双子の侯爵令息に溺愛されています?!~アップルの香りは甘い記憶~
久々の投稿となりました。
「何してるんだい?」
「ええ、少し昔のことを考えていたの」
私は暖炉の前にあるウッドチェアに腰掛けながら、ドアを開けて声をかける夫のほうを振り返る。
暖炉の火がパチパチと音を立てて、そのあとにころんと燃えている木が傾くのをただひたすら眺めるのが好き。
夫はゆっくりと私に近づいてきて、温かい紅茶を差し出してくる。
「昔っていつのこと?」
「ん? 誰かさんがお漏らしして、庭園にしたおば様がそれはもう紅茶をひっくり返す勢いでいらしたあの頃よ」
「あれはミレットが庭園の散水機を壊したからだ」
「あら、そうだったかしら?」
紅茶を一口飲むと、私の好きなアップルの香りが強く鼻孔をくすぐり、その香りに私はおもむろに目を閉じて浸る。
目を閉じると私や、そして彼らのことが思い浮かぶ。
そう、このアップルの香りのリップクリームを塗ってくれたのはーー
◇◆◇
「ミレットー!! 次の授業の教科書貸してくれない?」
「もうっ! セシルったら、いつもいつも貸してってばかりじゃない! 少しはレイを見習いなさいよ!」
「そこでレイを引き合いに出すのはずるくないか?」
「あー、なんであんたたちって双子なのにこんなに違うのかしら」
私は机の中から渋々魔法基礎の教科書を出すと、すでに恵んでくださいと言わんばかりに両手を差し出してアメジスト色の目をうるうるさせたセシルに渡す。思ったより教科書を渡される衝撃が強かったのか、彼はずしりと岩でも渡されたかのように両手を下げる。
さすがに大袈裟すぎでしょ、と思っている間にも彼はもうその茶色い髪を靡かせて廊下に出るドアまで走って向かっていた。
「ミレット、あまりセシルを甘やかせたらダメだよ」
「まあ、そうなんだけどね」
私の後ろに座るレイが机に身を乗り出して私に囁く。
先程教科書を借りに来た彼の兄と同じ茶色い髪が私に微かに触る。
するとと、彼は「あっ」と話を続けた。
「あのさ、次の休日あいてる?」
「え? 午後なら開いてるけど……」
「よかった、一緒に植物庭園に行かない?」
「あれ? あそこ管理してるハイツ公爵夫人が怪我してるからしばらく閉鎖って聞いたけど」
「その夫人の怪我がこの前街に来た医者の診察のおかげで、予定より早く治ったらしい」
「うそっ! じゃあ、行きたい! そろそろ夫人が力いれてたマリーゴールドの花畑が見頃じゃない?」
「ああ、そのはず。僕も楽しみなんだ、それ」
そんな話をしていると、次の授業の先生が教室に入ってきて、私は慌てて前を向く。
私はすでに休日のことで頭がいっぱいになる。ハイツ公爵夫人は私たちが小さい頃からよく面倒をみてくれていた。伯爵令嬢の私と侯爵令息のセシルとレイは、お茶会で夫人と出会った。行儀よく紅茶を飲むレイ、花が好きで庭園を駆け回る私、悪戯をして叱られるセシル。三者三様の私たちに声をかけて、庭園に招待してくれた。
授業も半分上の空で聞き流していると、あと5分で授業終了というところまで迫っていた。
私は授業が終わるのをまだかまだかと楽しみに待っていると、ようやくその時が訪れる。
先生は荷物をまとめて教壇を降りると、そのまま足早に教室を後にした。
「う~ん」
私はようやく終わった、というように伸びをするとそのタイミングで廊下が賑やかになる。
何かあったのかとみると、そこには見慣れた薄茶色の髪で背が高い見慣れた幼馴染の兄の方の姿があった。
彼は、いや、彼ら双子は揃ってその整った顔立ちや爵位の高さから、それはもう令嬢たちからの黄色い声が絶えない。
彼らが通れば、どんな令嬢もうっとりと恍惚の表情を浮かべてしまう。
そんな彼らと幼馴染というだけで、私はいじめをよく受けたがもう気にしなくなった。
「ミレットっ! 助かりましたー。ぜひうちで今日もお茶していってくださいな」
