第十六章「先ずは声に出そう。これより先、自分の取る行動の一切は世界を救う為のもの。その決意を言葉にするのだ。さあ世界を救いに行こうか」
アングリイは神のいきなりの行いに驚きはしたが、とっさの判断で自分の持ち込んだパニックブースト発生装置のある場所に石を投げて壊した。
ダーク・アー四天王の中で、彼だけは唯一「精神を制御する術」を持っていたからできた事である。
モモピンクはアングリイの動きの意図を察して阻害しなかった。
しかし、その影響はもう装置を止めた程度では収まらないものとなった。
どこにでもあるようなショッピングモールが戦場となった。
シャドウとプランサーが引き連れて来た人たちとは、それぞれ主義主張を異にするものの、国の横暴に怒りをつのらせた大小さまざまな組織の者たちであった。
俗に言うテロリストも混じっているし、自衛のために武装しているものの殺人は禁じている組織もある。
彼らはプランサーが交渉に出なければ、共闘なぞする事もなく明日にでも独自に決起して国会議事堂を占拠していたかもしれない連中だった。
明らかに国の失策で治安が乱れ、経済が悪化し、大量の失業者が発生しているのに、国がいつまでも政策を改めない事に業を煮やし「武力蜂起してでも国を変えようと志す」マジにヤバい人たちが主である。
彼らはいずれも正義感で行動しており、その心に疑いは無いが、彼らのやろうとしていた事は内戦に結びつく可能性を孕んでいた。
しかし「小規模組織が散発的に行動しても各個撃破されて終わる。我々は共通の敵と戦っている。完全に意見が合致する訳ではない事は承知しているが、今は協力すべきだ」と、元宗教団体であるコネクションを活かして各地で話を通していたのである。
この日、この場所に集まったのはローテーションで待機していた一部の戦力だが、そもそも自衛隊や、場合によっては在日米軍と戦う事を想定している組織だ。緊急で集められ、背後をつかれた警官隊は苦戦した。
今作戦の当初の目的は、暴走する可能性のあるモモピンクをおさえる事だったが状況が変わった。
暴れる炎の蛇という未知の災害に対する、関係者と思しき人物への聞き取りや、避難誘導などを主とした対策活動中に警官が突然発砲。恐らく混乱の為と思われるがこれを鎮静化する目的で人間が衝突した。「そういう筋書き」で戦闘となった。
千鳥たちと合流をはたしたプランサーは、軽い自己紹介の後、自分の集めて来た戦力を自慢げに解説した。
「ほら。あれを見てごらん」
日本古来の忍者装束とサイバーパンクを融合させたような衣装を着た男を中心に、多数の者が日本刀を握った集団があった。完全に銃刀法違反である。
「やあやあ我こそはー、反社会的犯罪撲滅武装組織・仮面忍者体が長! 仮面忍者πr2! 義によって悪魔軍に助太刀させてもらう!」
「同じく。VWA! おしてまいる!」
この声を上げるのはリーダー格と思しき二人の男だ。それぞれ仮面を着けおり、πr2は白髪。もう一人は黒髪だった。
仮面忍者隊とは、犯罪行為が明らかでありながら司法の目を逃れる悪党を殺害して世の平和を守る事を使命とする危険な組織である。リーダーであるπr2の私財によって設立された。才能がありながら世に埋もれる人材を忍者として鍛え上げ、現代テクノロジーと「超我流」と呼ばれる戦闘技術を駆使して戦うのだ。
「はあ! 超我流剣法奥義! 螺旋乱破ああああああああああ!」
「超! 爆音怨響飛燕羅勝斬んんん!」
螺旋乱破とは、攻撃の軌跡が螺旋に見える事から名付けられた一瞬八斬の高速剣技である。超人的な筋力がそれを可能にする。
超爆音怨響飛燕羅勝斬とは、俗に言う「飛ぶ斬撃」を目指して考案されたが、実際には振りぬいた刃の数ミリ先にある果物を切る程度の射程しか獲得できなかった技である。それでも目測できる攻撃範囲以上の攻撃は初見で対応が難しく、動揺した相手を二の太刀で仕留める、初見殺しの技となった。
