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3話 推理の時間です

「さて、最初に殺害方法と犯人を確認しましょう。あと、事件の流れも」


 ミアによってメモが施された用紙を机の上に広げ、指を滑らせる。

 ライルはどうやら、姉が殺された時の記憶、もしくは情報を持っているらしい。


 彼によれば、サーフィが殺されたのは結婚式後に開かれた宴の真っ只中。場所は、金鉱を多く所持し、金属器の売買で儲けている富豪の当主――結婚相手ザハブ・アズィームの家。踊り子たちによる圧巻のパフォーマンスや、腕のいい音楽隊によるミュージックによって場の高揚感が最高潮まで達した時のことだ。

 彼女は突然倒れ、筋肉の痙攣と呼吸困難に陥り、医師が診る間もなく窒息死したのである。

 そして、彼女が倒れた瞬間に全ての出入り口は封鎖され、犯人探しが始まった。

 突き出されたのは、もともと侍女として第二夫人に使えていた、サーフィに使える予定のしがない少女。剣舞を披露していた踊り子たちの内一人がミスを犯し、サーフィの手の甲に小さな傷をつけたようで、少女は気付かうふりをしてコブラの毒を混ぜた傷薬を塗り込んだらしい。傷口から毒が周り、死に至ったというわけだ。

 殺害理由は「勝手に自分が第三夫人になれると思い込み、その座が奪われると怒りに狂ったから」とされた。本人は取り乱しながら最期まで容疑を否認したが、彼女の手にコブラ毒が残っていたことが決定的な証拠だとみなされ、処刑されることとなった。気が狂った理由を疑う者は、ほとんどいなかったという。

 ザハブは、屈強な肉体を白い絹から覗かせ、蜂蜜のように甘い金の目元をしており、風に靡く艶やかな焦げ茶の髪を持つ、褐色肌が魅力的な男性らしい。色男、というやつだ。また、声はライオンの唸り声のように低く、それでいて腹に響く官能的な声をしているそうな。経営手腕も言うことなし。夫人はサーフィを合わせて三人だが、第一夫人も第二夫人も大切にされているという。

 外見、中身、財力、(一人ではないが)妻を愛する性格をしている。ということから、心酔してもおかしくないと判断されたのだ。


「そのまま事件の内容だけを聞くと、殺害方法はコブラ毒による毒殺で、犯人は侍女の少女ただ一人。もしそうなら、その少女にだけ目をつけて、毒を塗られる直前に捕まえればいいけれど……ライル様は違うとお考えになっているのよね?」

「そう。この事件には、おかしな点がいくつかある。時系列順に説明するよ」


 ヴァネッサの問いに頷いたあと、ライルは再度説明するべく人差し指を立てた。


「まず、全員どこか正気じゃなかった。結婚式の宴とはいえ、興奮しすぎだった気がする。普段の俺はどこにいても歌に乗ることなんてしないのに、どうしてか楽しくて、昂って、歌っていた」

「となると、全員に何かを盛られた可能性があるな。特定は難しいだろうが、飲み物か食べ物かの判別はつくのか?」

「恐らく食前酒だと思う。パッと見は市場に出回っている高めの蒸留酒だったけど、味が少し違ったから。まろやかで、だけどそれだけじゃない感じ。量が少ないし、特定はできなかったけど」

「薬か毒か……範囲が狭すぎますね。取り敢えず保留して、次に移りましょう」


 ミアがメモし終えたことを確認し、ライルは中指を立てた。


「二つ目は、コブラの毒にしては発症時間が短すぎること」

「三十分程度だったはずだが、実際はどうだったんだ?」

「興奮が抜けきっていなかったから確かではないけど、体感で二十分。俺たちには毒耐性があるから、傷薬に混ぜられていたくらいでこんなに早く効くとは思えない。死ぬこともないと思う」

「えぇと……そうなると、別の毒も飲まされていた可能性がありますね。傷薬にコブラ毒を混ぜただけでは致死量に届かないのではないでしょうか?」


 インバット出身のライルはともかく、ダリウスはどうしてそこまで詳しいんだ。……と、突っ込みたくなる気持ちを抑え、ヴァネッサは会話に加わった。


「そう、それが三つ目ね。他の物にコブラ毒が仕込まれていたのかもしれない」


 頷いたあと、ライルは言葉を続けた。


「四つ目は、第二夫人の侍女を姉さんの元へ使わせたこと。普通、トラブルを避けるためにやめるよね。生活に困窮していないんだから、新しく雇うでしょ」

「調べによると、今月も大黒字らしいですものね」


 スチュワートによって作成された、アズィーム家に関する儲け話集を開き、適当にパラパラと捲る。給金も適正価格できちんと払い、衣食住はもちろん贅沢品にも金をかけていることから、資金繰りに苦労している様子はない。


「確かにおかしい話ですわね。それで犯人、いえ、真犯人は別だと考えていらっしゃるのでしょう?」

「うん。彼女はずっと容疑を否認していたわけだけど、何を言っていたのかまでは上手く聞き取れなかったんだ。というのも、個人的な取調べによって……」


 チラ、とライルの目がヴァネッサへと向けられた。そして逸らされる。


「まぁ要するに、彼女が犯人とは思えなかったってこと」

「今誤魔化しました?」

「だな、隠し事はよくないぞ」


 ヴァネッサとダリウスの二人に真顔で首を横に振られ、ライルは「んー」と小さく唸った。次いで、ダリウスに手招きをし、彼にだけ耳打ちをした。耳を澄ますも聞こえず。


「……なるほど。大丈夫だとは思うが、いや、また別の話か。やめておこう」

「でしょ?」

「なんですか、二人だけの秘密ですか、どうして聞いたらダメなのですか」


 仲間だというのに、差別するなんて寂しいではないか。

 不満を口にするも、二人の意思は固いようで、ヒントをせがんでも、言い当てようとしても「あと何十年か経ったら」と宥められてしまう。

 仕方がない。ヴァネッサは諦めることにした。


「話を戻して、その侍女は何度かアズィーム家で見かけたことがあったけど、特別ザハブさんに入れ込んだ様子はなかったんだよね。むしろ姉さんによく懐いていたと思う。尊敬の眼差しすら感じたよ」

