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28話 挙動不審が極まっています殿下

 ダリウスの心変わり……かはわからないため、明らかな行動の変化が始まって今日で三日。ヴァネッサたちは歯がゆい日々を送っていた。


 毎日シェールと二人っきりの茶会を開き、シェールやミア、スチュワートが「ヴァネッサを含めた三人でしたらどうか」と提案したら断られ、声をかけようとしたら避けられる。ヴァネッサがこの期間中ダリウスと交わした言葉は、「おはよう」や「おやすみなさい」といった食事時の挨拶と、一方的な質問とそれに対する答えでない返事だけ。それ以外の会話は避けて避けて避けられていた。なんなら、会うことすら避けられている気がする。

 ちなみに、食事の際、ダリウスは何故か無言を貫き通している。何かあったのかと聞いても、体調を気にかけても、挙動不審だと伝えても返ってくる答えはすべて「いや……」。

 なにがいや……である。何かが嫌なのか「いやなんでもない」なのか、はたまた別の言葉が続くのか、わからないではないか。


「もうむりです!!」


 いつまで経っても変わることのないダリウスの態度に、真っ先に限界がきたのはシェールであった。(一つ変わったことといえば、くろまめの足がより逞しくなったことだろう)。

 夕食後、ヴァネッサの部屋へやって来たシェールは控えめにシャウトした。彼女のかわいらしい顔にはしおしお……っと渋い皺が刻まれている。

 ヴァネッサは苦笑いを浮かべながら、紅茶がいれたてのカップをソーサーへと戻した。


「毎日お茶会をするのは疲れるわよね」

「それだけじゃないんです!」

「う、うん」


 相当こたえているのか、普段は大人しいはずのシェールは感情が抑えきれない様子。あまりの迫力にヴァネッサでさえも気圧されていた。


「ヴァネッサ様を誘う提案はお断りされるのに、ヴァネッサ様のことを話題に出すと詳しく掘り下げてくるんです。普段のお話だって、こう……私の内面というか、腹の内を探るようなものばかりで」

「腹の内を? 教会に使えている貴女を探らないといけないような事件も、事情もないと思うのだけれど」

「スチュワートさんからもその様な話は聞いておりません」

「そうよね」


 ヴァネッサは小さく唸った。ふと、目の前でシェールが唇を尖らせる。


「船の上ではこれでもかというくらいヴァネッサ様のことを嬉しそうに話されていたのに……今の殿下には違和感しかありません」

「シェールさん……」


 項垂れたシェールと同じく、ヴァネッサは眉を下げた。

 カフェの中で自身の話をしていたことは知っていた。それはただ面白かったからだと思っていたのだが、違ったのかもしれない。また、船の上でも話していたとは思いもしなかった。

 今までの非礼を詫びたい、そう思っていたヴァネッサの背筋に悪寒が走る。

 顔を上げて見えたのは、ちょっと……控えめに言ってガラがよろしくないお顔を浮かべた、シェールであった。


「ど、どうしたの?」

「……ダリウス殿下が非常に優れたお方だということは知っているんです。裏市がまだ残るとはいえ貧民街がなくなったのも、穀倉制度の大幅な変更によって餓死する人が大幅に減ったことも、生活水準が上がっていっていることも……すべて殿下による政策のおかげです。です、が」


 普段ほわほわしているか微笑んでいる姿しか見たことがない。そのため、シェールによって告げられた彼の為政者としての姿に、ヴァネッサは微かな驚きを覚えた。流石は攻略対象、スペックが……いや、同じく攻略対象であり第一王子であるマーティンにはむりだろう。素直にすごいと思う。