そんな説明を受けながら千鳥がつぶやいた。
「なんですその中学生が考えたような設定の組織と武術は……」
アングリイとの戦いから離脱したモモピンクが笑いながら答えた。
「はっはっは。もしかしたら本当に中学生くらいの頃にそんな構想をもってこれまで努力してきたのかもしれませんね。実際にやれているのだから彼らは立派です。ちなみに彼らのコードネームは数学やら科学やらで使う記号を組み合わせるらしいです」
「ああ、ボルトとかワットとかを組み合わせてあの名前なんですね。最後は……アンペアですか。でもあのπr2って人、なんかシャドウさんとキャラかぶってません?」
また別の戦場では、包囲の突破を試みた警官の前に立ちふさがる男女の姿があった。
女は長い黒髪に白いワンピース。男は白髪で黒の詰襟学生服を着ていた。
まずは女が言う。
「お仕事ご苦労様です。しかしこれより先は、我ら関西学生自治連合が受け持ちます」
「向こうに行ってくれるとこっちも助かるんですが、いかがでしょう?」
銃を持っている自分に全く怯む様子のない少年少女に、その警察官は強くプライドを刺激されたらしい。
「なめるなクソガキがあああああああああああ!」
バキューン
パキューン
発砲音がして、続いて間の抜けた音がした。白髪の男が防弾加工された学生服を脱いで振り回して弾丸をはじき、傍の女の子を守った時の音である。
関西学生自治連合とは、いじめや性被害など、大人に任せたままでは隠ぺいされたり、解決までに時間がかかったりするような事件に積極的に関わり、しかるべき処置となるよう働きかける事を目的とした有志の会である。今回は国の政策により自由が奪われ、超能力者と疑われるだけで学びの機会が奪われ、健全な成長が妨げられる事を危惧して作戦に参加している。千鳥が以前に遭遇した「子供を超能力者から守る会」の逆の組織と言える。彼女たちはむしろ、最近の大人たちの大半を信用していない。虐め加害者のグループに対して「彼らにも被害者と同じように未来があります」なぞと教員がのたまう現場を何度も見てきて「まじでこいつらは頭がおかしい」と認識していた。大人が自分達を守ってくれるとは微塵も思っていなかった。それ故に、自衛手段の研鑽は若いながら見事なものだった。
「ぐあ!」
警官が呻き声をあげて膝をついた。女が袖に忍ばせていたカッターナイフを投げ、それが腿に深く刺さったのだ。あまり知られていないが、刃渡りが七センチに満たない刃物だとしても、人を殺傷できる道具の携行は銃刀法違反となる事がある。そして彼女は完全に傷害罪として起訴される条件を満たしてしまった。
この少女、名を霧崎雪花と言い、分度器やコンパスなどを投げつけて戦うスタイルから「切り裂き雪花」の異名で知られる女傑であった。
なお傍にいる男子は、ジェルと鉄板と鎖で自作した重量20キロの防弾学生服を普段から着こなすパワーファイターで、白髪で糸目の、実は忍者の末裔という強烈な個性を持つものの特に異名など持っていないのが少しだけコンプレックスの普通の男子だった。
千鳥は「……なんか白髪率多くないですか。これがもし一本のお話だとしたら、きっと作者は白髪で忍者のパワーファイターが好きなんでしょうね」と言い、プランサーは「なかなか詩的な事を言うね。だとしたら本当に中学の頃に考えていたネタをここで放出しているのかもしれないね」と笑って返答する。
この他にも、一部の者が声高に言っているに過ぎない「超能力者が全ての人類共通の敵だとする思想」を「全く正しいもの」として法にまで反映させ個人の人権をないがしろにする国へ抗議する団体や、超能力者への特別な警戒対応を行わなかった事で「政策に対して非協力的な商業施設として公表」され迷惑をこうむった事業者の集まり、はては超能力テロへの警戒としてステージや劇場や競技場を用いた多数の人を集めるイベントが中止となり、資金源や活躍の場を断たれた役者やアーティストやアスリートのグループなども戦闘に参加している。
