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第14章「ではそろそろ問おう。諸君が『法に従う理由』は何だろう。それは他の人にとっても同じだと思うだろうか」

 千鳥は、アクマカイザーの正体は悪魔王なのではと疑っていた。

 いや、もうそれ以外の可能性がないというか、本気で隠す気が無いだろと思っているというか、完全に確信しているのだが、なぜアクマカイザーと名乗っているのかが不可解すぎて質問を切り出すのもためらわれたのだ。

 千鳥の予想通りだとすれば、この場合の悪魔王とは、ミセスクインの小説である「悪魔コメディ」の略称で呼ばれる初期の作品の登場キャラクターである。

 小説のキャラクターそのものが現実に存在するとはさすがに思っていないが、モデルくらいなら居てもおかしくない。きっと「悪魔王のモデルになった人」は「この人」だと思っていた。

 緑色の髪に美しい容姿、警官四人を相手にして素手で勝ってみせる実力、そして恐ろしい程のリーダーシップを発揮する、これらの要素を併せ持った人が、そんなに沢山いるとは思えなかった。

 だからこそ不可解だ。悪魔コメディとは、美しい緑色の髪をツーテールにし、猫耳を持ち、猫しっぽを持ち、頭の上には牛の頭骨を乗せた完璧な猫耳美少女、悪魔崇拝子ちゃんを主人公とした物語。悪魔王とは、崇拝子ちゃんと契約をかわした上司である。願いを叶える対価として、崇拝子ちゃんは悪魔崇拝を広める仕事に従事する。そんなある日、ある宗教団体との戦いが始まり、途中でテロリズムに関する描写があり、なんやかんやあって神と戦い、倒す物語である。この物語に登場した悪魔王は、テロのような活動には概ね否定的なスタンスだったと記憶している。

 その悪魔王のモデルになったような人物が、今は反政府組織の一員として行動している。疑問をどう整理したらよいのか分からず、千鳥はずっと悩んでいた。

 ショッピングモールに向かって車を走らせながら、アクマカイザーは隣の席の千鳥に問いかけをした。

「ところで千鳥さん」

「はい」

「君は何故、この国の法律に従うのかね?」

「……はい?」

 千鳥は質問の意図が分らなかった。だからとりあえず無難な答え方をした。

「法に従わないと罰せられるから、ですかね?」

 答えた後で、千鳥は答え方を間違ったかなと思った。いつだったか中学生くらいの頃に「理性ある人間なら法に従って生きるのは当然だ」とか「ルールとは人を守る為のものだ。それを勝手に破れば、自身を危険にさらすだけでなく社会の安定を損なう事もあるのだ」とか「皆が守っている物を利己的な理由で守らないなんてのは幼稚なワガママだ」とか、「何かに目覚めた感じの」クラスメイトが言っていた気がする。そう答えるのがもしかしたら正解だったのかもしれないと不安になった。

「では、それは千鳥さん以外の人も同じだと思うかい?」

「いえ。人によっては、身を守る為とか、社会のためとか、いろんな理由があると思います」

「ほう。千鳥さんはとてもいい人生経験をしてきたようだね」

 無難に答え続けているだけなのに千鳥は褒められた。名前も覚えていないあのクラスメイトに初めて感謝した。

「だが人によってルールを守る動機に違いがあっては、なかなか法を守ってもらえない。守らない者が放置されれば、守る者も納得が出来ない。集団はまとまれない。国家ならなおさらだ。だから法律には『法を守る動機』として罰則が必要だ。先ほどの答えを内面に持っていながらも、最初の質問に『罰があるから』と即答できた君は、実に見どころがある。ミセスクインが認めただけはあるな」

