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14話 自分から言う分にはいいのですが

 カジノから帰った翌日から、ヴァネッサはハッサンと共にミアによる授業を受けていた。

 各国の気候や人口、税金制度や家賃など。生活する上で知っておいた方がいい情報をこれでもかというくらい詰め込まれた。駆け落ち後の仕事をどうするかも相談している。今のところは農作業を中心とし、副業としてランプの製作を行うことに決めたらしい。

 一昨日は、念のため商業する上での注意点をライルへ尋ねに行ったところである。厳しかったものの、かなり知識は得たような気がする。むしろ、今まで無知だったことがよくわかり、安堵したくらいだ。もちろん、まだまだ勉強するつもりである。

 新たな知識をインプットし、テストし、具体的な計画に落とし込み。気付けば、駆け落ちする日は明日に迫っていた。

 遠くで祭りの準備に忙しそうにしている人々を眺めながら、最後の授業から帰るべく、部屋の扉を開ける。すると、ミアに質問をしていたハッサンがパタパタと駆けてきた。


「どうしてここまでしてくれるんだ?」

「言ったでしょう、二人の恋を応援したいの。私もいい勉強になっているし、気を使わなくていいのよ」


 まだ気になっていたらしい。ヴァネッサは資料を持ち直し、ハッサンと共に階段を降りて行く。

 ハッサンは「そうですよね」とどこか気落ちしたような声で呟いた。今日は会った時からずっと上の空だ。何かあったのだろうか。それとも単に、来る明日に緊張しているだけか。


「緊張しているの? なんだか表情が固いわ」

「緊張……そうかも?」

「ふふ、本人である貴方が疑問に思ってどうするのよ」


 かくいうヴァネッサも緊張を感じていた。緊張を解すために気持ちばかり口角を上げる。


「遂に明日ね。用意はできた?」

「まだしないといけないことはあるけど、一応は」

「ならよかった」


 トン、と最後の段を降りきり、ヴァネッサは横へと避けた。その隣をハッサンがやや遅めに通りくけて行く。

 彼を見送るのも今日で最後になるのだと思うと、短い間だったとはいえ感慨深いものが込み上げてくる。血色も肉付きも、目の潤いも、出会った時と比べて断然よくなっていた。


「今の貴方ならきっと、異国の地でもやって行けると思うわ」


 ヴァネッサはハッサンへと手を差し出した。彼はほんの少し目をパチクリとさせて、控えめに手を取る。手のかさつきもマシになったようだ。


「じゃあ、気をつけてね。応援しているわ」


 笑顔で手を振り、彼を見送る。小さくなって行く背中に寂しさと成長を感じてしまう。

 すると、突然ハッサンが振り向いた。


「あの!」


 急ぎ足で駆けてきた彼が再度ヴァネッサの手を取る。


「明日の夜、別れの挨拶に来ます。……彼女を連れて」


 それだけ告げて、彼は走り去ってしまった。意志の強い瞳に気圧されていたヴァネッサは、ハッとして彼の消えた先を見据える。

 明日は祭りで町中が人でごった返しになるはず。夜になればお酒の入った人々はさらに盛り上がり、ランプの光があちこちに灯るものの、少し外れれば真っ暗に。ハッサンとスレイカは人混みと闇に紛れて逃げるつもりらしい。


「お姫様と平民の許されぬ恋に、駆け落ち……本当、物語みたいでロマンティックよねぇ」


 自分にできることならば、是非とも二人を応援し、末永く幸せでいてほしいものだ。

 胸の奥に感じた切なさをため息に変えて、ヴァネッサは微笑んだ。ふと、ミアが後ろへとやってくる。


「ヴァネッサ様も物語を読まれるんですね」

「あら、意外? 王城に来てからは時々読んでいたのよ。絵本とか」

「ということは、やはり幼少期はお読みになられていないのですね」

「物語を楽しむ余裕がなかったもの。本来なら憧れられるはずのお姫様なのに、幸せでもなんでもなかったから。物語の主人公たちが羨ましくて、辛くなるだけだったのよ」

「今は違うと」

「えぇそうよ!」


 ヴァネッサは振り向き、ミアへと抱きついた。微かによろけた彼女の手が、背後で宙を彷徨っている感覚がする。


「こうして受け止めてくれる人がいるんだもの。みんな優しくて、温かくて、とっても幸せよ」

「そうですか、ならよかったです」


 相変わらず抑揚のない声だが、ヴァネッサにはほんの少し、彼女が喜んでいるように思えた。

 ミアから身体を離し、階段へと向かう。


「さぁ! 私たちは私たちで、明日のお祭りについて話しましょう。殿下に見送りが済んだら来るよう呼ばれているのよ」

「ではお茶菓子を用意して向かいますね」

「流石ミア!……できれば、あのラズベリーチョコタルトを用意してほしいのだけれど、どう?」

「かしこまりました」


 ぺこり、とお辞儀をしたミアの姿を見て、ヴァネッサはもう一度満面の笑みを浮かべた。



★★★



「わぁ〜! すごいです、どこもかしこもランプでいっぱいですわ!」


 待ちに待った祭りの日がやってきた。

 大きさも色も異なるランプがズラリと並ぶ姿を見て、ヴァネッサははしゃぎながらダリウスの手を引いて歩く。

 この国には「ランプの妖精」と呼ばれる逸話があるようで、その物語に関連した祭りが、今日参加しているこれにあたるらしい。内容は、平民の男性が妖精の力を借りてお姫様と結ばれるラブストーリー。町へと目を向ければ、その物語が書かれていそうな絵本や小説が見受けられた。異国情緒漂うデザインはとても芸術的で美しく、ついすべて買ってしまいそうになる。もう既に一冊買ったので我慢するが。

