第二十章「先に殴らせれば正当防衛。そんな基本的な事を、悪党が考えない訳が無いのだ」
千鳥の念動力により石が浮遊し、自在に飛ぶ。
それが銃弾のごとき威力となって人を襲う。
ミセスクインについて、本来は銃を用いた戦法が本領だと伝えたが、空を飛べる分だけ千鳥はミセスクインの上位互換と言えた。
しかし相対するは悪魔の王。
悪魔空手の深奥に至る彼は、それら弾丸を打ち落としていく。
だが落とされた石もやがて念動力によって拾われ次の弾丸となる。
永久に続くかと思えるこの攻防だが、実は「永久」とはならない。
千鳥の体力という限界があるからだ。
悪魔王によって勢いよくはじかれた石を、そのエネルギーに逆らってコントロールするのも大変な集中を必要とする。だから一度落として、そこから拾うのだが、そのために戦いの主導権を思うように握れない。
戦いながら能力の扱いに慣れ始めた千鳥だが、このままでは体力が先に尽きてしまうと感覚で理解できた。
まさに悪魔の王。体術だけで超能力者を抑え込んでいる。
体術しか見せていないゆえに、他にどのような対応法を残しているのか千鳥には想像すらできない。
やがて千鳥は悪魔王に語りかける。体力を回復するための時間稼ぎで、そうだと悟られないように細かく牽制の攻撃を繰り出す。「しかしまあ、きっと悟られているのだろうな」と思いながら。
千鳥はやけになっていた。
「どうして邪魔するんですか悪魔王さん。あそこにいるのは工作員です。まともな人間がこんな状況であんな事を言う訳がない。超能力者の立場を悪くすることが目的の工作員か、そうでなければ本気で狂ってる人ですよ」
「……おおむね同意するが。可能性を一つ増やしたい。『騙されているだけ』の人間かもしれない。そうは思えないかね? 別にいる本当の工作員に騙されて、それが正しいと信じて、正義に酔って他者を攻撃しているだけの人間かもしれない」
「それでも攻撃してくるのなら工作員と同じでしょう? あいつが扇動したせいで避難がうまくいってない。ナメンナーもまだ暴れています。すみやかに排除するべきです。というか、あなた本当に悪魔王なんですか? 全然悪魔らしくない。さっきの神と別の、多神教の神だと言われたほうが納得できる」
「もしかしたら本当に神なのかもしれないね。何せ悪魔だから、君達に嘘をついている可能性はどうしても残る。信じてもらう他ないな。さて、あそこの彼を排除するという提案だが、我としては賛成できない」
ちい。と、千鳥は内心で舌打ちした。
SNSで戦っていた頃に工作員がよく使っていた「論点のすりかえ」に乗ってこなかったからだ。上手くいけば話を引き延ばせたものを。やはり見よう見まねで身に着けるのは難しい技術のようだ。
「どうして賛成できないのです? 超能力者に原因をおしつけ、民衆を煽って無用な損害を出そうとしてるんですよ」
「結果としてそうなっている事は否定できない。だが現状『彼は自分の感想を述べただけ』だ。憲法の話をしたのを覚えているかね? 彼には憲法で保障された言論の自由がある。これを力づくで黙らせる事は、権利の侵害だ。護憲団体に協力している我の立場ではこれを見過ごす事はできない」
「!?」
少し頭が冷えかけていた千鳥だが、この言葉で更に怒りがわいた。
「言論の自由ですって!? 感想を述べただけ? 人を危険に晒して、人を罵倒して、人権を奪うべきだなんて活動をしていても、自由なんですか」
「…………そうだ!」
