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27話 殿下の様子がおかしいです

 舞踏会から帰ってきた翌朝、ダリウスが心配で、いつもより早く起きたヴァネッサは一人寂しく朝食の紅茶を飲んでいた。近くにはミアや使用人たちが控えているため、ある意味一人ではないのだが、食事をとっている人物がヴァネッサしかいないのだ。

 ダリウスは部屋で朝食をとり、スチュワートは何やら慌ただしくダリウスの部屋と屋敷のあちらこちらを往復している。他の使用人たちも数人、庭や廊下を忙しそうに駆け回っている姿が見える。それでも足音が静かな辺り、流石は王家に使えるだけあるなと思う。

 これほど慌ただしく、それでいて寂しい朝食は久方ぶりだ。

 今朝スチュワートから聞いた話によると、ダリウスの体調はよくなったらしい。これは嬉しく思うが、その分なぜ朝食に来ないのか気になってしまう。


(や、やっぱり愛想を尽かされたんじゃ……!?)


 何があったのか、どうして使用人たちは忙しそうにしているのか。ミアに尋ねてみようと落ち着かない気持ちでカップの縁から唇を離したその時、廊下からパタパタと慌ただしく不規則な足音が聞こえてきた。近くに控えていた使用人がスマートに扉を開ける。


「きゃっ!」


 駆け込んできたのはシェールで、からぶった手を突き出した後はっとこちらを見やった。

 ヴァネッサはカップをソーサーに戻し、つま先を揃えたまま振り返る。シェールは肩で息をしていた。


「お、おはようございます」

「ええ、おはよう。朝食をとりに来たの?」

「そう……です」


 ぎこちなく頷いたシェールにヴァネッサは首を傾げた。

 それにしても……


「やけに服が乱れているわね。あっ、デザインは素敵よ」


 シェールは薄桃色の普段着用ドレスを着ていた。

 ドレスより一段濃いイエローのベルベットリボン、白いレースはたっぷりとあしらわれ、向日葵柄の刺繍が大胆にも襟元を飾っている。シンプルさと華やかさのコントラストが素晴らしいドレスだ。彼女の品のある美少女顔にも合っている。

 耳と胸元で光を放つのは白い真珠と、太陽のように煌めくあれは……ファイアオパールだろうか。レモンのような黄色の中にグリーンやオレンジ、スカイブルーなど様々な光が混じって見える。

 どれもシェールにぴったりで、品質もデザインも申し分なし。なのに、リボンは左右非対称で、ウエストリボンはドレスに変なシワをつけている。

 何故だろうとドレスを観察していた目をシェールへと移すと、彼女は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。合わさった視線が横へ逸らされる。