 是非ともダリウスについてもっと掘り下げたいところだが、今はシェールだ。この威嚇する猫のような顔をしている彼女の話を聞かねば。


「それとこれとは別です」

「これって……船の上でのこと?」


 シェールは小さく頷いた。


「俺の方が友達のお前よりヴァネッサと仲がいいんだ――と遠回しに言われているようで、正直に言って不快でした」

「ん? シェールさん?」

「あと、お茶会でたびたび微笑みとしかめっ面を交互にされるのはもう嫌です。挙動不審にもほどがあります」

「ちょっ、ちょっと落ち着きましょう」


 ヴァネッサはミアをチラ見しながらシェールを落ち着かせた。よかった、ミアは素知らぬ顔で紅茶のお代わりを用意している。

 宥められて少し冷静になったのか、シェールが頭を下げた。


「す、すみません。尋問されているみたいで、もう限界で……」

「尋問ねぇ」


 平民と王族という関係である以上、むやみに断ることができないのだろう。

 それにしても、尋問と微笑み、さらにはしかめっ面を短時間ですべて行ってくるとは、やはり様子がおかしい。


「理由を聞こうにも、何故か避けられているのよね……打つ手を考えようにも材料が少なすぎるわ」


 『夫婦関係に大切なのは、我慢ではなく、コミュニケーションとすり合わせ』などとスチュワートの言葉を伝えてきたのはどこの誰だっただろうか。困ったものである。そしてなんと悲しきことか。

 爽やかな茶葉の香りが立ち込める中、二人の盛大なため息が響いたのだった。



★★★



 翌日、今日も今日とてダリウスはシェールをお茶会に誘った。朝食と昼食、どちらでも会話はゼロ。

 ミアと共に部屋に戻ったヴァネッサは、ただ椅子に座って自身の思いを整理していた。


 シェールに対して、かつて自身に向けたような微笑みを浮かべるダリウス。それがおかしいことはわかっている。同一人物に対してお茶会を毎日開くのも常識的に考えておかしいし、彼の行動や言動、はてには雰囲気にさえ違和感を覚えた。

 しかし、彼のことを思えば、そのままがいいのではないかと思えてしまうのだ。

 なにせ、当初の予定はシェールとくっつけることだったのだから。シェールはまったくその気がないようで、むしろ仲良しから遠ざかっている気がするが。

 このまま放っておいて、ダリウスとは違い会話はできるシェールを説得するか。そう考えたこともあった。

 けれど、ダリウスへの想いを自覚した自身の胸は、悲痛な声をあげていて。


「少し休もうかしら……あら?」


 立ち上がったヴァネッサは、棚の上に置いていたジャラブとカルカデがないことに気づいた。昨夜はまではあったような、なかったような気がする。


(まさかお兄様が嫌がらせで? でも、こんなみみっちいことをする人物だったかしら?)


 じわびわと精神を削ること自体はいかにも彼が好きそうなことではあるが、それにしてはかわいらし過ぎる気がする。


「代わりのものをご用意しましょうか?」

「そうしてくれるとありがたいわ」

「かしこまりました」


 ミアは礼をしたのち、近くに控えていたメイドに声をかけた。その姿をぼうっと見て、次いで外の景色へと視線を移す。


(せっかく楽しみにしていたのに……残念だわ)


 落ち込んだ気分に合わせて目線も下げる。すると、庭でダリウスとシェールが歩いている姿が見えた。鮮やかな新緑の中で色とりどりの花に囲まれたその美しい光景に、ヴァネッサの胸がズキリと痛む。自覚する前はここまでひどくなかったのに。


「あっ」


 視線を外せずにいると、シェールがつまずいた。

 その手を取り支えたのはダリウスで、愛おしそうに細められた目が優しくて、その笑顔が懐かしくて……ヴァネッサの瞳から、涙がポロリと溢れた。

 熱い涙に触れるヴァネッサ。その瞬間、ダリウスがこちらへと顔を上げた。

 ドッと冷や汗が噴き出る心地がする。胸がバクバクと鳴って落ち着かない。


「くっ、くろまめに乗ってくるわ!」

「ヴァネッサ様!――ツッ!?」


 居ても立っても居られず、ヴァネッサは部屋から逃げるように飛び出た。

 はやくくろまめに会おう、山の景色を眺めて気持ちを落ち着かせよう。精神統一のために今度こそ滝修行をしてもいいかもしれない。今はもう凍死しないだろう。


 ヴァネッサはこれでもかというくらい廊下を全速力で駆け抜けた。階段につき踊り場で素早く旋回をし――


「ヴァネッサ!」

「キャアアアア!?!?」


 久方ぶりに聞こえて来た声に振り向けば、先ほどまで庭にいたはずのダリウスが息を切らし立っていた。

――庭は一階の外であり、ここは二階である。

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