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第10話 魔法少女、平穏はいずこへ……

(どうしてこうなる……)

 トモがギルドの庭へ行くとそこには人だかりが出来ていた。

 酒場に居た冒険者が話を聞きつけて見物に来ているようだ。

 すでに賭けすら始まっており、加熱した周囲の空気。

 逃げられる雰囲気ではなかった。


「おぉ? あれがギルマスの相手か? いや……むりだろ?」


「ほんとに子供じゃねーか! 大穴狙いは失敗かよ!」


 トモがエステルの前に立つとそんな勝手な声が上がる。

 喧喧囂囂とした罵声にトモは委縮している。

 その姿は今から戦う者とは思えず、迷い込んだ子供にしか見えなかった。


「まったくこんなんで戦えるのかい?」


 その醜態に呆れたエステルは脇に控えるマリーに話しかける。

 それに対してマリーはただ笑顔を向けるのみだった。


「このまま続けろってことかい? ふふ、まぁいいか」


(いやいや、そのまま呆れててよ……、私は別に戦いたくないっての)


 やはりこの戦いから逃げる手段はないようだ。

 だが、やり合う理由のない戦いにどうにも気が進まない。

 トモは戦闘狂の考えることには理解が遠く及ばないのだった。


 エステルは腰帯に下げた二本のカトラスを引き抜いた。

 そのままステップを踏む。

 独特な動きだった。戦闘というより、剣舞を踊る踊り子といった方がしっくりと来る姿だった。

 妖艶さと、鬼気迫る表情に観客のボルテージも上がっていく。

 ジェイル達すらいつの間にか片手に酒瓶を掲げている。

 トモは周りのテンションに置いてけぼりになっている。


(ついてけない……。 血の気が多い人多すぎでは? てか、なんでジェイルさんたちまでお祭り気分!)


 トモは薄情な面々に涙目になりつつ、無防備に庭の中央に歩き出した。

 踊り終えたエステルは冷ややかな目でトモを見つめている。

 一歩、二歩と進み、三歩目を踏み出したときだった。

 すでにそこはカトラスの間合い内、右足を軸に時計回りの一閃がトモを襲った。


 刹那、刀剣同士がぶつかる金属音が響く。

 大きな火花が散り、いきなりの開始音に観衆は押し黙る。


「いきなりすぎない? 止めなきゃ死んでたんですけど?」


 奇襲は正確に首筋を振り抜こうとする一撃だった。

 その抗議を歯牙にもかけず、飄々とした態度でエステルは返す。


「剣士の間合いに無遠慮に近づいた代償だよ。 ところでその大剣どっからだしたの?」


 抗議を一切受け付けるつもりはないようだ。

 その勝手な振る舞いにトモは怒りに身を任せ大剣に力を込める。

 刀剣同士が競り合った体勢から強引にカトラスが引きはがされる。

 見た目通りに華奢なエステルの身体が宙に舞う。


「おしえてあげ……ない!」


 中空のエステルに上段から一閃を叩き込む。

 だがその一撃は、飛ばされた勢いのままに回転をしたカトラスに阻まれる。

 そしてカトラスを起点に勢いよく身体を回し、半身になることで大剣の一撃は空を切った。

 勢いよく叩きつけた大剣は地面を大きく穿ち、衝撃は爆発となり辺りに土煙を巻き上げる。


 その衝撃で吹き飛ばされたのだろう観客がいる辺りまで飛ばされたエステルがよろよろと立ち上がる。


「はは……、馬鹿力め! まったく舐めた態度してるからどんなものかと思ったが存外楽しませてくれる!」


 左肩から落ちた衝撃もあるのだろうが、大剣を一瞬受け止めた反動だろう。

 エステルの左手はだらんと下がっている。

 痛々しい様子だが、エステルの闘気は一切萎えていないようだ。

 それどころか、魔力が練り上げられ瞳の色が赤く変わっていく。

 その姿に周囲にどよめきが広がる。


「おいおい、あの嬢ちゃんすげぇな。 首狩り兎(ヴォーパルバニー)を本気にさせやがった」


「ヒュー! 嬢ちゃんやっちまえ!」


 まさかの善戦に観客の雰囲気はトモよりになっている。

 そんな周囲の雑音をよそにトモは雰囲気の変わったエステルの姿に冷や汗を掻いていた。


(クーリガー! いい加減黙ってないで助けてよ!)


(マイスター。 まったくあなたは……。 この戦いは逃げられませんよ。 わかっているでしょう? まさかこの衆人環視の元変身しますか? そうすればもう少し楽に勝てますが)


(ぜぇえたいいや!)


 どうやら相棒は手助けするつもりがない。

 トモの味方はだれもいないらしい。

 その事実に少し涙が出た。

 その気持ちを晴らすようにやけくそとばかりに、魔力を大剣へと込める。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! もう、わかったよ! 付き合ってあげる!」


 気合を込めると大剣を下段に構える。

 トモはやっと覚悟を決めたようだ。

 その込められた魔力に大気が震える。

 エステルはその化け物染みた魔力の片鱗に身震いした。


「やっと本気になったってわけだ。 それだけの力があって、どうしてそんな縮こまって生きてるのか、理解に苦しむね?」


「私は平和に生きたいの! あんたらみたいな戦闘狂の方が理解できないんだけど!」


 理不尽に矢面に立たされトモのストレスは限界であった。

 その原因であるエステルに本気で魔力を纏った一撃を見舞う気だ。

 そのトモの迫力に観衆はクモの子を散らすように距離を取り始める。

 エステルはだらりと下がった左腕に回復魔法をかけると、構えをとりステップを刻み始める。

 たんたんたんと、一定のリズムを刻んだ後、唐突にエステルが、消えた。


 トモは完全に姿を見失ったが、右耳が足音を捉える。

 トモは反射的に右に剣を振った。

 視線の端にエステルを捉える。


「これで終わり!」


 真横からの薙ぎ払いは確実にエステルを捉えていた。

 だが、その剣線は急に斜め上に滑るようにエステルを()()()いった。


 にやりとエステルが笑う。

 勝ちを確信した笑みだ。


(なんかやられた!)


 直感的に何かやられた事はわかったが、何をやられたかはわからない。

 勢いよく振られた剣は完全に態勢を泳がせている。

 がら空きの右わき腹にカトラスが迫る。最早態勢を戻す手立てはない。

 トモはその瞬間鈍い痛みが来ることを覚悟した。


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