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第15章「さあ世界を救いに行こうか」

 日本国憲法第98条に明記されている通り「憲法は国の最高法規」であって、その条規に反する法律、命令、詔勅(しょうちょく)及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。

 簡単に言えば「憲法で保障されている権利を侵害するような頭の悪い法律を、どっかの馬鹿が作ったとしても、国民はそれに従わなくてよい」という事だ。

 それだけ聞くと、悪しき政治家どもがどれだけ悪しき法律を作ったとしても、諸君らの平穏な人生は妨げられないと感じるかもしれない。


 だが狩人とは、平穏に見える場所にこそ「罠」を隠すものである。


 仮に違憲法が作られたとして、「それが違憲かどうかを判断するのは裁判所」である。

 つまり「裁判」を起こさなければ、その法律の違憲性は認められず、ゆえに「法に従わなくてよいという結果にはならない」のだ。

 さて、モモピンク達が戦っている現場へ向かっているのはアクマカイザーの一行だけではない。かつてルドルフやダンサーと共に戦った、戦友と呼べる頼もしい顔ぶれが現地へ辿り着こうとしていた。

 偶然にも、彼女たちもまた違憲法と裁判について話し合っていた。


 ショッピングモールに向かう道の途上。

 巨大な蛇が暴れているとか、いや銅像が動き出したとか、火災がおきたとか、人殺しの女が現れたとか、様々な情報が行きかい混乱する人の群れに逆らい、騒ぎの中心を目指して歩く不特定多数の男女がいる。

 その先頭を行く二人。一人は赤髪の女。もう一人は凄まじき筋肉をもった白髪の男。彼は(からす)を模した仮面とふんどしのみを身に着けている。靴すらはいていない。

 赤髪の女が言った。

「……でさ、あたいは言ったんだ。例えば、食料供給困難事態(しょくりょうきょうきゅうこんなんじたい)対策法(たいさくほう)だが、これは明らかな違憲法だと」

 食糧供給困難事態対策法とは、災害等の理由で起きる食料供給困難事態に備える事を目的とした法律だとされている。「政府が困難だと判断した」なら、輸入や生産、出荷、販売について、政府が事業者に要請する権限を持つという内容だ。政府が出荷や販売の計画提出を指示し、その内容を変更させる事も出来る。つまり事実上の営業停止命令を出す事もできる。従わない者には罰金が科せられる。


 これは実在する法律だ。


 主に、日本国憲法第29条に定められた財産権の侵害にあたる。

 場合によっては内心の自由など基本的人権の侵害にもなるだろう。

 なぜなら生産について政府が指示を出せるという事は「農地および事業者を管理する権利を政府が得る」事と同義となるからだ。

 14章でアクマカイザーも言っていたが、農民の資産は農民の物である。事業者が自分の土地で何を作り、それをどのように販売するかは事業者に決める権利がある。

 食料供給困難事態対策法は、農地どころか事業者の自由すら奪っている。

 そして食料供給が困難だと判断するのは国民ではなく「国」なのだ。

 これを違憲だとする言説は法成立の前から多数あがったが、それに対し、日本国の領土で生産をするのなら、所有者である国家の指示に従うべきだとする暴論が流布され世論が混乱した。なぜこれを暴論とするのか端的に答えよう。

 日本国の領土は全て国民の物である。なぜなら主権は国民にあると憲法に明記されているからだ。

 日本という国の本質は国民であり、選挙された者ではない。国家組織は主権者の権利や財産を守る為に動かなければならない筈だ。

 憲法第29条3項に「私有財産は正当な補償の下に、これを公共の為に用いる事ができる」とあるが、これは例外的に私有財産を国家が運用する事に関わる補償についての記述であり、「補償どころか罰金が設定される」なぞ言語道断と言わざるを得ない。

 もちろん「これは違憲だ」と、多くの人々から抗議の声が寄せられたが国会で成立した。

 では赤髪の女の話に戻ろう。

「そしたらそいつは何て言ったと思う? 『違憲だと言うなら裁判でも起こしたらいい』だ。は! 笑っちまうよね。この国で違憲法を違憲だと裁判所で認めてもらうには、法律に起因する『具体的な被害』もしくは『被害を受けるという確かな証拠』がないといけない。付随的違憲審査制って言ってね。外国にある憲法裁判所なんかとは全然違うんだ。そして起きてもいない、具体的な請求額も決まっていない被害の証拠なぞ用意のしようがない。つまりこの場合だと、法律が適用されて罰金が発生した時だ。裁判が長期化すればそれだけ行動が制限される。弁護士費用だってかかる。ここで話を少し戻ってみてくれ、罰金取られたり営業停止命令受けたりしてる人に『それ』をやれってのか? 人の心とか無いのかと言ってやったよ」

