! 神を疑わず従う者達よ! こらしめてくれるわぁ!」
それは号令としても機能し、戦場が動いた。
かみの目論見を覆す決戦が始まったのである。




