表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/110

35話 二択はたいてい目眩しなのです

 ――熱いと寒い。は、両立できる。


 赤と白、交互に変色していく視界を眺めながら、ヴァネッサはそう悟った。


「また私を揶揄からかいに来たのか」

「なに、我が力を分け与えた者を助けてやるだけだ」


 竜巻のように空高く巻き上がるブリザードが、氷狼から発せられた。まるでケーキに挿された蝋燭の火を消す子供のように、無邪気な笑顔で火竜はフッと炎を吹く。

 氷と炎の力がぶつかり合い、盛大な破裂音が響いた。と、同時に、地面へと流れてきた冷水がヴァネッサたちの足を塗らしていく。


 二匹が戦闘、いや、小競り合いを始めて、かれこれ五分は経っていた。

 人間を凌駕する力に為すべはなく。ヴァネッサたちは、地に倒れていた傭兵と共にただ攻撃を避けるしかできないでいた。目の前には火竜がいたため、ほとんど攻撃が来ることはなかったが、今は戦いを楽しんでいるようで、守る気があるのかないのか定かではない。


 なぜ、このようなことになったのか。

 最初に火竜がここにきた理由を思い出す。

 どうやら、彼は旅行について来ていたようだ。衣装トランクの中に隠れ、開いた途端に驚かせる予定だったのだが、なかなか開かれないため勝手に出て来たらしい。ちなみに、食材の幾つかとシュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ、更には、楽しみで仕方がなかったジャラブとカルカデを盗んだのは彼であった。とんだ人騒がせである。

 たいへん怒りを感じたヴァネッサであったが、怒る間も無く、二人の言い争いが始まってしまったのだ。


 どうやら、氷狼と火竜は腐れ縁らしい。どちらかというと、愉快なこと大好きな火竜が、なにかと真面目な氷狼をからかっているように思える。

 火竜は確か「まだ引きずっているのか」と言っていたか。その途端に氷狼が攻撃を仕掛けたのだ。

 わざとかどうかはともかく、氷狼の怒りに火をつける発言を火竜がしたことは、今の状況から痛いほど伝わっている。しかし、のうのうとこの戦況を眺めているわけにはいかなかった。

 ダリウスが気絶寸前の状態なのだ。どうにかして耐えようと踏ん張ってはいる。しかし、炎の力を使っても溶かしきれないほど大量の氷が、全身に張られていくのだ。

 ヴァネッサは冷え切った彼の髪を、炎と共にかき分け、片方が凍りついてしまった瞳を見つめた。炎の力では火傷を負うことのないヴァネッサと、彼は違う。溶かそうにも、下手をすれば火傷を負わせかねない。力加減が非常に難しいのだ。


「まだ声は聞こえますか?」


 白い息を吐き出しながら声をかける。片目を動かして小さく頷いたダリウスから白い息が漏れることはない。

 その時、火竜がいっそう強い炎を吹いた。


「だから言っただろう、貴様は人間に寄り添いすぎるから注意しろと。その警告を無視して交わった結果がこれか」

「それは、」


 上空から、乾いた笑い声が聞こえてくる。


「無責任にも程がある」


 「違う」そう小さく呟きながら氷狼が大きく動揺したと同時に、ダリウスが目を見開いた。ぐっと眉間に皺が寄ったかと思うと、瞬時に張り付いた氷に覆われ、膝をつく。その肩を抱きながらヴァネッサは空を仰いだ。