「わかった、そうするわ」
教科書を貸してはお礼にアフタヌーンティーをご馳走になる。これがセシルと私の間でのお決まりになっていた。
レイはそんなお茶会に参加したりしなかったり、最近はピアノにはまっているらしいから今日もきっとピアノだろうね。
「僕はピアノの練習するから、兄さんたちで楽しんで」
(ほらね、レイはホントにピアノが好きなんだから)
◇◆◇
待ちに待った休日になって、私は自分の邸宅の玄関の前でレイを待っていた。
「珍しいな~レイが遅刻なんて」
ハイツ公爵夫人の家には私の家の近くの道を通っていくから、いつも私の家で合流して馬車で移動していた。
けど、今日は珍しくレイが来ない──
約束の30分後くらいにようやくレイの乗った馬車が到着した。
「ごめん、遅くなった」
いつもかっちりしているレイにしては珍しく寝ぐせのように髪が立っていて、ああ、急いできたのだろうなとすぐにわかった。
「寝坊でもした?」
「ああ、ごめん。遅くまで本を読んでたらつい」
「そっか、レイらしいね。私は大丈夫だから行こうか。夫人を待たせちゃう」
「ああ」
二人で馬車に乗り込んで夫人の家まで向かう。
道中は1時間ほどなのでいつもなら二人とも好きな植物の話をしていればすぐなんだけど、レイは今日窓の外を見て落ち着かない。
(あ、目の下にクマが出来てる……。よっぽど本が面白かったのかな?)
普段なら目の下にクマを作るような不健康なことはしない彼。
「そんなに面白かったの? 昨日読んだ本」
「え? あ、ああ。うん」
どこか素っ気ない返事……。もう植物への興味もあまりなくなっちゃったのかな?
そんな風に過ごしているうちに夫人の家にたどり着いた。
「まあ、二人とも、いらっしゃい!」
「お久しぶりです」
私は今日のために仕立て屋で購入してきた新しいスカートの裾をちょこんと持ってお辞儀をする。
庭の奥にあるガゼボが見える花畑には一面にマリーゴールドが咲いている。
「わあ~綺麗~!」
「ええ、あなたたちにも手伝ってもらったから、一番に見てほしくてね」
「それは嬉しいですわ。光栄でございます」
しばらく花畑を見たあとで、紅茶をご馳走になる。
「綺麗だったね、レイ」
「ああ、そうだね」
レイは今日は気分じゃないのかあまり目の前の紅茶に口をつけずに、窓の外を眺めている。
でも確かにずっと眺める気持ちもわかるかも。すごく綺麗で花と花の調和がとれていて、さすが夫人。
すると、レイが私のほうをみて何かに気づいた表情を浮かべると、ポケットから何かを取り出した。
「ミレット、黙って」
「え?」
すると、レイは人差し指を私の唇に当ててくる。
「──っ!!!!!」
思わずびっくりして机に膝をぶつけてしまう。
「~~~~~!!!」
「ご、ごめん。驚かせた」
痛みが引いて落ち着くと、ふっと何か落ち着く香りがする。
「アップル?」
「ああ、唇が切れてたからリップクリームを、と思って」
その言葉を聞いて自分の唇に指をやると、確かに先程までとは違って潤いがあった。
突然のことで驚いたけど、レイの優しさが嬉しくて、でもなんだかドキドキして下を向きながらぼそっと言ってしまった。
「あ、ありがとう……」
◇◆◇
休日明けの学校で、私はレイにどんな言葉をかけていいのか、どんな顔をして会えばいいかわからなくなっていた。
あの時の触れた感触が今も忘れられなくて、唇が熱を持つ。
「どうしよう……」
「なにが?」
「うわっ!」
目の前にはレイ……、じゃなくていつものように制服を着崩したセシルの姿があった。
「もう、おどかさないでよ」
「俺は何もしてないって!」
「あ、今日レイまだ来てないんだけど……」
「あー……今日レイ風邪ひいて休み」
そう言うとそのまま自分の教室に戻っていくセシル。
これでよかったのかもしれない。なんか今レイにあったらなんていうか、ドキドキするっていうか、どうして?
