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 第十二章「この国は、悪党が利益を得るようにできている。もうただの一般人が幸せに生きていくには、世の中に背を向けてアニメや漫画のような格安のコンテンツに溺れるくらいしかないのかもしれない」

 野火太郎は、以前からこの国の法律はおかしいと思っていた。

 彼が以前、小さなファミリー向けレストランでアルバイトをしていた頃の事である。彼が勤務する店には駐車場があり、そこに無断で駐車する恥知らずなやからは後を絶たなかった。

 奴等はいずれも「常連なんだから大目に見ろ」だの「客が駐車場を使って何が悪い」だの「最初に店へ車で来て、食後にちょっと周りを歩いてきただけだろうが」だのと言い訳をして、己の正当性を主張した。

 店としても、「ちょっと長く駐車している」くらいの事で目くじらを立てたりはしない。「そうではない」から車の持ち主に対して張り紙をするなどして注意を促しているのだ。一時間や二時間なんてものではない、酷いものになると、朝に店を利用してそのまま夕方過ぎまで車を置いたまま帰ってこないような迷惑なやからもいた。

 店員も、店内の仕事が主であるから頻繁に外を確認する訳ではない。それでも店外清掃などで駐車場を見ると、何度も同じ車が同じ場所に停まっているのを目撃するものだから非常に嫌な気分になった。

 今回の話では、それら迷惑駐車の中でも特に酷い、長時間駐車している車についてのエピソードを紹介しよう。

 当然の話だがファミレスの駐車場は車で移動されているお客様が、よそで車をとめるような必要なく店を利用できる便利さが集客に繋がり、利益になるからこそ設置されている。野火が務めていた店は八台までしか停められない小さなスペースで、その一台分のスペースを不当に占拠されれば、「あと一台分の空きがあれば来店して頂けたお客様をお迎え出来ない」不利益をこうむる事もある。

 営業妨害に相当する行為だが、「基本的に警察は対応してくれない」と知っている民間人は、あまりに少ない。

 シフトリーダーであった野火太郎は警察に通報し、到着した警官に現場を見せながら説明したのだが、驚くべき返答があった。

 まず前提として、この国には「私有地への無断駐車を罰する法律」が無い。

 本当に無い。嘘だと思うなら調べてみるといい。きっと諸君の目の前にはパソコンなりスマートフォンなりがある筈だ。

 したがって店の駐車場に無断で駐車している事そのものは違法ではなく、「違法ではないので警察にとっても取り締まりの対象ではない」のである。

 野火太郎は当時、警察から「弁護士に依頼すれば、ナンバープレートからその車の持ち主を特定して損害賠償を求める事はできる」と説明を受けたが、同時に「訴訟まで時間もかかるし費用もかかる。そして賠償を求める事は権利なので可能だが『取り立てられるとも限らない』よ」と聞かされて唖然とした。

「なんだって? 駐車場には長時間の駐車をご遠慮願いますと看板を立てて主張しているし、明らかに営業妨害だろうに。なぜ取り立てる事ができない」

「判例は様々だけど、例えば『店の授業員に停めていてもいいかと確認したら良いですよと答えられたのでそうした』と言われたら、おたくの店ではそれを完璧に否定できるかい?」

「できるさ。できるに決まってる」

「でも会話を全て録音してる訳じゃないよね? 犯人が一月前に店員に確認したと主張したら、監視カメラのログを探すのも大変なんじゃない? データが消えてる可能性もあるよね。もう無断駐車をしないって約束を、新しく取り付ける事は可能だと思うけど、賠償まで取れるかどうかはちょっと明言できないな」

 野火太郎はもっと唖然とした。

 口約束でも契約は成立する。だから店員から停めても良いと言われたのだから停めていたと証言されたら、それを否定する材料が必要になるという事らしい。しかも「本当に店員の誰かがそう言っている可能性もある」のだ。ファミレスの店員なぞ99%がアルバイトである。アルバイトは採用のハードルが低い分、どうしても責任感や倫理観がとぼしい人材が混ざるのは避けられない。事実、野火が務める店にはそういう、いわゆる「ちゃらい」だとか「ウェイ系」だとか表現される店員もいたし、難しい日本語での会話ができない外国人の店員もいた。

