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第十三章「誤解しないで欲しいのだが、この物語の著者はアニメや特撮が大好きである。大好きだからこそ、大好きな物について考察するのは自然であり、それは半端には行われない。それが絶望に繋がったとしても」

 状況を整理しよう。

 未来からやって来たスーパーヒロインを自称するモモピンクなる人物の目的とは、悪しき政府主導のもと行われる改憲を阻止し、未来に平和をもたらす事である。

 悪法を定める者はすなわち悪人である。悪人が先導した改憲は、人々の人権を著しく制限し、奴隷制を実現する恐ろしいものだった。

 未来の政府は、超能力者をはじめとした多くの恐怖を煽り、徐々に増税する事で、人々から冷静な判断力と生活基盤を奪う戦略を主軸に、これを実現した。

 だがモモピンクの行動は、むしろ改憲のきっかけである緊急事態宣言の発令を早めてしまった。その結果、ゆるやかではあるが行動制限が実現してしまった。例えば外出等の自粛の強要である。本来は憲法違反であるから国民はこれに抗議すべき立場だが、超能力者を脅威だと信じた人たちは政府に守ってもらえる事を信じてこれに従ってしまっている。

 ここで超能力者が更なる暴動でも起こせばますます立場を悪くしてしまう。なぜなら行動制限のきっかけとなったのは超能力者だと周知されていて、人々の多くはこれを信じているからだ。

 警官が人を殺したとか、多くの人が目撃した犯罪事件の容疑者が裁判で無罪になったとか、殆どの人にとってそれは対岸の火事であり強い怒りを想起させるには足りないが、自分自身が迷惑をこうむったならば反応も変わる。

 自分達が辛い目にあっているのは全て超能力者のせいだと、世論は形成されていた。

 超能力者の多くもまた、政府の主張に同調する一般人を嫌悪していた。

 このタイミングで野火太郎が暴走する事は、モモピンクにとって非常に都合が悪い。

(最悪の場合、これまで我慢していた者たちが野火太郎に同調して我慢できなくなり、連鎖的に超能力者の暴動が起こり内戦に発展する。……それはいい。人々が自身の選択で、自由を勝ち取るために戦うのならむしろ望むところ。しかし、早すぎる! 準備が全く整っていない。このままでは政府に勝ちを取られてしまう……!)

 それはつまり、戦争被害の責任が超能力者に押し付けられるという事だ。「これら超能力による被害を未然に防ぐためにも改憲は必要だ」なぞと言われれば、それだけで人々は改憲を受け入れてしまうかもしれない。

 改憲の内容をよく見もしないまま、どこかのインフルエンサーが雑な解説をしている動画で全てを判断してしまうかもしれない。

 モモピンクは走った。

 屋根から屋根へと飛び移り、時に電柱や壁を蹴って体を浮かし、更なる高みへ移動する。

 そうすれば地形を俯瞰(ふかん)して把握できる。

 道路を使わないため、車や通行人にぶつかる心配もない。

 つまり、動く障害物に悩まされる事が無い。

 かわりに建造物を乗り越える高度な身体能力が要求されるが、そもそも国を相手に喧嘩をしているモモピンクの身体能力の程度が低い訳は無いのである。

 モモピンクは努力家だ。政府と戦うと決めたその日から、鍛錬を積み続けた。

 窓のサッシ、雨どいにつながるパイプを止める金具、エアコンの室外機、ブロック壁のくぼみなど、足をかけられそうな場所、指をかけられそうな場所を素早く探して利用し、わずかに上下動をはさみつつ、モモピンクはほぼ一直線にショッピングモールを目指した。

