表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/110

21話 読めても見えはしませんから

 ぼんやりと水の音に聞き入る人、浅瀬で魚釣りを楽しむ人、小船を漕ぐ人、その相方の姿に見入る人……ふと、ヴァネッサの前で景色を眺めていた人物が風に吹かれた前髪を撫で付けた。


「なに?」


 こちらへと振り向いたその人物はもちろんライルである。ヴァネッサはほんの少し照れ臭さを感じて、同じように髪を耳にかけた。


「二人で、なんて仰るものですから、小船に乗るとは思いもしなかったのですわ」


 ライルに手を引かれた先はダリウスとシェールが離れたばかりの湖だった。日が落ちかけたことで人が減ってきたのか、体感でさほど時間が掛からずとも乗れたような気がする。

 周りにも人がいるため、実際のところは完全なる二人っきりではない。ちょっぴりドキドキしてしまったではないか。記憶が蘇ったことで乙女ゲーム脳になりつつあるのかもしれないと思っていると、ライルがクスリと笑った。


「二人っきりの方がよかった?」

「いえ、そういう訳ではありませんわ!」

「そこまで否定しなくてもいいんじゃない?」

「ご、ごめんなさい」


 慌てて両手を振っていた手を止め、ヴァネッサはしょんぼりと頭を下げた。


「別に気にしてない。ここを選んだ理由は森より視界が開けているからだよ」

「どういうことですか?」


 普通に商人Aと会話をして買い物をしていたいた辺り、刺客に命を狙われている訳でも、閉所恐怖症という訳でもなさそうに思える。

 不思議に思って尋ねるも、「鈍感」と言われてしまった。


「そういえば、さっきから視線が泳いでばかりだけど水場は苦手だった? 炎の力の影響?」

「いえ、むしろ水場は涼しくなれるので好きですわ。ただ……」

「ただ?」


 ヴァネッサは波紋が広がりゆく水面を見下ろした。


「……こういった静かな楽しみ方をしたことがないので少し落ち着かないのです」


 岸から刺さるような視線を感じることも、気まずさの理由である。表情はなんとなく気が乗らなくて見なかったのだが、乗り際に見えたダリウスたちは確実にこちらへと向かってきていた気がする。


「でも、こういう時間もいいですわね」


 そう言ってライルへと視線を戻す。少ししてライルが口を開いた。


「あんたって今までどんな生活を送っていたの?」

「あら、ライル様からそのような質問が出てくるとは思いませんでしたわ」


 この旅行が終わったら出て行ってしまうというのに。だからこそ、他人と一線を引いているのだと思っていたので少し驚きである。

 正直な疑問を口にすると、ライルは失礼だとでも言いたげに口を尖らせた。次いで表情を戻す。


「よく考えてみたら俺、あんたのことよく知らないなって思って」

「そうですわね……まぁ、あまりいい記憶はありません」

「それは婚約者のことだけじゃなくて?」


 ライルの問いにヴァネッサは目を見開いた。旅人である彼の耳にまで自身の婚約破棄話は届いていたらしい。


(まぁ、地位が弱くとも王族ではあるものね。多少噂になっていてもおかしくはないわ)


