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23話 ゲームには空白の時間があるのです

「その、ヴァネッサ」


 ダリウスの戸惑うような声がポツリと食堂内に漏れる。ヴァネッサは顔を上げることなくデザートを珈琲で流し込み、席を立った。

 ようやく顔を上げて見えたダリウスの顔は見るからに狼狽えていた。動いている表情筋は眉と口辺りだけだが、普段から真顔の多い彼にしては分かりやすい方だろう。


「殿下にお願いがあります」

「なんだ?」


 はっと目を見開いたかと思うと、ダリウスはすぐさま返事をした。若干食い気味のように思えるのは気のせいだろうか。しかし雑談する気はないため、ここは手短に要件を伝えることとする。


「今夜開催される舞踏会にこっそり参加して頂きたいのです」

「何故――」

「シェールさんが心配ですから。もちろん私も(お二人を)影から見守るつもりです。では!」

「まっ」


 返事を待たずしてヴァネッサは食堂から飛び出した。そのまま窓から飛び降り、膝の屈伸を利用して着地する。

 着いた先は門の前――ではなく、王城から連れて来られた馬が待っている厩舎。足音を聞き入れピンと耳を張った一際目がまんまるとした馬へと跨った。後ろから事前に用意を済ませておいたミアが出てくる。


「本当に行くのですか?」

「えぇ! 行くわよくろまめ!」

「ヒヒィン!」


 ヴァネッサは手綱を握った。くろまめの前足が空高く上げられる。


「……そうですか。……そろそろ限界なんですけどね」


 気落ちしたようなミアの声とは対照的に、晴々しい空が頭上には広がっていた。日差しをもろともせずに田舎道を突っ切っていく。

 目的地はもちろん教会。本気で着飾るのなら昼前から準備をし始めても足りないはすだ。そのため、一刻も早く着く必要があるのである。



「皆様おはようございます」

「おはようございますおねぇちゃ、ヴァネッサ様」


 ヴァネッサによるノック音を聞き重々しい扉を開けたのは、シェールではなく、かつて子供たちの世話を手伝っていたゼンであった。おずおずと顔を出した彼の表情は少し強張っている。どうしたのかと尋ねてみると彼はそっと扉の奥へと視線をやった。

 ミアと共に入って見えたのは子供たちに囲まれているシェールの姿で、絵を描く子供たちに気を配りながらも絵本を朗読している彼女の様子にはなんらおかしい点はないように思える。

 ゲームでは、手紙が届いて驚いた後には時間が飛び、舞踏会に到着していた。そのため、この間にヒロインが何を思い、どのように過ごしたのかはわからない。舞踏会ではマーティンを振るため、まったくもって気が乗っていなかったことは確かだ。


「シェールおねぇちゃん、ずっと元気がないんだ。夜会なんて初めてだし、お偉いさんとの面識もないのに……って。不安なんだと思う」

「なるほどねぇ……」


 ヴァネッサはどうしたものかと頭を捻った。昨日の拒否の具合とゼンの話から、シェールが本当に行くのか怪しく思えてならない。なんだかんだ真面目であるため大丈夫だとは思うのだが、もう少し気分を立て直しておきたいものである。


「あっ、ヴァネッサ様。おはようございます」


 ふと、顔を上げたシェールと目があった。ニコリと微笑み彼女へと近づく。もちろん、子供たちへの挨拶も忘れずに。


「おはようございます、シェールさん。クマがひどいですね」

「えっ! すみません、お見苦しい姿を――」

「謝らないで。緊張するのも無理はないわ」


 ヴァネッサの言葉を聞き、シェールの肩が少し落ちた。子供たちが不思議そうに彼女の顔を眺めている。

 その時、ミアが空いていた机の上へと手箱を置いた。シェールは気付いていないようだが、周りにいた子供たちは目をキラキラとさせながらミアへと駆け寄っていく。

 瞬く間に席にはヴァネッサとシェールだけが残されることとなってしまった。


「あの、ヴァネッサさ――」

「さっ、そのクマも含めて綺麗にするわよ」


 二人が口を開いたのはほぼ同時だった。


「どうしたの?」


 立ち上がった足を再び折り、シェールへと向き直す。しかし彼女はあわあわと両手を横に振った。


「いえ、なんでもないんです。それより綺麗にするってどういうことですか?」

「そのままよ。湯浴みをしあり、マッサージしたり、香油を塗り込んだり、お化粧をしたり……私とミアにできる限りの力を使って、今できる貴女の最大限の魅力を引き出すの」

「そこまでしていただくわけにはいきません!」


 体をびくつかせ、次いで大きくのけぞったシェール。ヴァネッサは咄嗟に彼女の手を取った。


「私がやりたくてするのよ。だから遠慮はしなくていいわ」

「でも――」


 シェールが眉を下げて口を開けたその時、女の子が三人ひょっこりと二人の間に顔を出した。クリっとした大きなお目目がこれでもかというほど輝いている。柔らかそうな頬もピンク色だ。


