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第20話 魔法少女、凶刃に倒れる

 聖女が帰るとリリアナは渋い顔をしながら、自分の髪を弄んでいた。

 上手い手段が思いつかないのだろう。 今回の件は思った以上に難問なのであった。


(うーん。 やっぱトモに頼り過ぎたな。 ギルドから暗殺向けの人員を応援として寄越して貰うか? それとも……、クーデターでもいっそ起こすしかない? 聖女様には悪いが、民草に被害が出ない形なんて到底無理だ)


 いままで何度かトモのアメーバの回収には立ち会ってきたが、はっきり言ってリリアナは戦力外だった。

 戦線を維持するぐらいはできたが一人での回収など無理な話だ。

 だがこの国の騎士団はどれほどの被害が出ているかはわからないがそれをやっている。しかも各国が察知する前に迅速に、だ。

 少なくともリリアナ一人で対処できるキャパは雄に超えているのだった。


 考えに耽っていると、トモが部屋を出ていくのが見えた。


「どこ行くの?」と聞いてみると、「観光」とだけ返ってくる。

 わざわざ騒ぎを起こすようなこともしないだろうとリリアナは放っておくことにした。

 気分が乗れば、協力的になってくれるかもしれないという打算もあったのだ。

「行ってきます」の一言でトモは教会から出ていくのだった。




(その道はさきほどもう通りましたよ)


(わかってるよ! あーもうここ地下が複雑すぎ!)


 およそ一時間後、トモは未だに半地下の下層都市から抜け出せずにいた。

 クーリガーに案内を頼めばすぐに出られるだろうが、意地になっているのだ。


 上に登ったと思えばすぐに下へ、唐突な行き止まりに円形に繋がっている道など迷わせる気しかない構造に長い時間惑わされ続けている。

 その間、日も沈みかけておりこれでは観光どころではない。

 だが、この小姑のように小うるさい魔導生物に頼るのはしゃくに触るのだった。


 カンテラを持ってきていてよかった。

 この下層はやはりスラム街なのだろう。路地に行き倒れた人々も見える。

 ここで魔法の光など使って目立つのは面倒だ。

 トモはカンテラに火をともし、闇が降りた街並みを照らす。

 それでも足元までしか見えず。 この日照の少ない環境はどれほどの犯罪の温床になっているのか……、そう考えると気分が落ちこむのだった。


(あーもう降参よ。 案内してクリーガー)


(まったく最初からそう言えばいいのです。 真っすぐ戻りますよ? いいですね?)


 正直帰りたくはないのだが、仕方ない。

 リリアナを心配させるわけにはいかないだろう。

 状況的に自分が動かなきゃいけないのはわかってはいるのだが、どうにも気乗りしないのだ。

 今までは言うなれば害獣駆除だ。

 政治的な思惑などとは無縁な単純な、外敵排除。そこにこの世界の趨勢など介在することがなかった。

 だが今回の事態はそうもいかない。国家の中枢への介入なのだ。

 それを自分が帰るための足掛かりとして利用することが、あまり望ましい結果を産むとも思えなかったのだ。


 トモにはトモなりの考えがあった。

 しかし、その気持ちを推し量る余裕がある状況でもないというのもまた理解していたのだった。

 なのでこの鬱々とした気分をどうにか発散させたいと考えていたのだ。

 決断の時は嫌が応にも差し迫っているのだから。


 クーリガーに案内され、曲がりくねった道を東西南北、やっと見晴らしのいい道に戻ってきた。

 天井の隙間から月明りが差し込んでいた。

 月の光は幻想的に一筋の光を地下都市にもたらしている。

 歩く分には難儀な場所だがこの景色だけは悪くないなとトモは思うのだった。


 その幻想的な光景に見惚れていると、それを台無しにする無粋な金属音が響いてきた。

 微かに怒号も聞こえる。


「せっかく人が浸ってたのに」


 トモは気分を害され、一人ごちる。


(おそらく鎧を着た集団が走っていますね。 件の騎士団かもしれません)


「様子見にいこう。 ただの捕り物ならいいけど、聖女様の話が気になる」


(わかりました。 マイスター建物の上空から見えるルートを算出します。 カンテラは消してください。 暗視魔法で視界を補助します)


 主の命令に素早く準備を整えるクーリガー。

 それと共に、トモは壁を駆け上がり建物をの上に登ると、その上部を跳ねるように移動した。

 その姿はまるで夜の街を翔ける怪盗のようだった。


 騎士の一団は、何かを追い詰めたのだろう。

 一塊となり路地の片隅に囲むように集まっている。

 トモは見つからない様に、限界まで近づき物陰に潜んだ。

 トモが何事かと身を乗り出して観察すると、騎士団が囲んでいるのは小さな化け物だった。

 薄いボロ布を纏った異形の化け物。それを騎士たちは囲んでいるのだ。

 その化け物は涙を流していた。どうやら怯えているらしい。

 その姿を見ると、トモは違和感を覚える。


(あの化け物感情があるってこと? 多分アメーバに寄生されてるわよねあれ?)


(マイスター。 その通りです。心臓部分に寄生されていますね)


 すごく嫌な予感がする。

 アメーバに寄生された生物はみな一様に好戦的というか感情がないただ暴れ、喰らう化け物になるのだ。

 それが涙を流して怯える? その違和感にトモはうすら寒い気持ちを覚えるのだった。

 少し様子を見ていると化け物が肉体を変化させ盾のようなものを作り出す。

 それは身を守るための行為だ。

 今までの戦いでトモは何となく寄生された化け物には共通した特性があることに気付いていた。

 それは、異常な状況適応した攻撃的な進化だ。

 最初の熊は目をつぶされた事で触手が生えた。

 またある時は、巨大蛇に寄生していた時は精密な腕が生えて木々を飛び回っていた。


 だがこの化け物はただ身を守る事を選択したのだ。

 随分と消極的だ。違和感が強くなる。

 何かこれは違う。

 騎士が一人化け物の前に出る。どうやら戦うつもりらしい。

 だがそのことで、違和感の正体にトモは気づくことになる。


 化け物はその騎士の威容をみて、懇願するように「助けて」と懇願する姿がみえたのだった。

 トモは確信する。あれは人間だ。おそらく体格的に子供。

 トモはそう判断すると、物陰からクーリガーの制止も聞かず駆け出した。


 そして化け物の前に踊り出る。

 呆気に取られた騎士は一瞬動揺を見せるが、すぐに気を取り直しトモを威圧する。


「どけ! 小娘! 切られたいか?!」


 トモはその言葉に術式防御を張り、挑発した。

 剣撃を受け止め、そのやり取りのどさくさで化け物もとい子供を連れて逃げだすつもりだ。


「ふん。やれるならやってみなさいよ! そんな鈍らで私がきれるもんですか!」


 騎士は侮辱されたことに不快感を露わにすると、「ならば死ね」と吐き捨てると共に何やら呟き始めた。


「スキル請願! 絶対切断の法。神よ。我が怨敵を倒す力を与えたまえ!」


 そう言い終わると、騎士は剣を袈裟切りで放ってきた。

 トモはそれを大の字で受ける覚悟をするが、クーリガーは警告をする。


「駄目です! それは不味い!」


 その大音量の警告が響き渡ると共に、トモの身体に紅の華が咲いたのだった。


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