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39話 想いを伝えましょう、お互いに

「う……」


 粉雪が舞い上がる中、ヴァネッサは目を開いた。ズキズキと痛む背中がじわりと濡れている。

 血ではない。氷柱が溶けたのだ。


(とはいえ、飛びついてそのまま転がったから、身体の所々が擦れて血は出ているのだけれど)


 故に、背中以外も痛い。腕も足もヒリヒリして、スースーして、非常に冷たい。

 これは二人に怒られるな、と小さくため息をついたその時、腕の中でカレンが何かを呟いた。

 腕を開いて見てみると、彼女は涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。


「バカじゃないの……どうして、どうして助けたの」

「どうしてって言われても……気付いたら勝手に」

「バカじゃないの! 悪役のくせに、わたしのことが嫌いなくせに、うぅ〜!」


 突如カレンは声を上げて泣き始めた。戸惑ったのも束の間、ギロリと睨みつけられる。


「……見ないでよ」

「わ、わかったわ」


 どうすればいいのかわからず、取り敢えずまた腕で蓋をする。

 こちらへ駆けて来ようとするダリウスを一度目線で止め、ただ真っ直ぐ先を見つめると、カレンが大きく鼻を啜った。


「……これは独り言なので」

「そう」


 敢えて素っ気なく返すと、カレンの頭がもぞりと動いた。


「わたしには、勇気がなかった。なんの道筋もない未来を選ぶ勇気も、家族と離れる勇気も。それに……前世で誰かに好きになられたことがないわたしが、ヒロイン以外の生き方で愛されることなんて、無理だと思ってた。今もそう」


 それから、カレンはぽつり、ぽつりと言葉を溢し始めた。


 前世では両親にも、友達にも、恋人にも恵まれず、惨めな生活を送ってきたこと。

 長い人生を生き抜く気力も湧かなくなったその時、ゲームなんてしたことがなかったのに、たまたま『Burn to Love』を拾ったらしい。そして、初めて優しい言葉をかけられて、少し心が救われたと。

 しかしある日、呆気なく事切れてしまったらしい。

 そして、目覚めるとヒロインになっていた。

 最初こそ喜んだが、すぐに恐怖を覚えたという。

 ゲームの世界だが、ゲームをプレイするのとはわけが違う。ゲームには存在しない、空白の時間さえも過ごさねばならないのだ。ゲームにはないキャラとの交流がある。好感度なんて見えないため、調整が難しい。失敗すれば、すぐに殺される。

 そんな状況によって、恐怖心と焦りは増加していった。

 完全にこの国を出て生活することも考えたが、今の自分には温かくて、裕福で、愛情深い両親がいる。二人と関係を断つことも怖かった。勇気が出なかった。

 また、自分らしい恋をする自信もなかった。

 そのため、一番死亡フラグを建てにくいハリーを選んだのだ。

 しかし、ヒロインと本来のカレンは性格や好み、得意不得意などが非常に異なっているようだった。

 ヒロインとして振る舞うことも、作り上げた自分に恋をされることも、苦しくかった。


「だから、ヴァネッサ様がう、……う……」


 苦しげに同じ音を繰り返し始めたカレン。暫くの間繰り返したのち、盛大なため息をついた。


「どうしてこんなにペラペラと……」

「話して少しは楽になったかしら? もしもそうだったらいいんだけ――ぶっ!?」

「見ないでって言ったでしょ」

「ご、ごめんなさい」


 腕を広げて彼女を見てみると、疲れ、やつれてはいても、毒気が抜かれた表情をしていた。安堵して尋ねたのだが、顔をべシンと叩かれてしまう。

 腕を戻して顔を逸らすと、フン、と鼻を鳴らす音が聞こえてきた。


「今度はヴァネッサ様の番ですから」

「えっ」


 カレンは勢いよく顔を上げた。慌てて腕を退かす。


「前世はどんな人物で、どうやってダリウス殿下を射止めたのか教えてください」

「そう言われても、前世の記憶はほとんどないの。あるのはゲームの記憶だけ。しかもすべてじゃなくてほんの一部。殿下が続編のヒーローだと知ったのは、氷の力を暴走させた時なのよ。それに、私自身もどうして殿下が好きになってくれたのかわからないの」

「ふぅん……」


 つまらなさそうに唇を尖らせたかと思うと、ヴァネッサの腕を引いてまた籠ってしまった。

 ヴァネッサは丸い後頭部を見つめて、次いで視線を前へと戻す。前世の記憶はなくとも、話せることはある。


「わたしのことが嫌いなくせに……と言っていたけれど、私、貴女のことを嫌いだと思ったことは一度もないわ」


 腕の中でカレンがピクリと動いた。


「私、ずっと貴女が羨ましかったの」

「どうしてよ」


 ガラの悪い顔で彼女が出てくる。

 不機嫌な猫のような彼女に微笑みかけ、次いで、視線を下げた。


「温かい家庭に生まれて、母親にも、父親にも、娘としてかわいがられる貴女が、自分とはあまりにも違いすぎて。でも、そのことを理解できてからは、貴女にしてきたことをずっと後悔していたの。八つ当たりをして、傷つけたことを謝りたかった。……本当に、ごめんなさい」