 実は気を付けなければいけないのは、上る時よりも下る時だ。

 極端な高所から落ちては骨や関節が耐えきれずに怪我をしてしまう。

 時に遠回りをする事になっても、確実に下りられるルートを瞬時に判断する事も技能の内だ。

 道具を使わずに身体能力のみであらゆる場所を踏破する事を目的としたこの移動技術は、パルクールと呼ばれるものだ。

 モモピンクは、眼球抉拳などの戦闘による印象のせいで武闘派なイメージがある。

 武闘派といえば確かに武闘派ではあるが、女性である以上、筋肉の成長や体重の増加は男に及ばないのが現実である。

 しかしパルクールは「体の軽さ」を活かす事が出来る。筋力が不要とはならないが、女性である事を利点に出来る技術だった。

 道具を使わない故に軽装で高速行動できる事を活かし奇襲をかける「暗殺者のような戦い方こそがモモピンクの本領」である。

 場合によっては野火太郎を殺害してでも暴走を止める覚悟を持って、ついにモモピンクは現場であるショッピングモールに到達した。

 そこで意外な光景を目撃する事になった。


(なんだ……何が起きているんだ!?)

 ダーク・アー四天王の一人、怒りのアングリイはとまどった。

 場所はとあるショッピングモール。今日の仕事は、ここでパニックブーストの実験をする事だった。いつも通りにナメンナーを暴れさせて装置を起動し、人々の様子を観察する。もし変身ヒーローのカオスが現れたらそのままナメンナーをぶつけて戦闘テストへ移行する。そう。いつも通り、手慣れた仕事の筈だった。

 だが予定にない、ある筈のない事態が起きた。

 アングリイの正面。少し離れた場所から、勇ましくこちらを指さして名乗る青年が二人いる。彼らはこう言った。

「怒りの使者! マーボーブラック!」

 びしい!

「怒りの使者! トウフホワイト!」

 びしい!

「「二人でピリカラ!」」

 しゅば! ばん!

「悪の力におぼれし者よ!」

「ケガする前に消えるがいい!」

 それは20年以上の歴史を持つ女児向けアニメ、ピリカラシリーズの一つ「二人でピリカラ」のキャラクターだった。

 元々のピリカラシリーズの特徴は、精霊や妖精と交流する女の子たちが、なんやかんや悪い事を企む組織を相手に、時に精霊王国や妖精帝国などの架空の国を守ったり、その戦いを通して友情を深めたり人間的に成長したりを描いたドラマである。メインターゲットは未就学児から小学校低学年までとされているが、大人の男性が見ても感心を持たれる秀逸なアクションシーンが幅広い層に支持される要因となっている。

 主に「13歳程度の女子がピリカラ戦士に変身して精霊王や妖精皇帝の依頼に従い、侵略戦争に対する迎撃行為に従事する」のだから「ピリカラ戦士の存在って普通に戦時国際法に違反しているのでは?」と各所からのツッコミもなんのその。精霊王国や妖精帝国は実在を確認できない国なので、国際法の埒外なのだとして乗り切っている。

 しかし、最近のシリーズでは「男でもピリカラ戦士になれる」などの、長年続いた伝統を覆す演出が顕著になり、徐々に評判を落していた。ついには主人公の親が女の子を動物のように(しつ)けるシーンや、不思議な探知網で常に相手の位置を把握しプライバシーを無視するのが当たり前であるかのような「思想的にやばい演出」が続出し、古参のファンからも「なにかヤバい所からヤバい指示がされているんじゃないか?」と疑いを持たれるようになった。

