第十九章「安易に人を怒らせる者には二種類がある。誰を怒らせても自分は殺されないとなめている者と、謝れば許されると思っている馬鹿だ」
ピリカラ・マーボー・スクリューの掛け声と共に火炎王さんが天に昇る。
巨大質量が急激に動いた事で突風がおこり、それは火炎王さんの発する熱で高温となった建材の破片やら何やらを撒き散らした。
この時、ほんの少しばかりの人が怪我をした。
間が悪い事に、その中には超能力特措法を支持し世に広める事を仕事とした工作員が含まれた。
工作員は言った。
「見ろ! やはり超能力者は滅ぼすべきなんだ。このまま対策せずに放っておけば、沢山の死者が出るぞ!」
関西学生自治連合や仮面忍者隊など、事態の鎮圧と救護の為に働いていた者たちは「何を言っているんだあの馬鹿は」と最初に思った。しかしすぐに「いかん!?」と思い直す。
この場に集まった警官の目的とは、神の指示を受け、悪魔王率いる悪魔軍、および千鳥が所属する護憲団体を拘束する事である。
避難誘導その他を目的としていないし、実際に動いていなかったので、それらはプランサーやシャドウが率いる一団の仕事として割り振られ、悪魔王たちはダーク・アーとの戦いを収束させるために行動した。警官たちは救護活動をしている者をも攻撃の標的としていたので、必然的に戦闘となった。
だが事情を知らない者からすれば、これは駆け付けた警官の業務を妨害しているように見えたかもしれない。
それを踏まえて、これが超能力者の暴走を発端とするように解釈されるのは極めてまずいと、多くが気づいた。
公権力と戦う者が最も警戒すべき事態。すなわち「民間人が非協力的になる事」である。
超能力者を悪と認識する人々は多く、分かりやすく、聞きなれたフレーズは瞬く間に伝播して、超能力者への悪感情を想起させ、現場は混乱した。
超能力者と普通の人類を見た目で判別する事は不可能で、だから避難している民間人は「隣にいるただの人間」にさえ怯えた。
政府御用達の工作員なぞという下劣な仕事をしている割に熱心な勤労意欲を発揮する者がいたのは誤算だった。プランサーがシャドウに言っていたが、奴等はあれで生活が成り立っているのだからもっと注意すべきだったのだ。
「くそお! 近づくな!」
「誰が人を殺すか分からないんだぞ離れろ! 間隔を空けろ! なぜ協力しない!」
「だから政府の言う通りにしてれば良かったんだ。反政府的な奴等が邪魔をするから、こんな事になった!」
などなど。凄まじい速さで不安は広がり、罵詈雑言がそこかしこで聞こえる。
誰かが言った事は自分も言っていいのだと解釈し、誰もがそれを言い出すのでやがて多数派だと誤解が生じ、味方が多い、敵は少ないと勝手に誤解が誤解を生んでいく。誰だか知らないが、発端となった工作員はかなり優秀だった。
野火がちらりと見た中に「超能力者なんか殺してやんよ発言」をした連中もいた。
(あいつらは、こんな時にも……)
野火は己のやっている事に自信が持てなくなった。
剣崎も、これまでの努力が無駄になったように感じていた。
どうにかして指揮を取らねばとプランサーはストレスを抱えた。
シャドウも、身一つでできる限界に苦悩した。
誰もが絶望した。
その時である。
「ふざけるな」
それは女性の声だった。千鳥の声である。
「ふざけるなああああああああああああああああああああああああああああ!!」
喉への負担も何も考えない。全力の叫び。伝えるべき言葉ただ一つに感情を全て込めた。そこには計算も打算も無い。さながら新人声優、入魂の叫びである。
「ふざけるな。ふざけるなよ。ふざけるな!」
千鳥はそれ以外を思いつかないように見えた。
千鳥の周囲に小石が浮かんでいた。
千鳥の能力「フロートシステム」と名付けられた力による現象だと悪魔王は察した。「……落ち着きなさい千鳥さん」と、声をかける。
少しだけ過去の話をしよう。
千鳥は、モモピンクと出会う前はSNSが主戦場だった。
高所恐怖症ゆえに、自身の超能力を活用する方法を見いだせない彼女は、何を実行するにしても基本能力は普通のごく平均的な女性である。
豊かな収入がある訳でもない、強い権力や後ろ盾がある訳でもない彼女にとって、パソコンや携帯端末があれば活動できるこのやり方は、とても理にかなっていると思っていた。