 ようやく伝えることができた。そう安堵したヴァネッサの前で、カレンがグッと目を細めた。


「なによ……そんな、悪役らしくない態度をとるなん――」

「でも、それは貴女が転生していないと知るまでのことよ」


 身体を起こし、ニコリと微笑む。


「ハリー様のことはまぁよしとして、ダリウス殿下を狙ったことは許せません」


 腕をつき、上体を起こしたカレンの顔がサーッと青くなっていく。


「交換条件です」


 腕に抱えていた瓶がないことに気付いたのか、視線を左右へと動かしているその頬を、ヴァネッサはガシリと掴んだ。


「私を許してくださらない?」

「はぁ!?」

「あら」


 カレンが勢いよく頭を横に逸らす。


「いっ、今さら仲良くするつもり!?」

「まさか。今までのことをチャラにした方が、この先の未来をもっと楽しめると思っただけよ」

「交換条件で許してもらうって、どうなのよ!」

「私は気にしないわ」

「当事者のくせに」

「ごめんなさい」

「謝らないでくれる?」


 睨みつけられ、ヴァネッサは残念そうに眉を下げた。そう簡単に仲が改善することはないか。


「本音を言えば、ヒロインとしてではなく、ゲームの記憶を持った一人の人間としての貴女に興味が湧いたんだけど……まぁ、許したくないならそれでもい」

「――わよ」

「えっ?」

「……許すわよ……助けてくれてありがとう」


 かなり、かなり、耳を澄まさないと聞こえないボリュームで、感謝の声が聞こえたような気がした。


「今、ありがとうと言った?」


 無言だが、彼女の顔がみるみるうちに赤くなっていく。


「とっ、とにかく許したから!」

「待ってくれ!」

「きゃっ!」


 流石はヒロイン。雪にダイブしようとも声がかわいい。それとも、努力で習得したのだろうか。

 立ち上がり、逃げ去ろうとしたカレンの足を掴んだのはハリーで、彼は……頭部から血を流していた。助けを呼ぼうかとダリウスたちへ目配せをしたその時、カレンがキレながら顔を上げた。


