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押し売り

作者: 雉白書屋

「あ」


「ん?」


「先生! お久しぶりです!」


「お、おお。井口! 井口じゃないか!」


「いやーまさかこんな道端で先生に出会うなんて思いませんでしたよ」


「ははは、ああ、まったくだ。高校卒業以来だからあー、何年だ?」


「六年ですよ。僕もほら、見ての通り社会人です」


「おーおー、立派になったなぁ」


「ふふ、それ言われ待ちでした」


「はっはっは相変わらずだな。どうだ? 立ち話も何だし

先生の家、すぐそこだから来ないか? 茶菓子くらい出すぞ」


「いいんですか!? じゃあ、遠慮なく」


 と、立ち話もそこそこに二人は並んで歩いた。

 先生の家は中々の大きさの一軒家。確か、両親が資産家だとか。

と、井口は脳内で先生の情報をかき集め

これからの会話をシミュレーションしていた。

 そう、どうセールストークを切り出すか、そのタイミングを。

道端で出会ったのは確かに偶然だが

元々、営業をかけようと思い、先生の家に向かっていたところだったのだ。

 井口は新人。何が何でも顧客を取れと

上司からそう胸ぐらを掴まれる勢いで言われているのだ。


 井口は応接間に通された。

分厚い本、サイン色紙、野球ボール。

それら、貴重そうなものがキチンと棚に整理整頓されている。

金に余裕はありそうだ。チャンスは逃さない。多少強引にでも必ず契約を取ってやる。

 井口は出された紅茶に口をつけ、歪な笑みを隠した。


「ほら、卒業アルバムがあったぞ。懐かしいなぁ」


「はい、ホントになつか……」


 井口は口をつぐんだ。その理由、卒業アルバムの集合写真。

そこに不気味な女が写りこんでいる。

 井口は震える指で写真を指さす。


「せ、先生。あの、これ……」


「んー? どうした?」


 どうも先生は写真の不気味な女に気づいていないようだった。

構わず、次のページをめくる。


「あ、う」


 そこにも女がいた。修学旅行の写真。

だが、それだけではない。写真のほとんどに不気味な女が写りこんでいる。

 どうみても幽霊。無論、昔自分のアルバムを見たときにはなかった。

ではこの卒業アルバムにだけ? それとも見えるようになった?



「……井口、顔色が悪いな、大丈夫か?」


 ――ミシッ


 井口が大丈夫ですと返事をしようとし、口を開いたとき、その音は聞こえた。

 天井、つまり二階からだ。


「……あー、そういえば先生。奥様は二階に?」


「……いや、家内はもう、この家にはいないんだ」


 先生は俯きながらそう言った。『この家にはいない』その意味。

それは先生の次の言葉で補強された。


「なあ、井口。幽霊って信じるか?」


 井口は唾を飲み込んだ。そして、喉の通りの悪さを感じ、また紅茶に口をつける。

視線を落としたのは気まずさからか。

ただその場所、アルバムの写真に写るあの不気味な女と目が合い、井口は咽せた。


 井口の咳がまるで耳に入っていないように先生は淡々と語る。

幽霊、天国、地獄、悪魔。不穏な言葉の数々に井口は先生の声から意識を背けた。

すると、強調されて聞こえたのは物音。


 ――ミシッ

 ――ガタッ

 ――ゴトッ


 家の至る所から聞こえる。そして何やら話し声も。


 念仏。


 井口の頭にそう浮かんだ時、背筋が凍りながらも汗が背中を伝った。


「せ、先生! 僕もう――」


 帰る。立ち上がりながらそう言おうとしたのだが足に力が入らない。

指が、手が、体が震えている。

ティーカップを倒し、わずかに残っていた紅茶が流れ、ガラステーブルの上を走る。

 声は、物音はどんどん近づいてくる。

 井口は縋るように先生を見つめた。


 先生は気づいていないのか?

 いや、あの様子、もうとり憑かれて……。

 ああ、ほら、写真を指さして何か言っている。

 

 『幽霊』『お前は危ない』『救う』『素晴らしい』


 ん? なんだ? 何か変だ。

待て、この写真……ちょっと荒いような気が……加工?



 ドアが開いた。そしてゾロゾロと中に人が入ってきた。

お経を唱えながら、虚ろな目で。

ただ、それを見る井口自身の目も虚ろだ。


 ぼんやりとしていく意識。その最中、井口は倒れたティーカップを見つめ

その裏にある奇妙な模様が棚に並んでいる本と

入ってきた者たちがしているネックレスと同じであることに気づいた。

 彼らは井口を取り囲み、そして微笑んだ。その笑顔の中央には先生がいる。


「なあ、井口。素晴らしい宗教があるんだ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 押し売ろうと思っていたら、押し売られていた…。 恐ろしい手口ですね。
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