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33話 バケモノによるバケモノ狩りといきましょう

 ヴァネッサの額に嫌な汗が伝う。表情は崩さない。しかし、ただでさえ上がっていた心拍数はさらに上昇していた。

 シェールに対して発砲されたと見切れたのは、自分が掴んだ一発だけ。もう一発は、音が聞こえただけで見えなかった。

 この弾もシェールを狙っていたのだとしたら、同じように掴めていたはず。わざと足を狙うほど銃口がズレた感じもしなかった。マーティンは確かに自身の名を呼んだが、自分の体に別状はない。


(そういえば、さっきから殿下が動いていない気が――)


「……っ」


 あと少しで彼に手が届く距離まで近付いたその時、ダリウスが僅かによろけた。


「もらった!」


 マーティンが隙を突こうと剣を振り下ろす。しかし、ヴァネッサが助けるより早く、ダリウスが剣ごと手を凍らせた。雪からマーティンの手を通り越して空高く上がった氷の柱に、傭兵たちがざわつき出す。その中で、ダリウスがまたふらついた。


「殿下! もしかし……て」


 ダリウスは地面を踏み耐えた。しかし、その身体を支えようと触れた手が、ぴちゃりと嫌な音を立てる。

 指先から伝わる生温かさにヴァネッサの体温が下がっていったその時、ダリウスが自身の身体をそっと押し離した。

 肩に近い彼の右胸から、血が一筋こぼれ落ちる。


「殿下、そんな、」

「いい」


 赤く染まった雪を避けてヴァネッサはダリウスに近づいた。しかし、また避けられてしまう。


「俺は大丈夫だ。それより――」

「はっ」


 マーティンの乾いた笑いが降ってきた。

 溶けた氷が雪と混ざり、薄桃色の液体となって山を滑り落ちていく。自身を庇うように前に出たダリウスから落ちた、新たな血を巻き込んで。

 マーティンの顔は、狂気的な笑みを浮かべていて。小さくなった瞳孔が恐ろしい。それでも、急に笑い声をあげ始めたマーティンを睨みつける。


「よかったなぁ、ヴァネッサ」


 ヴァネッサたちから距離をとっていたマーティンの前に、傭兵たちが躍り出る。


「お前にも、命をかけて守られるような、手駒になり得る人間ができたなんてな」

「殿下は駒ではありません。私にとって大切な、一人の人間です」


 キッとより鋭く睨みつけるも、マーティンは愉快気な声を漏らす。


「どうだろうなぁ。お前も俺と同じ血が半分流れてるんだぜ? まっ、いつもは愚鈍で、利用される側で、つーか価値なんてほとんどな――っと!」


 言葉の先を、ダリウスの剣が断ち切った。先程まで使っていた右手ではなく、左手で剣を握っている。

 切先を避けてもなお、マーティンは余裕の笑みを浮かべていた。


「せっかちな王子様だなぁ」

「次は殺す」


 重傷を負っているはずなのに、感じられる圧が強すぎてヴァネッサは思わず身震いをした。


「久しぶりの兄妹水入らずの話だってのに、話に割り入る男は嫌われるぜ?」


 マーティンの言葉にダリウスの頭がピクリと動いた。後ろを向かれているため表情はわからない。


「……俺は、基本的に彼女の人間関係に口を出すつもりはない」


 ダリウスは大きく息を吸って、吐いた。


「ただ俺が、彼女を悪く言われることを見過ごせないだけだ」

「だからその兄を殺すってか?」

「嫌か?」


 こちらへと振り向いた彼の瞳は、冷たいほどに虚ろで。それが出血によるものなのか、見えていなかった彼の一面なのか、ヴァネッサにはわからなかった。

 しかし、


「君が望まないのなら、やめる」


 伏せられた彼の瞳にはまだ、優し気な光が残っていて。


「……殺しては問題になります。捕縛しましょう」

「わかった」


 ダリウスはいつもの優しい微笑みで頷いた。