 これに筋肉凄まじき男が答えた。

「そもそもの問題、農家の人だってわざと収穫を減らしてるなんて事も無いだろう。つまり『指示されたからといってそれで収穫を増やせるという話にはならない』訳だ。もしかしたらすごく体に悪そうな成長促進剤とか使わせる算段だったのかもな。政府は。というか仮に収穫が増えたとしても、そうなれば人手も必要になると思うが、それ雇うの農家の人が人件費持つんだろうし、仕事教えるのもやるんだよな。しかも政府の言い値で買いたたかれる訳だ。普段作っている物と違うもの作れとか言われるかもしれんし、それで上手くいくビジョンがまるで見えない。農業やめたくなる気持ちも分かるよ。そりゃあ国も衰退するわ」

「それさ。あたいも同じような事を言ってやった。するとそいつはこう言ったのさ。『政府が国を弱らせてるなんて陰謀論を信じてるタイプかい。政府は一生懸命やっているよ』だってさ!」

 筋肉は、予想していたかのようになめらかに答えた。

「陰謀論かどうかはさておいて。国内のデータを詳細に把握しうる権利を持ち、各分野のエキスパートの分析と助言を得られて、それらにかかる経費を税金でまかなえる立場にいる人間が、『仮に全力で国益の為に行動していたとして』『今日(こんにち)の衰退ぶり』なのだから、『陰謀論通りの人物像じゃなかったとしたら、とんでもない無能』って事になる筈なんだがな。なんでそんな政治家に信頼をおけるのか……。もと宗教団体の幹部である俺達が言うのもなんだが、『洗脳って怖い』な」

 そう。この二人はダンサーやルドルフと同じ、もとトナカイ教団の幹部である。

 その中でも最強の戦闘部隊と評された「トナカイ九天使」のメンバーだ。

 赤髪の女は「知恵のプランサー」

 筋肉の男は「筋肉のコメット」と呼ばれた。彼は、今は名を改め「忍者戦士シャドウ」を名乗っている。

 プランサーはなおも興奮気味に言う。

「そしてあいつはこう言った。『国民が飢えて死ぬような事態を回避するための法律だ。そもそも農家の人には食料を作る義務があるだろう』だってさ」

「すげえ暴論だな」

「全くだよ。義務があって仕事してる農家なんかある訳ないだろ。誰もが自由意思でそれをやってんだ。誰かの都合の為に働く事を強制されるなら『それは奴隷』だよ」

「実に日本人らしい勘違いだよなあ」

「客観的に見て結論の決まりまくってる裁判ですら、例えば第二次大戦の二次被爆者を認めるかどうかの裁判ですら何十年もかかったし、しかも判決を不服として国が控訴しやがった。これは歴史的事実だ。そういう前提がある環境で、経営苦しい農家さんが国を相手に裁判で戦うってのは現実的じゃない。農業やめるか国に従うかの二択だ。どっちに転んでも国はいいんだろうな。どっちに転んでも国民の食糧を掌握できる。クソみたいな未来しか見えない。ろくでもない未来になる予感しかない」

 九天使随一の頭脳派である彼女が、こうも感情的に論ずるのだから、この問題は本当に深刻なことなのだろうとシャドウは確信を抱いた。

「しかしまあ、一度は神魔戦争から抜けた俺達が、こうして集まる事になるとはな。この国が抱える問題はいくらでもあるのに、よりにもよってまた『戦い』か」

「今や超能力者は国民の敵。このまま放置すれば、あたいらも動けなくなるからね」

 そう。彼らもまた異能や特殊な武装を持つ者たちなのだ。

 超能力特措法も、食料供給困難事態対策法も、全ては国民の支配に繋がるという点で等しく脅威である。だが今は戦力を必要とされていた。国に抗議すべき問題は山のようにあるが、彼らはその全てに関わって解決できる訳ではない。だから「何に関わるか」はとても重要だった。

