5.おばさんではない!
今回で最後となります。……この作品、最初は分割予定ではなく、分割後も四話目で終わりにするつもりだったのに、四話が長いのでさらに分割しました。よって、この第五話のサブタイトルは急きょつけました。
「なんか、とっても、リアリティー……」
ミニスカート姿の触手ちゃんは、見下ろしながらつぶやいた。
ドアのほうを振り向いた元マネージャーは、様子を見に来た触手ちゃんの来訪で冷静になる。アイコンをやめ、床に座った。
やられていたショテちゃんのほうも床に座る。恥ずかしそうにスカートを強く抑える。
「おはよう触手ちゃん、何か用?」
取り乱すことがないよう元マネージャーは装う。
「……今、ひどいことをしていませんでしたか?」
かなり睨まれており、元マネージャーは焦る。その位置からは触手ちゃんのスカートの中を余裕で見られるのに、喜んではいられないぐらいに。
「いや、NTRはしてないよ。だってショテちゃんと触手ちゃんはつき合っていないでしょう?」
「それはともかくとしても、アイコンは創作物でやるから許されるので、現実でおばさんがやるのには感心しませんね」
「おばっ、おばさんって! 私まだ二十代後半だよ! 断固としておばさんではない!」
急に怒り出した元マネージャーに、触手ちゃんが右手を差し出した。
「こちら、阿戸木さんを連れて来た時に返しそびれた玄関のカギです」
「あ、ありがとう。じゃなくて、おばさんって何よ! 私は触手ちゃんの親族でもないし、まだあなた達と同じ二十代だし、ショテちゃんには美人って言われてるんだよ!」
「仮に貴女が美人だとしても、品の無さが、おばさんのようなのです。あと、美人はアパートで大声を出して暴れたりしません」
「私、触手ちゃんには美人と思われてすらいないようだねっ!」
感情を全面的に出す元マネージャーと、感情を抑えながらも目つきを悪くする触手ちゃん。二人の間に緊張が走り続けた。
「……あまり怒らないで下さい、触手ちゃん。私は恥ずかしかったのですが、やっても構わないと同じようなことを言った私にも非がありますので」
「おぉ、やっぱショテちゃんマジ女神さま!」
元マネージャーは元アイドルを抱く。
「ショテちゃん。阿戸木さんは、甘やかさないほうがいいと思うけど」
触手ちゃんが忠告する。
「じゃあ、触手ちゃんが甘やかしてくれるぅ?」
「いいえ」
「えーっ! そもそも、ショテちゃんにアイコンをやってみたのは、触手ちゃんが描いた同人誌をくれたのが原因なんだから!」
「普通の人は、実際にやろうとはしません」
「いや、普通の人はあんな同人誌書かないって。ってか、普通の人じゃない触手ちゃんには差していいの?」
元マネージャーはショテちゃんから両手を放し、長い三つ編みの先端を持って回す。
「……同人誌でアイコンを描いているのにこんなことを言うのも何ですが、実際には差すのではなく押しつけるだけです。あと、やらないで下さい」
「じゃあ、やるのは諦めるけどさー、さっきから一分丈スパッツがずっと見え続けていて私は嬉しいよ。ぴっちりとした黒いスパッツ。そしてその中に白いパンツを穿いているって想像すると、私、興奮しちゃう~っ!」
「……変態笑顔」
プリーツが折り込まれたミニスカートを押さえつつ、触手ちゃんは述べた。頬を赤い。
元マネージャーは立ち上がって部屋の鍵をテーブルに置いた。
「ところで、二人は今日お仕事ないよね? 私もだよ。今からみんなでお出かけしない? どこかで朝食食べて、それからアキバにでも行こうよ」
「私は構いませんが……ショテちゃんはどうする?」
「私も、お出掛けには賛成です」
ショテちゃんは触手ちゃんに答え、元マネージャーのほうを見る。
「その前に着替えて来ても良いでしょうか?」
「もちろんだよ。ショテちゃんがいないと、車で行けないもんね。車持ってるの、この中じゃショテちゃんしかいないし」
「では、準備をして来ますね」
「その間に私達はリョナっぽく尋問でもしてようかな。もちろん、私が襲うほうね」
元マネージャーが触手ちゃんに熱い視線を向ける。
「……いや、私も準備に戻ります」
「別に勝負下着に穿き替えてこなくてもいいよ?」
目を細めて元マネージャーは言う。
「違います、お財布とかを取って来るんです」
「お金なら今日は私が全部出すよ。みんなのお姉さんをナメないでよね」
「それなら、ショテちゃんのガソリン代に充てて下さい」
「りょうかい」
そう元マネージャーが答え、二人は一旦自宅に帰った。
その後、着替えを終えて、三人は外に出た。元マネージャーは反対側も三つ編みにし、ショテちゃんは一人だけ、一本の三つ編みにしている。
「どうよ? おばさんに見えない私、最高じゃん?」
元マネージャーは茶色と黒のチェック模様になったフレアスカートを片方だけ少し持ち上げて、触手ちゃんにファッションの主張をする。
「……いいんじゃないですか」
とだけ、触手ちゃんは述べた。
触手ちゃんの横にいるショテちゃんは、青いジーンズ姿だった。非常に地味で、三人の中では特に目立たない格好をしている。
三人は、アパートの駐車場に置いてある、ショテちゃんの車のところに向かった。白の、5ドア・ハッチバック。この車で、彼女達は首都圏内を移動する。
この後、彼女達はどこへ行く? きっと、元マネージャーが提案した通り、秋葉原だろう。
最も有名なオタクの聖地として知られる、秋葉原。ここを活動拠点にしているアイドルもいるし、アイドルのグッズを扱う店舗もある。
今日もアキバのどこかで、アイドルが注目を浴びる。
その一方で、アイドルを辞めた子達が休日をアキバで過ごす。
切ない。
ミツミツミーツの元マネージャーに、同グループの構成員だったショテちゃんと触手ちゃんは、アイドル業界においては負け組だ。
引退後に作った動画も削除された。
彼女達には敗北しかない。ざまぁ。もっと落ちろ。そうあなたが彼女達を罵倒し、追い詰められた表情にしてしまえば、それはリョナになる。
あの動画内では見事な悪役を務めた、普段は控えめなショテちゃんに、同人誌を描くことに精を出す触手ちゃん。
(二人とも、ありがとう)
道路を進む車の車内にて、元マネージャーの阿戸木は心の中で感謝する。
ネトラレとリョナを糧とする彼女の生活は、愛すべき元アイドル達と続く。
(終わり)
ショテちゃんの車には、モデルがあります。2010年代前半に輸入していた外車です。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。作者の他作品も、まだ読んでいなかったら、お読み頂けるとありがたいです。