戦闘に参加していると書いたが、全員が全員、純粋な戦闘要員という訳ではない。
怪我をした者を救護したり、弾薬を運んだり、伝令を行ったり、敵をかく乱したり、非力な者も自分にできる活躍の仕方を見つけて動いていた。
それらにこっそり混じって、未来を予見する事の出来る本物の予言者の一族が、国から血統を守る為に悪魔軍に協力していたり、遺伝子操作によって視線だけで人を殺せる能力を持っているが機密漏洩阻止の為に開発元の組織から命を狙われている人工超能力者の脱走兵がいたりする。
そこいらで「ふ。それでは殺せないよ」「全て見えている」「格の違いを教えてやろう」「踊れ。無力なマリオネット!」「サンダージョ―! 参上!」等など、きっとそれぞれの決め台詞なのだろう、この騒ぎの中でも割と通るイケボで言っているのが聞こえてくる。
先ほど、どこにでもあるようなショッピングモールが戦場になったと書いたが、そもそも戦争となれば、あらゆる場所は戦場となりうる。国際法で禁じられていた民間人への爆撃が、かつて実行されたように。
戦争となっても国の兵隊さんが自分達を守ってくれるなぞと嘯く者が居るが、守ってくれるかもしれないが「守り切れるか」どうかは別の問題だ。
戦争を賛美してはならない。人が殺しあう事を賛美するようになってはいけない。だからこそ人は「何故争う事になったのか」をよく考える必要がある。本来は国民を守るべき警察官と、最優先で守られるべき子供までもが戦いに巻き込まれ争っている光景は、平成生まれの千鳥には刺激が強かった。
「モモピンクさん……」
「千鳥さんの懸念ももっともですし、人間の戦時国際法では未成年者の徴兵は禁じられておりますが、今回のこれは内戦ですらなく、客観的には、あくまで有志の集まりが独自に行動して起きた衝突と、災害の同時発生です。そしてあの辺りの少年少女については『攻撃されてからの反撃』を徹底させました。正当防衛です」
「それって命が危ないのでは……」
銃撃に対応できるのは凄い事だが、そんな事が何度も成功するとは千鳥には思えなかった。
「あれで少しはマシなのですよ。彼らは一度目では死んでしまいましたので」
「……え」
「かつての戦いにおいても、小規模組織が散発的に決起する動きはあったのです。止める声もありましたが、結果として関西学生自治連合は壊滅しました。あそこにいる霧崎さんも戦死されました。彼女たちを守る為には『目の届く範囲』に居てもらった方が、都合が良いのです」
プランサーが補足する。
「あいつら凄いよ。マジで東京くらいなら陥落させられるかもしれない。ただ、それはゲリラ戦術が上手くはまった場合だ。兵器類を持たないし扱いも知らないから、後で普通に自衛隊に負ける。航空優勢を全く取れないのが致命的だね。ヘリコが出て来ただけで詰む。まあ仕方ない。先まで見て戦うってのは若い子らにはきっと難しいよね『正しい行いには正しい結果がついてくる』って、キラキラした感情で動くのがあれくらいの年頃だから。悪魔軍からもこっそり護衛をつけているから心配はいらない。戦力としてはプラマイでまあまあマイナスだけど、こちらに取り込まずに放置して勝手に暴発されるのがまずいんだよ。今回は。何かしら仕事を与えないと不満に思わせちゃうしね」
そして悪魔王が言った。
「さて千鳥さん」
「はい」
「彼らはいずれも、今回の騒動に対して否定的で、懐疑的で、いま見ているように力づくで国家権力を蹂躙しうる可能性を秘めた者達だ」
「……はい」
「今日まで彼らが隠密に行動し、存在を気取られなかったのには二つの理由がある」
「内戦の勃発を回避するために悪魔王さんたちが動いていたからと、もう一つ?」