 ミセスクイン? そういえば未来ではミセスクインと共同執筆する事になると教えてもらった。もうずいぶん昔の事のように思える。

「質問ばかりになってすまないがもう少し付き合って欲しい。では具体的に法を守らせる強制力は何かな。犯罪者を取り締まり、捕まえ、裁判所まで連れてくる役は誰が担う?」

「警察と検察ですね」

 今度の質問は、かつて剣崎が銃刀法違反で逮捕された時の経験が生きた。

「では、とりあえず警察官に捕まえられさえしなければ罰則も何も無いわけだ。何故このシンプルな選択肢は、なかなか選ばれないのだと思う?」

「え。それは……勝てないからでは?」

 千鳥はますますアクマカイザーの質問の意図が分からなくなっていった。そんな当たり前の事をなんで聞いてくるのだろう。

「その通りだ。個人が持っているリソースでは、税金で装備を整え、税金で訓練を受け、税金で雑費をまかなえ、権力に基づいた、個人では想定しようもない捜査網をもっている国家という組織力に太刀打ちできない。ヤクザやマフィアでも無理だろう」

 ちょっとまて。では警察と戦闘になってさえ捕捉されていないモモピンクや、その仲間であるアクマカイザーなど他のメンバーは何なのだと千鳥は思った。もしや「そういう超能力」をもった人がいるのだろうか。

「つまり、『相手に言いつけを守らせる為の具体的な闘争能力』が『皆が言いつけを守る』に繋がっている訳だ」

「す、すごく身もフタもない答えですね」

「真理とはそんなものだよ。さてモモピンクから、未来では日本国憲法が改定され、人々から自由が奪われる事になると聞かされたと思うが、間違いないかね?」

「はい。大変な事ですよね。なんでそんな事に……」

「それは千鳥さん『さっきの君の答えの通り』だよ」

「……なんですって?」

「実は『日本国憲法には違反をした場合の罰則が無い』のだ」

 本当である。

 千鳥はこの一連の騒動の後に自分でも調べたが本当に無かった。

 違憲行為をしても死刑にはならないし罰金も無い。免職される事すらない。

「憲法とは『国が何かをする時に、最低限ふまえなければならないルール』だが、その肝心の憲法には罰則が存在しない。やろうと思えばいくらでも憲法違反ができる。本来なら国会議員による改憲の意欲表明なぞ重大な憲法違反だが、それが何度もあるのは、罰則がないからだ。ニュースや新聞で度々見かけるだろう? そして『皆が選んだ国会議員』が言った言葉は、そのまま『国民の声』だと誤解される」

「まって下さい。いくらでも違反ができるならわざわざ改憲する必要もないじゃないですか。こんな騒動をおこしてまで……は!?」

「気づいたかね?」

 千鳥はアクマカイザーの言わんとしている事を察した。まだ頭の中でよくまとまっていないが、思い浮かんだままに言ってみる。

「……超能力者ですね?」

「そう。鍵は超能力者なのだ」

 アクマカイザーは車内冷蔵庫からコーヒーを取り出して飲んだ。千鳥もすすめられたので飲む。ブラックばかりで加糖は無かった。

「例えば昔は『奴隷の売り買いは合法』だったし、『権力者に逆らうとか、敬わないだけで死刑』なんてのは普通だった。日本でも、毎日汗してこしらえた米が、労働者の口に殆ど入らず権力者ばかりが『美味しい思い』をするなんてのは当たり前の日常だったね」

「はい」

「では、それらの合法行為が『本当に正しい』のなら、どうしてフランス革命やアメリカ独立戦争、農民一揆などが起こったのだろう?」

「……正しくなかった、から?」

 いや、その答えでは何かが間違っている。……違う。「足りない」のだと千鳥は感じた。

 その千鳥の思考をくみとり、アクマカイザーは補足した。

「疑問を持ったね。ああ。そうだ。そこに疑問を持つのは大切だよ。正しいとか正しくないなんて議論は世に溢れているが『何をもって正しいとするか』の定義づけがないまま議論するなぞ愚の骨頂だ」

「何をもって『正しい』とするか……」

「そうだ。そもそも国は何故できたのか? 答えは簡単だ。人は単体では弱い。だから協力して住処を構築し、食料を集めなければ他の動物に勝てない。だから集まって生きた。これが原初の『国』だ。規模は小さいが、長が集団をまとめ、集団の利益を最大化する為に決まりごとが生まれた。この決まりごとが『原初の法』だ」