 動物を人間のように扱う事と、人間を動物のように扱う事は似て非なるものである。「いや完全に別物」だ。

 ついに「二人でピリカラ」に至っては、初代である「二人はピリカラ」への原点回帰を謳いながらも最初から男性二人が主人公となり、今後のシリーズ展開が危ぶまれている。

 懸命な読者諸君はもうお気づきであろう。

 この二人のピリカラ戦士が立ちはだかる光景は、剣崎の幻覚の能力によるものである。


 一方その頃。ある物陰にて。

「あわわわわわ。大変な事になったですにゃー」

 剣崎がこの場にいるという事は、剣崎を監視し、追跡する任務を帯びた者、すなわちスーパイ子ちゃんもショッピングモールにいた。

 緑色の髪をツーテールにし、おそらくアクセサリーだが妙にリアルで精巧な作りの猫耳と猫しっぽを有した外見的特徴を持った少女である。

 ……おかしい。アクセサリーにしては体にあわせて揺れているというよりは、独立してぴょこぴょこ動いているように見えるが、きっと目の錯覚だ。

 彼女は携帯端末で上司に連絡を試みた。

「た、大変ですにゃ悪魔王様!」

「間違えるなスーパイ子。我はアクマカイザーだ。あと、そんなに大きな声を出さずとも聞こえる。音漏れするからもう少し小声で喋るのだ」

「分かりましたにゃ悪魔王様」

「……それで、どうした?」

 アクマカイザーの眉間に深いシワが刻まれた。

 小声にはなったものの、他の部分で苦言を呈したいアクマカイザーだったが、緊急の連絡らしい様子なのでこれ以上の時間をかけず、ひとまず彼女の話を聞く事にした。

「剣崎君が、炎の蛇と怪物の戦いの間に割って入って、野火太郎と一緒に変身ヒーローになりましたにゃ」

 スーパイ子ちゃんは常々上司に言われている通り「状況を簡潔に、要点をまとめて話す」を徹底して実行した。

「なんだと!? ……そうか。そうなったか」

「……そうか。そういう事ね」

 と、アクマカイザーの返答にマカオの声が続いた。小声にはなったものの、まだボリュームを下げたりなかったらしく周囲に聞こえていたらしい。

「え。え。どういう事ですか?」

 と続くのは千鳥であった。


 スーパイ子ちゃんが言った、炎の蛇と戦っている怪物とはナメンナーの事である。

 アングリイがナメンナーを呼び出したタイミングと、野火太郎が異世界の火炎王さんを呼びだしたタイミングが奇跡的なマッチングを果たし、鉢合わせする事になったのだ。剣崎も、悪魔王様のお店で食事をした後に何か買い物の用でもあったのだろうか、この現場に居あわせたのだから実に奇跡的だ。

 周囲の一般人は慌てふためいて逃げ出した。

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOONN!」とは火炎王さんの叫びである。

 日本語を話せるはずの火炎王さんだがノリノリで怪獣役をまっとうしていた。

 アングリイは動揺したが、さすがは元役者である。すぐに冷静さを取り戻し、炎の蛇にナメンナーをぶつけて戦闘テストに移行するアドリブを効かせた。

 正直に言って何が何だか分からないが、もしあの炎の蛇がナメンナーに類似する他国の新型兵器だった場合、自身に危険が及ぶ可能性もある。先手必勝ができるならそれでよし。たとえ勝てなくともそれなりの時間を稼ぎ、正体不明の存在のデータを集める役には立つだろうと思った。

 火炎王さんを見て「他国の新型兵器かもしれない」と発想するのは、新型兵器のテスターである故の職業病なのかもしれない。

 かくして特撮番組か何かのような盛大な衝突がおきた。

 今回のナメンナーは、モールにある噴水に設置されていた銅像と植木を合体させたものだった。大きさは人間と大差ないものの、強い防御力を持っている。全身にツタが巻き付いたデザインの動く銅像は、そのツタを鞭のように扱って炎の蛇を攻撃した。

 笑止とばかりに、炎の蛇は向かってくるツタを圧倒的高温で燃やしつくした。

 どうやら攻撃手段の相性は炎の蛇に分があるようだ。

 元々はカオスを拘束して倒す事を想定していたアイデアだったのだが、出てくる敵が違ってしまったのは仕方がない。

「ナメンナー!」

 ナメンナーは噴水を破壊した。制御を失った大量の水が炎の蛇にぶつかっていく。炎には水だと単純に考えたのかもしれない。

 たちまち、もの凄い水蒸気が発生してあたりを覆った。

 アングリイはすぐさま場所を移動した。

 視界が悪いのは相手も同じだろうが、もし大規模な火炎による範囲攻撃でもされればたまったものではない。

 火炎による範囲攻撃なぞという言葉がすぐに出てくるあたり、アングリイも現代メディアに毒された青年らしい。

 近くにあったエスカレーターを階段のように駆け上がり高所に至る。

 煙が発生するかもしれない戦いで高い場所へ移動するのは一見悪手に思えるが、いざとなればダーク・アーの構成員には瞬間移動による逃走の選択肢がある。戦況を見下ろして把握できる利点を取った行動だ。