「見損ないましたよ! やはりあなたは悪魔だ!」
千鳥は腕をふり、念動力で石を飛ばす。
本来は念動力の扱いに腕の動きは関係ない。しかし腕を動かす事で石の軌道をイメージしやすくして戦いに反映させようと試みたのである。
それは成功した。軌道が安定した事で余力が生まれ、それは速度につながり、速度は威力となった。
だがその全てを悪魔王は打ち落とす。
悪魔王は言った。
「汝の憤りは分かる。自由とは素晴らしいもので、それは人生を豊かにするために振るわれるべき権利だ。人を害する事にこれが使われた時、人は怒り、正す為に行動しなければならない。その通りだ。汝の気持ちは正しい!」
正拳。手刀。前蹴り。内受け。外受け。あげ受け。下段払い。格闘技に詳しくない千鳥でも見た事があるような空手の技が美しく連続し、まるで舞うように華麗に攻撃がいなされた。
「しかしここで殺してはならない!」
一呼吸の間。
「ここで殺してはならない。……さっきも言ったが、彼は自分の感想を述べただけだ。それが客観的事実だ。工作員だとする確たる証拠がない。超能力者への恐怖や排斥感情を広めているのは彼だけではない。主に広告でそれが行われている。ここで彼を殺しても解決にはならないばかりか、超能力者が人を殺したと多くの人が目撃してしまう。ああ。分かるよ千鳥さん。汝はこう思っている。『超能力者でなくとも人は人を殺す事がある。だから人を殺したのが超能力者だからといって超能力者の全てを排斥しようなんて馬鹿げた話だ』と。その通りだ。だが人は大きな動きに逆らえない生き物なのだ。群れで生きる為の本能なのだな。大多数の意見を正しいと判断してしまうし、一度『正しい』と判断すると、そのように判断した自分を否定したくなくて他の情報を切り捨ててしまう。人間とはそういう生き物なのだ」
「納得できません。じゃあ私やミセスクインはどうなるんです。人間じゃないんですか」
「そうだ」
そこは「違う」と言って欲しかったなと千鳥は思った。
「汝やミセスクインに限定して語るならば、もはや人間という枠を逸脱した超常の存在と言える。なにせ悪魔と対等だ。さしずめ『超人』と言ったところか。そして……法的にも人ではない」
超能力特措法によれば、超能力を扱う存在はもれなく害獣である。
「奴隷も人間ではない。何せ人権が無いからな。生物学的にホモサピエンスだと定義できても、人権を有するか否かが『人間かどうか』を分ける。それが人間の社会だ。現状、超能力特措法が有効な社会では、汝らは人間ではない。法で決まるとは、そういう事だ」
千鳥は「そうか、だから超能力特措法なんか作ったのか」と理解した。
日本国憲法をさも守っているかのように演出して「国民をおちょくる」為の詭弁。「だから人でなくした」のだ。「人に見えるが猿に等しい害獣」として扱う為の法律だったのだ。
「じゃあ。私たちはどれだけ罵倒されても黙って受け入れないと駄目なんですか」
千鳥は涙を流して訴えた。
「そんな訳ないだろう」
「……え?」
「奴隷は人ではなかった。では、その生き残りの子孫の全ては、今も奴隷かね?」
違う。
「そうだ。我々は人間である、対等な権利を持つと主張し、続け、戦い、ついに人間となった。多くの人がそれを認め、支持し、味方に付き、ついに王や議会を動かして法を変えさせた。今なお奴隷を扱う国がある事は悲しい事だが、それを変えるのは、これからの人類の働き次第だよ」
本当にこの方は悪魔なのか?