 急に国家の成り立ちのレクチャーが始まった。

「では、人は集まれば集まるほど『他より強くなれる。だから集まる』のだが、どうして『国境』なんてものが出来たと思うね? 集まる程に強くなれるのなら、国境なんていらないだろう?」

「それは、ほら、言語の違いとか……」

 そう言いかけて千鳥は自分の間違いに気づいた。今でこそフランス語や英語やドイツ語など多様な言語が使われているが、あれらは元々おなじ言語から派生したのだと学校で習った。ならば、言語の違いから別のコミュニティが発生したのではなく、別のコミュニティになったから独自に発展して今の形になったのだ。

「そう。言語の違いではない。国境の成り立ちも凄くシンプルだよ。シンプルに『その土地で育める食料や資源の数で養える人間の上限は決まっている』からだ。特に昔では、器具なんか原始的すぎて開拓自体が難しかった。だからそれぞれ、取れる資源と消費の帳尻が合うようにバラバラに住んだのだな。そして、お互いの資源を脅かさないように国境が定められたのだ。知らない者がうっかり迷い込んで、他所の土地で食べ物をあさらないように、ズルをして他所の資産をちょろまかしたりしないように、柵や壁で仕切ったのだ。あとは、まあ、価値観の違いで軋轢が生まれるくらいなら別の土地で生きた方が効率的だ。とかだな」

 凄く分かりやすい。学校で受けたどの授業よりもアクマカイザーの説明は端的で理解しやすかった。

「繰り返しになるが、『その土地で育める食料や資源の数で養える人間の上限は決まっている』から、もしこれらの数が不当に奪われると『大量に人が死ぬ』事になる。だから国内の治安を保ち、国境警備やその門番を担う侍や騎士は、とても重要で尊敬される仕事だった」

「……ちょっと思ったんですけど、その話は『国の正しさ』とどう繋がるんです?」

「ずっと国の正しさの『前提』の話をしているのさ。前提認識はとても大切だ。国の存在意義とは『帰属する人間が生存し、繫栄する事』だ。本来、農民が生み出した資産は農民のもので、国家という組織運営の為に徴収される事は許容できても『不当に搾取されれば』農民が死んでしまう。もしくは、『生存できても幸福を追求できない』などの被害が生まれる」

「あ!? だから!」

「そう。革命は起きた。警察や兵士に従うのも、それらに支払う給料として税金や年貢を納めるのも、全ては『その前提』の為だ。だが『年貢を納めたら次の収穫まで生活を成り立たせる事ができず、家族や自分が死んでしまう。それを説明しても武器を持った役人が取り立てにくる』のなら、農民はもう『為政者とそれに従う卑劣な者共をぶっ殺す』事でしか自分を守れない。奴隷も同じだね。労働に見合った生活が出来ず、勉強や才能を活かす事が認められないのでは、反逆するしか幸福になれる道は無い。死を覚悟してでもやり遂げねばと思う者が、それだけいたのだ」

「そうか! そこで超能力者なんですね!」

「そこで超能力者なんだよ。かつての政治家どもは過去を反省し、まず国民から戦う力を奪う事から始めた。たとえば銃刀法だな。武器を持って自衛する事すら国民に禁じた。単純な腕力で勝るものに国民は抵抗らしい抵抗もできず、財布の中からマイナンバーカードや免許証を取り出され個人情報をおさえられたら、どのような報復を受けるかも分からず警察に相談もできない国となった。そして資産を奪い、戦争の準備をする事すらできなくした。死んだ親から子へ金を渡すだけで五割を超える相続税が発生する事もあるクレイジーな国で、社会保障に使うと言いながら消費税を上げてついでに健保も国保も上げてくるクレイジーな国で、そして年金生活者からも税金を取ろうというのだからもはやクレイジーだけでは言い表せない国。潜在的納税額が所得の六割に達しても、子供の貧困も解決できず学業や医療の無償化も出来ていない国。そのくせ外国に気前よく金をばらまく国。それが日本だ。『国民を弱体化させる事が目的』以外に合理的な説明があるのなら是非とも拝聴したいものだな。なおかつ、思想に基づいた分断を促し、人々が結束して事に当たれないようにした。だが、『超能力者は資産が無くとも個人で軍に相当する脅威になりうる』のだ。この存在を知った時、政治家どもはおののいた事だろう」