 彼らは先ず、超能力者に関わる問題に携わるべきと判断した。

 プランサーは言う。

「やるべき事は多い。だが、まあ結局、得意分野で活躍してリソースを稼ぎ出し、少しでも他がやりやすくなるように地道にやっていくしかないって事だ。まさに人生はクソゲーだね」

 知恵のプランサーは悪魔王とテレパシーで会話をする事が出来る。勿論お互いのプライバシーを侵害しないように、段階的な認証を経ての通話である。

 仕事の相談などで悪魔王と話をするので、彼女はどんどん物知りになっていくのだが、それ故に改善が遅々として進まぬ日本の情勢が腹立たしい。知り合いの全てから「お前さいきん怒りっぽくなったな」と言われるようになり、少しショックだった。

 シャドウの権能は「超超回復」と名付けられている。生きてさえいれば、あらゆる損傷を24時間で全快させる恐ろしい能力である。

 トレーニングとは筋繊維を破壊し、より強く再生する現象「超回復」を繰り返す事である。彼はこの超超回復なる権能で、極めて短期間で地上最強レベルの肉体を手に入れた。

 あれこれ話しているうちに、ようやく炎の蛇がはっきり見える距離になった。

「よし。じゃあとりあえず、あたいらでこの局面を何とかしようか。ただでさえクソがごときこの国を、更にでけえクソにはできん」

 シャドウが質問した。

「しかし、やろうと思えばさっき話したそれみたいに、いくらでも違憲法が作れるのに改憲だけ止めて意味があるのか、なんて意見もあるが。プランサー。お前さんはどう思っている?」

「意味ならあるさ。それにその『改憲だけとめる』は思考誘導だぜ気をつけな。改憲は止めるが、『だけ』じゃない。今あたいらが国の横暴に腹を立てるのも、『基本的人権がある』事を前提にしている。だから国民が結束する可能性が、わずかだが残る。だが最初からそれが消えてなくなれば、日本人という呼び名が消えて家畜となっても『当然』で『普通』とされる社会が訪れる。今のままなら裁判で戦う可能性も万が一には残る。だが改憲された先の日本じゃ完全にゼロになる。それが何を意味するか、お前さんなら理解できるな?」

「……戦争でしか幸福な未来を勝ち取れなくなる」

 それは今回のような、大多数にほぼ知られず進行するような戦いではなく、はっきりとした「内戦」として全ての国民を巻き込む事になるという事である。

「そうさ。『今ならまだ間に合う』んだ。馬鹿を言っている奴に、このクソバカ野郎と言って顔を殴りつけ、それを見せつけて、馬鹿に従っている奴等を反省させれば、『全面戦争は回避できる』んだ。交渉の余地も何もない、『人権が無くても構わない、生きてられるだけで幸せだなんて思想に酔った馬鹿を諭す機会も無い完全な殺し合い』でしか決着できない未来は回避できる。あたいらは……戦争を止められる」

「なるほど。それは責任重大だな」

 これがプランサー自身の本音か、それとも悪魔王の知恵を用いた啓発なのか、それは分からないが、戦闘の意欲を高めるには充分な効果があった。

 そして彼女たちは合言葉を言う。

 それは、彼女たちにとって、自分を勇者に変える一言だった。

「「さあ。世界を救いにいこうか!!」」

 シャドウとプランサーの背後に続く大勢の人々も、共にその言葉を唱えた。


 一方その頃。異世界より召喚された火炎王さんはおののいていた。

 火炎王さんは、この世界の人間と比べればはるかに巨大で、それだけでも戦闘で敗北するなんて考えられないくらい、とても強いお方である。

 動く銅像と自分との戦いに割り込んできた女について、火炎王さんは当初、召喚主の意にそぐわぬようなら実力で排除しようと考えていた。

 召喚主は騒ぎに乗じて場を離脱するつもりだったのだから、自分はそれを実現する為に行動すべきで、つまりこの仮面の女に何かしらの脅しをかけようと、そう思った時である。「女から視線すら向けられていないのに」火炎王さんは恐怖した。

 理解するのが難しい感覚だった。

(ばかな。この火炎王が恐怖していると言うのか!?)