 とはいえ、ランプはまだである。どうせなのでダリウスとお揃いのものを買いたい。しかし、そうなるとミアやスチュワートの分も欲しくなってくる。なんなら使用人全員分を用意したいくらいだ。

 取り敢えず近くのお店を見て回りながら、あれもいい、これもいい、と吟味することにした。


「あ」


 ふと、視界の端で鮮やかなブルーが目に入った気がした。

 人混みをすり抜けながら見てみれば、こじんまりとした店の前に夜のように深い青色をしたランプが置かれていた。混ぜ込まれたガラスが白に黄色、水色、紫と角度を変えるごとに異なった色でキラキラと輝いていく。宝石でできた夜空のようにも、海のようにも見える。

 隣を見れば、深紅の薔薇を思わせる鮮やかで、深みのある赤色のランプが同じように輝いていた。その煌めきは、ルビーにもガーネットにも引けを取らないほど。オレンジ色の光が揺らめけば、燃え盛る炎のように情熱的で、かつ、揺らめく焚き火のような静寂を感じられた。


(うーん。どちらも捨て難いわ)


「ふふ、お気に召していただけましたか?」


 ジッと至近距離で見つめていると、女店主がクスリと笑みをこぼした。


「あっ、ごめんなさい。あまりにも綺麗なものだから、つい」

「いえいえ。実はこれ、ほんの少し宝石を混ぜてあるんです」

「だから不思議な輝きをしているんですね……」


 この中に火を灯した蝋燭を入れて、夜空に翳して眺めればどれどけ素敵だろう。

 ヴァネッサは物思いに耽るようにランプを見つめる。見れば見るほど美しい。


「ボルボレッタ、危ないから手を離さないでくれ」

「あ、申し訳ございません」


 ダリウスの声にはっとしたヴァネッサは顔を上げた。ふと、彼の目がランプへと移る。


「その二つが欲しいのか?」

「ええ、どちらにしようか悩んでいる最中ですわ」


 あと、ランプ巡りは始まったばかりだというのにもう買ってしまってもいいのか、とも思う。

 「うーん」と悩まし気な声を上げたヴァネッサ。その隣で、ダリウスが店主へと金貨を渡した。


「ウォルフ様も気に入りましたの?」

「嫌だったか?」

「いえ! とても嬉しいですわ」


 慌てて否定すれば、ダリウスは不思議そうに小首を傾げた。スチュワートへとランプ二つを渡す。


「君が欲しいと思ったものを、好きなだけ買えばいい」

「なんでも……」


 好きなものを買えばいいなんて言ってもらえたのは、初めてだった。ブレイズ王国にいた頃は町へ遊びに出るなんてことしなかった上に、望んだものを買い与えられることもなかったのだ。

 そういえば、以前アヴァランシェの町で買い物をした時も、ヴァネッサに付き添ってくれていたか。


(欲しいと思ったものを、好きなだけ……)


 子供の自分が、胸の奥で嬉し気に騒ぎ出す。

 喜びを噛み締めていたその時、ヴァネッサの頭にある疑問が浮かんだ。


「貴方は今、欲しいものはありますか?」

「特にない。あえて言うなら、こうして手を繋いで、君の喜ぶ姿が見られたら最高だと思う」


 花の咲いたようにふわりと微笑んだダリウスを前に、ヴァネッサは幸せのあまりニヤケを隠せなくなってしまった。繋いでいない方の手で必死に顔を隠す。

 しかし、ダリウスの手がひょいと指をずらした。


「照れているのか」

「でん、貴方が正直過ぎるから、私の心臓がもたないのです」

「そうか。では言わないでおこう」

「えっ」


 あっさりとしたダリウスの言葉に頭を上げる。彼は次の店へと歩き出した。

 予想外の返答にヴァネッサは口をパクパクとさせる。そして、前を歩くダリウスの背中に抱き着いた。


「どうした?」

「やっ、……やめないで、くださいませ」

「どうして?」

「ど、どうしてって」


 グルグルと頭が回りそうな心地がする中、ヴァネッサはギュッと目を瞑った。

 ミアにするのと、ダリウスにするのとでは全然違う。こちらは恥ずかしくて仕方がない。


「恥ずかしいけど、その、嬉しいので……」

「そうか。わかった」


 足を止めていたダリウスは、ヴァネッサの手を取ったまま歩き出した。対するヴァネッサはというと、羞恥心を誤魔化すかのように彼の背中へ頭をグリグリと押し付ていた。

 ふと、彼の足が止まる。


「自然に言葉が出てしまうのだから、止められるはずがないんだがな」

「そういうところが! そうっ……もう!」


 ヴァネッサはもう一度、ダリウスの背中へ頭突きをした。

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