しかし、何千年と蓄積された「支配のノウハウ」を持つ政府は、当然対策を打っていた。「どれだけ論破されても構わないから、どんな暴論でも構わないから、とにかく人権を否定し、政府に賛同する者が正しく、他は間違っていると、そのように吹聴してまわれ。時には自分達の人権を強調して他人の人権を踏みにじれ」と指示して、何十人かのネット工作員を雇った。
それは成功した。
ある時、部下の一人が質問した。
「不思議です。法に照らし合わせたり、判例を見たりと言うのは一般人には難しい作業だとは思いますが、それまで普通に守られていた人権が奪われようとしているのに国民の殆どが超能力特措法に賛同している。いやまて……少し考えましたがやはり不思議です。なぜあんな雑な工作で?」
上司は答えた。
「お前。『広告』の仕事は何だと思う?」
「え? ……商品の情報をお知らせする。ですか?」
「半分正解だ。ではここにコーラがあるとしよう。プレゼンしてみろ」
「ええ!? ええと、甘くてシュワシュワしてて美味しい、よ! ……すみません勘弁して下さい」
「がっはっはっは。そうだろうな。それくらいしか無いだろう。ではテレビのコマーシャルで、コーラの味や炭酸なんてのを紹介しているか?」
「!? してないです。言われてみれば不思議ですね。商品の事をほとんど伝えていない」
「答えを先に教えるが、広告の仕事とは『付加価値』をつける事だ。ただの玄関の置物も『所有者は天寿を全うできるジンクスがある』『一度も泥棒に入られなかった』なぞと言えばどこかの誰かが騙されて買っていく。実際には、寿命で死んだ者や、泥棒に入られなかった者の家から廃品回収しただけでも買い手が付く。嘘は言っていない」
「ああー。なるほどー」
「ただのシューズでも、有名なアスリートが愛用しているメーカーとなれば買い手が付く。ただのコーラでも、有名俳優がコマーシャルに出ればそれが付加価値となる。やがて、『コマーシャルで紹介される事そのものが信頼の根拠』となった。既に広告は全て嘘でも構わない時代だ。この国の誰もが、大手メディアが嘘をつく訳がない。信頼を損なうような雑な報道はされない。新聞に書かれている事は全て事実に基づいたものであると信じている。『報道』が『国』に『信頼』という付加価値を与えているのだ」
「これまでの努力の賜物ですね」
「例えばサリドマイド事件は今となっては良く知られているが、当時は非常に安全性の高い薬品だと喧伝された。風力発電やソーラー発電はとてもクリーンな発電方法だと言ったが、発電装置の設置で山がいくつも丸裸になり、住処を負われた動物が人里を襲うようになった。米不足で騒いだ翌年に、米があまり食べられなかったから需要が無いと判断して減産指示を出すなんてのは、さすがに反発があると覚悟したが、そのどれも、国民はすんなり受け入れた」
「そこまで妄信しているんですか!?」
「死人は騒がないからな」
「え」
「中心で騒ぐのは被害者遺族や、小規模な集団だ。裁判が始まりましたとでも報道すれば、あとは判決を待つだけと誰もが無関心になる。無関心は恐ろしいぞ。一度無関心になったので、どのような判決になろうと、どれだけ裁判が長期化しようと、それまでと同じ熱量で関心をよせる『大多数の部外者は』ほぼいない。一部の『正義の味方』だけは騒ぐがな」
「そ、それはまずいですね」
「いいや。それでいいのだよ」
「なぜです!?」
「我々は少しでも反抗的な者を殺して数を減らせればそれでいいのだ。税金で資金はいくらでも用意できる。協力的な者に助成金を出すのも自在。発信できる情報量で個人は絶対に国に勝てない。だから広告力でいつでも打ち負かせる。……そして、薬害を出した薬をまだ安全だと喧伝する者や、不条理な自然破壊を賛美する者や、貧しい事を美しい事のように語る者を『正義の味方は絶対に無視できない』のだ。『未来における被害者を一人でも減らそうと』噛みついてくる。それがどんなに救いようのない知能の低い敵だったとしても、全力で戦う。悲劇が繰り返される事を恐れるのだ。奴等は全力で不正と戦っているつもりなのだが、実際には一方的にリソースを食われているだけなんだよ。実はこっちが本命の工作なんだ。騙される人間は少しでいい。いなくてもいい。正義の味方が疲れ切って静かになった時を狙ってたたみかけるから問題ないのさ。時間はたっぷりあるからな」