 雰囲気。そう雰囲気だ。他の言葉で表現しようとするなら、第六感だとか直感だとか、そういうものが火炎王さんに警告していた。

 目の前のこの女は、火炎王さんがいかなる考察の果てに、どんな攻撃をしようとも、「予想を超えた何かで反撃してくるのでは」と思わせた。そんな雰囲気をまとっていた。

 火炎王さんに備わった戦士としての教養が、そのように判断させた。

(まてよ。しかもこの女。さっき何と言っていた。……悪魔鼻骨破砕拳だと?)

 それは火炎王さんもよく知っている技の名前だった。よく知っているからこそ聞き流していた名前である。

(まさか! この女、悪魔空手を使うのか!?)

 もしこの仮定が正しければ、この女は悪魔と同等の戦闘能力を持っている事になる。通常は人間に習得できないはずだが、それを可能にする稀有な才能の持ち主か、いやあるいは悪魔そのものなのかもしれない。

(……よし)

火炎王さんは意を決した。

(とりあえず召喚主の命令があるまで観察に努めよう。これは怠慢ではない。戦場を観察し、情報を集めるのは大切な事だ)

 火炎王さんは日和(ひよ)ったのである。


 そのように火炎王さんが身の振り方について考察している間、モモピンクの攻撃を全力で回避しているアングリイの内面に変化があった。

 空気を震わせない、頭に直接響く声が聞こえたのである。それは彼の上司からの言葉だった。

(アングリイよ。何をしている。女ごときに何を手こずっているのだ)

 男女平等思想の推進派が聞いたら、さぞ怒りそうな言葉を上司は放った。

 アングリイとて働き盛りの一般男性である。喧嘩ともなれば平均的なステータスを持っている女性に遅れは取らない。

 この、仮面をつけた緑髪の女が異常なのである。

 しかしテレビに映るボクサーのパンチを、視聴者が「あー、なんでかわせないかなあ」なんて感想を持つ事もあるように、第三者視点では当事者の苦労が伝わりにくい。アングリイは「自分と交代してこの女と戦ってみろ。絶対にびびるぞ」と深層心理で思ったが、上司への返事としては別の言葉を用いた。

(申し訳ありません。しかしこの女、見た目では分かりにくいですが恐ろしい実力者です。瞬間移動の為のキーワードすら唱える暇を与えません)

 アングリイたちが使っている空間跳躍装置は音声認識で作動するが、キーワードの設定は慎重にならなければならない。例えば「あ」など一音で作動するように設定してしまうと、日常会話に含まれる「あ」で装置が作動してしまうからである。

 久しぶりにアンパンでも食べるか。なんて言ったら、それで作動してしまうのだ。

 その為、日常会話では絶対に結びつかないような単語を組み合わせて設定するが、これが長すぎると緊急時の脱出に不便となる。アングリイはアン・アン・グリイというワードを悩んだ末に決定したが、今となっては「きゃー」でも良かったのではないかと思っていた。

 仮面の女の攻撃は苛烈であった。全力で回避する必要があり、すでに何百メートルも全力疾走したような疲労がある。最初のうちこそ反射的に悲鳴を上げていたが、すでに息を吸って吐くだけで精いっぱいだった。

 アングリイは思った。

(誰か助けて。援軍を。このままでは殺されてしまう)


 悲鳴も上げなくなり、黙りこくったアングリイを見て、モモピンクは思った。

(……そろそろですかね)

 そしてちらりと視線を外せば、アクマカイザーたちの姿が見えた。

(やはり来ましたね。想定通りです)

 モモピンクは自分がいかに危険な人物と認識されているか、よく知っていた。

 この状況ならば「モモピンクを止める為に最高戦力で駆けつけるだろう」と予想していたのである。悠長に電話をかけて知らせていては、アングリイが逃走する可能性があった。ピリカラ戦士への感情は本当だったが、全てはアングリイを足止めしつつ、最高戦力を誘導する為だったのである。

 なぜそんな事をしたのか?