「だからね千鳥さん。『戦い方』を間違えてはいけない。敵はわざと被害者のふりをする。騙されている人間のふりをする。ちょうど『あそこにいる彼』のように見える。特に『分からないふり』をするのが上手いのだ。さっき汝も言ったね『狂ってる』と。昔なんか、生まれや教育の有無で権利に差があるなんて事は無いと誰もが分かっているのに、出自や教育や資産を権利の根拠にして語るのが居た。そういうのを相手にすると疲れるだろう? やがて誰も相手にしなくなり、だから反対意見も出なくなる。すると、何も知らない無垢な子供がどこかでそういう演説を見て感化されて支持者となる。堂々と偉そうなことを言っているので、本当に偉いと思ってしまうのだ。恐ろしい事に、『偉いのにそれが認められていない。これは理不尽だ』とまで思う事がある。これは本当にある。能力がある弱気な人間より、無能でも自信を持っている者が人を惹きつけリーダーとなる例はいくらでもある。そして組織が大きくなり、ついに政党となる。おこぼれが貰える事を見越して、わざと無能を担ぎ上げる者もいる。二度目だがこれは本当にある」
千鳥は、だんだんと悪魔王の真意が分かりかけて来た。
悪魔王は続ける。
「それ自体は人間の『群れの機能』だ。善も悪もない。集団としての行動を効率化する為に、無能でも早い指示が必要とされ、現場で上手く転がす事で安定するなんてのは珍しくない。厄介なのは『本当に心根の腐った者』がこの作用を使って私欲を満たすために動く時だ。だいたいの場合で戦争に発展する。というか、戦争になるように誘導される。戦国時代は影武者なんて使っていたが、現代戦では堂々と為政者と指揮官は後方待機だ。死ぬのは兵士と国民が主。先の大戦でも当時の国家元首だった天皇は処刑されなかったね。戦争責任を全く取らず『戦後に起訴すらされていない』のだ。捕虜の食事にゴボウを出した者が、戦後に『捕虜に木の根を食べさせるという虐待を行った』として訴えられているのにな。今はそういう時代なのだ。『奴等はそういう事を学んでいる』のだ。そして戦争で人が死んでいる。人々はなんとかして国家を立て直さなくてはならず忙しい。政治の事まで頭を回せる者は希少と言っていい。むしろ現場労働力こそ必要とされた。人々がそう望む。そこに『腐った者』が『政治家として生き残る余地』が生まれる。本音を隠して滑り込み、手のひらを返して、二枚舌で庶民の味方のふりをする。そしてまた少しずつ支配を拡大するのだ。第二次世界大戦の前後を例にあげたが、これと同じ方法は世界中で使われている。神と戦っている我が言うのも何だが、だから戦争は避けるべきなのだ。人々がちゃんと政治について考える事に労力を割けるようにな。国民主権にのっとり、国民が政治を監視する。これが民主政治だ」
いつの間にか、悪魔王は千鳥に手が届きそうな距離まで近づいていた。
「政治に労力を割ける余裕がないという意味では、現代日本はとても似ているね。だから超能力特措法なんかが抵抗らしい抵抗もなく成立した。さて千鳥さん」
「は、はい」
「聡明な汝ならもう分かると思う。ここで汝が彼を殺す事は『奴等の思うつぼ』だ。それどころか、『簡単に殺す気になるように』程度の低い工作員を差し向けている可能性まである。もし本当にあれが工作員なら、なおの事、超能力者を挑発するように指示されている可能性がある。汝が超能力を使わずに、例えばナイフなどで殺したとしても、正当性なぞ認めてもらえないぞ。汝がただ殺人犯となるだけだ。カスのような人間と引き換えに、超能力者の重要人物から社会的信用を奪えるなら安い取引だと奴等は考えている。もし彼が本当に工作員なら、それを見越した指示がされていると考えるべきだ。彼を工作員だと思うのなら、だからこそ、ここで殺してはいけない。戦争に誘導する為に、奴等は『火種』が欲しいのだ。そして考えて欲しい。『なぜそうまでして戦争の大義名分が欲しいのか』を」
千鳥は少し考えた。しかしこの前までただの一般人だった千鳥に戦争のそんな細かいところなぞ分からない。
だが、なんとなくだが、「目の前の悪魔王」から閃きを得た。それをそのまま口にする。
「……神魔戦争?」
悪魔王は微笑んだ。
そうか。現場労働力が必要だからか。信仰が必要なのだ。代替エネルギーの運用は前回で問題があったと聞いた。研究は進めるだろうが現状の神の力とは信仰心を基本とするに違いない。だから大義が必要になる。人が「それを正しいと思う」ように。分かりやすい価値観を浸透させる。神に従う人が必要なのだ。お上に従う者。多くの人が悪魔と契約したら神が不利になる。悪魔。魔女。かつては「ただの人」が魔女と呼ばれて攻撃された。司法は魔女の敵だった。現代の魔女狩り。超能力者……。