そんな風に思いながら過ごして、今日もいつものごとく教科書のお礼でお茶をすることになった私とセシル。
レイのお見舞いに部屋に行こうとしたけど、珍しく断られた。
次の日もレイは風邪で休んで、学校に来たのはその次の日だった──
「もう風邪はいいの?」
「ああ、心配かけてごめん」
「ううん。セシルと心配してたんだ、高熱が続いてるって言うからさ。だってレイはいつも熱だけは風邪でも出ないのに」
やっぱり緊張してレイの目を見れないどころか、いつも以上に饒舌に話してしまう。
数日ぶりに会えた嬉しさと、あの時の光景から起こる恥ずかしさで、もう気持ちが渦巻いている。
学校から帰った私たちはお茶をするためにレイの部屋に来ていた。
「あ、そうだ、レイのピアノ久々に聞きたいな」
「え?」
「あ、ダメ、だった?」
「あー、ちょっと指の調子が悪くてね。また今度でいい?」
「いいけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
調子が悪いなら仕方ないか、実力発揮できないのに他人に聞かせたくないよね。
紅茶をそっと一口飲んで話を続ける。
「ピアノ協奏曲でね、前に弾いてくれたところあるじゃない? あそこってどうやって指回してるの? 私、難しくてできないんだけど」
「え? あーうん。そのうちできるよ」
なんとも曖昧な返事でいつもならもっと楽しそうに答えてくれるのに。
無表情だけど優しい声で。
「俺、紅茶のおかわり持って来るよ」
「──っ!!!」
その言葉で私は気づいた。目の前にいる”彼”は、”彼”でないことを。
そう、彼は──
「なんでセシルがレイのふりしてるの?」
私は立ち去ろうとするセシルの腕を掴んでいつもより低い声で呟く。
私の言葉に場はシンと静まり返り、しばらく静止したこの刻が動き出したのは彼が私の手にそっともう片方の手を置いたから。
「ごめん」
「どうして謝るの?」
「……ごめん」
どうしてレイのふりしてるのかわからず、私はただ問うしかできない。
でもなぜだか怖くなった。
彼があまりにも顔を歪めていて泣きそうな表情を浮かべていたから。
「死んだ」
「え……?」
私は目の前にいる彼がいう言葉が理解できずに聞き返すことしかできない。
すると、私の両手をそっと包み込み、自らの顔に近づけると、彼は涙をぼろぼろと落としながら声を震わせて呟く。
「レイが死んだ……死んだんだ……あの日、お前とハイツ公爵夫人の家に行く日の朝」
私は何が何だかわからずにセシルを見つめることしかできない。
「しん……だ? 誰が?」
「レイ」
「なんで?」
「心臓の病だって」
呆然と見つめていた私はついに膝を床に落としてしまった。
「ごめん、ミレット」
レイが死んだ……。
私には抱えきれないんじゃないかというほどの大きな衝撃が押し寄せる。
嘘に決まってる、嘘に……だって、あの日もいたじゃない、一緒に!!
「ごめん、レイと行けなくてごめん」
目の前の彼は私にずっと謝罪を繰り返していて、そんな彼の言葉や声は悲痛そのもので、彼自身も辛いはずなのに。
私は思わず抱きしめた。
悲しさと同時に私を思ってくれていることが十分に伝わってきて、私はただただ抱きしめてありがとう、と呟くしかできない。
彼は初めて私に涙を見せたことに今気づいた。
と同時に、ここ数日のことを私は思い出していた。
あの日から確かに二人一緒のところを見なかった。
多分彼が私に気づかせないように二役していたんだろう。
彼はいつも少し口悪くて、いい加減なところも多いけど、弟のことと私を大事に思ってくれてた。
「セシル」
「ん?」
「ありがとう、傍にいてくれて」
◇◆◇
暖炉の火が消えかけた頃、私はうとうとしていたことに気づいた。
「ミレット、ほら寝るならベッドで寝てくれ」
「もう動けないー」
「しょうがないな」
夫はゆっくりと私を抱き上げると、ベッドに寝かせてポケットに忍ばせていたリップクリームを指につける。
その人差し指で私の唇をなぞると、今度はちゅっと音を立てて自らの唇をつける。
「セシル」
「ごめん、ごめん。あの時の学生の頃のリップクリームがでてきてさ」
「え? そんな前のやつを私に塗ったの?!」
「ダメ?」
「はあ……余計に荒れそう……」
そんなことを言っていると夫は私の隣にもぞもぞと入り込んでくる。
「来週さ、久々にレイの墓参りに行こうか」
「そうね」
あの時はレイに恋してたのかなってちょっと思ってたけど、でもたぶん違う。
リップクリームを塗ってくれたあの手が、私は好きで、あの時からきっと彼が好きだったんだと思う──
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