「その……ドレスを着たのは初めてで……」

「着せられるのは恥ずかしいとお断りされたのですね」


 女中から話を聞いたらしく、ミアがヴァネッサの横についた。シェールは顔を腕で隠しながら頷く。


「私とミアに着せられた時は耐えられていたと思うんだけど……」

「その、今日は初めて会った方ばかりで……緊張してしまって」


 シェールはギュッとスカートの裾を握った。

 あぁなるほど、とヴァネッサは心の中で頷く。立場上、彼女にとって服は自分で着替えるものなのだから恥ずかしいはずで、さらに初対面の相手ときたのだから困惑して当然か。


「じゃあ朝食の後にミアに直してもらいましょう。いいかしら?」

「かしこまりました。では、お席へどうぞ」

「あ、ありがとうございます」


 ミアがさっと手を挙げると、壁際で控えていた執事が椅子を引いた。挙動不審になりながらも座ったシェールが面白かわいくて、思わず笑みが漏れてしまう。


「そのドレスは誰からもらったの? まさかマーティンお兄様ではないわよね」

「いえ、違います。その……」


 ブンブンと首を振るシェールは突然頭をピタリと止めた。眉間に皺が寄っていく。


「殿下からお茶会をするからといただいたのです」

「えっ、殿下が?」

「は、はい」

「お茶会を?」

「……はい」


 ヴァネッサはミアと共に顔を見合わせた。何故かミアも気まずそうにしている。眉毛の位置がいつもより少し下だ。


「実は、体調はほぼ回復したものの、様子がおかしいようです。殿下自身がスチュワートさんに何も話さないため、彼も詳細はわからないようです」

「そう……シェールさんは何か心当たりはある?」

「私も今朝ドレスを頂くと共にスチュワートさんからお話を聞かされたので、なにがなんだか……ヴァネッサ様との恋愛相談に対する賄賂ということなのでしょうか?」

「さ、さぁ?」


 ダリウスは何を考えているのか。感情の機微はある程度読み取れるようになったが、こればかりは未だにわからない。口から飛び出す言葉は直球で、わかりやすいも何もないのに。

 不満そうに顔をしかめさせて食事をするシェール。彼女の顔を眺めながらヴァネッサは頭を捻った。

 彼女の言う通り、ダリウスはシェールに恋愛相談をするつもりなのだろうか。その報酬としてドレスをプレゼントしたのだろうか。


 彼への想いを自覚した今は、そうであってほしいと願う。



★★★



「いや、違う、違うわ。ぜーーったいに違う」


 別荘の物陰に隠れ、ダリウスとシェール二人っきりのお茶会会場を盗み見ていたヴァネッサはそう声を上げた(ただし小声である)。


「ヴァネッサ様、腰を痛めますよ」

「だって見て、あれ」

「あれとはなんでしょう?」


 ヴァネッサはビシリと二人へと指を向けた。人に指を差すなどはしたないですよ、と言わないあたりミアは割と緩いところは緩いのである。現に、咎めるどころかヴァネッサの指先を追っていた。


「シェールさんに初めて向けたあの表情……」

「真顔に見えます」

「いいえ、そんなことないわ」


 ヴァネッサは真剣な眼差しをミアへと向けた。


「あれは、ヒロイン(こい)に落ちた攻略対象(おとこ)の顔よ」

「はぁ」

「信じてないわね?」


 むっと頬を膨らませるヴァネッサ。よく見てみるといい。微かに目尻が下がり口角が上がっている。立派な微笑みではないか。スチルと瓜二つである。

 それなのに、シェールは納得がいかない様子。不満気に唇まで尖らせたヴァネッサを見て、小さく息を吐いた。


「今までのことを考えたら疑いますよ。どうして突然ヴァネッサ様から心変わりをするんです? 舞踏会でもシェール様と何もなかったではありませんか」

「それはそうだけれど……彼の顔が物語っているじゃない。あっ、ほら! 今も――えっ」


 お茶会へと視線を戻したヴァネッサ。その目に、シェールの頬へと手を添えるダリウスの姿が見えた。


「な、なん」

「ヴァネッサ様!」


 倒れたヴァネッサをミアは抱き寄せた。気をしっかりと声をかけられるも、ヴァネッサは力なく項垂れる。


「いかがなさいましたか!」

「胸が……胸が……」


 この感覚はなんだ。胸が苦しくて、痛くて、逃げ回りたくて落ち着かない。


(なんかもう苦しい)


 マーティンに呪いでもかけられたのではないかと錯覚するほどだ。

 あまりの苦しさにゴロゴロと転がっていると、ヒールを忙しなく動かす音が聞こえてきた。


「大丈夫ですかヴァネッサ様!」

「シェール様、お茶会は――ヴァネッサ様?」


 聞こえてきたのはシェールの声で、彼女がやって来たのだと悟ったその瞬間ヴァネッサは立ち上がった。自分でも驚くことに、これはほぼ反射である。


「――く」

「く?」


 ミアとシェールの声が重なる。


「くろまめと遠乗りに行ってきます!」

「えっ、ヴァネ――速いですね!?」


 シェールのツッコミを背に、ヴァネッサは厩舎へと走り出したのだった。

ヴァネッサのおかげでシリアス展開は回避されました。

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