 アングリイはナメンナーに命令して建物を破壊させ、瓦礫を投げつけるように指示しようかと思った。しかし周囲の人間が完全に避難したのか、この視界では把握のしようがない。悪事に加担しておいて何を今さらかもしれないが、アングリイはなるべくなら直接的な死者は出したくなかった。かつて剣崎に助言した事からも分かるが、悪役を演じつつも悪に徹する事が出来ないのがアングリイという人物だった。

 視界が封じられたのは痛手である。なぜナメンナーはあんな行動をとったのか。半自立行動する兵器は時々こういう不都合を発生させるのだから困ったものだと思った。

 まあもっとも、そういったデータを集めるのも自分の仕事の範囲内かと気を引き締めた。

 気を引き締めたのはいいが、アングリイはもう少し注意深く周囲を観察するべきだった。そうであれば、自分の視界を封じている(もや)が、いつまでも晴れる気配がない事に違和感を抱いたかもしれない。

 そう。アングリイはいつの間にか、剣崎の幻覚の能力により「靄がたちこめている」と認識させられてしまっていたのだ。

 悪魔王様との会話を通して心に余裕を取り戻した剣崎は、この騒動が超能力者にとって非常に都合の悪いものになると瞬時に判断した。

 なにせ炎の蛇を呼び出したと思しき人物は、剣崎が隔離施設に居た頃に何度も見かけた人物だ。きっとこの騒動の責任は超能力者にあると報道されるだろう。

 モモピンクと同様に、最悪の場合は内戦にまで発展する可能性を考えた。

 剣崎は、この状況で自分にできる最善は何かと素早く思考を巡らせた。

 幻覚を見せる事は出来ても、人の記憶を書き換えることはできない。超能力者が炎の蛇を呼び出して暴れさせている事は多数の目撃者がいる。この事実を消す事はできない。剣崎は悩んだ。

 ふと、視界の端にアニメショップの看板が見えた。

 最近のショッピングモールは本当に多彩なお店が入っている。

 剣崎はアホみたいな発想をして、そのアホみたいな発想を実行した。剣崎の超能力はそのアホみたいな発想を実現する事が出来た。

 すなわち。

「炎の蛇が暴れているのは事実だが、これは人々を脅かす悪の手先と戦う為の不可抗力だったのだと、変身ヒーローを配置する事で現場の印象を後付けで変えてやろう」

 というものだった。

 

 アクマカイザーは言った。

「恐らく剣崎君は、超能力者の暴走を誤魔化す為に変身ヒーローという記号を配置したのだ。特撮か何かの撮影だとでも思って貰えると考えたのではないだろうか」

 さすがはアクマカイザー。見事な考察である。

「スーパイ子。安全を確保できる範囲でかまわん。携帯端末で現場のライブ映像をこちらに寄こせ」

 やがてアクマカイザーの端末にナメンナーと炎の蛇の戦いの様子が映し出された。

 マカオが言う。

「やはりナメンナー。今日はショッピングモールで暴れていたのね」

 炎の蛇についてはよく分からないが、恐らく野火太郎の発火能力の延長だろうと予想した。

「いきさつは分らんが、これで剣崎君の行動の理由は分かった。しかし、あと一手たりないな」

「と、言いますと?」

 千鳥の疑問である。

「剣崎君の能力は機械には通用しない。ドローンや監視カメラの映像が報道されたなら、これで一気に超能力排斥主義者が勢いづく事になる」

「!?」

「スーパイ子。しばらく剣崎君たちの様子を録画しておけ。あとで使う。危険が及ぶと判断したら即座に退避せよ」

「わっかりましたにゃー。悪魔王様―」

 アクマカイザーは容赦なく通話を切った。

 そこでルドルフが質問してきた。

「少し良いかマカオ。確認なのだが、ナメンナーとパニックブーストはセットで運用されるのが常なのだな?」

「え? ええ。そうよ。いつもは……は!? そういえば今日はパニックブーストの波を感知していないわ」

「推測だが、これはダーク・アーにとってもイレギュラーの事態なのではないか? 