「そうだ。彼らはいずれも強い組織だが、国と比べれば小さい。『小さい』から。まさにこれが理由だ。政府に反抗する組織の存在なぞ、知っている一般人のほうが少ないだろう。『超能力者、憎し』という思想の流布に、テレビや新聞が活躍したが、個人や、ちょっとした集団で資金を集めて広告をうって対抗したとてせいぜい数日が限度だろう。国は全ての経費を税金でまかなえる。足りなければ増税もする。発信できる情報量で、国を相手に勝つ事はできない」
それはモモピンクも言っていた。
「加えて、国は矢継ぎ早に問題を次々とおこし、それらへの対応を国民は強要される形となった。子供家庭庁問題や国葬、メガソーラー問題、備蓄米問題だとか、将来的な戸籍制度廃止のほのめかしだとか、とにかく問題をおこし、有識者のパワーリソースを奪い続けた。いずれも決して無視する事の出来ない問題だが、本来ならば国益にならない政治家を議会から排除する事を目標に、不正選挙防止の為に団結するべきだが、過剰な情報シャワーの波にまぎれて、それらの呼びかけは効果を出さなかった」
ここ最近の選挙の様子を思い出して千鳥は「まじそれな」と思った。
「同時にこれらは『何に目を向けるべきか』と国民感情をコントロールされているという事でもあった。例えばさっきの備蓄米問題だ。本来は国民が困窮した時などに炊き出しや配給に用いるのが本道である備蓄米なので、これの販売に抗議する声は正しい。正しいが、もうすでに出荷のスケジュールが出来上がっているのに、発表されてから反対しても意味が無い。この場合の『意味』とは『目的に対する一定の効果』だ。だから不買運動にも意味はない。元は税金で買われた物だからな。維持する手間ばかりかかり、小売店の利益にすらならずに終わるだけだ。だからこの政策への抗議は『意味が無い』のだ。それでも『小さくて』『正しい者たち』は『小ささを自覚する故に、小さな問題にこだわって取り組んで』しまった。もちろん全部ではない。だが国はそれで構わないのだ。全部でなくて構わない。『そもそも反乱分子の戦力を削る事が目的』だ。少し取りこぼしても大部分が削れているのなら作戦は成功している。さっきも言ったが『資金は税金』だ。奴等は一切何も失わずにそれをやれていて、国民はただ疲弊していくばかりなんだよ」
千鳥は寒気がした。「もしかしてこの国は詰んでいるのでは?」と思った。
「そして、ついに国民が最も関心を寄せて取り組むべき選挙すらまともにやれなくなってしまったね。どこだったか不正票が発覚したのに問題はそのまま放置されただろう?」
悪魔王は少し間をおいた。
「結果として『きちんとした指導者の下で行動すれば自衛隊とすら戦えて、それゆえに国に脅迫される事無く対等に交渉できる団体は組織できる』のに、様々な問題に対するまっとうな議論すら機会を奪われてできず、軋轢が生じて国民は分断され、結束は阻害されてきたのだ。……そこに、一石を投じる『化け物』が現れた」
千鳥は、悪魔の王からすら化け物と呼ばれる人物に心当たりがあった。
なんと当人が自ら声をかけてきた。
「そう。私でございます千鳥さん」
モモピンクだった。
モモピンクは謝罪した。
「申し訳ありません千鳥さん。実は千鳥さんに、今こそ伝えなければならないお話があるのです」
「なんでしょう」
「実は私の名前は、……モモピンクではないのです」
ちょっとだけ場の雰囲気が凍り付いた。
みんな知っている。
「……え。ええ、知ってます。偽名、なんですよね?」
「実は未来を行き来する超能力というのも、正確な話ではないんです」
「なんですって!?」
それは聞き捨てならない事だった。
「正確には、私の仲間に時空移動ができる魔法使いがおりまして、私はそれに便乗しているだけなのです。まあ、人脈も能力の内と捉えて頂ければ」
……は?