 ヴァネッサは頷いた。


「ええ、他にもありますわ。でも、だからこそこの国に来ることにしたのです。この決断にも結果にも後悔はありません。まぁ、まだ変化の途中ですけれど」

「そっか……ねぇ、婚約者のことは今も好きなの?」

「いやまさか!」


 ない、絶対にない。まず今もどころか過去でさえも好きになどなっていない。ヴァネッサは手と頭を使い、全力で否定する。

 思いが伝わったのかライルは小さく頷いた。


「じゃあ、他に好きな人はいる? 社交会では引くて数多だって聞いたことがあるけど」


 好きな人。その言葉にドキリトしたのも束の間、続く自身に関する噂にヴァネッサは内心ため息をついた。


「好意の裏に隠された意図を読み取れないほどの馬鹿ではありませんから。本当の意味で私のことを好きだという方はいませんでした」

「なるほどね……」


 ライルは小船の淵に肘を置き、頬杖をついた。彼の視線が湖へと外れる。ヴァネッサもまた視線を下へと逸らした。

 それこそ、本当に本当に幼い頃は喜んだことがあったかもしれない。しかし、成長するにつれ視界は広くなっていく訳で。

 あの世界から逃げられて本当によかったと笑みをこぼしたその時、小船がギシリと音を立てた。


「俺は好きだよ」


 はっと顔を上げて聞こえてきた彼の言葉は、理解するには衝撃が強すぎた。

 あまりにもサラリと言うものだから、その態度と言葉のギャップに脳が苦しみ出してしまう。処理落ちしそうだ。ヴァネッサはなんとか息を取り戻す。そして口を開いた。


「えぇと、それは、友達として、よね?」

「本気で言ってる?」


 ゆらゆらと揺れる船の上、グッと近づいた彼の瞳にはひどく困惑した表情を浮かべる自身の姿があった。

 いつもなら逃げられるのに、今日は逃げられない。行き場をなくした逃避衝動が激しい鼓動へと変化する。

 また、彼との距離が近づいた。


「あんたの目に、俺はどう映ってるの?」

「ど、どうって」


 立ち上がろうと船の縁に伸ばした自身の指が、彼に絡め取られる。


「嘘をついているように見える? 教えてよ」

「待っ――」


 ライルが手を引いたその時、盛大な水飛沫と共に船が大きく揺れた。


「きゃっ!」


 よろけた背中を抱き寄せられたその瞬間、人々の悲鳴と共にまたもや水飛沫が上がった。

 胸が今にも張り裂けてしまうのではないかと言うほど強い波が一つ、胸を打った。

 ライルの元へと倒れる寸前、視界の端でダリウスの姿が見えたからだ。


(あんなに怖い顔初めて見たわ……いえ、しっかりするのよヴァネッサ。今はそんなことを考えている暇なんてない)


 緊迫感が漂う声、収まることのない船の揺れ。急変した状況に慌てて船の外へと目をやる。そして、息を呑んだ。


「な、なにこれ」


 一面氷に覆われてしまった水面の上、絵本でしか見たことがないような巨大魚が空中に浮かんでいたからだ。

 ところどころに傷がついた青い鱗の肌、ギョロリと光る黒い瞳。大きく開かれた口からは鋭い牙が覗き、今にも吸い込まれてしまいそうなほどに深い闇が喉の奥に広がっている。

 食われずに済んだのは、巨大魚を大きな氷が固めたからだろう。


「ヴァネッサ!」


 巨大魚から下へと伸びる氷の筋を目で辿っていると、横からダリウスの声がした。ヴァネッサは肩を大きくビクつかせる。

 縁に手をついて起き上がると、ダリウスとシェールがこちらへと駆けていた。彼の表情からは心配の色が見えこそすれ怒りは感じられない。


「なにがおこ――」

「怪我はないか」

「きゃっ!」


 立ち上がったその瞬間、ダリウスがヴァネッサを引き寄せた。冷たさを帯びた彼の髪が首筋をくすぐる。

 グルグルと思考が回って仕方がない。意味もなくグチャグチャになって、何が起こっているのか理解ができなくて、胸が痛いほど鳴っていてたまらない。


「はっ、離してくださいませ!」


 気付けば、ヴァネッサはダリウスを突き飛ばしていた。


(どうして? シェールと一緒にいたから彼女のことを気にかけないのはまだわかるとして、なんで、私を――)


 ダリウスと距離をとったまま頭を抱える。

 ライルといい、ダリウスといい、仲間に対してボディータッチが多すぎだろう。それとも、ライルは本当に自身のことが好きなのだろうか。だが、今の自分にはなんの利用価値もない上に、彼に好かれるような行為をした記憶もない。まったくもって理解不能である。まさか、ただからかっているだけなのだろうか。


(いや、でも流石のライル様でもそこまで酷いことはしないはず)


