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22話 お兄様はおもしれー女系です

 アヴァランシェは鎖国的、ということは本当である。しかしそれは外交的な話であり、個人間での交流がないわけではない。つまり、アヴァランシェの貴族によってはブレイズの人間と交流があるということだ。

 この辺鄙な田舎町に住むとある男爵家もその内の一人であった(完全に忘れていたが)。

 神父の話によると明日、その男爵家で小さな夜会が開かれるらしい。手紙は夜会へのお誘いだった。では、なぜアルフレイムの紋章が蜜蝋に刻まれていたのか。

 簡単な話である。アルフレイムの人間が男爵家に夜会を開くよう命令こうしょうし、御目当ての人物であるヒロインを誘い入れようと企んだのだ。いくら他国といえど相手は王家。"ブレイズ王国の者と繋がりがないはずの"シェールだとしても、断ることは困難だろう。

 結果、シェールは明日の夜会に出席することとを決めた。


(で、私は急遽ミアと共にドレスやアクセサリーを選ぶことになったと)


 ヴァネッサはランプに照らされた手から目を離し、窓の外を見やった。真っ暗なお空には青白い月が静かに輝き、冷えた風が窓を叩いている。今日は昨日より少し寒いなどと考えながら、ヴァネッサは再び手を動かした。

 いつもなら寝る時間であるのだが、シェールが着用するアクセサリーを見繕うために自身が持って来たジュエリーボックスを漁っているのである。アクセサリーもドレスも買いに行ってもいいのだが、それだと妨害が入る気がしたのだ。できる限り隠密に動きたい。

 というのも、今回シェールを夜会に誘った人物、いや、攻略対象は少し厄介なのだ。


(本当、思い出すタイミングがギリギリなのよ)


 攻略対象の名前はマーティン・レイ・アルフレイム。

 ヴァネッサの異母兄であり、ケネスとは正真正銘の兄弟である人物だ。『Burn to Love』では姿さえ現さなかったのに、まさかの続作でご登場である。

 彼が厄介であること。それは、ゲームの知識だけではなくヴァネッサとして生きてきた記憶でさえも物語っていた。

 単刀直入に言って、ヴァネッサはマーティンのことが苦手であった。すれ違う度に嘲笑って来たし、剣の訓練に顔を出してきた際は手合わせしてやると言って脚の骨を折られかけた。咄嗟に顔を蹴り上げて逃げた自身の判断には感謝している。とにかく、彼はヴァネッサのことを心底下に見ていたと思う。恐らくケネスのことも。


(そんなお兄様が乙女ゲームのキャラクター……ねぇ)


 彼は冷たくて威圧感がたっぷりな美形で、能力も高かった。人身掌握にも長け、知略も戦術も申し分なし。社交会でのドロドロとした腹の探り合いは大得意。人を貶めるのも、完膚なきままに叩きのめすのも、大得意で大好きだ。しかし決してボロは出さない。

 いいように言えば皇帝向き、悪いように言えばサイコパス(ゲームによる説明文の単語に出て来た)。血も情も信用していないどころかどうでもいいという、恋愛ができるのか疑いそうな人格である。

 事実、彼が本当にヒロインに恋していたのかは微妙なところであった。

 彼の留学先はアヴァランシェで、たまたま街に出ていたシェールとで会うのだ。気に食わない貴族の子息がボロを出さないか傭兵と共に眺めていたところ、その子息がシェールにちょっかいを出そうとした。そして、子息に恥をかかせるチャンスだとシェールを助けにかかるマーティンなのだが、直前に彼女が子息をキツく突っぱねた姿を見て興味を引かれるのである。「平民のくせにいい目をしてやがる」と。


 一周回って王道ではない気もするのだが、所謂「おもしれー女というオレ様キャラ」である。


 この日からマーティンは旅人を装い、たびたびシェールと接触を図りだす。人を思いやる心、慈しむ心、万物を愛す心、弱いくせに時折り見せる行動力と正義感。自身が持ち得ず、理解すらできないものをすべて持っているシェ ルに、彼はだんだんと心を惹かれていく。

 そしてある日、傭兵に彼女を襲わせて自身が助けるという自作自演を行う。涙を浮かべながら安堵したような顔を自身に向けるシェールに、マーティンの心は昂りつつも初めて芽生えた感情に戸惑うこととなる。それから何度も自作自演を繰り返し、その度に嬉々とした感情とズキリとした胸の痛みを感じることになり……。