 気の弱い店員が犯人に強く言われて反論できず、つい容認した可能性もある。

 酔っぱらいの相手が面倒になった店員が、つい生返事をしてしまった可能性もある。

 そして、それらの可能性を犯人が演出して捏造して事実であるかのように主張する可能性もある。

 想像したくないが、気のいいおばさんが店の損害も考えず、良かれと思って駐車を許可した可能性まである。

 それどころか、犯人が裁判の前に店員の誰かしらを買収するなり脅すなりして、自分に有利な発言をさせて、逆に訴えてくる可能性まである。

 そうした懸念を払拭した上で裁判にのぞんだとして、今後の無断駐車については回避できる算段は高くとも、そこまでに至る時間や費用などのリソースは、釣り合いの取れるものかと言われたら大変に難しい判断となる。

 店は正当な権利を主張しているだけなのに、主張すればむしろ損害となる可能性もあるのだ。

 例えば停めている車の持ち主が反社会的組織の構成員だと分かっていて、駐車されている事で犯罪に巻き込まれる可能性があるのなら、警察も刑事事件として扱うケースがあるそうで、その場合には警察に任せればいのだが、基本的に店舗スペースに迷惑な人間が駐車しているというのは民事事件となる。これは「当事者が弁護士に依頼するなどの手段を通し、裁判を起こして解決するもの」であり、警察は民事不介入の原則に基づいて対応してくれない。

 いくら働いても国から金を巻き上げられるこの時代、何とかして店の営業を軌道に乗せ、軌道を維持し、従業員に高い給料を払って経費を切り詰める為にいつも忙しく働いている店長に、弁護士を探して依頼し、土地の管理者として裁判に関わる時間を作る事は極めて難しい事だった。

(もしかしたら犯人はそこまで考えてこの店を選び、都合のいい駐車場として使っているのかもしれないな。なんて卑劣なんだ!)

 第三章での言動からも察せられる通り、野火太郎はとても強い正義感の持ち主だった。

 野火は何とかして犯人に痛い目を見せてやりたいと思って警官に質問した。

「……私有地への無断駐車は取り締まりの対象にならないというのは理解しました。では、例えばレッカー車などを用意して、この迷惑な車を公道まで移動させたら取り締まってくれますか?」

 この車は土地の管理者の所有物ではない。だからそれを土地の外にはじきだすのならどうだろうかと思った。公道であれば道路交通法に基づいて対処してくれると期待した。

 警官は答えた。

「よく言われるんだけど、それ『自力救済』って言ってね、『法的に認められない』行為なんだよ」

「…………は?」

「自分の権利を守ったり回復する行為を『裁判せずに自力でやっちゃいけない』って決まりでね。簡単に言うと、自分の権利や利益が侵害されていても、他人の物を勝手に動かしたり、権利を侵害したりしちゃいけないんだ。料理の代金を払えないって言った人の持ち物を勝手に売ったりしちゃいけないとか、盗まれた物を見つけたからと言って勝手にとりかえしちゃいけないとか、今回みたいに邪魔だからといって車を勝手に動かしたりだね。法的な手続きが必要になる」

「……は!? 私有地に勝手に停めている車を、土地の管理者が動かしちゃいけないってのか!? なんだそのふざけた話は!」

 本当に警察にこう説明される。嘘だと思うなら警察なり弁護士なりに確認するといい。

「じゃあ私有地に無断で車やらを置かれてしまった人はどうすればいいんだ!」

「さっきも言ったけど、裁判をするか、それが駄目なら当人どうしでの話し合いかな。先に言っておくけど、車に傷をつけたり動かせないように細工をする事も、持ち主への侵害となって罰せられる事があるから注意してね。例えば張り紙をして、その時につけたテープで塗装がはげたりして損害賠償を請求された例があるよ」

「私有地に勝手に車を停めて、土地の管理者が警告の為に張り紙をして、それで車に傷がついたり塗装が剥げたら『勝手に車を停めた側が土地の管理者を訴える』だと!?」

 信じられない話だが本当である。

 無断駐車された車には手出しができないし、損害賠償をとれる確実性もないし、確実に時間と費用はかかる。そして放置すれば放置されただけ、店は得られた筈の利益を得られない状態が続くのだ。

 当人同士での話し合いが成立しなければ、裁判を行う他なく、つまり「裁判に時間と金というリソースを割ける人だけが自身の権利を守る事ができる機会を得る」のである。

 クソのような社会だなと野火は思った。

 そして駐車場になかなか犯人は帰ってこない。いつの間にか車を停めていつの間にか消えている。つまり当人どうしでの話し合いがいつまでも出来なかったから、こうして警察に相談しているのである。