「さあおいでください! ここが正念場です!」
モモピンクが号令を出すと、個性豊かなこの戦場にあってなお目立つ二人の人物が現れた。一人は大きなとんがり帽子をかぶりマントを羽織った赤髪の女。もう一人は鴉を模した仮面とふんどしのみを身に着けた筋肉凄まじき男だった。
「え。シャドウさんとプランサーさん!?」
慌てて視線を動かすと、離れた場所で「別のシャドウ」を見つける事ができたし、プランサーに至ってはずっと隣にいる。
「いいえ。彼らは『別次元の同一人物』です。容姿はとても似ていますが、別の人物です。……そして、私もまた『この次元にいる彼女』とは『名と使命』を同じくするものの、別の人物だと思って下さい」
ついにモモピンクが本来の名を明かした。それは高らかに響き、どこまでも良く通る、実力派の声優のような名乗りであった。
「我が名はミセスクイン! 悪と戦う最後の希望!」
そう。彼女こそ、次元を超えて悪を駆逐する為に戦う正義のテロリスト集団。「ミセスクイン一行」のリーダーだったのである。
千鳥は驚いていない。実はずっと、もしかしたらそうなのではと予感はしていた。
そして「ある事を予想」していた。ミセスクインが正体を明かした事で、その予想はきっと正しいのだと確信できた。ずっと疑問だったのだ。未来から来たモモピンクが歴史を変えたとしても、それは分岐した未来が変わるだけで彼女が本来いた未来が変わる訳ではない。未来を変える事に意味はない。しかし、未来を変える事は「目標」ではあったが、「目的」は別だったとすれば合点がいく。つまり彼女の目的とは
「悪を倒す……」そう千鳥はつぶやいた。
最近読み返した「小説家ミセスクイン」の書く話は、その多くが法律や社会の難点を取り上げ、言及するスタイルだが「悪を敵とした戦争」や「悪神との戦い」の物語も多い。目の前の人物が別次元の同一人物で、使命を同じくすると言うのなら、きっとその使命とは「悪と戦う事」なのだ。「その手段」に違いがあるだけなのだ。
ミセスクインは言う。
「私が見た未来では、戦争は泥沼化し、防衛が手一杯で逆転の目がほぼ無い状態でした。敵情を調べるリソースすら稼ぐのが難しかったのです。そこで時空移動を行い、意図的に歴史を分岐させました。もちろん平和な未来を獲得する事は目標でしたが、最大の目的は『敵についての情報』を得る事でした。何せ悪魔王様ですら、敵の実働が人間である以上、悪魔として踏みこみすぎた干渉はできませんので難儀しました。恐らく神が関わっているが、どうしたら神を引きずり出せるか、特定できるか、話し合った結果、ダーク・アーに対して異常に素早い初動を見せるカオスに注目し……」
「ああ。その辺の話はもう移動中にすませたよ」
「さすがは悪魔王様でございます」
悪魔王とミセスクインが交互に話す。
「つまり悪魔軍としても、神を国際法違反で糾弾できる材料が欲しかった」
「そして悪魔の皆様には、人間に可能な範囲の労働でリソースを補って頂いていたのです」
なんてファンタジー色のない人間と悪魔の共闘なのだろう。
そしてカオスが死亡した未来では、ダーク・アーの調査も上手くいかなかったのだろう。だからカオスが健在な時代まで逆行する必要があったのだと千鳥は予想した。
「さて。まあ何にせよともかく、神が出てきたのは好都合ですが、それ以外の状況がかんばしくありません。ひとまずは、ここを切り抜けるとしましょう。準備はよろしいですね。カーマイン。シャドウ」
名を呼ばれた二人は力強く頷いた。
では、ここで前回のラストを飾ってくれた側の「筋肉凄まじき男、忍者戦士シャドウ」にスポットを当ててみよう。
