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2話 家族の死亡フラグは見過ごせないようで

 吹き抜け窓から心地よい風が吹く、漆喰の広大な部屋に通されたヴァネッサたちは、豪勢な刺繍があしらわれたフカフカのソファに座っていた。ナッツと蜂蜜の甘い香りが漂うお菓子と、額に手を当てているライルとを交互に見て、涎を堪えながら言葉を待つ。

 銀のグラスに入れられた氷がカラン音をたてたその時、人払いを終え、詳細な説明を受けたライルが盛大なため息をついた。


「俺が殺されるかもしれないからって、わざわざ探しにくる? 仮にも一国の王族でしょ?」

「大切な仲間ですもの」

「仲間ねぇ。あの時の言葉を忘れたわけ?」


 ヴァネッサではなく、ダリウスが先に言葉に反応した。「あの時?」と呟き、腕を組んでいる。


「殿下が媚薬を盛られた日のことだよ。わかっているくせに聞き返すなんて、ちょっと意地悪だね」


 ダリウスはむすりと唇を尖らせた。その顔を見た後、再びヴァネッサへと目線を戻したライル。彼と目が合い、「やはりその話になるか」

と胸がドキリと音をたてた。


「あ、あの」

「なに?」

「攻略されてもいい、というのは――」

「あんたのことが好きだってこと」

「グェッ」


 どこか諦めたような表情で、恥ずかしがる様子もなくライルが言って退けた途端、ヴァネッサの身体が横へと大きく傾いた。ダリウスの身体が目の前どころか瞼に触れているため、視界が真っ暗である。

 彼の名前を呼ぼうとしたその時、ライルのフッと笑う声がした。


「そんなに睨まなくてもいいでしょ。これでも一応祝福はしているんだよ。だから彼女から離れたし、解毒薬もつくって渡したの」


 彼の行動を思い出して警戒心が解けたのか、ダリウスがヴァネッサから手を離した。

 ふと、ライルが自嘲気味に微笑む。


「まぁ、もう会うことはないつもりで出て行ったから、今はちょっと複雑な気持ちだけど」

「ごめんなさい」

「それは俺の気持ちを受け取れないから? それとも、別れの言葉を別れにしてくれなかったから?」

「りょ、両方です」

「そう」


 ライルがあっけらかんとした返事をし、室内には静寂が訪れた。気まずい空気の中でヴァネッサはぐっと両拳を握る。


「貴方の気持ちを知っていながらやって来たのは、ふてぶてしいと思っていますわ。ごめんなさい。それでも、貴方には死んでほしくないのです」

「失恋したこの世界で生きろって――ごめん、今のは気にしないで」


 はっとした表情で言ったかと思うと、ライルは静かに頭を振った。それは、と言葉を続けようとするも彼によってお菓子を口に詰め込まれ、先を阻まれてしまう。見た目通り、香り通りの甘ったるい味が口一杯に広がりだす。

