1話 孔雀を求めて砂漠へゴーです
ライル&インバット編スタートです!
第三部はサクッと進む予定です。
橙色の陽光が、砂を含みカラッとした空気の中を屈折しながら降り注ぐ。
亜麻色、桑色、黄土色に伽羅色。何色にもわかれる日干しレンガの建築物たちの上方には、これまた色鮮やかなテントが張られている。懐かしさを感じるピーコックグリーンに、より深みのあるターコイズグリーン、レモンイエローに、マゼンダ、魅惑的なクリムゾン……品質はまちまちだが、見ていて楽しいものではあるだろう。
テント下では、こんがりと焼けた肌が健康的な者が、流暢な話し方で商品のリンゴを売り捌いている。客たちは日差しを避けながら、気難しそうな顔で値段交渉をしていた。ああでもない、こうでもない、とジェスチャーを交え、話している。非常に活気があると言えよう。
しかし、ほんの少し目を離せば、闇を称えた目を死神のように光らせる者たちがひしめく、路地裏や闇市が垣間見える。それだけではない。ある者は壁に寄りかかり、ところどころ血の飛んだ砂の地面に寝そべり、へたり込み……力のない痩せこけた老若男女も、暗い日影の中で今にも砂になって消えそうな容貌で佇んでいる。
「着きましたよ。ここが恐らくライル様のご実家です」
ミアの声が聞こえたかと思うと、ヴァネッサの視界がふっと薄暗くなった。
闇から目の前へと意識を戻し、物陰に潜んだまま、頭にかけた白いスカーフの端をそっと捲る。
顔を上げると、数ヶ月前に過ごしていた別邸に引けを取らないほど豪華な邸宅の、大きな木製の扉が先に見えた。その横には槍を持った衛兵が立ちはだかっている。
邸宅は、漆喰の鮮やかな白、テラコッタの温かな赤茶色、ピーコックグリーンや花緑青のタイルやアラベスクの装飾に彩られていた。常に真新しそうな壁の様子から、財力を惜しみなく使われていることが伺える。ところどころに散りばめられた金のラインが陽光を反射し、その眩しさにヴァネッサは思わず瞬いた。
「本当にここにいるのかしら……」
「町民への聞き込みによると、恐らくここで間違いないかと」
「役所の人間にも話をしたが、彼等もここの息子ではないかとのことらしい。名前を聞き間違えたのではないかとも言われたが」
「もしも間違えていた場合は、私が穏便に対処しますのでご安心ください」
ミア、ダリウス、スチュワート。心強い三人の言葉に頷いたあと、ヴァネッサは表札を確認するべく目を細めた。
レイリーフ。そう刻まれた家名を確認し、喉をごくりと鳴らす。
ここはインバットの都市部、いや、城下町である。
目の前に建つ邸宅は、あの意味深な発言を残して消え去ったライル・リーフの実家であると予想されている。本名は、この名をほんの少し変えたライル・レイリーフ。
この国へは彼を探しに来たのだ。
その理由はたった一つ。彼が、近いうちに殺されるかも、いや、百パーセント殺されるからだ。
このことを知ったのは、三日前のことである――
「ダリウス殿下、いい加減にヴァネッサ様をお離しくださいませ。先ほどから、いいえ、婚姻の儀が終わってから、まったく仕事が進んでいないのですよ」
昼食を終えて一時間後、執務室にてミアが冷ややかな顔でヴァネッサを見つめていた。その視線の先にはダリウスもいる。
というのも、婚姻してからの彼は、毎日毎分いついかなる時も、ヴァネッサを膝に乗せて仕事をするようになったのだ。最初こそ恥ずかしいと断っていたのだが、毎回しょんぼりとされるため、折れてしまうのである。
その結果、今は諦めて自ら執務室へ行くようになった。もちろん、ヴァネッサにしたいことがある時は解放してくれる。
彼曰く、「自分は感情を表情に出すのが苦手だから、せめて言葉や態度、行動で示したい。あと、どこで何をしているのか、何かに巻き込まれていないか心配だから」ということらしい。
前者に関して、そんなことはないと思うのだが、だからといって愛情表現をやめさせるのは望んでいないため頷くことにした。後者に関しては、今まで散々器物破損を繰り返した上に、一人で突っ走りやすい性格であると自覚してきたことから、これも受け止めることにした。
特別に何か言葉を交わす訳ではないが、こうして彼と一緒にいられることは素直に嬉しい。
しかし、である。ミアの言う通りなのだ。
「俺はむしろ仕事が捗っている」
「ヴァネッサ様が、進んでいないのです」
「なら俺が彼女の分も請け負おう」
「駄目です。殿下の分は既に終えられているではありませんか」
「えっ、そうなんですか!? 昨夜は白紙だったではありませんか」
「君がいてくれるおかげだ」
「殿下……! はっ」