 千鳥は内面で、次々と悪しき者共が企てたパズルのピースが組みあがっていくのを感じた。

「さて、この国には憲法で保障された『信教の自由』があるね」

「き、急に宗教の話になるんですか?」

「実はここからが重要なのだ。超能力者の存在を、フィクションではなく実在のものだと国が知る事になった経緯を説明する為に。さて、何を信じるも信じないも、この国では自由だ。だからこの国は様々な信仰が入り混じるカオスな国になった訳だが、この自由のおかげで国教と呼べるものもない。それも諸君らの『内心の自由』を守っているのだ。しかし『それでは不都合な勢力』が、支配欲に取りつかれた政治家どもと手を組んだ。いや、もしかしたら政治家どもをそそのかしたのかも知れんな」

「信教の自由があると不都合な勢力……まさか!?」


「そう。神だよ」


「………………っ神……!?」

 千鳥は、なぜ悪魔王が反政府組織の一員にまぎれているのか、それが何となく腑に落ちた。

「神も一枚岩ではない。よその神を出し抜いて、自分達だけ『美味しい思い』ができるよう仕向けたい一派もあるのさ」

「し、しかし、調べた限りでは、何か特定の信仰を強制する改変はないはずでは」

「それは神が背景にある事を隠す為の偽装だ。新設される緊急事態条項を使えば、いくらでも言論統制ができる。それは内心の自由を奪うのと同義だ」

「そんな」

「神魔戦争におけるイレギュラーも、今回の事に関わっている。神魔戦争とは、ここより遥か高次元、13次元で起きた戦争だが、これは徐々に主戦場を低次元へと移行していった」

「なぜです?」

「この三次元でも、建造物を破壊すれば復興に大きな労力を必要とするだろう? だが二次元のイラストなら、コンビニに10円を持っていけば容易く復元できる。次元が一つ違うというのは、それぐらいの差なんだよ」

「……どこの世界でも戦争ってお金かかるんですね」

「今から少し前、神魔戦争における大規模な衝突の一つがこの国で起こった。それは大都市をまるまる混乱に陥れ、被害は急速に広まり、解決には多大な犠牲を伴った。これを扇動した神は既に討伐されているのだが、この時のやりくちは神魔の両陣営に大きな気づきを与え、政府にも特殊な能力を持った人間の脅威を知らしめる事となった。後に、超能力特措法なんてものを作り、その為に殺人事件の捏造をさせるくらいには、それは大きな事件だった。ああ。そうそう。この時の記録や当事者の記憶は、神魔戦時国際法に基づいてだいたいが抹消されているから、千鳥さんには確認のしようがない話だね。信じる事ができないなら仕方ない。この話は無視してくれて構わない」

「……神と悪魔の気づきとは?」

「本来神は、信仰を集め、敬虔なる信者に権能を下賜するプロセスを経る筈だが、この時の神は信仰に関わりなく権能を与えるなんて事を作戦の一部に採用した。信仰心の代わりに、鬱屈した願望をエネルギー源としたのだ。それは『特定の方針を持たない不特定多数が権能を得る』事を意味した。その結果、都市では秩序が崩壊し暴力事件が多発し、戦争に相当する被害を出した。政府も困っただろうな。長い時をかけて国民を無力化してきたのに、ここにきて予想のつかない戦力が現れたのだから。恐らくこの事件の前に、すでに神と政府は繋がっていた。だから記録の抹消も不十分だったのだろう」