 それは、ダーク・アーの次の行動が答えとなる。


 アングリイの上司は彼の願いに答えた。

 アングリイ自身に状況を覆す実力がないのなら、援軍を差し向け、ついでにアングリイすら脅かすような謎の戦力を排除しようと考えた。

 ダーク・アー四天王の、残り三人が出現したのである。

 空間跳躍により次々と現れる男たちを見て、千鳥たちは驚いた。

 出現した男たちの衣装は、基本的なシルエットはアングリイと同じだが頭部にツノがあり、その本数で見分ける事が出来た。

「ダーク・アー四天王。激高のレイジ!」

 鋭い一本ヅノを持つレイジの勇ましい立ち姿に、千鳥たちは緊張した。

 続けて二本ヅノの男が言う。

「同じく、鬱憤のフラストレーション!」

 何で同じような感情モチーフの名前なのだと千鳥たちは嫌な予感がした。

「同じく、立腹のストマックぅぅぅぅぅ!」

 待て。お前は本当にその名前でいいのかと、三本ヅノの男に向けて千鳥たちは思った。

 かくしてダーク・アー四天王が揃ったのである。

 彼らは言った。

「ふ。アングリイが苦戦していると聞いて、まさかと思ったが本当だったとはな」

「うむ。どうやら彼のナメンナーは頭部を破壊された事で敵を認識できなくなったようだな」

 見れば、銅像のナメンナーは両手を前に出してあちらこちらと彷徨っている。

「ほほう。かなりの敵のようだな。我らも全力で応じるとしよう」

「「「いでよナメンナー!」」」

「「「ナメンナー!」」」

 そこらにあったベンチや雑貨をモチーフにして、三体のナメンナーが出現した。

 千鳥の傍に立っていた緑髪の男が静かに言った。

「……さあ、世界を救いに行こうか」

千鳥はアクマカイザーを見た。いつの間にか彼の服装が変わっていた。さっきまで中華料理店の制服を着ていたのに、ミニスカ和装のような服である。

「え。ミニスカート?」

 いつの間にか男の娘キャラにクラスチェンジしていた。

「アクマカイザーさん……?」

 そう言う千鳥に、緑の髪の男は「いや。我はアクマカイザーではない」と言って否定した。

「我は悪魔王。初めましてだね千鳥さん。汝の事はアクマカイザーから聞いている。アクマカイザーはコーヒーを飲み過ぎたのがいけなかったのか、さっきトイレに行くと言っていたよ」

「……」

 ものすごく雑だが、どうやら身分を偽り、アクマカイザーとして行動する必要が無くなったようで、これより先は悪魔王として事件に関わるつもりらしいと千鳥は察した。

 でも何で急に?

 悪魔王は千鳥が質問する前に答えてくれた。

「ダーク・アー四天王が緊急時に使う空間跳躍や、ナメンナーのような兵器の生成は、現段階の人類では不可能な技術だった。特に空間跳躍だ。瞬間移動とも呼ばれているこれには、神か悪魔が関わっている可能性があった。(いにしえ)に滅んだ魔法やらの使用法を人類が思い出したというのなら説明もつくが、我のもとにはそのような報告は上がっていない。超スピードによる移動か、はたまた何者かの才能が超能力という形で発現したのか、映像資料だけでは判断がつかなかった。しかもダーク・アーは神出鬼没で、行動の予想ができない。パニックブーストなる電波の波を感知するという発見方法は盲点だった。盲点というか目に見えんからな。だから、なぜカオスなるヒーローだけはいち早く現場に現れるのかずっと不明だった。モモピンクが直々にマカオに接触したのは、未来における超能力者のリーダーを確保する事だけが目的ではなかったのだ」

 驚愕の事実である。

「我々悪魔軍は、一連の騒動と神、ダーク・アーには関係がある可能性を考慮し、カオスの索敵能力を取りこむ事で真相に近づこうと思っていた。ダーク・アーの構成員が空間跳躍をしたり、ナメンナーを生成したりする現場に居合わせる事ができれば、より精度の高い判断ができると思っていた。そして……」