現状、ダーク・アー四天王については悪魔王が捕虜として扱う想定で話を進めている最中であり、警官については洗脳されているのか自発的に暴力を行使しているのか不明な部分が多い。
そして悪魔王や他の同僚たちの力だけでは事態の収拾は難しく、火炎王なる災害がごとき存在への対応はシャドウやプランサーでは能力的な相性があまりよくない。当面、人間を相手にした戦闘は人間が担当し、可能な限り殺害せずに無力化する事が望ましかった。
(そういうの苦手な連中が主だが……まあ人手が足りん。やれる奴がやりやすくなるように助けてもらわにゃあな)
そう考えてシャドウは気を引き締めた。
前回は異世界で身に着けた力としてマジックシールドと叫んで銃弾を弾いて見せたが、「当然ブラフ」である。
シャドウは魔法なんか使えない。
だがシャドウが異世界で獲得した力だというのは、間違いでもない。
その正体とは「透明武装」である。
ひょんな事から異世界に転移してしまったシャドウだが、彼はその異世界の技術で作られた武装を持ち帰っていたのだ。ガラスやプラスチックなぞ比較にならない、完全に光を通してしまう武装である。
暗殺者が武器を隠ぺいするのに好まれそうな加工技術だが、床に落としてしまったらもう場所が分からなくなるような刃物なんか危険すぎるし、人を切れるほど頑丈に作ると意外に重くなるので人気が無かった。
そこでシャドウは、これを「柄」だけ見える素材で作り、残りを盾などの殺傷性のない武装にしてはどうかと提案した。
シャドウはその盾を構えただけである。
シャドウが突き出した拳をよく観察すれば、棒状の物を握りこんでいるのが見える。
全て透明にできるのにあえて部分的に見せるという発想はそれまで無かったらしく、これがきっかけで重さという欠点が残るものの暗殺者に多用される事になるのだが、遅かれ早かれきっと誰かが考えついたはずである。
盾でありながら視界を遮らないので、防御範囲をきちんと把握できれば非常に有用であった。
そしてシャドウほどの筋力を持っていれば、防御以外にも使い道がある。
「マジックぅ! ソードぉぉぉぉぉ!」
シャドウは叫びながら透明の盾を叩きつける。
警官の構えていた特殊警棒の先端がちぎれ飛んだ。断面はもちろん綺麗なものではなく歪んでしまっている。
重くて硬い物による、力ずくの切断である。
理屈を知らない者が見れば、本当に魔法を使っているように見えるかもしれない。
シャドウの役目とは、一見して防御力皆無のふんどし野郎だと思わせておいて、実際には高度な技術で適切に身を守りつつ敵の動揺を誘い、可能なら無力化する事であった。
こんな変な格好をしているのに、ちゃんと忍者として働いているのである。
警官の一人が「くそ。こいつも超能力者か。変な格好しやがって。やはり超能力者はバカばかりだな。だから人を殺しても平気なんだ」と難癖をつけてきた。
「……ずっと疑問なんだが『超能力で人が殺された』ってのはどうやって判断されるんだ?」
「殺人や傷害事件の犯人を検査したら分かるさ。陽性なら超能力者の犯行で間違いない!」
「まて。仮に超能力者の判別検査が正しい物だったとして、それでどうして超能力を使った犯行だって事になるんだ?」
「たとえ超能力で殺されていなくても、犯人を検査して超能力者だったら超能力者が犯人だってのは間違いないだろうが。凶器なんかどうでもいいだろ」
「それなら超能力の有無は関係ないだろうが! しかも事件とは何の関係もない人間に同じ検査を強要して、結果が陽性なら同じ人殺しとして扱うだと? 道義的におかしいと思わんのか! 等しく同じ人間として扱い、公平に接するのが公務員たるお前さん方の在り方ではないのか!」