 アクマカイザーは二本目のコーヒーを開けながら言った。

「この国が完全支配されるまでは、あと30年程かかる予定だったが、予定を繰り上げてきたのは神側の提案だったのかもしれん。政府にとっては神の提案を断る理由がない。正体不明の戦力に対抗するアドバイスを受けられる絶好の機会であり、アドバンテージは自分達にあると信じられる。そして対策が実際に有効かどうかを試せる下地は、既に完成していた。何よりこの戦いで、神の横暴さが露見した事をきっかけに多くの戦士が悪魔界に取り込まれた。政府は早く解決策を講じて安心したかった事だろうな。例の戦いでは、何の訓練も受けていないような一般人が、熟練の戦士と互角に戦ったり、たった十数人で悪魔の最高戦力を足止めできたりする場面も見られた。当時の神たちは、教義に基づいた信仰心が無くとも、別の想念をエネルギー資源にして戦士を量産できるが、教義が無い故に統率が取れなかった事が大きな課題だと議論し、悪魔もまた、願いの察知や解決方法を見直して、取りこぼしを減らすべきとの意見が出た」

「なんだか聞いてると、どっかの会社みたいな感じですね」

「ははは。上手い例えだね。そして神と政府には先手を取られた。『ならば一度、人々に死を想起する問題をおこさせ、その解決方法を提示して信心を得てはどうか』と案が出て、それは採用された」

「完全にマッチポンプの手法じゃないですか!?」

「完全にマッチポンプだね。何百年も使われてきた手法だ。まあ、何百年も使われるのは、何百年も『騙される人間が後を絶たない』からなのだがな」

「だから、超能力者は人殺しで危険だなんて話に……」

「そうだ。当初の予定では、死を予感した者たちの中から神官戦士に相当する能力者が現れ、超能力者と戦う算段だったようで、これには現状失敗しているものの、結果として国民の行動制限や差別意識への誘導には成功している。これまで何の問題もなかった訳ではないが、ずっと共存できていた存在なのに、超能力者の危険性を強調して伝え、わざわざ共存する選択肢を人々から奪ったのだ。有名人や権威ある人間を使って口裏を合わせて扇動した。ついに超能力者の怒りの矛先は一般人に向いてしまった。この組織は元々『政府に憲法を守らせる為の具体的な戦力』として機能するはずだったのだが、今では超能力者の暴走を食い止めるのが精一杯という有様(ありさま)だ。まんまと神の戦略にやられた形になったな」

「え」

「ん?」

「……この組織って『政府に憲法を守らせる為のもの』なんですか?」

「そうだよ? あー、それは聞いていなかったのかあ。……あやつめ。忘れていたのか。あるいは我に説明させたほうが分かりやすいとでも思っていたのか。いや、あやつ自身の目的は別だからな。あえて伏せていた可能性まである」

 モモピンクの目的は別? 千鳥はまた疑問が増えた。超能力者の人権保護や憲法を守らせる事以外に、彼女に目的があるのかと。

「かつて、悪魔にこう願った男が居た。『国を変えたい。その為の政治活動を戦い抜ける力と、助言を求める』と。悪魔は反政府組織の立案をした訳ではない。その男は政治活動を行うにあたり、他の政治家がきちんと憲法を順守する方法は無いかと考えた。その男自身はほぼ不死身の強さを持っていて、暗殺などには充分に対抗できるのだが、それだけでは違憲行為を防止できない。残念ながら特別な場合を除き、悪魔の力で人を洗脳して言う事を聞かせるのは禁止されているので、男は政治家ににらみを利かせる民間の組織が必要だと結論した。それがこの組織だ。普通の人も勿論いるが、超能力者を積極的に集めて少数でも戦力となるよう計画した。そのかいあって、超能力特措法ができる前に多くの人を保護できた。我らがこうして活動できているのも、その男の先見と悪魔の助言に基づいた努力あってのものだな。しかし本人が現場で動きたがるものでねー。実質的な指揮を、我やモモピンクが担うのはいかがなものかと思っている」

「こ、この組織も一枚岩ではないのですね」

「そうだよ。そして今、この組織も国民も分裂の危機にある。まずはモモピンクと合流しなければいけない。あやつがもし興奮して、暴走して、間違って人を殺めでもしたら大変な事になる」