 悪魔王はダーク・アー四天王の面々を睨みつけて言った。

「ついに尻尾を掴んだぞ!」


 ダーク・アー四天王の上司。すなわち神は、直接自分が睨まれた訳ではないが驚いた。まさかあの場所に悪魔王が来ているとは予想していなかった。

まずい。もしや神力が作用する瞬間を観測されたかもしれないと思い、焦った。


 悪魔王は言う。

「そこなレイジ、フラストレーション、ストマックに悪魔王が問う。汝らは自分の意思で民間人を害したか?」

 三人は突然の質問にうろたえている。

「答えなさい。汝らにその力を与えた者は、汝らに民間人を害する事を命令したか?」

「た、確かに、会社の指示だからな。命令されたと言われれば、そうだと思う」

「何を正直に答えているレイジ!?」

「だって何か怖いもん! 色々事情を知ってそうだぞ。あの人」

 なんだか急にレイジさんが普通のおっさんに見えてきた。

「答えてくれて有難う。では汝ら自身には、人々を害する目的や思想があった訳ではなかったのだな?」

 なんだかこの後の話の展開が、千鳥にも分かりかけてきた。

「そ。そうだ。でも仕方ないじゃないか。他に仕事がなかったんだよ! 生活保護を申請したが、まだ若くて働けるからと断られた。体が若くても雇ってくれる所が見つからなければ働きようもないんだ!」

 レイジたちはそれぞれの胸中で、ここに至るまでの苦難を振り返った。

 まずレイジである。十代の頃の彼は、どこか適当な商社に勤めて、まあまあ収入を得つつ趣味に没頭できる生活ができればそれでいいと思っていた。

 結婚にも興味はなく、今は模型やゲームが大好きだが、いずれはアウトドアな趣味にも挑戦していきたいと思っていた。生活の為にお金を稼いで、余裕ができたら楽しみに使うという生き方が自分にあっていると思っていた。

 父親は尊敬していたが、工業高校を卒業してそのまま工場勤めをしている彼の苦労も良く見て知っているので、同じような労働は避けたかった。

 しかし奨学金を使って大学に進み卒業したものの、大手では雇用されず、最初に勤めた先がブラック企業で、五年務めた末に自己都合退職したのだが、精神に障害を負ってしまった。

 当時の法律では、自己都合退職ではおよそ三か月間、失業手当の支給はされない。彼は少ない貯金をくずしつつアルバイトをして生活した。

 度々、鬱に悩まされて就職どころではないのだが、心療内科を受診しても「治療を必要とするほどではない」とされ、そのため生活保護も受けられなかった。

 治療の必要はないかもしれないが、万全に元気で仕事ができる状態かと言われれば「違う」と言う他なく、彼が抱えるストレスはいよいよ自殺を考えるまでに至った。

 そこにきて奨学金返済の催促は圧力を増し、彼の父親が務める工場の倒産が重なった。

 十代の頃に、返すあてもないのに数百万規模の借金をこさえた自分を呪い、その判断を要求する国を憎んだ。

 その憎しみが彼を支え、なりふり構わぬ就職活動に繋がったのだから人生とは不思議な物である。結果として彼はダーク・アーの面接に合格して仕事を得た。

 いつの間にか鬱病を自力で克服していた。

 ダーク・アーは福利厚生もしっかりしており、もらったキャンプ場のクーポン券を使って念願のアウトドア趣味を開拓した時、彼は本当にこの仕事を選んで良かったと思ったものだ。

 人々の心を弄ぶかのような仕事内容についての罪悪感は、最初に少しあったくらいで、悪魔王に言われるまで忘れていた。いや忘れなければ、彼にとってはとてもやれるような仕事ではなかった。

 そしてフラストレーションとストマックである。

 彼らはどちらも同じスーパーで働いていた仲である。

 フラストレーションは勤続も長く、後輩から頼られる男だったが、代替わりした店長とウマが合わず、嫌がらせを受けるようになった。パワハラが連続し、その追い詰められようは酷いもので、コンビニ強盗を演じてわざと逮捕され、働かずに三食昼寝付きの生活をしてやろうと画策する程度には冷静ではなかった。「今にして思えば、なぜあんな事をしたのか分からない」と言っている。コンビニ店員に凍ったままのチキン肉を頭に投げつけられて気絶したのは得難い経験だった。

 彼は仮釈放中の就労支援策の一環でダーク・アーの面接を受けた。警察はダーク・アーと繋がっている。恐らく見込みのありそうな人間を積極的に紹介しているのだろう。もしかしたらマージンの受け取りもあるのかもしれない。

 これら劇的な体験を通し、彼の精神性は強固なものになった。

 そしてストマックはただのバイトだったが、ある時、自分の給料が想定より少ない事に疑念を抱いた。もしかしたら自分の思い違いの可能性もあったが、それから彼は出退勤のデータを細かく写真にとり保存するよう努めた。契約書に明記された時給と勤務時間から計算し、やはり給料が少ないと判明した。