 ここに来てヴァネッサはゲームの脳内再生を止めた。


「傭兵……自作自演……まさか」


 自身が初めてシェールと出会ったのは、まさしくそのイベント日だったのではないだろうか。時期的に初回の自作自演ではないだろうが、十中八九そうだろう。


「もしかして、弓矢を放った人物はお兄様?」


 ヴァネッサの頬に嫌な汗が垂れた。その時、隣へと続く部屋の扉が開いた。

 入ってきたのはミア。箱を幾つか抱え、こちらへと歩いてくる。


「何か仰られましたか?」

「いえ、少し頭の中を整理していただけよ。それで、シェール様も着られそうなものは見つけられた?」


 ミアは静かに首を振った。


「ヴァネッサ様が仰られた通りピンクや水色、黄色などの淡くて明るい色合いのものはあったのですが、サイズが合わないかと」

「私より小柄だものね……やっぱり買うしかないのかしら?」


 着る物がないとゲームと同様に話していたシェールに「用意する」と伝えた以上、絶対に渡したい。というのも、ゲームでは差し出し人名の書かれていない手紙や慣れない夜会を不安に思いつつも明日を迎えるのだが、何故かこちらのシェールは本気で行きそうになかったのだ。どうにかして説得できたのは、自身もこっそりついていくと言ったからだ。それでも説得に一時間かかったが。


(心配しなくてもドレスは届くんだけど、あれだけ怖がっているんだから着るかしらね……)


 明日の昼、教会に差出人不明の箱が届くはずだ。もちろんマーティンによるもので、中には金糸が輝く黄金のドレス、ルビーのアクセサリー、ストラップとリボン両使いのパンプスが入っている。見ず知らずの人から招待状と衣服が届き、相応しいものがないからと着ていけば色(マーティンの髪と瞳の色)を合わせた衣装でバッチリ決めた彼がいる……ドン引きである。

 いっそのことマーティンルートも思い出したいくらいだ。

 兄のストーカーに近い行動に心の底から引くヴァネッサ。ふと、箱を置いたミアが口を開いた。


「不躾な質問かと思いますが……」

「なにかしら?」

「なぜそこまでしてシェール様を気にかけていらっしゃるのですか」


 淡々とした口調で尋ねるミア。対するヴァネッサの胸はドクリと縮こまった。


「お友達だからよ」


 ヴァネッサの返答にミアは片眉を僅かながらに動かした。


「……では、何故ダリウス様とくっつけようと――」


 ミアが言い終わるより早く、部屋の扉を誰かがノックした。なんとなく誰なのかわかる気がしたヴァネッサは慌ててベッドにダイブする。


「ヴァネッサ、起きているか?」


 ベッドの隙間からチラリと顔を出せば、感情の読めない表情のミアと目が合った。

 ヴァネッサはダリウスを突き飛ばして以来、自分でもわかるほど不自然に彼を避けていた。声をかけられる度に持ち前の俊足で駆け出し、食事中は木の上に登り、帰る際はこれまた走って帰った。

 きっと驚いただろう、傷ついただろう、彼にきちんと謝ろう。そう思っても気まずくてできなかった。自分はなぜ彼を咄嗟に突き飛ばしたのか。それがわからなかったからだ。

 ベッドの隙間からミアと視線の攻防戦を続けることたった数秒。ミアが大きくため息をついた。


「お眠りになっています。いかがなさいましたか?」


 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、扉の奥から聞こえてきた小さな「そうか」という声に胸の奥が痛む。


「また明日にする。風邪をひかないようよろしく頼む」


 先後に別れの言葉を残してダリウスは去って行った。もう一度ため息をついたミアがベッドへと近づいてき、ヴァネッサは思わず中へと潜る。


「殿下がお嫌いですか?」

「まさか!」


 ひょっこりと頭を出し、首を振る。


「嫌いじゃないわむしろ……」


 ヴァネッサははっと言葉に詰まった。

 むしろ、なんだというのか。その先を言ってはいけない気がしたのだ。


「ヴァネッサ様、いかがなさいましたか?」


 優しく声をかけられ、ヴァネッサはそっとベッドに座り直した。

 しばらくして口を開く。


「私ね、殿下には本当に感謝しているの。だから、なにがなんでも彼を幸せにしたい」

「ヴァネッサ様の仰るダリウス様の幸せとは、なんですか?」

「……そのままよ」


 呟くように言ってヴァネッサは再びベッドへと潜り込んだ。「おやすみなさい」なんて親に隠し事をする子供のような口ぶりで。

 小さなため息が聞こえてきたかと思うと、扉が開かれる音が響いた。ふと足音が止まる。


「ダリウス殿下の幸せがシェール様と結ばれることだとお思いでしたら、殿下と話されることをお勧めします」


 扉が閉まる間際に聞こえてきた言葉に耳を疑う。


「……そんなことあるはずないわ」


 彼はヒロインと結ばれなければ死んでしまう。これを知っているのは恐らく自分だけ。他の人に話せるはずもない。


「よし!」


 ヴァネッサは立ち上がり、アクセサリーの入った棚の前へと移動した。


「お兄様はともかく、殿下が惚れちゃうくらいにピッタリなものを見繕うわよ!」


 そう小さな声で意気込んで、ヴァネッサはアクセサリーを手に取った。自身が持つ宝石は赤やピンク色ばかり。それでも似合うものはあるはずだ。


「きゃっ!」


 突然、窓からコツンと音がした。

 慌てて駆け寄りカーテンを開けてみる。窓には小石が当たった程度のヒビができていた。


「絶対に負けないわ」


 別荘の柵を越えた先、夜闇より深い森を一睨みしてヴァネッサはカーテンを閉めたのだった。

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