 なお、この一連の行動だが野火太郎は勤務時間外におこなっている。いわゆるサービス残業である。店の業務スケジュールは迷惑行為への対処を前提に設定されていないから、普段の仕事を滞りなく進めた上で警察への相談なぞ残業でやるしかないと野火自身が判断してそうした。

 無断駐車とは、かくも恐ろしい人災なのだ。

 だが野火太郎は諦めなかった。

 野火は店外を映す監視カメラの映像をつぶさに観察し、犯人の行動パターンを割り出す事から始めた。まずは、特に迷惑な長時間駐車の犯人を特定しようとした。野火のシフトは休憩込みで八時間である。その野火でさえ、いつ駐車して、いつ消えているのか把握できない、一番酷い無断駐車から手をつけた。

 驚くべき事に、その車は十時間以上も駐車している事が常だった。悪質にも程がある。その車のドライバーが普段戻ってくる時間にあたりをつけて駐車場に張り込み、ついに現場をおさえた。

 野火は店が迷惑している事を伝えた。だが犯人は自分の非を認めない。想定通りだ。野火は会話を引き延ばし、直前に連絡した警察が到着するのを待った。

 迷惑駐車そのものは取り締まりの対象でなくとも、喧嘩に発展する可能性があるのなら警察も来ないという事は無い。

 ふてぶてしい犯人も、警察が来たとあっては余裕が少し消えた。

 こうして警察を間に入れた交渉を行って二度と無断駐車をしない約束を取り付ける事に成功した。残念ながら損害賠償は請求できなかったが、店はこれ以上この車による長時間駐車には悩まされなくなったし、野火も良い事をした満足感が得られた。


 だがこの話には続きがあった。


 犯人は知人にこの店の駐車場を紹介したのだ。

 何が起きたのかと言うと、今度は犯人の知人が店に無断駐車をするようになったのである。悪党の情報網で、この店の対応は共有された。むしろ頻繁に、とっかえひっかえ別の車、別の人が無断駐車を繰り返すようになった。

 裁判をせずに警察を呼んで対応した事から、この店は裁判をする気が無いか、しても勝つ自信がない店なのだと思われたらしい。悪党どもの中に法律に詳しい者がいたのかもしれない。

 いつ終わるともしれない悪意の連鎖に対応し続ける事は、野火太郎個人では不可能と言えた。

 最終的に勝利したのは悪党の側だった。

 時給も出ないのに、仕事時間外でも店の為に、正義の為に頑張った野火の苦労は報われなかった。

 店長は彼を責めなかった。つまり悪党にはそういうネットワークが既にあった訳だから、野火が行動しなかったとしても遅かれ早かれ同じ結果になったかもしれないからだ。悪党にとって都合のいい駐車場扱いされる未来は、どうあっても訪れていた可能性が高い。むしろ野火が積極的に行動し、警察とも話をした事で「具体的に何ができなくて、何をするべきなのか」を知る機会が得られた。

 ついに店の駐車場を殆ど占拠されるようになりガラの悪い人間が店の内外でたむろする事が増えた。経営も悪化し、野火を含めた従業員が全員、職を失う事態となったが、その時の店長は今も元気に別の場所で店を経営している。きちんと顧問弁護士と契約し、迷惑行為には粛々と対応する余裕がなければいけないと反省した店長は、増えた経費をまかなう為の人件費削減策として、セルフ式サラダコーナーやセルフ給水のシステムなどを導入して対処した。

 店員の誰かが長時間駐車を許可したと証言されても反論できるよう、「私有地につき店主に無断で三時間以上の駐車をする事はお断りします」「ご了承頂けない場合、車のナンバーは顧問弁護士に連絡して相談いたします」「なお御病気など不測の事態である場合はその限りではありません。店主までお知らせください」と明記された警告文書を用意した。

 警告文書はテープなどで貼らずに、車のワイパーにはさみ、その紙を取り除く様子まで監視カメラの録画による証拠を揃えて弁護士に連絡するようにした。

 そして店員が無断で駐車場利用を許可してしまうような事態を未然に防ぐため、店主に相談なく土地を利用させるなどして損害を発生させた場合には賠償を求めると契約書に明記した。面接の段階で説明を徹底した。そもそも店主に相談しないのが非常識な行動なのだから、少なくともこの程度の常識をわきまえている人間をふるいわける役に立った。むしろ店の雰囲気は前よりも良くなった。