 その店長は従業員の勤務データを不当に修正していたのである。

 彼はすぐに労基、すなわち労働基準監督署に赴き、証拠をそろえて告発した。

 労働基準監督署と職業あっせん所は、しばしば混同されがちだがまるで役割が違う。労基法の遵守に関わる内容を監督し、労働時間や賃金、休日、労災などの問題に対する指導を主な仕事とするのが労基で、職業あっせん所は雇用の支援を行うのが主な仕事であり、受けられる助言がまるで変わってくる。

 普通に働けていれば、労基に行く機会はあまりないので存在を知らない社会人もいる。

 結果として店長は反省を見せ、正確な給料を支払い、それをもって従業員も店長を許した。裁判をすれば確実に勝てたが、懇願する店長を見てストマックたちは慈悲を与えたのだ。

 それで解決したかに思えたが、この話には続きがあった。

 店長は半グレだったのだ。

 正確には半グレの身内である。半グレとは「半分グレー」を語源とする、違法か違法じゃないか判断が難しいギリギリの行為で金銭を得る者の事である。

 悪事が露呈し、謝罪までしたのでおさまりが付かなかったのだろう、店長は告発したストマックに対して、半グレの身内を頼りに執拗な嫌がらせを繰り返した。

 住所、連絡先、学歴、職歴、資格、ハンコのデザイン、顔写真、等々、履歴書という個人情報のかたまりを半グレに握られていたのだ。ストマックの生活はすぐに破綻した。

 住んでいるアパートの大家にまで嫌がらせは飛び火し、立ち退きを余儀なくされた。新しい住居を探そうとするのだが、不自然に家賃が高かったり、異常な値段の保険に加入する事が条件だったりした。

 明らかに店長が原因なのだが証拠を用意できなかった。

 そんな彼にとってダーク・アーとの出会いは幸運だったと言える。他人を不幸にする仕事内容には思う所もあったが、社宅で快適に生活ができる事は、彼にとって大きな事だった。

 悪と戦って勝利したが幸福にはなれず、誰にも救済できない不幸を生き抜いた彼のタフネスには、アングリイも一目置いている。

 そんな細かい部分まで把握できた訳ではないが、悪魔王はレイジが言った言葉から解釈し、「つまり、生活に困窮する事情があり、それを解決する見返りとして戦闘行為を求められた。それ以外の解決方法は、国を含め、誰からも提示されなかったと。そういう事だね?」と言った。

 レイジたちは、どう答えるのが正解か分からなかった。いずれも致命的な部分で人生の選択を間違ってきた者たちである。ただの質問への回答すらためらった。だが、この悪魔王と名乗る人物の質問には、正解か間違いかではなく、本音で答えるべきだと思った。

「……そうだ」

 レイジは絞り出すように答えた。

「重ねて問う。ダーク・アーに雇用された時、契約を交わしたと思うがその際、ダーク・アーの背景にある神の存在や、神魔戦争、ナメンナー等の兵器を用いた活動については説明を受けたかね?」

 レイジたちは記憶を辿り、なるべく詳細に思い出した。そして答えた。

「いや。パニックブーストが兵器だというのは後になって知らされたし、ナメンナーの運用実験も途中から始まったものだ。その、神魔戦争というのがよく分からないが、そのような事は聞かされていない」

「うむ。……ダーク・アーによる汝らの扱いは、神魔戦時国際法、第三条、人道的扱い、ならびに第四条、民間人の保護に関する条文、および第八条、強制的軍事活動への参加を禁じる条文に抵触する可能性がある」

「!?」

「!?」

「!?」

 悪魔王以外の誰も、第何条やら何やらの詳細は分からなかったが、「人道的扱い」や「強制を禁じる」等の言葉から、人間の世界にある戦時国際法と似たような内容なのではと予想できた。レイジたちの驚きも当然である。

「もちろん、詳しい事情を聴取する必要はあるし、わずかだが合法の可能性も残る。しかしこのまま戦えば、我らは全力で汝らを迎撃せねばならない。そこで提案である。この場は降伏し、しかるべき判断が下るまで我らの保護下に入らないかね? 捕虜として万全の待遇を約束しよう」

 悪魔王とは、なんというか、こう、本当に悪魔なのか疑わしくなる。千鳥への気遣いもそうだが、ついに敵として現れた者にさえ救われる機会を与えようと言うのだ。


(ならん! ならんぞお!)