 ライルの気持ちもダリウスの行動も、まったくもって理解できない、飲み込めない。


「ヴァネッサ様、顔色が悪いですよ」

「えっ、ミ、ミア? どうしてここに――」


 背後から現れた彼女にはっと意識を取り戻したその時、弓矢が風を切る音がした。魚に向けた背中側からピシピシと何かが割れる音が聞こえてくる。

 まずい。

 予想される未来を言葉にせずとも、そう直感的に感じたヴァネッサは魚へと振り向いた。しかし、突如巻き起こった突風に目を閉じてしまう。

 すぐに風は収まり、ヴァネッサは目を開けた。同じようにダリウスたちが目を開ける中で見えたのは、大きな音と地面の揺れを起こして魚が平地へと落ちた瞬間だった。



★★★



「だっ誰がフードファイターですって!?」


 星が輝く空の下、ヴァネッサの声が辺りに響いた。人々からの目線を感じ、慌てて口を塞ぐ。次いで、目の前でもぐもぐと口を動かす男――ライルをギッと睨んだ。しかし、当の本人はしれーっとした態度を貫いている。


「だってそれ、五皿目でしょ」


 ライルの瞳がヴァネッサの持つお皿へと向けられる。皿の上では焼きたての魚の白身が湯気を立てていた。


「美味しいんですもの……」


 顔を下げて魚をフォークで口に運び出すヴァネッサ。

 巨大魚が平地へと落ちたあと、ヴァネッサたちは駆けつけてきた町長と処理をどうするのか話し合った。結果、オーブンよりはるかに広い範囲を燃やすことのできるヴァネッサの力によって熱し、無料で町の人々に配ることになったのだ。巨大魚の丸焼きの完成である。

 ランタンや蝋燭などの光源、机に椅子、食器類やワインなどを用意し、今はそれぞれ食事を楽しんでいた。とはいえ、ヴァネッサは木の上に登り食べているのだが。ライルは隣ではなく下にいる。

 町長の話曰く、本日食べられることとなった巨大魚は古くから存在する可能性が高いらしいのだが、その割には生臭くなく食べやすかった。身もプリッと引き締まっていて、レモンソースやトマト煮込み、様々な味付けとも相性抜群である。


(それにしても……まるで何もなかったかのように接するのね)


 ヴァネッサは木の下でワインを飲むとライルをチラと見た。彼はここにいたのかと言って、勝手に下で食べ出したのである。雑談さえ交えてきた。

 ダリウスを含む二人にどのような顔をして会えばいいのかわからず木の上へと逃げて来たのだが、気にしすぎなのだろうか。


(ゲームみたいに選択肢があったら、恋愛イベントだってわかるのに……あっ)


 突然ライルが顔を上げた。思わず胸がドキリと音を立てる。


「もしかして気にしてる?」


 ツンとしたいつも通りの表情を崩さないライル。対するヴァネッサは体をビクつかせ、固まってしまった。


「当たり?」


 どう答えればいい。いや、自分はどう答えたい。

 一向に出てこない言葉の代わりに口だけをパクパクと動かすヴァネッサ。すると、ライルがふっと愉しげな笑みを浮かべた。「よかった」なんて嬉しげな呟きまでして。


「そうやってしばらく悩んでいてよ。俺のことを考えて苦しんでいて」

「はぁ!?」


 彼にしては珍しい爽やかな口調と笑顔で、悪魔のようなことを言うライル。ヴァネッサは反射的に過去のような口調で返してしまった。彼の思考が完全に理解できないと、照れとは別の感情で頭が混乱し出す。

 ライルがもう一度クスリと笑みをこぼしたその時、シェールの声が聞こえて来た。「嫌です!」と叫ぶ大きな大きな彼女の声が。

 ヴァネッサは慌てて木から飛び降り、茂みの隙間から顔を出した。隣からもガサリと茂みを退けることが聞こえてくる。

 シェールの側にはなんと教会にいるはずの神父がいた。どうしたのかと目を凝らしてみる。ふと、彼が何かを手にしていることに気づく


(薄くて羊皮紙に似た色合いをしているわね……手紙かしら)


 嫌だと首を振り、珍しく不快感を露わにするシェール。神父は申し訳なさそうに眉を下げている。

 どうしたのかと出て行こうとしたその時、風が神父の手から紙を奪い去った。運よく目の前に突撃して来たそれをパシリと掴む。


「あら?」


 飛んできたものは読み通り手紙だった。目に入った封蝋に見覚えを感じ、裏返す。


「あっ!!!!」


 封蝋に刻まれているのは火竜の紋章。

 この紋章は、ブレイズ王国を統べる王家――アルフレイムのもの。見覚えがあるのは当たり前だ。

 また、この手紙はゲームのスチルに出て来たものなのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