パニックブーストを起動させれば、いくらか『ヒーロー』との戦いも有利になるだろうにそれをしないのは、更なる混乱を招く恐れがあるからで、まずは事態を把握する事を優先しているように思える」

「でも、セットじゃないのは隔離施設での一件もそうなのでは?」

 そう言うのは千鳥。

「つまり、立て続けに『例外が二件起きた』という事だ。恐らくセットで運用する事は必須の条件ではない。活動を有利にするような、補助的な目的がどちらかにあるのではないだろうか。例えば、パニックブーストは平静な精神には作用しにくいなどの難点があるのかもしれない。感情コントロールが有効だとする仮説とも矛盾しない。それならば、常に鬱屈し、怒りを募らせる人々で埋まっていた隔離施設では不要だった説明が付く。……話を戻すぞ。ダーク・アーにとってこれが予期せぬハプニングだとすれば、そこに付け入るスキがあるかもしれない」

「ルドルフさん、パないわね。これだけの情報からそこまで読み取れるなんて」

「ふ。これくらいできなくては悪魔との戦いなぞとてもとても」

「悪魔? ああ、そう言えば神魔戦争に参加されていたとかなんとか……」

 ここでアクマカイザーが口を挟んできた。

「おっと。それはちょっと長いのでまたの機会にしよう。警官を倒してしまったからな。奴等の増援が来る前にこの場を離脱する」

 モモピンクがショッピングモールに向かっている間に、アクマカイザーは警官と問答の末に戦いとなり、勝利してしまっていた。

「こんな事もあろうかと、店の名義は別の人間のもので、我はバイト店員という扱いだ。外国人労働者が勝手に暴れて逃げ出したと偽装する。後の事は別の班に任せるが、売上金その他は回収しておかなくてはな」

「アクマカイザーはバイトだったの!?」

 完全に店長の風格でしたね。

「あの。モモピンクさんは一人で行かせて大丈夫なんですか? ナメンナーが暴れていて、超能力を使った戦闘になっているんですよ、ね? 連絡を取って一緒に逃げた方がいいのでは」

 千鳥が控えめに提案した。

 モモピンクがいくら強いと言っても、それは人間を相手にした場合だと思っていた。

「もちろん彼女に合流する。だがまあ、千鳥さんの懸念はきっと杞憂だと思うよ」

 アクマカイザーは金庫を開け中身を取り出し、その他に書類やら何やらをリュックに詰め、ガスの元栓をしめ、窓や正面扉を休業中の札を確認してからしっかり施錠し、店の裏手に停めてある軽トラックに皆を誘導した。その多くは荷台に乗る事になった。アクマカイザーは運転しながらモモピンクの戦闘能力について説明した。

「既に何度か目の当たりにしたと思うが、彼女は悪魔空手を使う」

「……あー。悪魔五指骨折拳とか言ってました」

「うむ。誤解されやすいのだが、悪魔空手とは悪魔が使う空手の事ではなく、元々は『悪魔がごとき力を欲した、とある武術家が考案した戦闘術』である」

「……すごい事を考える武術家がいたんですね」

 千鳥は内心で「馬鹿な事を考える人もいたもんだ」と思っていたが、話の腰を折ってはいけないと先をうながした。

「当然、肉体のみで悪魔力(あくまぢから)や神の扱う奇跡を再現する事は不可能なのだが、その武術家は結果として悪魔がごとき戦果をあげた。時々いるのだよ。人間に生まれながらも、修業や呪術的な手段で神や悪魔に並び立つ者がな。悪魔界はこの事態を重く受けとめ、すぐに悪魔空手の研究が始まった。ただの人間が容易に習得できるような手段で、悪魔の勢力が脅かされてはいけないからな」