「なるほど、愚妹とはいえ、他国の王子を誑かす才はあったみてぇだな!」


 ヴァネッサの頭上には傭兵の斧が、ダリウスの頭上にはマーティンの剣が振り落とされた。しかし、彼の出した氷の防壁により弾かれる。


「彼女は違う。…違うんだ」


 一言目の声は強気だったはずなのに、二言目の呟きは、縋るように弱々しい。彼の手を握ると、同様に憂いを帯びた瞳がこちらへと向けられた。


「そうですよ。私は、国を傾けるために殿下に近づいたのではありません。幸せな未来を掴むために、命の恩人である貴方に使えながら生きていこうと思ったのです」


 触れた指先が時間差で凍りついていく。

 恐らく、彼が力に呑まれるまであまり時間がないのだろう。さらなる増援を呼ばれる前にさっさと倒さなければいけない。

 ふと、ダリウスが微笑んだ。


「少し、過去の自分に妬けてしまうな」

「そんなこと仰らないでくださいませ」


 防壁が解け、炎を手に宿らせながらヴァネッサも微笑み返す。


「――さて、守られるのではなく、私も殿下と共に戦います。もう二度と、私を庇って傷つかないで下さいね」

「それは約束できない。あれはほぼ反射だ」

「どうにかしておさえ――殿下!?」


 突然ダリウスは傷口を抉り始めた。慌てている合間に取り出されたのは、血塗れの弾丸。


「何をしているんですか!? 傷口がえっ、抉れています!」

「大丈夫だ」


 手をベタベタの真っ赤にさせながら、彼は何食わぬ顔で頷いた。


「この方が治りが早い」

「はっ、バケモンかよ」

「どうとでも言えばいい」


 木の上に登ったらしい、マーティンによる炎の弓矢が雨のように降り注ぐ。しかし、次の瞬間には彼の顔がひくついた。


氷血(ひょうけつ)の剣豪……か」


 ダリウスによってすべて薙ぎ倒されていたからだ。


「二つ名があったんですか」

「いや、知らない。それより、君こそ無理はしないでくれよ」

「わかりました」


 互いに背中を預け、微笑み合う。そして同時に駆け出した。

 攻撃を躱し、流し、時には受け、こちらの攻撃は確実に当てる。動きが遅くて力が強い者は、攻撃を放った後の一瞬の隙を突く。動きが速くて手数が多い者は、ダリウスと挟み撃ちにする。あるいは、捨て身の覚悟で押し切るか。焼き払うのは少しかわいそうなので、できるだけ剣で相手をしたい。焼け焦げる際の絶叫は聞きたくないのだ。

 庇い庇われ、助け助けられ。彼との共闘は呼吸をするようにスムーズで、考えずとも体が動いた。まるで、二人合わせて一人の人間になったかのように。ここにいてほしい、あちらに行ってほしい、などと思う隙すらない。

 ふと、自身に大きな影が差した。


「ちょっとは動けるようになったな」


 顔を上げて見えたのは、大きな炎に包まれたマーティンの姿だった。火球と剣、両方を放つつもりだろう。ああ、傭兵も弓を打ってきたか。

 ため息をつくヴァネッサ。次いで声を張り上げた。


「殿下は周りを落としてください」

「ああ」


 隣からダリウスが駆けてき、雪から生やした氷の枝ですべての弓を掴む。そしてすぐさま傭兵を氷の弓で落とし始めた。

 規格外の強さに度肝を抜かれつつ、ヴァネッサは上空を見上げる。


(できるかしら)


 深呼吸をして精神統一。

 そして、ヴァネッサは手を掲げ、力を引き抜くように火球を体内に引き寄せた。


「なに!?」


 一瞬にして晴れた空の上に、マーティンだけが浮かんでいる。


「成長がわかるほど私のことを見たことなど、お兄様は一度もないでしょう」


 初めて顔を引き攣らせたマーティン。落ちてくるその顎先に向けて、目を琥珀色に輝かせながら、ヴァネッサは拳を天高く振り上げた。

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