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31話 黒い狼のようにサラサラもふもふですね

 提案通り、ヴァネッサたちはイエローボ山に立ち入ることとなった。以前は首を横に振っていたスチュワートも、国王の死への関連性を無視できなかったらしい。心配しつつも了承してくれた。シェールも同様である。神父にはひとまず黙っていてくれるらしい。罪悪感はあるようだが、急に態度が戻ったダリウスを見て引きつつも緊急性を理解したそうだ。

 登山メンバーはあらゆる事態に対応できるようダリウス、ヴァネッサ、スチュワート、ミア、シェールの五人となった。キューピッド作戦が破棄されたとはいえ、シェールがヒロインであることに変わりはない。そのため、念のために連れて行った方がいいと判断したのである。一度断られたが、必死に頼むとダリウスが二つ返事でオーケーしてくれたのだ。

 教会には「シェールと交流したいため、明日まで泊まらせる」と話してある。こちらも二つ返事であった。


 出発は明日の朝、万全の準備を揃えた状態で向かうこととなる。

 そして今は細かい話し合いを終え、ようやく就寝できるところだ。


 しかし、ヴァネッサがいるのはダリウスの執務室。どうしても今日話したいことがあるからと秘密裏に呼び出されたのだ。

 ダリウスのいれたハーブティーを飲みながら、スチュワートを含む使用人たちが出ていく姿を見送る。

 いい香りだと頬を綻ばせたその時、視線を感じ、ダリウスへと向き直した。後ろから扉の閉まる音がする。

 グラス製のカップをソーサーに戻して目線を合わせれば、彼はぺこりと頭を下げた。


「夜分遅くに呼び出してすまなかった。君にだけは、どうしても事前に話しておきたいことがあったんだ」

「なんでしょうか?」


 ダリウスの頭が戸惑うようにゆっくりと上がった。比喩は正解のようで、彼の眉毛は僅かに下がり、瞳は揺れている。不安を感じているような、怯えているような目つきだ。

 形のいい唇がきゅっと締められた。そして、開かれる。


「君は、炎の力は、火竜の恩恵によるものだろう?」

「ええ、そうですわね。(まともに授業を聞いていなかったので曖昧ですが)確か初代国王が火竜様に気に入られて、力を手に入れたと聞いたことがありますわ」


 何かを告げられるでもなく質問され、それほど躊躇する内容なのかとヴァネッサは心配しながらも応えた。

 次いで、控えめに手を挙げる。


「あの、無理に話さなくても大丈夫ですよ。不安げというか、話し辛そうに見えます」

「いや、いい。話す」

「……わかりました」


 やはり心配は残るが、手を引っ込めて頷く。すると、ダリウスが拳を握る手に力を込めた。


「要するに君は、"火竜から受けた"力を引き継いだ、ということだろう? 弟君のように力を除けばただの人間だ」

「そうですわ。ただの人間……です、ね」

「俺は違う」


 彼の言葉に違和感を覚え、間が生じるヴァネッサ。その違和感ごと払うように、ダリウスの声は強く、速かった。


「氷狼伝説では、建国後に人間の少女ラヴィーネと出会ったとされているが、史実は逆だ。実際は、氷狼とラヴィーネが結ばれた後に建国されたんだ。そして、二人の間にできた子供が初代国王だ」


 ダリウスの拳を握る手に、より一層強い力が込められた。視線が外れ、苦悶の表情で床を見つめている。


「……俺は純粋な人間じゃない。力ではなく、氷狼の血そのものを引いている」

「なるほど」

「なるほど?」


 ダリウスがぱっと顔を上げた。信じられないとでも言うように、眉間に皺を寄せている。口だってぽかんと開いていた。

 何かまずいことを言ったのだろうか。まずいもなにも無いと思うのだが。


「えぇと、私、失礼な態度をとってしまいましたか?」


 それならごめんなさい、とヴァネッサは頭を下げようとした。しかし、ダリウスがぎこちなく首を横に振ったため止める。


「ふつう怖いと思わないか? 気持ち悪いとか、そこまでいかなくとも驚くとか」

「えっ、なんでですか」


 彼の発言に驚いたヴァネッサに、驚き返すダリウス。


「君は怖くないのか?」

「まさか。確かに少しは驚きましたが、話の流れでだいたい予想がつきましたし。それに、怖いとか気持ち悪いとか、思うはずがないじゃないですか」

「普通は引かれるだろう。敵対心を抱かれかねないから、王家と家臣の限られた数人にしか話さない決まりになっているほどだ」

「人間いろいろなので、その可能性を否定はしません。ですが、少なくとも私はマイナスの感情を抱いていませんよ。ただ単純に、殿下に関する情報が増えたような感じです。それに――」