 ダリウスがライルの手を叩く前に、彼はひょいと手を引っ込めてため息をついた。その表情は穏やかで、柔らかだ。


「いいよ。殺されないように……つっ」


 突然ライルは眉間に皺を寄せ、サッと片耳を手で触った。しかし、すぐに手を戻し、何事もなかったかのような表情を浮かべる。

 ヴァネッサはモグモグと必死に口を動かし、お菓子を飲み込んだ。


「どうしましたか?」

「気にしないで。とにかく、殺されないよう俺も気を付けてみるよ」


 どうやら、彼は死因や殺害理由を知らないらしい。彼は一体、どこまで知っているのだろうか。

 ヴァネッサは拳をキツく握り、キリッと眉を上げた。


「気をつけるだけでなく、原因を突き止めて、確実に阻止しましょう。そのためにも直球にお聞きしますが、ライル様もゲームの記憶があるのですか?」

「本当に直球だね」


 ライルはそうため息混じりに笑った。


「前世の記憶があるわけでも、転生したっていうわけでもないよ。ある人に教えてもらっただけ。でも、それが誰かは知らない方がいいと思うよ」

「どうしてですか?」

「んー」


 ライルは視線を横に逸らす。その時、「ニャア」と小さく猫の鳴く声が聞こえてきた。

 窓際へと目を移して見えたのは、艶やかな毛並みをした美しいシャム猫。サファイアのように青く澄んだ瞳を向けながら、こちらへと優美な足取りで歩いてくる。

 猫はルチルクォーツと翡翠をふんだんに使った金の腕輪を咥えており、彼を拾い上げたライルは慣れた手つきで取り上げた。


「今日は姉さんのところから盗んできたんだね」

「よく盗むのか」

「毎日だよ。賢い上に前足が器用だからね、あ」


 ライルから降ろされた猫は、呑気に欠伸をしてソファに上がってきた。そのままヴァネッサの膝の上に乗り、丸くなる。


「な、撫でてもいいですか?」

「どうぞ」


 ヴァネッサはそっと背中に触れた。さらさらしていて、ほわっほわで、温かくてきもちがいい。


「私、猫を撫でたのは初めてですわ。人懐っこい子なんですね」

「いや、普段は膝になんて乗らないよ。あんたの体温が高いからじゃない?」

「何故、彼女の体温を知っている」


 どこか意地悪げな笑みを浮かべるライルに、睨みを効かせるダリウス。「別に?」とライルは誤魔化しながら扉を開け、ブレスレットを外に控えている家臣へと渡した。ふと、彼の視線が先へと向けられる。


「ああ、やっぱり姉さんのだったんだね」

「ええ。そういえば、お父様から聞いたわ。今日はご友人が遊びに来てくださったんですって?」


 扉の奥から聞こえてきたのは、非常に落ち着いて、それでいて肉感的な女性の声。しかし、決していやらしくない。言うなれば、女性でさえもドキリとしてしまいそうな、ただ純粋に美しい声であった。

 扉の近くに立っていたミアには女性の姿が見えたのか、彼女は定型的な挨拶をして、礼をしている。程なくして、コツコツとヒールの音が聞こえてきた。


「ライルがお世話になっております、姉のサーフィ・レイリーフと申します」


 現れたのは、ライルと同じ薄いピーコックグリーンの髪と瞳が鮮やかな、肉付きのいい高身長の女性だった。金の花柄が光る乳白色の薄く柔らかそうなワンピースに包まれた、しなやかな曲線を描く躰は、まさに彫刻の女神のようだ。

 恭しく礼をする姿は、お辞儀の見本市を見せられているかのように礼儀正しく、品のある美しさを感じさせた。


(美男美女兄弟だわ……! カレン嬢の情報によれば、彼には三つ上の長女がいたはず。彼女がそうなのかしら)


 美しい姿を目に焼きつきたい気持ちを抑える。すると、サーフィが頭を上げた。知性を感じられる凛とした顔が再び露わになる。


「お目にかかれて光栄ですわ、ダリウス殿下、ヴァネッサ殿下」


 もちろん、臣下のお二人も。と付け加えて、サーフィは朗らかに微笑んだ。


「名前をご存知だったんですね」

「レイリーフ家の者として当然のことですわ。それにしても……失礼を承知でお尋ねしますが、私たち、どこかでお会いしましたか?」

「えっ?」


 サーフィの言葉に首を傾げると、彼女は金のベルトから垂れた飾りをシャラシャラと鳴らしながら、こちらへと歩いてきた。

 そして、ヴァネッサのジッと顔を見つめる。


「やはり、どこかで見たことがあるような気がします」

「申し訳ございませんわ、私は何も思い出せなくて……」

「いえいえ。なんとなく気になっただけですから、お気になさらないでくださいな。王族の方ですし、過去にブレイズ王国を訪れた際に見かけたのかもしれませんね」

「そうだね」


 頭を傾げたサーフィの前にライルが割って入ってきた。

 彼が指を刺した先では、家臣らしき少女たちが、ネックレスやらイヤリングやらを持って気不味そうな表情を浮かべている。眉がハの字だ。


「挨拶は終わったし、また話す機会はあるだろうから、はやく装飾品を身につけに戻ったら? さっきからずっと姉さんのメイドたちが、気まずそうにつっ立っているんだけど」

「そうね、もう行くわ。皆様、どうぞごゆっくりお寛ぎ下さいませ」


 礼をして去った彼女からは、どこかクールな美しさを感じられた。微笑んでいるが、冷静沈着という言葉が似合いそうな感じである。

 ふと、彼女のドレスが普段着にしては豪華だったことが気になったヴァネッサは、ライルへと向き直した。


「お姉様は近々パーティーに参加されるのですか?」

「明後日に結婚式を迎えるんだよ」


 あら! とヴァネッサのテンションが上がるも、ライルは小さく肩を落とした。


「それで、殺される」

「この家は呪いでもかけられているのか」

「ある意味そうかもね」


 あまりの衝撃に声も出せずに固まってしまっていたヴァネッサは、どこか皮肉めいた言葉を交わす二人を前に正気かと目を疑った。しかし、すぐにライルの表情が固いことに気付く。

 ダリウスは冷静な目をライルへと向けた。


「阻止したいのだろう? お前も、ヴァネッサも」

「そりゃあ大切な家族の一人だからね」

「このまま黙っているなんて、できませんわ」

「お人好し」


 そう言って、ライルはどこか嬉しげにため息をついた。

冒頭で出てきたお菓子はブカジュ(ブカジ)です

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