 店長は野火を許してくれたが、野火は自身を許せなかった。

 勝手な都合で他人の権利を侵害するような人間を許せないし、それとまともに戦う事すら出来なかった自分の力不足が許せなかった。

 客観的に見て野火太郎は充分に健闘したと思うが、彼が自分を許せないのなら、その怒りは他人がどう言葉をかけても治まるものではないのだろう。


 彼の内にはずっと、そういう怒りの炎がくすぶっていた。


 そして、超能力特措法ができた。

 超能力者は超能力者というだけで権利を奪われるようになった。

 彼自身が目撃した訳ではないが、超能力者だと疑われるだけで虐めや嫌がらせを受ける人もいるらしい。

 ついに緊急事態宣言が発令され、国民の「超能力者を排除しなければならない」「これに賛同しない者は非国民で、同様に排除しなければならない」という気運は、どんどん高まっていくように見えた。

 ついに、超能力者ではない事を証明できないのなら物を売らないし、建物に入れないし、話もしない、そんな冗談か悪夢のような世界に世の中は様変わりした。

 どこだか知らないが道路に看板を設置し「超能力者は入ってくるな」と拒絶の意思を表明する市だか県だかもあると言う。

「人の土地に勝手に物を置くような人間が放置されて、何も悪い事をしていないのに超能力者だってだけで、当たり前の権利を失うのか……」

 人間の生活は個人の働きでは完結しない。

 農耕を行う者。物資を流通させる者。エネルギーを採る物。水道を管理する者。その他もろもろ。人間の社会とは、人が生きていく為に必要ないくつもの仕事を分担して行い、それぞれの働きに応じた金銭を得て、金銭を基準とした取引で、自身に必要な物を揃える事で生活を成り立たせる事が前提となっている。

 売り買いや移動をするのに、人が人を選別する事が当たり前となったこの世界では、超能力者は生存権が成り立たない。

 恐ろしい事だった。「あれは人殺しかもしれない」という恐怖に基づいて、特定の属性をもった人を社会から排除しようという意識が「新しい文化として根付こうとしていた」のだ。それはつまり……。

「……そうか。死ねと言われているのか」

 唐突に、野火太郎はそのように理解した。

 嫌いだとか、憎いだとか、そういう感情ではない。野火太郎は悪人以外から嫌われたり、憎まれたりするような事をした覚えが無い。

 政府が超能力者を恐ろしい存在だと主張した。

 国民はそれを信じた。

 超能力者は、放っておけば沢山の人を殺す存在なのだとデマが流れた。

 国民はそれを信じた。

 国民が一丸となって、超能力者を世界から排除する取り組みに参加すれば、必ずやそれは成し遂げられると誰かが言った。

 国民はそれを信じた。

 そして攻撃が始まった。すなわち差別である。

 統計的なデータや、臨床や、考察をすっとばして「偉い人や高学歴の人が言っているのだから正しいに決まっている」とする権威主義的な思想が野火たちから生存権を奪った。

 何もしていないのに、野火太郎は死んだ方が良い存在だとされてしまった。

 どこかの誰かが「施設に居れば生きられただろう。生存権は保障されている」と言っている気がした。馬鹿な事を言うな。奴隷となって生きていく事なぞ許容できるものか。

 野火は脱獄してからあてどなく彷徨っていた。ショッピングモールに辿り着いたのは偶然である。そこは社会の縮図のように思えた。そして世界の変わりようを目の当たりにした。建物に入る事も出来ないから、周りをぶらついてみた。

 野火がちらりと道の端を見ると、見るからに不良だと判断できる青年たちがゲラゲラと笑っており、「超能力者なんか俺がぶっ殺してやんよ」と聞こえて来た。どんな会話でその言葉が出て来たのかは知らない。

「やれるものならやってみろ」

 野火の心は、ここで限界をむかえたのである。

 (わら)の一本がラクダの背を折る。という言葉がある。

 重い荷物を運ぶ事ができるラクダだが、どこまでも重い物を背に乗せられる訳ではない。必ず限界はあり、その限界とは、最後に乗った藁一本分の重さかもしれないとする戒めの言葉だ。