「なにするの! 危ないじゃ、きゃーーっ!?」

「どうしましたか!?」

「どうしましたかじゃないよ! あっ頭から血が!」

「えっ? あ、ほんとだ」


 頭に手をやった彼の手に、ベットリと血がついている。それを見てまたカレンが叫んだ。


「なんで怪我したの!?」

「君の上に氷柱が落ちてきたから助けようとして……あれ? 君は、どうしてどこも怪我をしていないんだい?」

「それは……」


 答えずにカレンが目線を送ったのは、ヴァネッサ(の顔ではなく足)。

 こちらへと向いたハリーは、ポカンと口を開けた。


「信じられない」

「本当、失礼な方ね」


 呆れたとため息をつけば、ハリーは「そうか」と呟いた。


「もしかしたら、私はずっと思い違いをしていたのかもしれない」

「もしかしてじゃないけどね」


 ヴァネッサとカレンの声がハモる。

 すると、ハリーが膝をついたままヴァネッサの元へと這ってきた。ゴキ……黒いアレに似た動きをする黒髪の白服女と重なる、どこか記憶を刺激する姿に後ずさる。

 すると、ハリーの頭が雪に埋まった。血が辺りに飛び散り、またもやカレンの悲鳴があがる。今回ばかりは、ヴァネッサも声を出しかけた。


「えぇと、どうしたの?」

「申し訳ございませんでした、殿下!」


 もう一度、血があたりに飛び散った。


「いくらカレンをいじめていたとはいえ、冤罪までかけてしまっていました。これは、騎士として、いや、一人の人間として、許されざることです」


 ボスボスと雪に頭を埋め出すハリー。貧血で気が触れ出したのではなかろうか。それとも、国民柄通り、切り替えが早いだけか。

 飛び散る血を避けながら、どうにか声をかける。


「わかった、わかったから、やめてちょうだい」

「本当ですか! あれっ」

「きゃーー!?」


 勢いよく顔を上げたハリーが白目を剥いた。そして、糸の切れた人形のように雪の上に雪崩れ込む。しかも顔面から。

 慌ててハリーに駆け寄ったその時、顔を真っ青どころか白にしたカレンがやってきた。

 そして、背中をバシバシ叩き出す。


「ちょっと! このまま死ぬとかやめてよね!? わたしを守ろうとして死ぬなんて後味が悪いじゃない!」

「死ぬ! それこそ死ぬから!」


 ご乱心の彼女の手を掴み、必死で止める。


「別れはするけど死ぬのはいやー!」

「わかったから! あ、ほら! ミアたちが来たから、任せましょう」

「お待たせいたしました」

「カハッ」

「かっ、カレン嬢!?」


 突如ミアによって眠らされたカレン。どうしてだとミアに目を向ける。


「この方には色々と尋ねたいことがあるため、捕縛させていただきます。それより、ダリウス殿下が心配されていましたよ」

「わ、わかった――わぶっ!?」


 振り向くより早く、ダリウスがヴァネッサを抱き締めた。耳元で小さな息遣いが聞こえてくる。


「君は本当に、目が離せない」

「申し訳ございませんわ」


 彼の手は震えていて。せめて何か言ってから離れればよかった。そう思い、反省の言葉を述べる。

 ふと、彼の手にグッと力が入った。


「傷つくくらいならば、いっそ……」

「いっそ?」


 背中に悪寒が走るほど冷たく、トーンの低い声に、恐る恐る尋ね返す。

 すると、ダリウスがふっと笑みをこぼした。腕の力も抜けていく。


「いや、なんでもない。俺が見守ればいいだけの話だ。……頼むから、無茶はしないでくれよ」

「ぜ、善処します」


 また、彼の力が強まった。


「そこは肝に銘じてくれ」

「は、はい」


 ヴァネッサの返事を受けて、ダリウスは数秒間ぎゅっと強く抱きしめた。そして、身体を離す。

 穏やかな微笑みに、ほっと胸を撫で下ろしたその時、彼が愛おしそうに目を細めた。


「面白いという感情も、楽しいという感情も、……愛しいという感情も、全て君が与えてくれた。君がいてくれる、それだけで、いや、いてくれることで俺は満たされる」


 彼の言葉に、はっとした。彼が自分を好きになったのは、命を助けてきたからだと思っていたからだ。もちろん、それもあるかもしれない。それでも、自分の内面に惚れてくれたなどとは、微塵も思っていなかったのだ。

 ライルが言っていたように、自分は割と自信がないのかもしれない。

 やっと自覚したヴァネッサの手を、ダリウスが取った。ドキリと大きく、それでいて地よい音を胸が奏でる。


「ヴァネッサ、俺は君が好きだ」

「私も、同じ気持ち……いいえ、ダリウス殿下のことが、その、好きですわ」


 初めてだった。誰かに、心の底から素直に「好き」だと言ったのは。もちろん、言われたことだって。

 嬉しくて、恥ずかしくて、熱が集まり出した顔を抑えようとするも、彼は手を離してくれない。ただ愛おしそうに、嬉しさの滲んだ瞳を向けてくるだけだった。


「俺と、」


 ついに、聞ける。そう、再び胸が高鳴った。

 タイミングが悪いのか、場所が悪いのか、何度も妨害を受けてきた言葉の続きが、今――


「結婚を前提に、交換日記をしてほしい」

「……ん?」


 じわりと赤くなった耳に、夕日に照らされ、茜色に染まる宝石のような青い瞳。どこか現実離れした美しい彼から発せられた言葉に、ヴァネッサは耳を疑った。

 予想していた単語は出てきた。

 しかし、だ。その後に彼はなんと言ったか。


「え、えぇと。確認のため尋ねますが、結婚を?」

「前提に、交換日記をしてほしい。と言った」

「交換日記……ええ、それ自体はとてもいいと思いますわ。お互いの内面をより深く知れたり、知らなかった面も見れたりするかもしれませんものね、えぇ!」

「そうだろう」


 嬉しげに微笑んだダリウスの表情に、ヴァネッサの胸が音を立てた。心が生きている証拠なのだから。

 だが、しかし、だ。


「その、交換日記のことは、本に書いてありましたか?」

「ああ。……もしかして、間違えただろうか?」


 眉を下げるその姿は、もはや子犬のようにしか見えなかった。またもやドラムを鳴らし出した胸を気合いで抑え付ける。


(期待とは違った言葉に少し驚いたけれど、そんな彼もまた、可愛らしくて……)


 本当、疎いにも程がある。

 ヴァネッサは小さく息をついた。

 次いで、手を開き、彼の指を絡め取る。


「その繋ぎ方は……!」

「恋人のあり方に、間違えた、などありません。本はあくまで見本です。人それぞれなんですから、本ではなく私と向き合って、そうして、どうするか決めていきましょう」

「どうする、とは」


 わかりにくくも狼狽える彼の手を引き寄せる。そして、手の甲にそっと口付けた。

 私に言わせるおつもりですか。と、目で主張する。

 羞恥心を抑え、どうにか脳がパンクしないよう耐えていたその時、ダリウスもまた、ヴァネッサの手の甲を引き寄せた。

 軽い音と共に、柔らかいものが触れる。

 離れたかと思うと、彼がふっと微笑んだ。それでいて眼差しは獣のように鋭い。


「俺と、婚約をしてほしい」

「……はい」


 恥ずかしさにちょっとはにかんで、それから、愛おしそうに見つめ合って。そして、手は繋いだまま歩き出す。

 後ろから、スチュワートが雪に突っ込む音が聞こえてきた。

もどかしさに地団駄を踏みそうになる一方で、「それがいい……!」と仏スマイルの裏側で悶えるスチュワートです。

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