千鳥の思考は一瞬で様々な事柄を線で結んでいった。
急に吐き気がした。急激に頭脳へ負荷がかかったからか、それとも興奮しすぎていたからか、あるいは想像した「予定されている未来」のおぞましさゆえかもしれない。
戦争の悲惨なイメージというと、多くの人はガイコツだとか、散乱する死体だとか、破壊された文化遺産だとかが主だと思う。
しかし千鳥がイメージしたのは、超能力者を殺した者が超能力者を殺した事で勲章を貰い、笑顔になり、誇らしく胸を張り、それを子供がキラキラした目で見つめ、いつか僕もヒーローになるなんて言っていて、近代史の教科書には超能力者狩りという正義の行いがあったと記述され、子供たちはそれを読んで勉強する未来である。
十分に有りうる。何せ日本人は戦争を美談にするのが大好きだ。
やがてどこかから真実の歴史を証明するデータが出てきて、歴史学者が争い、それは「それを当然の事実として学校で習った人々」も巻き込んでいく。
それまでの自分たちを否定したくない人たちは、歴史を慎重に探るべきだと提案する人さえ敵視して世論が混乱し分断する。
ついに「古文書だって整合性の取れない記述なんかいくらでもある。どれかが嘘だし、現状見つかっている資料が全て嘘の可能性すらある。このデータが真実だとする査読付き論文を出せ」といって「つっこみどころしかない寝言を言うな。それが真実かどうかはこれから調べていく事だ。一度立ち止まれと言っているのが分らんのか。査読ってのは専門家が読んで評価する事だが、これまで習い覚えた事が正しいと論じる人間に新発見の評価なんか任せて適切に扱われる訳ないだろ。何でお前ら自分の持ってる知識が嘘を前提にしてるって可能性を考えないのだ」と加熱した大討論時代を経て、やがて百年後あたりに「やっぱりあのデータ正しかったわ」と認められる。
しかしその時「当事者は全て死んでいる」のだ。
超能力者はもちろん、それを殺した人も、である。
誰もが悪意なく超能力者を蔑み、その歴史観が間違っていた事すら「教科書が修正されるだけ」で「誰も反省しないし責任もとらない」のである。その修正すら嘘が混じるだろう。何せ当事者ではないので、反省する義理が無いと言われたら確かにその通りだ。責任を求めても、当事者が死んだ後では意味が無い。責任を果たすべき人がいない。
死人は騒がない。
超能力者とそれを擁護した人々が殺し尽くされた未来では、誰も抗議しない。だが抗議にも意味が無い。死人に名誉が戻ったとしてそれに何の意味があるだろう。
死とは無である。
完全に、永遠に無くなるという事だ。
嘘を前提に憎まされて、殺されて、誰も悪びれもせず、何よりそれを画策した神なるものたちは一切の負債を負わない。
そういうものをイメージした。
そのイメージに説得力を与えるのは「魔女狩りの歴史を知る現代でさえ魔女狩りは行われた」という「事実」である。人類は、本当の意味では魔女狩りを反省なんかしていないのだ。
死に意味すらない。
千鳥は膝をつく。
「顔色がすぐれないね。少し休んだほうがいい」
「あ、悪魔王さん……」
「なんだい?」
「あなたは、『こんなものを理解した上で』戦っているんですか?」
「……そうだよ。『その未来』を覆すには、一人でも多くの人に『真実』を判断してもらえるようにならないといけない。知恵を貸し、労働を補助し、人々が集団の流れではなく『自分で意思決定できる』ようにしないといけない。これはそういう戦いなんだ。権威にへりくだらず、金になびかず、……そう、汝らのように強くなってもらわないといけないね。これまでたった一人で、正しい事の為に戦い続けた汝は強い。皆の手本になってほしい」
「私は強くなんかないです。興奮して……」
「なあに。戻ってこれたのだから上等だよ。ああ……それから」
悪魔王は後ろを見やりながら言った。
「汝らも『工作員だと疑われるような言動』は遠慮してもらえないかな? 思う所があるのは理解できるが、今は避難を優先すべきだ。今後も『我慢できなくなる者』が出てこないとも限らない。そうなったら今度こそ止められないかもしれないぞ」
千鳥の攻撃の標的になっていた男はもちろん、その周囲の者も、とばっちりで攻撃されやしないかと警戒していた。
悪魔王の言葉は落ち着いたものだったが、これは静かな警告なのだと誰もが理解した。
悪魔王は周囲を見まわした。これだけの騒ぎにもかかわらずミセスクインが戻ってきていない。
「ふむ。どうやら『よほど遠くまで』行ったのだな」
理由は分かっている。
いよいよミセスクイン一行はダーク・アーの本拠地へ進軍を開始したのだと、そう思った。