 隔離施設でルドルフの助言を受け、攻撃的な行動は自重(じちょう)すべきとしていた野火太郎だが、空腹や疲労、心的負担、それらがついに彼から冷静な判断力を失わせた。

 元の歴史では、妹の死をきっかけに怒りで覚醒した太郎だが、この歴史においても同様の衝撃が彼を襲っていた。

 ダーク・アーのパニックブーストである。

 元の歴史ではカオスによって阻まれていた為に、ついに妹の訃報を知るまで覚醒しなかった野火太郎だが、彼は施設を脱獄する前後でパニックブーストの波を浴び、既に能力を扱う為の「気づき」を得ていた。

 モモピンクの行動、そこから繋がるルドルフの行動がほんの少し違っていれば、もしかしたら今回の歴史における脱獄事件の主犯は二人だったかもしれない。

 すなわち「ロードオブジャスティス」剣崎斗真と、「火炎王」野火太郎である。

「うううううううううううううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」

 修業の最中、野火は自身の炎を観察する事に注力した。

 そして「見えているこれは、実は炎ではないのでは?」と疑いを持った。

 ルドルフの言っていた「神」や「悪魔」といったワードもヒントになった。

 よく分からないが、この世にはそう呼ばれる存在があり、戦争までやっているらしい。

 では、神話や伝説に登場するような他の生き物もいるのではないか?

 例えばそう「フェニックス」や「サラマンダー」のような、全身から炎を噴き出しているような、生物学的に有り得ないデザインの生き物もいるのでは?

 答えをもう言ってしまおう。

 野火太郎が使っていたのは「召喚魔法」だった。

 ここではない別の世界とこの世界を繋げ、この世界とは別の原理で存在している物を移動させる才能だったのだ。

 野火太郎が今まで出現させていたのは、大きな炎の蛇と呼ぶべき怪物の「舌先」に過ぎなかった。

 炎のように見えるが炎ではない、もの凄い高温の舌先だ。

 野火太郎の雄叫びと共に出現し、彼を中心にぐるぐるとした動きで上へ上へと昇っていく蛇の頭が、じろりと地上を見まわした。その光景は、遠目には炎の竜巻に見えたかもしれない。

 蛇は言った。

「我は火炎王! 大いなる原初の炎を今に伝えし氏族の王! 不浄なるを清め、土に返す者なり!」

 いかなる作用によるものか、異世界の蛇は日本語を理解して話した。

「ふむ。……我を呼んだのは汝か」

 火炎王は野火太郎に言った。

「驚嘆すべき事だ。ただの人間が自力で異空間を繋げ、流入出する微細な物質すらコントロールしてみせるとはな」

 野火太郎は無意識にやっていたが、これは非常に危険な行為だった。別の世界の大気が流入すれば、どんな毒素が運び込まれるか知れないし、別世界が連結する事による瞬間的な物質の衝突は、最悪の場合「核融合」がおきる可能性まであった。

 言い方を変えれば、野火太郎は「ちょっと手を抜いて能力を使うだけ」で核融合爆発を起こせるようになった。まさに「火炎王」と呼ばれるに相応しい能力だった。

「……よく分からんが、火炎王よ。あなたは私に協力してくれるのか?」

 何となく能力の輪郭(りんかく)を掴んでいた野火太郎としても、ここまでの事が出来るとは思っていなかったので少し驚いている。「やはり感覚で物事を実行するのは危険だな」と学びを得たが、それはそれとして目の前の事に対処しなければならない。呼び出されたと言っているこの火炎王さんは、果たして友好的な存在なのかどうか確認しなければならなかった。

 不当な逮捕、不当な裁判、不当な生活を乗り越えた野火太郎は「もうこれ以上なにに慌てる事がある」という境地に至っていた。

 火炎王は答えた。

「うむ。最近は異世界転移モノがブームでな。我も一度は意思に反して召喚され、なんやかんや戦いに巻き込まれるというのをやってみたかった」

 ものすごく俗っぽい理由で異世界の火炎王さんは野火太郎に同調する事を約束してくれた。小説なのかアニメなのか、異世界の文化についてはよく分からないが、火炎王さんはそういう物が好きらしい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 今回のお話は、ミセスクイン先生のお話の中でも群を抜いた苦しいお話に仕上がってますね。この構成は普通の人では書けない、こんなお話を書けるなんて普通に尊敬します。 [一言] こんなお話を書ける…
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