30話 新情報が豊作です
「いたっ!」
「大丈夫か?」
風が吹いたのは一瞬だった。ヴァネッサの目に飛んできた大きな葉っぱをダリウスが取る。
「だ、大丈夫です。ありがとうございま……あら?」
瞬きをしたヴァネッサの目に、鮮やかな黄色い物体が映った。それは地面に落ちており、小さな瓶に巻き付けられるようにしてついていた。新緑のような色をしたリボンがヒラヒラとはためいている。
「これはなんでしょうか?」
「俺が見よう」
瓶へと近づいたヴァネッサの横をダリウスが通り過ぎた。そのまましゃがみ込み、瓶を持ち上げる。
「手紙か」
ダリウスが瓶を裏返すと、小さなプレゼントカードのようなものが挟まっていた。抜き取ったダリウスの手をヴァネッサも覗き込む。
「ミミズのような形をした字体ですね。初めて見ました」
「これは東方に位置するインバットのものだな。これによれば、瓶の中身は“失愛の毒薬”らしい。隣のメッセージは……どうした?」
ヴァネッサの異変に気づいたらしく、ダリウスが顔を覗き込んでくる。
――失愛の毒薬
聞いた途端はっとした。
『Freeze to Love』には課金アイテムが複数用意されていた。その内の一つがこれで、高感度アップアイテム“純愛の媚薬”の逆、好感度ダウンアイテムとなっている。(媚薬なのに純愛とはどうかと思うが、不満を言っても仕方がない)。
誰がこれを用意したのか、どこから入手したのか、何故自分達に渡したのか。
また、ダリウスは媚薬を守られたのか。
わからないことだらけだが、もし、この毒薬が有効なら。
「(媚薬の)効果が中和、いえ、相殺されて殿下が元に戻るかも……」
「これにも同じことが書いてあるな」
顔を上げればダリウスがメッセージカードを指先で掲げた。
「まぁ、書かれていたのはそれだけではないんだが……」
瞼を伏せた鋭い視線が、メッセージの最後尾あたりへと注がれる。
しかし、次の瞬間にはふっと笑ったかと思うと、瓶の蓋を開けていた。慌てて彼の手を止める。
「お待ちください! まさか飲むつもりじゃありませんよね?」
「そのつもりだ」
「毒薬ですよ?」
「元に戻れるのなら毒でも飲もう。それに恐らく大丈夫だ、死にはしない」
「どうしてそう言い切れるのです」
心配だと眉を下げて問うも、彼は微笑むだけで。
「コミュニケーションが大切なのでしょう?」
そう言ってようやく苦い顔をした。観念したように息を吐き、再び微笑む。
「このメッセージによれば、俺が毒殺されるのは君を悲しませた時らしいからな」
「殺害予告じゃないですか!」
辺りを見回すも、殺気らしきものは感じられない。第一、風が吹いた時だって感じられなかったのだ。怪しい、怪しすぎる。
逆に殺気立ち始めたヴァネッサ、その額にダリウスの指がトンと触れた。
「皺が寄っているぞ。これはこれでかわいいが」
「かっ、かわっ!?――ってあぁ!」
羞恥で顔を真っ赤にさせたのも一瞬、ダリウスは瓶をくいとあおった。彼の喉仏がゆっくりと上下に動く。
「の、飲んじゃった……」
「苦いな」
「吐き出してください!」
涼しげな表情で瓶を見やるダリウス。
ヴァネッサは彼のお腹を一発殴り、背後へと回った。そのまま必死に背中を叩く。
「俺なら大丈夫だからやめてくれ、少し痛い」
「も、申し訳ございません……あっ! スチュワートさんのところへ行きましょう!」
さぁはやく、とヴァネッサはダリウスの腰と足へと腕を回した。しかしサッと横へ逃げられてしまう。
「大丈夫だ。ほんの一瞬だけ胸が痛んだが、今はなんともない。むしろシェールへの感情が消えてスッキリしたくらいだ」
「本当ですか……?」
ダリウスを頭の先から踵までじっくりと観察するヴァネッサ。
医術の知識はないため、なにもわからない。しかし、わかりやすくおかしい点がないことは確かだった。
それでも心配でヴァネッサはダリウスを見つめ続ける。何故かほわほわとした花が見え始めたその時、後方から数人の足音が聞こえてきた。
「ダリウス殿下、ヴァネッサ様、ご無事ですか?」
「何かあったんですか?」
やって来たのはミアとシェールで、二人とも額に汗を滲ませている。少し遅れてスチュワートもやって来た。
一から説明しようかと口を開く。すると、シェールがダリウスの手元を(訝しげに)見て小さく「あ」と声を上げた。
「どなたかイエローボ山に行かれたのですか?」
「どういうこと?」
シェールはリボンと瓶の間に挟まった黄色い花を指さした。
「これはフクジュソウと言います。冬の花ですが、イエローボ山でだけ年中咲いているんです」
今は冬ではない。なら、これはイエローボ山で採ったものということだ。
「どうしてわざわざこの花を……殿下?」
ふと、ダリウスが懐へと手を忍ばせた。その表情は真剣で、思わずごくりと喉が鳴ってしまう。
「えっ、これは……」
シルクに包まれ出てきたのは、氷のネックレスだった。かつて王城で見たものとそっくりである。
ダリウスを見上げると、彼はぐっと眉間に皺を寄せて頷いた。
「これは、先代国王、俺の父がつくった『溶けない氷の結晶ネックレス』だ。母とお揃いでいつも肌身離さず着けていた」
「殿下へお譲りに?」
「いや、違う。……父が亡くなった時にこれは見つからなかった。捨てたと思っていたのだが、舞踏会の日、君が出ていった後にイエローボ山の麓で見つけた」
ネックレスを優しく握るダリウス。
そういえば、国王は病にかかっていたとはいえ早死にしたといえる年齢。ダリウスは彼のことを氷のような心と言っていた。しかし、それは物心ついた頃の話。スチュワートが「国王は王妃と殿下を愛していた」と述べたことも、ダリウスから聞いている。彼は信じなかったようだが、嘘だとは言い切れないだろう。
もし、国王が本当に二人を愛していて、突然心を閉ざしたとしたら。
ヴァネッサはスチュワートへと振り返った。
「国王陛下は、殿下や王妃を愛されていたのよね?」
「はい、そうですよ。しかし、殿下が幼い頃、少しずつ冷たく……いえ、感情の波が小さくなっていったのです」
「俺が物心つく頃には、目もくれない状態だった」
「なるほど……」
ダリウスも何か思うことがあるのか、彼の口調はかつて国王の話を聞いた際のような、呆れを感じさせるものではなかった。どこか寂しげな瞳でネックレスを見つめている。
「殿下、無理を承知でお願いしたいことがあります」
言葉の先を見透かしてか、ダリウスは目を細めて小さく顎を引いた。