いけない、また新婚モードに移行するところだった。何をするにもダリウスがかわいく見えて、かっこよく見えて、仕方がないのである。
ヴァネッサは頭をブンブンと横に振り、手に握っていた書類を見つめた。
「今から集中して、私も終わらせますから」
「……わかった」
「えぇと、このソファに座ってしますから」
「わかった」
やはりわかりやすい。
膝から降り、わかりやすく項垂れるダリウスが目に入ったヴァネッサは慌ててソファを指さしたのだが、これでよかったみたいだ。
書類へと向き直し、記憶や資料を頼りにサラサラと名前を書いていく。
数日前からちまちまと進めていたのは、結婚式に招待する人物の決定である。
婚姻の儀に参加したメンバー以外にも、今回は教会の人々も招待するつもりである。ダリウスとヴァネッサ両方の希望により、式の後はアヴァランシェ一周旅行を行うため、シェール達にどのみち会えはする。しかし、非常にお世話になったため招待したいのだ。シェールに至っては友達なのだから、尚更だ。
それだけではない。メイを筆頭とした温泉施設建設メンバーも――
「本当は、ライル様も招待できればと思うのですが……難しいですよね、居場所がわかりませんもの」
「……また彼の話か」
「殿下への気持ちを気付かせてくれた、諦めないよう背中を押してくれた方ですもの」
ピクリと眉間に皺を寄せたダリウスに顔を向け、誤解を生まないよう言葉を付け加えた。
もちろん、ヴァネッサのことを好きだと言ってきた彼を招待してもいいのかと、気不味く感じるところもある。それでも、噂やニュースとして彼の耳に届くよりは、直接会って伝えたいのだ。
ふむ、と思案するように口元へと手をやったダリウス。程なくして、彼の口が微かに動いた。
「確かに、俺が正気を取り戻せたのも恐らく彼のおかげだ。あの花といい、聞きたいこともある。インバットと関係してそうだが、所在地を見つけるとなると別だ。調べさせるが、時間が――」
「恐らくインバットの実家にいると思います」
突然聞こえてきたハキハキとした声は、カレンのものだった。内容を理解するより早くノック音が響く。
入ってきたカレンは挨拶をした後、どこか誇らしげな表情をヴァネッサへと向けた。
「そのライル様というのは、ピーコックグリーンの髪が特徴的な美しい男性のことでしょうか?」
ヴァネッサの代わりにミアが「はい」と答える。確かに、ここでさも当たり前かのように「そうそう」と言えば、ダリウスが拗ねてしまうかもしれない。そんな姿は見たことないが。
「サンダルウッドの甘い香りがしましたか?」
「はい」
「インバットに関連がありますか?」
「はい」
「そして、この世界のことを知っている?」
「……えぇ」
「あぁ、やっぱり。だから邪魔を……」
カレンはヴァネッサの答えにほくそ笑むと、耳を引っ張り、口を寄せた。
「彼は恐らく、続々作に登場する、ヒロインの義兄ですね」
「続々作?」
「おとめげーむ、というやつのことか」
「なんだ、ジャンルまで話したんですね」
まぁいいや、と言ってカレンは短くため息をついた。
「私はプレイ途中で死んだので理由までは分かりませんけど、彼、いつか殺されますよ」
――と、いうことである。
さらに詳しいことを聞いてみると、両親を亡くし路地裏を彷徨っていた続々作のヒロインは、ある日のこと、富豪レイリーフ家の当主によって美しい金色の瞳に価値を見出され、養子として引き取れられるらしい。レイリーフ家には子供が沢山おり、長男がライルで、ヒロインの憧れであり、初恋の相手だった。
しかし、成人を迎えるよりずっと前に、何者かによって殺害されてしまう……と。
ここがゲームの世界だと知っていそうな彼のことだ。自分でなんとかするかもしれない。
それでも、可能性にかけた結果死なれるよりは、見つけて守り、「ここまで来るなんて呆れた」と笑われた方がずっとマシである。
「よし!」
「――え、」
さっさとノックして、ライルがいるか確認しよう。そう決心し、影から踏み出したヴァネッサの耳に、信じられないとでも言いそうな声が聞こえてきた。
「ちょっ……と、なんでここにいるわけ」
声のした方向に顔を向けると、別の小さな扉から出てきた青年が、非常に気味の悪そうな驚いた表情でこちらを見ていた。
ピーコックグリーンの髪が特徴的な、彼である。
「みつけたわ!」
そう叫んだヴァネッサを見て、ライルは眉間に皺を寄せた。
ダリウスが着々と重い男に育っていっています。ヴァネッサは恐らく、そのことに気付きません。
また、ヴァネッサから見たダリウスはかなり表情豊かですが、実際はほぼ真顔です。ヴァネッサの読み取り能力が高いだけです。