「やかましい! 『法律』がそうなったんだよ! 法律で超能力者は害獣だという事になったんだ! だからお前らは害獣だ! 人ではない!」
警官の言う事にも一理ある。「法律で決まる」とは「そういう事」だ。
逆に、牛や豚に人権を与える法律が出来たら、お肉屋さんは罪に問われるようになるかもしれない。
最近では動物と意思疎通をはかる為の機械の研究が盛んで、未来では殆どの動物がコミュニケーションを取れる「知性ある存在だとして殺傷を禁じられるようになる」なぞという陰謀論めいた話があるが、そう馬鹿にも出来ない。
そもそも動物と意思疎通ができる機械なぞという物の信憑性に疑問だが、信憑性のないとんでもない理由でとんでもない決まりが作られる事なんか過去にいくらでもあった。
だから、どのような法律が作られるのか、それは正当なものか、国民はきちんと観察して判断できるようでなければならない。
そして不当と感じたなら抗議しなければならない。
シャドウは言った。
「民主政治の原則とは『国民が政治を監視し、問題点提起し、解決に導く』だ。それができていないのは民主政治とは言えない。国がそう決めたからと言って、それにただ従い、疑わないなんてのは『民主政治から最も遠い』行いだ。お前さんが順法精神強い警察官だってのは疑わないが、警官である前に一人の国民だろう。……なあ、ここまで言われてまだ自分達のやっている事が理解できないか?」
「うるせえよ害獣!」
警官は罵声とともに発砲した。
シャドウはとても悲しい気持ちになった。
事前にプランサーから「必要ないなら敵と会話はするな。やつらは例外なく差別主義者だと思え。少なくとも差別を助長する片棒をかつぎ、これまで主義者と行動を共にしているのだ。だから洗脳されている等の理由で本性は違っていたとしても、客観的には主義者と変わらない。そもそもお金もらって仕事で『それ』をやってる奴に対話なんか無意味だ。やめる訳ないだろ生活かかってんだから。きっと、別の綺麗な仕事を探す余裕もないんだろうさ。戦場でそういう奴等を説得しようとしたり、ましてや感情移入したりしようとすれば、お前さんが死ぬかもしれない。それはちょっともったいない」と忠告を受けていなかったら、ここで心が折れていたかもしれない。
「そうか。よくわかったよ」
シャドウは透明な盾で銃弾をはじいた。
プランサーは、こうも言っていた。「お前さんなら、殺しにくる相手でも殺さずに何とかできるだろ。神や天使が相手じゃないんだ。『今回は仕方がない』そう思って無力化してくれ」
この場合の無力化とは「戦えない状態にする」である。
つまり……
「マジックぅ! ハンマーぁぁぁぁ!」
シャドウはそのままの勢いで警官の頭を殴りつけ気絶させた。
縛って拘束するとか、武装解除させるとか、そんな悠長な事はやっていられない。
「覚悟を決めたぜ! 俺は世界を救うんだ! こんなところでモタモタしてられるか! こんな馬鹿を相手に説得するなんてクソみたいな時間の使い方をしていた自分が恥ずかしい!」
もしかしたら至近距離で銃撃された事でアドレナリンが過剰分泌でもされたのかもしれない。シャドウは凄く興奮していた。あるいはパニックブーストの影響が今さら出て来たのかもしれない。
こうして、神によって急に集められた警官隊と、しっかり準備して戦闘待機していた民間団体の戦いは圧倒的なものとなった。
しかし、まだ決着とはならない。
依然として、ナメンナーや暴走した火炎王という脅威は残っていたからである。