そして、千鳥は超能力者から人権が無くなる事の不合理さを懸命に伝える活動をしていたが上手くいかなかった。一方的に労力を使わされるだけで、何も前進していないように感じて、無力感に打ちひしがれた時期もある。
そんな生活をずっと続けて、千鳥は疲れていた。
最近は少しマシになっていたのだが、目の前の惨状をトリガーに、かつての記憶が思い出された。
まただ。また私は工作員に困らされるのか。
と、そのように思った。そしてキレた。
「ふざけるなよそこのお前たち。私たちがどれだけ苦労したか分からないのか? ああそうか。苦労なんかどうでもいいのか。そうだな。そうだろう。お前たちは他人がどれだけ不幸になろうとどうでもいい。そのくせ不安や危険なんて言葉を使って弱い者の味方のふりして、最終的に誰もが困る事になる未来のレールを整備するんだ。なあ。本当にどうしてなんだ? 差別なんて無いほうが、誰にとってもいいに決まっているだろう? 税金は安いほうがいいに決まってるし、そうなれば経済もよくなって、お前たちだってもう少しまともな仕事につけるかもしれないんだぞ」
いつの間にか超能力とは関係ない政治経済の話も始めてしまった。
「何にせよさあ、今は協力して避難を優先すべきタイミングだろう? なんでここでなんだ? …………なあ!」
「落ち着くのだ千鳥さん!」
悪魔王は焦っていた。
さて、この物語の主要な登場人物である剣崎、野火、マカオは、それぞれ自身の能力を誤解していた。
千鳥もまた誤解していたのだ。
彼女がフロートシステムと名付けた能力は『空も飛べる』が、『空を飛ぶだけの能力ではない』のだ。
実は悪魔王とミセスクイン、プランサーだけはその事を知っていた。知っていて隠していたのだ。『あまりにも恐ろしい能力であるがゆえ』に、気づかないままなら、それに越した事はない。『高所恐怖症だからと、あまり使わない能力のまま』であれば、コントロールを失って暴走する危険も少ないだろうという判断だった。
「お前たちは……悪だあああああああああああああああああああああ!!」
千鳥の周囲に浮かんでいた小石が音速で飛ぶ。
何発も。何発も飛ぶ。
工作員は逃げまどっている。
もはや周囲の瓦礫や小石、服のボタン、松ぼっくり、あらゆる物が彼女にとっての弾丸となった。
千鳥の本当の能力とは「念動力」である。俗に言う「サイコキネシス」だ。
奇しくも、超能力特措法が作られる原因となった外国人と同じ能力だった。
さて彼女が能力を誤解していた理由だが、何のことはない。子供の頃に山で遊んでいて滑落した時、とっさに体を浮かせて致命傷を避けた経験からのものである。力の加減が出来ないままの急浮上で、雲の上まで飛んでしまった。この時に酷い記憶の混乱があり、彼女は自分を生来の高所恐怖症と思い込んでいた。以後、能力を滅多に使わないので検証する機会が無かったのだ。
ひどく興奮し、ミセスクインに少し感化されていた千鳥は、この自在に人を殺せる能力の覚醒に無意識で歓喜した。
自分も誰かの役に立てると嬉しくなった。
悪を殺せる明確な実行力を手に入れたのだ。
世の不正を憎み、選挙権を持つ公正な市民として、ずっと望んでいた力である。
その様子、雰囲気は、少しだけミセスクインに似ていた。
だからこそ秘密にしようとミセスクインが提案したのだ。悪魔王もプランサーも、「この女傑にそこまで言わせるのだからきっと危険なのだろう」と納得した。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははは!」
これでは「狂人のミセスクイン」が二人になったようなものである。
「く。我が保険で控えていて正解だったようだな」
ダーク・アー幹部を捕虜待遇で迎える話し合いも理由ではあったが、これこそが悪魔王の真意だった。
「千鳥さん。三度目だ。落ち着きなさい。なんとしても、我は汝に人は殺させん」
悪魔王は静かに覚悟をきめた。