「火竜様、これ以上は――」

「お前に何が分かる!」


 氷狼の両目が、月のように青白く光る。刹那、無数の氷の槍が輪を描いて連なった。

 もうやめて。そう叫ぼうとしたその時、見覚えのある黒い影が、視界の端で揺れ動いた気がした。

 氷槍たちが風を切る音が響き渡る中で、目を凝らして見えたのは……かつて教会でヴァネッサたちを出迎えた、ゼンだった。


「逃げて!」


 火竜による炎は槍を溶かしたが、口から一度に吹く範囲には制限がある。うち漏れた氷槍は、このままでは彼に当たってしまうだろう。

 炎を飛ばしながら彼が逃げられるよう願ったその時、また一つ大きな影が動いた。

 庇うようにゼンを抱きしめたのは、シェール。

 近くにいたのか、迂闊だった。

 炎が間に合わない、火竜も気付いていない。踏み込み、一か八か剣を投げるしかない。

 投擲した剣の切先が、氷槍へと触れるその前に。

――シェールの眼前で、氷槍が爆ぜた。

 いや、弾かれ、壊れたとでもいうべきか。


「な、なにが」


 パラパラと氷の粒となった氷槍が、太陽の光を反射して七色に煌めく。その雨に降られながら、シェールは目を見開きつつも真剣な眼差しを氷狼へと向けた。

 ここに来てようやく、氷狼の目がシェールを捉える。


「……どうか、鎮まりください」


 凛とした声が聞こえたのか、氷狼がはっと目を見開いた。そして、弱々しく震え出す。

 悲壮感漂う氷狼と、彼を真っ直ぐ見つめるシェール。両者を見て「ほお」と声を漏らした火竜は、ゆっくりと着地した。

 彼と目が合い、ヴァネッサは慌ててダリウスを抱えたまま駆け寄る。

 一向に見つめあったままの両者を尻目に、火竜が目を細めた。


「貴様、やはり見どころがあるな。面白い小娘を拾ってきたようだ」

「どういうことですか?」


 ダリウスの氷を溶かしているヴァネッサの手を止め、火竜が氷狼へと顔を向けた。下を向いているため表情はわからないが、氷狼は今も震えている。

 その様を見て、火竜が笑った。それも、眉間に皺を寄せて。


「誰の協力を得たのかどうかはさておき、貴様、ラヴィーネに術をかけたな?」


 氷狼がビクリと体を揺らした。


「私は所詮、獣だ。彼女は人間だ。……傷つけないためにも必要だった」

「それが思わぬ形で作用したようだな」

「どういうことなのか、質問してもよろしいでしょうか?」


 おずおずと尋ねたヴァネッサを火竜は見て、次いでダリウス、シェールへと視線を移す。

 再びヴァネッサへと戻ってきた頃には、ダリウスはひどく震え出してしまっていた。不安を抑えながら、火竜の言葉を待つ。


「まずはこの男が死に際に立っている理由について話そう。それは、氷狼と人間、両者の血を引いているからだ。魔力と身体の不適合が起きている」


 火竜の言葉にヴァネッサは頬を叩かれたような心地がした。

 ゲームにて、ダリウスは何故シェールに一目惚れをするのか、何故、ハッピーエンドが短命なのか。延命を取った場合に、心が閉ざされてしまうのか。

 それらの理由が、やっとわかったからだ。


「魔力に身体がついていかず、命を蝕まれている。また、氷狼様の感情の影響を受けているため、心が閉ざされていく……ということでしょうか?」

「ああ。そして、ラヴィーネの生まれ変わりがあの小娘だ。だろう?」

「わたしが……」


 火竜に視線を向けられたシェールは、どこかはっとした様子で呟いた。次いで、氷狼とこちらを交互に見やる。


「ラヴィーネを傷つけないよう、魂を含めた彼女のすべてに、私の攻撃を弾く術をかけた。……君の予想はすべて当たっている」


 氷狼の記憶が、シェールの持つラヴィーネの魂に反応し、一目惚れという形でダリウスに影響を与えたのだろう。

 受け入れ難いようで、氷狼は歯をギッと噛みながら視線を横へと逸らす。


「……ラヴィーネが亡くなって、私は心を閉ざしていった。子孫が持つ氷の力は、成長と共に強くなっていく。故に、不適合は度を増していき、身も心も蝕まれる。そんな彼らに私は二つの選択肢を与えてきた」


 氷狼は崖から降り、ゆっくりとこちらへと歩いてきた。シェールをちらと見て苦しげに顔を歪ませ、また歩く。

 そして、ついにヴァネッサを見下ろした。ダリウスの肩を持つ手に力がこもる。


「……その二択とは」

「氷の力を無理矢理にでもすべて抜き、人間としての感情を保ったまま早くに死ぬ。もしくは、私により近い形になるよう力を注ぎ込み、心を閉ざす代わりに寿命を全うするか。だ」


 つまり、氷の力を取り除けば、短命となるが、死ぬ間際まで人間としての心を持つことができる。

 逆に、氷の力を氷狼に増やしてもらい、完全なる適合体に変化することで、身体は耐えられるようになる。しかし、代わりに心が閉ざされる、ということか。


「前国王陛下は、延命を選んだのですね」

「愛の力でどうにかしてみせる、などと言っていたが……血には抗えない」


 ラヴィーネの生まれ変わりがいる。このことが氷狼の心を揺るがしているのだろう、微かにダリウスの表情が和らいだような気がした。

 氷狼はダリウスの顔を一瞥し、次いでヴァネッサを見つめる。


「彼の相手が、あの火竜の加護を受け継ぐ人間だなんて、信じたくも認めたくもないが、どうでもいいとする」


 心底憎そうに睨みつけてきた氷狼。その言葉に、ダリウスの手がピクリと動いたような気がした。


(いくらなんでも嫌われすぎじゃないかしら、火竜様は今まで何をしでかしてきたのよ)


 と、苦笑いを浮かべながら先の言葉を待つ。そのヴァネッサの顔と、ダリウス、あと、ほんの一瞬だけシェールを見て、氷狼は真剣な空気を纏った。


「心か、命か。君たち二人はどちらを選ぶ?」


 鋭いナイフのような視線が、ヴァネッサを静かに見据えている。ダリウスの手がまた動いたその前に、なんの迷いもない目をして口を開いた。


「どちらも嫌ですわ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