 ヴァネッサは、ダリウスの冷めた手を温めるように包み込んた。


「今までの経験を経て、殿下の優しくて温かいところを知って、殿下のことをす……大切な存在だと感じているんです。もともと血筋は気にしないたちですが、この想いという土台があれば尚更です。むしろ、信頼していただけているとわかって嬉しいくらいですわ」


 安堵させるように微笑むと、ダリウスの目頭がきゅっと引き寄せられた。次いで、安堵したのか顔の力が抜けていく。

 美しい瞳に浮かんだ涙がぽろりと零れ落ちる前に、ヴァネッサはダリウスの頭をそっと抱き寄せた。


「話してくださりありがとうございます。とっても勇気が要りましたでしょう?」


 よしよし、と毛の流れに沿って頭を撫でる。彼の毛は艶があって、サラサラとしていて、とても気持ちがいい。おまけに柔らかいので、直毛のはずがモフモフさも感じられる。

 暖かいオレンジ色のランプと、その光に照らされる少し暗めの静かなお部屋。辺りに漂う少し甘くて柔らかなハーブの香り。

 時間帯が就寝前ということもあってか、微睡のようなのんびりとした心地がしてくる。


「あっ」


 一人で勝手にほんわかとしていたヴァネッサは急に我に返った。


「もっ、申し訳ございません! つい!」


 慌ててダリウスの頭から両手を離し、「何もしていませんよ」と(しているのだが)そのまま素早く上げた。


(気づいたら勝手に撫でてしま――はっ!?)


 ただでさえ見開いていた目を、ヴァネッサはさらに大きくさせた。

 目の前に、耳を真っ赤にさせて、顔を腕で隠すダリウスの姿があったからだ。微かに覗く眉も、唇も、ギュッと寄せられている。

 ふと、彼の目がこちらを向いた。眉間の皺がさらに深まり睨まれるも、すぐさま逸らされてしまう。


「見ないでくれ」


 完全にそっぽを向いてしまったダリウス。

 対するヴァネッサはというと、口角の上昇を必死に抑えていた。


(これは、照れというものよね?)


 どうしてだろう、何かが胸の奥から湧き上がってきて仕方がない。ワクワクするような、ドキドキするような……いや、ゾクゾクするような、愉悦に似た何か。


(……そう……殿下は……照れているのね)


 初めて感じるこの強い"何か"を止められなくて、ヴァネッサはそっとダリウスへと手を伸ばした。

 撫でるように、弄ぶように。そっと掴んだのは彼の熱くなった耳。

 触れた途端、彼の肩が小さくビクリと跳ねた。


「耳の先まで真っ赤……ですわね、殿下」


 つーっと耳の縁をなぞる。

 耳が弱いのだろうか。それとも、単に恥ずかしいだけか。どちらにせよ、楽しくて堪らない。飼い犬の首を指先で撫でるように、また、優しく悪戯に、引っ掻くように触っていく。

 すると、彼がぴくりと顔を動かした。

 こちらを睨む潤んだ瞳が、またもや何かを湧き上がらせる――その時、ダリウスがヴァネッサの腕を掴んだ。


 形勢逆転。小さな声をあげた頃には、ヴァネッサの上にダリウスが覆い被さっていて。


「で、殿下? 怒りました?」


 恐る恐る尋ねるも無言。

 珍しく不機嫌そうに見える彼の瞳が、自身を見下ろしている。いつもより熱くなった彼の掌は、自身の脈が速くなっていることを知らしめた。

 美形は上から見ても、下から見ても、横から見ても、なんなら薄目で見ても美形である。見たことのないアングルと、体験したことのない状況。目を逸らしたくても、野生の勘というべきか、逸らした瞬間首根っこを噛み切られそうな心地がしてできない。

 結果、今度はヴァネッサの顔に熱が集まってしまっていた。


「怒ってはいない。ただ――」

「ただ?」


 諦めるように小さく息を吐いたダリウスは、次いで目を閉じた。やれやれ、といったようすだ。


「いや、君がしたいなら撫でればいい」

「いいのですか?」

「頭なら……嬉しそうだな」

「触り心地がよかったので」


 わーい、と再び彼の頭に手を伸ばす。その時、何やら外で言い争うような声が聞こえてきた。程なくしてノック音が響く。


「いつまで夜更かしをなさるおつもりですか? 明日に響きますよ」


 ダリウスの了承を経て入って来たのはミアだった。慌てて時計を見ると、予定していたよりもだいぶ遅くまで話して(?)いたようで。ヴァネッサはダリウスと共にソファから起き上がった。別れの言葉を告げ出口へと向かう。

 去り際に見えたスチュワートは、どこかしょんぼりと項垂れているように思えた。

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