2. この町は好きだけど
20年の歳月もあれば、町は変わるだろう。しかし、ここまで変わる町も珍しいのではないか。
東山1丁目、もっと細かく町会名で言えば木町二番丁に住んで40年以上になる木倉貴子は、最近複雑な思いを抱いていた。
通り一本挟んだ裏はひがし茶屋街という立地ではあるが、元々は極々平凡な住宅地だ。同じ通りで観光客が来そうな所と言えば實相寺の向かいにある高木糀商店くらいで、あとは普通の家々が立ち並んでいる。道も車1台が通るのがやっとな細さで、お客さんを下ろしたと思われるタクシーが通るくらいで県外ナンバーの車は滅多に来ない。
金沢市が観光に力を入れ始めた約20年前、お茶屋の建物が集まった地域では道が石畳風に変えられたり街灯がレトロなものになったりしたが、通り一本挟んだ地元は変わらなかった。たまに茶屋街目当てで来た観光客も、ちょっと入っては“何もない”と分かってすぐに引き返していった。だから、軋轢なんか存在しなかった。
しかし……そんな状況も変わって来たのは、新幹線が開業するちょっと前からだ。
最初はお茶屋が集まる地域やそこに通ずる道で、普通の家がお土産屋や飲食を扱うお店に変わり始めた。観光客が殺到するようになると煩わしさや不便さを感じるようになった住民が他の地域へ引っ越すようになり、空いた家に商売目当ての外部の人間が入る、という事も珍しくなくなってきた。
変化の波は、貴子の住む二番丁でも現れ始めた。若い芸術家のワークショップが出来たり、観光客向けの商売屋さんが出来たり、“普通の住宅地”ではなくなりつつある。通りをレンタルサイクルで散策する外国人やガイドブック片手に歩く日本人も増えつつある。
実害が無いなら別に問題ないのだが……閑静な住宅街なのにボリューム大きめで会話する観光客、細い道なのに迷い込んだ県外ナンバーの車、明らかに地元の人は捨てないであろうタバコの吸い殻やゴミの数々。正直、弊害がないと言えば嘘になる。
変化を嫌うのは、自分が年老いたせいかしら。この町を愛しているものの、観光客がもたらす小さなストレスに、貴子は少なからず葛藤を抱えていた。まるで喉に刺さった小骨のように、貴子の心をモヤモヤとさせていた。