「なるほど……」


 おかしな点をまとめると、

 一つ目は、宴の参加者全員が異常な興奮状態にあった。原因は恐らく、食前酒に混ぜられていた何か。予想では薬ではなく毒。

 二つ目は、コブラの毒の効きが良すぎること。事前に別の毒を飲まされていた可能性がある。

 三つ目は、傷薬に毒を混ぜただけでは致死量には届かない可能性があること。他のものにコブラ毒が仕込まれていたかもしれない。侍女にとってはタイミングよく剣が落とされたことも、偶然とは思いにくいだろう。

 四つ目は、第二夫人の侍女をサーフィの侍女として任命したこと。

 五つ目は、侍女が最期まで容疑を否認していたこと。ライルには、恨むどころか尊敬していたように見えたらしい。


 再度まとめられた用紙を見下ろし、ダリウスは手を口元にやって考える素振りを見せた。


「では、誰が犯人だと思う?」

「犯人とまではいかないけど、第二夫人とザハブさんは関与していると思う。踊り子もグルかもね」


 ダリウスとヴァネッサは二人して同感だと頷いた。


「潜入でもしてなんとか尻尾を掴みたいところだけれど……」


 ヴァネッサは眉間に皺を寄せて、窓の外へと目をやった。茜色の空の奥には、夜の気配が潜んでいる。

 ライルと再開してから、時はもう夕方に差し迫っていたのだ。結婚式は明後日。丸一日使えるのは明日のみだ。時間が少なすぎる。

 ライルの顔は割れているから、自由に、かつ信頼して動けるのは他国から来た四人しかいない。しかし、相手はやり手の富豪。もしかすると、王族二人の外見は噂で聞いているかもしれない。

 となれば、大きす動ける人物はミアとスチュワートのみということになる。

 どうしよう、と頭を抱えそうになったその時、ダリウスがヴァネッサの手を取った。


「ミアとスチュワートは潜入に慣れている。安心して仕事を任せればいい」

「何なりとお申し付け下さいませ」

「毒の知識も多少は身につけております」


 力強い言葉に頷き、ヴァネッサたちは再度どうするか話し合うことにした。


「家臣の誰かから情報を聞き出すには、信頼を得るまでの時間が足りませんわね。となれば、一人だけでも潜入して、仲間に加わるのではなく常に聞き耳をたてたいところですよね」


 しかし、どんな危険があるかわからないのだ。大切なミアやスチュワートを一人潜らせるのは、気が引けてしまう。


「……やっぱり、私が潜入をしてもよろしいですか?」

「了承しかねる。君の仕事ではない」

「ダリウス殿下の仰る通りです」


 豪速球で否定され、しょんぼりと落ち込むヴァネッサ。

 ミアも同意見のようで、冷静な目をヴァネッサへと向けながら頷いた。


「ヴァネッサ様自らが危険に足を踏み入れる必要はありません。私にお任せ下さい」


 今更かもしれないが、王妃となる身として事件にズカズカと足を踏み入れる行動は確かに控えるべきである。

 しかし、自分にできることがあるのにしないでいるのは、どうも落ち着かないのだ。


「どうして君は一人で突っ走るんだ。人間、他者と協力してこそだろう?」


 自分の立場と胸のざわつきの板挟みになり、「でも」とだけ呟いたヴァネッサに、ダリウスが尋ねる。


「それはそうですけれど……多分、生活を支えてもらう以外で助けてもらったことがなかったので、協力の仕方がいまいちわからないのですわ」


 誰も自分を助ける気がないと悟って以来、他者に助けを求めなくなったのだから。その何年も続いた生活の影響は大きい。仲良くしたり、喧嘩したりする友達もいなかった。要するに、ヴァネッサは円滑なコミュニケーションに慣れていないのである。

 淡々と事実を告げただけだったのだが、何故か静まり返ってしまった空気に耐えきれず、ヴァネッサは慌てて両手を振った。


「あっ! もちろん、ダリウス殿下、スチュワート、ミア、ライル様やメイ、様々な人に助けられる前の話ですわ」


 このことを言わなければ、「ダリウスたちには一度も助けられていない」という主張をしているように思われかねない。そのことに気付いたのである。

 しかし、静まった理由は異なるらしい。ダリウスが、子どもあやす親のように穏やかな口調で「わかっている」と告げた。


「これから慣れていけばいい。手始めに、潜入はミアに任せよう。彼女は身軽だし、毒の知識もあるから最適だろう。過去に何度か隠密部隊の仕事も手伝っている」

「必ず情報を掴んできます。なので、安心して任せて下さい」

「わ、わかったわ。でも、絶対に無茶はしないでね、怪我もしちゃダメよ、いいわね?」

「善処します」


 ミアがぺこりとお辞儀をし、ヴァネッサはドキドキしつつも頷いた。

 彼女はアヴァランシェに来た時からずっと世話をしてくれている上に、わかりにくいが嬉しそうにあんパンを食べてくれたのだ。これくらいの心配はしてもいいだろう。

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