 モモピンクは既に警察官の喉を潰すような事をしているのだが、それは大きな問題ではないらしい。

 ああ。そうか。ヤクザやマフィアにも劣る小規模組織が国を相手に戦えているのは、悪魔が関わっているからだと千鳥は納得した。

「でもちょっと待って下さい」

「うん?」

「その話だと、神と政府は超能力者を敵視していて、言ってみれば『恐れて』いたんですよね? どうしてわざわざ特措法なんて作って差別を誘導し、自分達の敵を焚きつけるような事を?」

「内戦を起こしたいのさ」

「神なのに!?」

「神だからさ。商材だけあっても需要が無いと売れないからな。戦争となれば多くの人が祈るだろう。困窮する者が増えるだろう。そこに『救いの手をさしのべる機会』が生まれる。『死後に楽園へ行ける』なんて言うだけなんだから楽なもんだ。過去には『異教徒を殺せば天国へ行ける』なんて扇動の仕方をした団体もあるね。政府は、神の力を借りられるから強気だった。本来は反乱を恐れる立場だが『充分に対抗できる見積もりがあった』から強硬策に打って出た。戦争被害や大災害は人々の心を弱らせ、正常な判断力を奪う。『正常な判断力を奪う』のは『元々あった予定』だ。そして支配を行うにあたり、消しておきたい不安材料を炙り出し、反乱の目を摘むのに内戦は最適だ。実は改憲自体が『反抗勢力をおびき寄せるためのエサ』なのだと我は思っている。さっき千鳥さんも言ったが、いくらでも、やろうと思えば違憲行為ができるのに、これ見よがしに改憲を主張するのは『憲法が健在の今はまだ大丈夫だ』と誤解している人の数と、『このままでは政府を打倒するしかない』と認識している人の数をなるべく正確に把握したいのだろう。『後で一方的に殺す為に』な。そして改憲を行ってしまえば、先ほど話したようにいくらでも言論統制ができる。神は信者を増やし、政府は反乱分子を見つけて排除できる。ウィンウィンの関係な訳だ。これが実現したなら、これまでとは比べ物にならない情報量で人々の前提認識を塗り替えてしまうだろう。前提認識をどのように持つのか、その重要性を簡単に教えようか『魔女は水に沈まない。水に飛び込み、浮けば魔女であり、沈んだままなら人間である。では水に飛び込み、潔白を証明したまえ』なんてのが『公正な裁判』だった時代がある」

 千鳥は寒気がした。魔女なんて架空の脅威を生み出し、誰が魔女だか分からない、魔女を見つけ出さねばと人々を煽った時代は確かにあった。その恐怖は、どんなに信憑性のない話も信じて従う人を生み出した。水に沈んだままなら人は死ぬなんて、どんな時代の人だって分かっていたはずだ。つまり「魔女ではない人が死ぬ」事になっても「魔女を見つけ出して、被害を減らす為なら仕方ないと考える人」が、それだけ居たという事だ。神や悪魔が実在した前提に基づくなら、確かに魔女はいた可能性も否定できないが、「提示されたその方法では問題を解決できないだろう」と千鳥にだって分かる。超能力者にまつわる今回の事件は、まさに現代の魔女狩りそのものだと思った。

「つまり政府は、『いつ起こるか分からない反攻に備えて準備する』段階を終えて、『勝てる準備は整ったのでとっとと開戦して勝っておきたい』のだよ。そして国民が超能力者に協力して庇い建てしないように特措法を作り、メディアを使って人々を差別行為へ誘導した。今回の作戦が上手くいかなくても、二段目、三段目の作戦で反抗勢力を潰せるように準備しているだろう。モモピンクの見て来た未来では、国民と超能力者の共闘はできているようだが、それでも苦戦しているのなら、これには一定の効果があったようだな」

 現状でもついていくのがやっとなのに『二段目から先もまだある』のかと、千鳥は目眩がした。

「おっといかん。大事な事を言い忘れるところだった」

「な、なんでしょう?」

「千鳥さんに当初期待していた役割は、この組織の広報活動だった。人々に人権の大切さを説き、弱い立場の者を勇気づける仕事だった。しかし、既に事態は当初の予定から大きく外れてしまい、広報に割く労力を確保するのが難しい。すまないね。この先、もしかしたら仕事がないまま肩身の狭い思いをするかもしれない。離脱の相談はいつでも受け付けるつもりだ。心にとどめておいてくれたまえ」