 アクマカイザーの運転する車はショッピングモールに向かう。モールの騒ぎから逃げてきているのか、反対車線の交通量がなんだか多い気がした。

「悪魔空手の術理は、通常の格闘技と比べれば荒唐無稽とされるようなものが多く、人間が考案した技術であるにも関わらず『普通は人間に習得できず、できたとしてもごく少数。よって大きな脅威ではない』と結論付けられたが、悪魔界では軍隊格闘術に組み込まれ、後に競技化された」

「どうしてです? 悪魔の力には及ばないのでは?」

「例えるなら、銃弾を節約する必要があった時、節約した割に高い戦果を期待できる技術ではあったのだ。生来、悪魔力の運用に難があるような者でも活躍の機会が得られた。これは悪魔界の戦力増強と、いざ悪魔力が枯渇した場合の備えとなった」

「なるほど。モモピンクさんはその悪魔空手を習得しているんですね」

 モモピンクは神魔戦争に参加していたと言っていた。きっとその時に悪魔から教わったのだなと千鳥は思った。

「ああ。恐ろしい女傑だよ。ある時、我が『一度見せただけの技』を見よう見まねで身に着け、その術理を解明し、実戦で運用できるレベルまで昇華したのだからな」

「あれ見よう見まねの技だったんですか!?」

「もともと偽名で通っていた彼女だが、ついには『狂人』の二つ名で呼ばれ始めた。モモピンクとはそういう人物だ。……そう。あやつは狂人なのだ。だから急がねばならない。場合によっては人が死ぬ。それに……」


 モモピンクは狂人である。

 悪魔空手の習得は才能がある者でも非常に困難であり、その鍛錬には怪我の危険が常につきまとう。

 実際に彼女は習得までの間に何度も筋断裂や靭帯の炎症、骨折を繰り返した。

 それでも彼女は諦めず、むしろ「どのような負荷をかければ人の体はどのように壊れるのか経験で理解できる」と発想し、より人体を壊す事が得意になっていった。

 もっと強くなりたいとか、格闘競技で有名になりたいとか、そんな前向きな動機でやれる事ではない。

 体を壊せば生活が破綻する。労働できないし、貯えも治療に使う。強くなりたいとか競技で有名になりたいとかは、健康に生きている事が前提で、生活ができる事が優先の考え方だ。それは甘えでも何でもなく、当然の前提である。

 だが彼女は、それでも悪魔空手を修練した。

 彼女は動機について尋ねられると「正義を成す為に必要な犠牲を惜しんではいけませんからね」と答えるが、人権尊重派の人間としては少々不可解な動機だ。

 正義の為に犠牲は必要という言葉は、戦争をする時に為政者がよく使う言葉だ。

 国家が戦争目的を正義だと公言し、立場によって意味を変える正義を「国家の都合」に固定して国民に強要し、それで多くの人が死に、死んだ人に関わっていた沢山の人が不幸になる。

 人の歴史はそれを繰り返してきた。

 人権尊重派であれば、正義を成す為の犠牲なぞという言葉は避けるものだ。

 正義や犠牲を美しい言葉だとする誤解が蔓延すれば、いつかまた正義という言葉が使われて人々が扇動され、戦争へ駆り立てられるかもしれないからだ。

 特に日本人は、正義という言葉を聞くと無条件に「それは正義だ」と理解しがちである。正義なる言葉を発声して使うだけなら悪人にだって使える。特に詐欺師がよく使う。むしろ悪人こそがよく使う言葉なのではないだろうか。誠実な人間であれば自身の行為を常にふりかえり、改めるものだ。安易に「正しい」とはしない。