 空気を震わせない頭に直接響く声と共に、アングリイが持ち込んで放置されていたパニックブースト発生装置が起動した。

 しかもリミッターを解除されていた。レイジたちの衣装にはパニックブーストの影響を軽減する加工がされているが、それでは防げない規模の電波が彼らを襲う。

「「「ぐああああああああああああああああああああ!!!」」」

 レイジたちは強靭な精神を持ち合わせた戦士だが、アングリイのように技術で感情をコントロールしている訳ではない。ただ強い抵抗力で抗っているだけならば、より強い力には屈するが道理。たちまちのうちに正気を失ってしまった。

 レイジたちの上司、すなわち神は、このまま悪魔王の良いように話が進み、漏れた情報から自分の立場を危うくするよりはと、悪魔王をこの場で暗殺する選択をしたのだ。

 そして近隣を移動していた警官に働きかけ、戦力を集めた。

 警官は集団で行動し、制圧する事のプロである。少人数ならともかく……

「……ふ。包囲されつつある、か。これでは我と言えど突破は難しいか」

 悪魔王が言うように絶望的な状況となってしまった。

 それだけではない。

「GYAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOONNNNNNNNNNNNN!!」

 事態を観察していた火炎王さんもパニックブーストの影響で正気を失った。

「む? どこかで見た顔だと思ったら火炎王ではないか。あやつには悪魔界の重要観光資源である原初の炎を見守る役目があったはずだが、こんな所で何をしておるのだ。副王がリタイアして有休が取れないと聞いていたが、後継が見つかったのだろうか」

 千鳥たちは、悪魔界って観光できるのか、そして副王とかいるのか、しかも有給アリか、と言うかこれまでと比較にならんほど暴れているぞと、ここに来て過多な情報の追加に戸惑う。

 その時である。

「ちょおおおおおおおおおおおおおっと待ったああああああああああああ!!」

 筋肉凄まじき男が大きくジャンプし、包囲の一角と悪魔王との中間にふってきた。

 ルドルフたちにとっては頼もしく、懐かしき戦友である。

「コメット、いや今はシャドウか。連絡が取れなくて心配してたんだぞ。どうしていたんだ」

「それはすまんな。ちょっと異世界転移していてな。国を救っていた」

 可哀想に。事情は分からないが頭をやられたのかと、ルドルフたちは思った。

「……うむ。今、プランサーから連絡を受けた。警官共の相手は汝らに任せて大丈夫かね?」

「任された!」

「食らえテロリストども! 国家権力を相手にして五体満足で朝日を拝めると思うなよ!」

 まだ裁判もしていないし犯行声明も何も無いのに、警官の一人が悪魔王一行をテロリストと断定して銃口を向けてきた。興奮した他の警官も続いて撃鉄を起こす。

 危ないシャドウ! と、そのように声をかけようとしたルドルフだが、このあと信じられないものを目撃する事になる。

「見るがいい! 俺が異世界で手に入れた新たなる『力』を!」

 何。筋肉以外の取り柄をあいつが得たと言うのか!? ルドルフたちは驚いた。

 何十発もの銃弾がシャドウをめがけて飛んで行く。

 シャドウは右拳を前に突き出し、叫んだ。それは空手における正拳突きのような姿勢だった。

「マジックゥゥゥゥゥ! シィルドォォォォォォォォ!!」

 マジックシールド!?

 シャドウを目指した銃弾は全て、見えない壁に阻まれたように弾かれた。

「ばかな!?」

 狼狽える警官たち。

 そして丁度、シャドウに遅れていた援軍が追い付いてきた。

 警官共にとっては背後を突かれた形となる。

 何十か、何百という人の群れが警官の包囲を崩していく。そしてしっかり、逃げ遅れた人々の為に道を作り、必要なら護衛した。

 彼らは口々に合言葉を唱え、勇気を奮い立たせていた。

「さあ世界を救いに行こうか!」

 シャドウもまた、にやりと笑いながらそれを言うのである。


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