 千鳥はアクマカイザーを、なんて凄い方なのだろうと評価した。このような混乱、せわしない状況で、まだ他人を思いやる事ができるのかと感心した。

 その時、ふと思った疑問を千鳥は尋ねた。

「でも、今回の事に神が関わっていたなんて話、どうやって調べたんですか?」

「我の部下が集めて来た情報を基にした推論だ」

「あれ全部推論なんですか!?」

「かなり確度は高いのだが、『神が関与している』部分の決定的な証拠はない。ああ。だからね千鳥さん。君は我を疑っているかもしれないが……」

 千鳥は内心を見透かされたようで驚いた。

「我はまだ、『アクマカイザーを名乗るただの空手家』でいる必要があるのだ。ただの人間にできる範疇で行動し、助言するだけの男でいる必要がね」

 千鳥は、きっとさっき言っていた神魔戦時国際法が関係しているのだろうと察した。

「む。見えたぞ」

 いつの間にか車は、ショッピングモールの駐車場に入っていた。すでに炎の蛇がはっきり目視できる距離で、千鳥たちは下車して一目散に剣崎たちが戦っていると思しき現場に走る。そこで目にしたものとは。

「あっはっはっはっは! いやー楽しいですねえ。憧れのピリカラ戦士と共闘できるとは感無量でございます。どうしましたお二方。私に遠慮せずどうぞこの悪党をしばき倒して下さい!」

「アンア……ひ! アンひ! ア、ぎゃあ!!」

 モモピンクの全力の攻撃を必死に回避し続けながら、変な叫びをあげるアングリイと、それを見守るしかない二人のピリカラ戦士の姿である。

 アングリイは、決してふざけているとか変な叫びをあげる癖がある訳ではなく、「アン・アン・グリイ」を唱えて瞬間移動をしようと試みているのである。音声認識だけでなく、一応手動での操作もできるように装置は設計されているが、口で言うのも難しいくらい攻撃をされてそれをかわさなければならない状況で、手動での操作なぞ出来る訳がなかった。

 千鳥とマカオを除く組織のメンバーは、モモピンクの戦闘能力を正確に知っている。詳しい経緯は分からないが、モモピンクが男性一人を殺そうとしている事は明白であった。

 ルドルフがキレた。

「あんの馬鹿女ああああああああああああああ! どんだけ状況を引っ掻き回すつもりなんだああああああああああああああああ! ここまでの我らの努力を無駄にする気かあああああああああああああああああ!」

 他のメンバーも叫びはしないものの概ね同様の気持ちらしく、うんうんと頷くなど、ルドルフに肯定的な仕草を見せた。

 誰もが感情的になっている雰囲気の中、千鳥は「いつのまにか、悪魔王というキャラクターのモデルなんかじゃなく、もう彼を悪魔王そのものだと認識させられてしまっている自分」に気づき、前提認識というのは本当に大切なのだなと、冷静に考えていた。

「そういえばアクマカイザーさん」

「なんだい?」

「この組織が武力でもって憲法を守らせるって言うのは、テロにはあたらないんですか? その、悪魔的にオッケーなのかな? って思ったんですが」

「テロリズムとは『武力を背景に政治的な要求を達成する思想』を指す。そして憲法とは国の最高法規だ。順守される事は当然で、これは『政治的な要求』にあたらない。公務員にはそもそも憲法の擁護義務があり、それは第99条で定められている。これを守れと主張するのは国民の正当な権利であり、それ以外を求めておらず、立法権その他を一切侵害していない。『よって当該組織は政治の健全性を一切脅かさない』として、悪魔の王様が許可したそうだよ」

「……なるほど」

 そんな事を質問する余裕があるくらいには、冷静だった。


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― 新着の感想 ―
まるで社会の授業を受けているようでした(笑)というか学校で教わるより有意義な授業ですね(苦笑) しかし、このお話を読んでいるとほんと…この国に対して怒りが溢れますね。 「二次元のイラストなら、コンビニ…
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