 だからこそ悪しき政府は、正義という言葉をよく使う。

 正義という言葉をまともな人間が避けるようになれば、すなわち正義を唱えるのは政府と、政府に追従する人間ばかりになるからだ。

 正義は人生経験の乏しい者、特に子供を騙すのに最適だ。その子供は十年ほどで成人となり、政府の為に行動するようになる。

 だがモモピンクの言葉に嘘はない。彼女は本気で正義の為に行動している。

 だからこそ彼女は同じ人権尊重派からも理解が得られず、狂人と呼ばれたのだ。

 恐ろしい事に、モモピンクは正義の為に人が行動する事を期待はしても、その為に人が命をかける事を望まない。むしろ自分自身の身命を賭してそれを支えようとする。そのくせ、野火太郎のような暴走する者が出てきた場合には殺人さえ厭わない思い切りを見せる。

 まるで「正義を成す事を使命として作られたロボットか何かのよう」な、理解の難しい人物だった。

 しかし今回、そんなモモピンクにも俗っぽい、理解しやすい動機があった事が発覚する。


 では話を戻そう。


 アングリイの視界を制限していた靄が晴れた。

(なんだ……何が起きているんだ!?)

 ダーク・アー四天王の一人、怒りのアングリイはとまどった。

予定にない、ある筈のない事態が起きた。

「怒りの使者! マーボーブラック!」

「怒りの使者! トウフホワイト!」

「「二人でピリカラ!」」

「悪の力におぼれし者よ!」

「ケガする前に消えるがいい!」

 剣崎は靄で視界を制限している僅かな間に、野火太郎に接触し助言した。このまま暴れては超能力者の立場が悪くなりすぎる、ここは自分に話を合わせてくれないかと誠実に話した。野火太郎はすぐに剣崎の意図を理解した。幸いにもピリカラシリーズはよく知られている番組で、野火太郎にも予備知識はあった。剣崎の簡単な説明だけで段取りの打ち合わせは済んだ。

 あとはこのまま、怪物とそれなりの戦いを演じ、ピンチを装って逃げるつもりだった。どんなヒーローアニメにだって、一回くらいは負ける回があるものだ。

 そう思っていたので、このすぐ後の展開は剣崎たちにとっても、アングリイにとっても予定にない事態だった。

 仮面をつけた女が突然現れ、ナメンナーに向かって行った。

 女は掌底(しょうてい)打ち、すなわち指をたたみ、手のひらをぶつける攻撃を行った。

 よく見ないと分からないが、女は手甲のような道具を身に着けていた。


「悪魔!鼻骨破砕拳(びこつはさいけん)!」


 悪魔鼻骨破砕拳。この技は、ただ鼻の骨を折るだけにとどまらない。破砕した箇所を起点としてその周囲の骨を割り、砕き、顔面の筋肉を引き裂きながら押し込み、脳を圧迫して完全に息の根を止める必殺の技である。

 見よう見まねで身に着けたのでその理解が正しいかは定かでないものの、モモピンクはそのように理解していた。

 鍛えた男性でも実現が難しく、特に体重で劣るモモピンクでは、ただの掌底打ちでは充分なエネルギーを得る事が出来ないように思えるが、足先から発生させた力を筋肉の運動のみで手先の作用点まで導き、それを何度も繰り返す独特の肉体運用法により必要なエネルギーを稼ぎ出していた。中国拳法における発勁のようなものだとすれば理解がしやすいだろうか。

 しかしナメンナーは半自立型の兵器であり人ではない。頭部にも骨や脳がある訳ではなく、元が銅像なので予定通りの破砕はできなかった。

 そのかわり顔面がひび割れ、首がポッキリと折れた。

 モモピンクはナメンナーの首を手近な壁に投げつけた。まだ動くかもしれないし、もしかしたら爆発するかもしれない。得体のしれない物はとっとと手放すべきとする判断だった。

 その様子を見て、剣崎、野火、アングリイはそれぞれ以下のように思った。

(素手で人ころせる女がでてきた)

(何の冗談だよ。こわ)

(……殺される?)