「わたしもきれいにしたいー」

「こうゆってなぁに?」

「おけしょうしたい!」


 グイグイとヴァネッサへと顔を突き出しながら主張する三人。あまりの可愛さに思わず笑みが漏れてしまう。


「じゃあ、まずはみんなでお風呂に入りましょう」

「うん!」

「えっ」


 困ったように三人へと目を向けていたシェールが顔を上げる。その顔は本当にいいのかと疑っているのだろう。微かに眉毛に皺を寄せ、口を小さく開けている。


「王女が子供たちをお風呂に入れるのは意外?」


 そう微笑みながら尋ねれば、シェールは目を泳がせた後に短くコクンと頷いた。



★★★



 教会の浴室内に陽気な民謡が響き渡る。


「あの!」


 子供たちに混じったヴァネッサの声を止めたのは、長い攻防のすえ木桶に入ることとなったシェールだった。ミアもいるとはいえ、なぜ平民である自分の体を王族であるヴァネッサが洗うのかと首を振って全力で拒否していたのだ。

 ヴァネッサはシェールの手を揉みながら応える。子供たちによる歌は今も続いているため、耳を澄まさないと聞き逃してしまいそうだ。


「どうしたの? やっぱりいい、はなしよ」

「そ、それは……分かっています」


 よしよし、長い説得が効いたようである。

 ヴァネッサは満足気に微笑みながら先の言葉を待った。しかし、いっこうに口を開かない。

 不思議に思い、シェールの顔を見てみることにする。なんとまぁ悩まし気なことだろう。消えたはずの皺はより深くなって戻っている上に、むすりと唇を突き出してしまっているではないか。

 それでも待っていると、皺が突然グッと深まった。


「……つかぬことをお聞きしますが、ヴァネッサ様は訳あってこの国にいらっしゃったんですよね? ダリウス殿下から聞きました。そして、自由と平和を得るために国王陛下へ直談判をなさったとか」

「えぇ、そうよ……いつ聞いたの?」

「昨日です。船の上で聞きました」

「そ、そう」


(私の話をしてどうするのよ!)


 ヴァネッサは微笑みを称えたまま内心ダリウスに突っ込んだ。デート中に別の女性を話題に出すのは基本的にご法度だろう。

 もどかしさを感じる中シェールがこちらへと顔を上げた。何か強い意志を感じる瞳に気圧され、ヴァネッサの背が自ずと伸びる。


「怖くはありませんでしたか?」


 ヴァネッサは目をパチクリとさせた後、ゆっくりと頷いた。


「もちろん怖かったわよ。でも、私はどうしてもあの国から出て行きたかったの。例え陛下に敵視されることになったとしてもね。強い意志と覚悟がなかった(以前の私な)らできなかったかもしれないけれど」

「なるほど……」

「どうしてこんな質問を?」


 またシェールの視線が外へとズレた。何やら思い悩んでいるようで、唇が締められている。

 ふと、ミアがヴァネッサの肩を叩いた。


「神父様からあるお話を聞きました」


 鼻の先に泡がついている彼女の姿に笑いそうになってしまったが、堪えて耳を貸す。


「先ほど大きな箱が届いたようです」

「……中にはドレスが?」


 ミアが頷き、シェールは顔を強張らせた。何が起こっているのか、どういうことなのか理解しかねるのだろう。


(やっぱりね)


 ヴァネッサは小さくため息をついた。

 現在の時刻は昼前。予定より早くに送ってきたということは、こちらの動向が彼に漏れているということである。監視者を雇っているか、彼自身が見ているか。どちらなのかは分からないが、兄の行動がいき過ぎていることはひしひしと伝わってくる。

 舞踏会でもシナリオ以上に暴走しないよう、いや、ダリウスとシェールがくっつくためのいい踏み台になってくれるよう、こちらも細心の注意を払う必要がありそうだ。


(ただ、私の味方が誰一人としていないのは少し怖いけれど)


 窓から入る心地よいそよ風に吹かれながら、ヴァネッサはシェールを元気づけるために口を開いたのだった。



★★★



 ヴァネッサが別荘を飛び出した後、ダリウスは医務室を訪れていた。立ち上がって名前を呼ぶも虚しく終わったダリウスの目の前で倒れたのだ。それも苦し気に胸元を握って。

 しかし、救護班に聞いた話によると心拍は安定しているようだった。事実、スチュワートは既に仕事を始めるために起きたらしい。「安静にする必要はない」と主張する声が聞こえてくるカーテンを開けた。


「お前が倒れるなんて珍しいな。何があった?」

「特別何かがあったわけでは……いえ」


 スチュワートは力なさ気な目をダリウスへと向けながら首を振った。


「ヴァネッサ様と何があったのですか?」


 ダリウスの眉間にぐっと皺が寄る。今度はダリウスが首を振った。


「わからない。聞こうにも逃げられてしまってな……」

「やはりあの時のお話は――」

「そんなことは……っ、ない、と思う」


 苦悶の表情を浮かべるダリウス。珍しく歯切れの悪い言葉にスチュワートは小さく頷くと、ダリウスの耳元へと口を寄せた。


「これは経験論なのですが――」


 短い一文だったが、口を離して捉えたダリウスの表情からはもう、困惑の色は消えていた。

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