 これが超能力によるものか、見たままの圧倒的なフィジカルなのか判断が難しいが、少なくとも遠目には人間に見える、人間の形をしているものに初見で文字通りの必殺技をぶつける事が出来る恐ろしい人物だと分かった。

「……なんという事でしょう」

 モモピンクは震える声で言った。

「ピリカラ戦士! ついに改心したのですね!」

「……え?」

 剣崎の超能力は意識しない限り無差別に周囲の人間に幻覚を見せる。つまりモモピンクには剣崎と野火がピリカラ戦士に見えている。

 そして映像や写真でしか知らないが、間違いなくダーク・アー四天王の一人、怒りのアングリイと対立していた。

 モモピンクはピリカラシリーズのファンだった。

 子供の頃、初めてアニメを見た時に感動し、これぞ正義だと理解し、自分もかくありたいと願った理想の人物像。それがピリカラ戦士だった。

 モモピンクの行動原理の根にあるもの、それは幼少期の憧れだったのだ。

 だが近年のシリーズはまるで政府のふりまく思想に同調するような演出が過多で、彼女はピリカラ戦士に失望していた。

 だから彼女には、今回の光景は裏切ったピリカラ戦士がついに己の悪行に気づき、真なる悪と戦っているように見えてしまったのだ。


 現場にモモピンクが現れて暴れているらしい事をスーパイ子ちゃんからの連絡で知り、アクマカイザーは当たって欲しくない自分の予感が当たってしまった事を残念に思った。

「……剣崎君が超能力者の暴走をヒーローの行動だと誤魔化そうとしたのなら、恐らく後に逃走する選択をするはず。万が一にも、超能力者が実際に人を傷つけた証拠映像を作ってしまってはいけないからだ。そのリスクは現場に長くとどまるほど高くなる。超能力者として逮捕歴がある彼らが事態を丸く収めたいのなら、他の選択肢はあまりない。しかし、モモピンクがあの現場に出て行ったなら剣崎君たちは『逃げる選択肢を選べなくなる』かもしれない……!」


 モモピンクは言った。

「さあマーボーブラック。トウフホワイト。私も微力ながら共に戦いましょう。悪を我らの手で根絶するのです!」

 モモピンクは物騒な事を言った。悪の根絶とは、すなわち悪とされる者の皆殺しである。「根」を「絶つ」とはそういう事だ。

 剣崎と野火はこっそり目配せして、気配を探って意思の疎通をはかった。

 下手な事を言って謎の女性の機嫌を損ねたら危険だからである。

 理屈は説明出来ないが、この女性の言葉には何故か強い説得力があり、逆らうという選択を選びにくかった。何より、怪物の首を一撃で折る戦闘能力は脅威だった。正義のヒーローという建前で動いている以上、援軍として現れた形になる女性と戦う事も、女性を残して逃げる事も難しかった。

(ど、どうする!?)

(従うしかないだろ。殺されたいのか!)

(ずるいぞお前ら。自分達だけ生き残るつもりか)

 最後の思考はアングリイのものである。

 確かに、ダーク・アーの瞬間移動を知らない二人が自分達だけ生き残る算段を立てているのなら、ずるいと受け取られても仕方ない。

「自己紹介が遅れました。私の事は、謎のスーパーヒロイン、モモピンクとお呼び下さい」

 あと一人、ライダーみたいな名前のキャラクターが加われば、日曜朝の特別番組が作れるかもしれないなとスーパイ子ちゃんは思った。

 やはり王道。日本人なら誰もが、反政府組織の一員であるスーパイ子ちゃんですらもテレビに毒されているのである。

 だがこの中で最もテレビに毒されているのはモモピンクだ。「正義の為ならば殺人すら厭わない」という危険な毒され方をして、それを実際にできてしまうのが彼女である。


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今回も面白くてハラハラしました!
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